次第に白み始める空。朝日が山裾から少しずつ顔を出し始め、朝特有の鳥の囀りが辺りに木霊する。
しかし、主水、スタイリッシュ二人とも、沈黙を貫き、晴れず、険しい表情を浮かべている。
恩人のスタイリッシュを救うためにナイトレイドの足止めを志願し、その場に殿として残ったセリュー。直ぐに合流すると言っていたものの、既に半刻の時間が経過しながらも、いまだ合流できていないのだ。
(ついさっきまで聞こえてきた、爆発音が止んで四半刻か…微妙な時間だな…)
閉じていた目を開くと、主水は意を決したように口を開いた。
「スタイリッシュ、帰るぞ…」
「えっ!?」
スタイリッシュが僅に戸惑いの声をあげる。
「何を驚いている。おめえにとってはセリューも駒でしかないんじゃねえか、使い捨てのな」
「……」
スタイリッシュは返す言葉がなかった。
主水が言うように、スタイリッシュにとっては、セリューも一枚の駒でしかなかった。以前までならば。
しかし、何故か今はスタイリッシュにとって、セリューは大事な仲間になっていたのだ。
命がけで助けられたことが起因となったのか、「仲間」と言われたことが心に響いたのかは分からないが。
この事実は、損か得かの損得勘定をのみを指針にしてきた、リアリストのスタイリッシュ自身にとっても、驚くべき心境の変化であった。僅かであっても、スタイリッシュにとってはとてつもなく大きな変化。
「それにな、俺がセリューに頼まれたのはおめえを助けることだからな」
最初はナイトレイドのアジトを発見したスタイリッシュは即刻殺そうと考えていた。
しかし、まだスタイリッシュにはしてもらわないといけないことがあること、そしてセリューが命をかけてまで助けようとしたことが相まって生かすことにした。
ただ、そのまま生かすことについてはかなりの問題がナイトレイドにとってありそうではあるが、そこにも、決して楽観視ではなく、勝算があった。
まず一点目は、主水は以前ナジェンダから、帝都周辺に、革命軍のアジトが他にも幾つか点在していると聞いていた為に、バレても他へアジトを移すだろうと考えたこと。
そして、二点目は、今回のスタイリッシュの独断先行から考えても、スタイリッシュは損得勘定を指針に行動するために、ナイトレイドのアジトの位置を話してもスタイリッシュには全く利益は無い為に、決して言うこともないとある意味確信していた為でもある。
以上の二点から、スタイリッシュを生かしていても、今回は、そこまでの被害はないのではないかと、算段を踏んでいた。
(前までなら待つことも、ましてや生かしておくことなどまずなかったはずだ。俺はいつからここまであまちゃんになっちまったんだ)
朝日に照らされ淡く赤く染まる雲に視線を向け、主水は自分の変化に戸惑いを覚えていた。
◇◆◇◆◇◆
セリューとコロの前には、ナイトレイドの新メンバーの生物型帝具の男、そして、セリューは気づいてはいないが、インクルシオを纏ったタツミがいた。
ただ敵はその二人だけではなかった。
セリューが間合いを取るべく、僅に後ずさった時だった。
白み始めた上空を旋回する特級危険種エアマンタの背が閃光すると同時に、弾丸がセリューの背後に着弾したのだ。
(あれは前に逃がしたナイトレイドのマイン。確か帝具浪漫砲台パンプキン。今回は逆になっちゃったか。もう逃げられないなら、一人でも多くのナイトレイドをここで倒す!)
セリューは覚悟を決めた。ここで命を落とすことになっても、犬死にはしない。必ず何人か地獄の道連れにすると。
「行くよコロ!ナイトレイドーーー!!」
「グアーーーーッッ!!」
セリューは男に、コロはタツミに、一陣の風となり突っ込んだ。
セリューは男の怒涛の突きを体を捻りながら避け、果敢に懐に踏み込んでいく。
「ハッッ!!」
セリューの白い冷気を纏った左ストレートが胸に直撃し、突き刺さり抉れた部分から凍結する。
(あって)
大きく引き力を極限まで貯めた渾身の右のコークスクリューブローが凍結した胸部を穿ち、拡散した衝撃波が体をうち砕いた。
男の体を半壊させ、優位に進めているはずが、セリューの顔には焦りしかない。
(ここにもコアはないなんて)
生物型帝具はどんなに強力な攻撃を加えようが、体を粉砕しようが、コアを破壊しない限り、倒すことができない。
故に、セリューの顔に焦りと焦燥が浮かんでいたのだ。
半壊していた体を急激に再生した男は、得物を振り下ろす。
「くっ」
得物がセリューをかする。
得物から突き出た刃がセリューの服だけでなく、体をも切りつける。
その後、得物が巻き起こした叩きつけるような風圧で、セリューは血液を散らしながら吹き飛び、木に叩きつけられ、そのまま膝をついた。
(まさか、生物型帝具がこんなに強いなんて、思ってもいなかった…)
今までパートナーとして組んできた相棒のコロ。
練習相手として組み手などをしていたこともあったが、練習は練習。
実戦になって初めてその恐ろしさ、そして厄介さを知った。
驚異的な再生能力があるため、相手の攻撃を全く恐れることなく、また攻撃を受けても動じることなく踏み込んでくる。防御を捨てた攻撃ほど怖いものはない。
そして、その特性や強さを見せつけるかの如く、コロもインクルシオを纏うタツミとの戦いを優勢に進めていた。
タツミが繰り出す槍での突きを全て受けながらも前進し、タツミが渾身の力で放った槍の一撃をも受け止め、筋肉で抜けなくする。
そして、丸太のような豪腕による容赦のない攻撃が始まる。
以前は単調な戦い(直線的な)を行い、シェーレにそこをつかれたことがあったが、セリューと共に主水の鍛練を受け、学習し、その戦いも進化していた。
大小様々な攻撃を織り交ぜ繰り出す。
タツミは大振りの攻撃を避け、同じ要領で避けようとする。
しかし、次に来たのは小振りの一撃、避けることもできず叩き込まれ、膝を付く。
膝をついたタツミの眼前に迫る凶悪な牙を振りかざしたコロ。
「うっ」
極限まで身を屈め遣り過ごすが、幾つかの牙がタツミの肩を抉り、白いマントを鮮血で染める。
しかし、それで終わりではなかった。
コロは器用に宙で反転すると、拳を組み合わせ、まるでハンマーのように打ち下ろした。
「かはっ!!」
まさか空中にいるコロから追撃があるとは予想すらしていなかったタツミは、まともにその攻撃を背に受け、地面に叩きつけられ、めり込み、その衝撃で周辺にも亀裂が走る。
「グオーーーッッ!!」コロは天に向かい、勝利を示すかのように咆哮を上げる。
コロが動かなくなったタツミを見下ろし、まだ息があることを確認すると、留めをさそうと近寄るが、そこで動きが止まる。
主人であるセリューが横目に入ったのだ。
そこには、命が風前の灯火となっているセリューの姿が。
木にもたれ掛かるように膝をついた、セリューが苦悶の表情を浮かべ、その前に、セリューを見下ろすように立った男が、今にも自分の得物を振り下ろそうと、振りかざしていた。
コロはタツミを捨て置き即座に走り出すが間に合わない。
男は全く表情を変えず、その得物を振り下ろした。
セリューの目には、自分に迫り来る得物がスローモーションのように見える。
(ゴメンね主水君、Dr…私ここまでみたい…ゴメンねコロ情けない遣い手で…)
頭に真っ先に浮かんだのは謝罪の言葉ばかりであった。
次には思いの丈が、
(私何もできなかった…悔しいよ…)
セリューは瞳を閉じると、頬を一筋の大粒の涙が伝う。
悔し涙か、はたまた、大事な人にもう会えないことへの悲しみの涙かはさだかではない。
伝った一滴の涙が地面を濡らす時、男の得物が地面に突き刺さった。