主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第38話

 今にも泣き出しそうな鉛色の空、一筋の陽光も通さない暗雲が空を覆っている。

 今、主水、ウェイブ、クロメが街中にある一つの宿屋兼酒場を取り囲むように陣取り、鋭い視線を向けている。

 取り囲んでいる宿屋は、物音一つせず、静まり返り、緊迫した雰囲気が流れている。

 建物の内部からは何人かの気配、そして、二階の軒先には、身ぐるみを剥がれ、褌一丁で縄によってぐるぐる巻きにされた一人の男が、まるでてるてる坊主のように吊り下げられている。

「私はどうなっても構いません。中の人達を―――ヒッッ!!」

吊るされた男は勇ましいことを言ってはいるが、室内から現れた、無機質な銀色の刃を首筋につけられたことにより、短い悲鳴をあげ、失神した。

かれこれ約一刻前

――――――

 主水はボルスが黙々と書類仕事を片付ける横で、厚いファイルのページを一枚一枚に真剣に目を通していた。

厚いファイルには数多く寄せられた解決すべき依頼が、項目毎に載せられている。

「何か目につく仕事あった?」

書類仕事が一段落ついたのか、ボルスが主水に尋ねてくる。

マスクで表情は伺えないが、口調から優しさと気遣いを感じさせる。

「これといった仕事はありませんね」

主水は笑顔で返す。

何故昼行灯の主水が、朝から熱心に仕事を探しているのか、これには理由があった。

 あのスタイリッシュの一件以来、顔出しが出来ていないナイトレイドに久しぶり顔を出そうと考えていたのだ。

 ただ、つなぎによって届いた情報によると、今ナイトレイドが陣取っている場所は、以前のような帝都近郊ではなく、帝都から南東に800キロに位置するマーグ高地に居を構えているというのだ。

 そのため、纏まった休みを取ろうと思ったのだが、いくら主水であっても、何も功をたてずに有給を取るのは、気が引けたため、何かしらの仕事に貢献してからと考えていたのだ。

(そう簡単に手頃な仕事が見つかるはずもねえか…)

ボルスの隣に座り、湯気がたつ入れたての茶を啜っていると、突如扉が開かれた。

「誰か手を貸してください!」

焦った様子で飛び込んで来たのはウェイブであった。

「いったいどうしたんだ、そんなに焦ってよ」

「あ、主水さん。今帝都警備隊から手を貸してほしいという要請が入ったんです。どうも賊が人質を取って立て籠っていると。さらに悪いことに、その賊の集団はかなりの使い手の集まりなようで、警備隊にも相当被害が出ているみたいで」

帝都警備隊という言葉が出ると、主水の表情が一瞬険しくなる。

すぐに戻すが、人の機微に敏感なボルスは、主水の一瞬の変化を見逃さなかった。

「そういえば、帝都警備隊は主水君やセリューちゃんの前まで勤めていた所だったね。気になるのは当然だよね。ここは私に任せてくれていいから、助けに行ってあげて」

「すまない」

ボルスに感謝をし、ウェイブと、たまたまイェーガーズの会議室で待機していたクロメを伴い、現場に向かった。

――――――

 主水、ウェイブ、クロメが現場につくと、物々しい雰囲気に包まれ、立て籠っている宿屋を遠巻きに帝都警備隊が、蟻の子一匹這い出せないように、取り囲んでいた。

 主水は情報を得るべく、その場の指揮官であるはずの警備隊隊長タカナを探すが、その場にはいず、仕方なく副隊長に聞くこととした。

「お久しぶりです副隊長」

「立派になったな中村さん。いや、今は俺達より身分が上だから、敬語を使わないといけないか」

「構いませんよ。状況が状況ですので積もる話は置いといて、現状はどうなっていますか?」

主水の問い掛けに、副隊長は渋い表情を浮かべ、僅かに瞬巡した後に、状況を話し出した。

「人質になっているのは宿屋の宿泊客、朝食を取りに来た客、それと……」

「それと?」

言いづらそうに口を濁す副隊長に主水が合いの手を入れて、先を言うように促す。

暫く、辺りを見回すと、回りの野次馬に聞こえないように、また申し訳なさそうに小さい声で話す。

「隊長のタカナ様です…」

「!!」

その一言に、主水、ウェイブは絶句する。

クロメはあまり気にしてはいないようで、普段通りお菓子を食べている。

辺りにはポリポリというお菓子を食べる音だけが響く。

「タカナ隊長が……か」

「はい……立て籠り犯の要求を聞きに行った時に……」

主水は頭を抱えながらも、以前南町奉行所に勤めていた時、筆頭同心田中が人質になったことがあったな、とあの時のことが自然と思い出されていた。

「分かった……で賊の要求と人数は?」

「要求は捕らえられている仲間と人質の交換です」

(ムリだな。帝国が認めるはずはねえし、それ以前に、ほとんどのやつがスタイリッシュの玩具になって原型を残してねえからな)

主水がそのように考え静かに黙ると、言葉を継いでウェイブが問い掛ける。

「では賊の人数、人質の人数、配置を分かる範囲でお願いします」

「はい、賊は7人、人質は10人です。分かる限りですが配置は――」

副隊長は宿屋の間取りの地図を用意し、説明を続ける。

「店の玄関に賊の見張りが2人、一階の一室に人質が5人と賊が3人、二階の一室に人質が5人と賊が2人です」

「うまく分散されてやがるな」

復帰した主水が書き込まれた間取りを見て、どうするかと唸る。

上司のエスデスであれば、人質になるような弱者など淘汰されて当然だと、正面突破し、いくら犠牲が出ても賊を皆殺しにするであろう。

しかし、主水は全くの逆、甘いと言われればそれまでだが、人質から誰も犠牲を出さずに賊を捕縛することを考えていた。

 そして、その主水の考えにはウェイブも大いに賛同していた。

 クロメは主水とウェイブの考えが理解できなかったらしいが、主水が

「人質に死人が出なかったら菓子を好きなだけ食わしてやる」

と約束したため、瞳を輝かせて、喜んで同意した。

「主水さんどうしましょう?」

間取りとにらみ合いを続け、頭を捻っていたウェイブが主水に尋ねてくる。

どうやらウェイブは考えるのが苦手なようで、ギブアップしたようだ。

「まだ情報が足りねえな。賊の武器、強さ、大雑把でなく正確な位置…これが分からねえと策がたてられねえ」

まだまだ情報が足りなかった。犠牲が出てもいいなら今の情報で十分だが、理想を現実にするためにはまだまだ不十分であった。

こんなときに身軽な情報屋がいたら…そんな弱気が現れかけた時。

「俺が情報を集めてやろうか」

背後から突然声がかけられた。

突然のことに主水、ウェイブ、クロメは振り返る。

各々に少々驚きの色が表れたが、皆は押し隠した。

後ろに現れた若い青年は、三人に気づかれることなく、その場に現れたからだ。

頭を悩ませていたとはいえ、この三人に気づかれなかったことだけでも大変なインパクトがあった。

「おめえは?」

主水は探るような目付きで静かに問い掛ける。

「名前はいいじゃねえか。俺が調べてやるっていってるんだよ」

全く臆することなく青年は答える。

見た目は若く、身のこなしが良さそうで、熱血漢溢れる青年。

普通にどこにもいそうな青年、しかし、主水はその青年から自分と同じような雰囲気、同じようなにおいを感じ取っていた。

「どうします主水さん?」

「このまま手をこまねいているわけにもいかねえしな。嘘をついているようには見えねえ。事態を動かす為に頼んでみるか」

主水とウェイブが背を向けて相談した後に、その青年に情報収集を頼むことにした。

――――――

 現場で待機していると、鉛色の雲が覆う薄暗い空に、爆発音と共に、大きな一輪の花が開いた。

その大きな爆発音と辺りを照らす光に、警戒心が増していた賊達は、関心が花火が上がった東の空に向かう。

その時だった、一つの黒い影が西側の屋根に上がり、そのまま屋根裏にスルリと入っていった。

「上手くやったみたいですね」

「ああ」

二人は青年の動きに感心したように呟く。

このような市井にもまだこのような逸材が隠れていたことにも主水は驚いていた。

(やはり俺の勘は間違ってなかったな。多分こいつも俺らと同じだ。情報屋として雇いたいほどだ)

 暫く静かに動きを見守っていると、屋根裏から例の青年が出てきて、スルリと地面に降りてくると、足音も気配もなく、主水達の元に帰ってきた。

「お疲れ、どうだった?」

気さくに話掛けるウェイブに、少し戸惑いを見せるが、それも一瞬のことで、今得てきた情報を話す。

「店の玄関先にいるヤツは、2人とも飛び道具を持っていた。2人とも銃だ」

「外の警戒のためか。間合いに入り込めばいけますね」

「ああ、そうだな」

主水はウェイブの発言に頷く。

「次は一階の一室だが、人質5人を囲むように3人が配置され、得物は金槌、斧、大剣だ。玄関先のやつと違ってかなりの猛者だぜ」

「重量級の武器か…重いから一階に配置されたんですかね」

「ウェイブは単純だね…」

返事しない主水に代わり、ポツリとクロメが溢し、ウェイブは落ち込む。

青年はそんなウェイブをスルーするかのように続ける。

「二階は2人で人質を挟むように配置され、窓側にいるやつが剣、対面のやつは槍を装備していた。この2人も一階のヤツと同等の猛者だ」

「ありがとよ、お前のおかげて見えてきたぜ。これは礼だ」

近場に用意しておいた礼金を渡した。

「じゃあありがたく頂いておくよ」

青年は爽やかな笑顔で礼金を受け取ると、踵を返し、帰ろうとする。

「名前か、住んでる所を教えてくれねえか?」

主水は去り際の青年に無意識の内に尋ねていた。

主水は自分が尋ねていたことをあらためて認知してから、心の中では自分が情報屋を求めていることを理解した。

「帝都の外れで花火師をしてる」

それだけ言うと、青年は去っていった。

 


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