主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第40話

 拮抗する刃と刃が軋み、ギシギシと摩擦音を奏でる。

「まるで俺のことを知ってるような物言いだな」

「当然だろ。お前に会うのがここに来た目的なのだからな」

男は言うや否や剣に力を込め、拮抗状態から脱した。

主水は、人質を庇うように前に出て、横目で人質に逃げるように合図を送る。

人質は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、また先ほど襲われていた少女は隣室まで吹き飛ばされ、動かなくなっている父親に駆け寄り、手当てを始めた。

「さあ俺とお前だけだ。お前の正体を話してもらうぞ」

「これを見れば分かってるだろう」

男はそう言うと、流れるような流麗な動作で、剣を大上段に、肩に担ぐように構える。

次の瞬間、

「色即是空」

男が呟いた言葉が主水の耳に届いた時には、主水の頬を温かい液体が流れる感触を覚えた。

主水は剣での一撃を受けたことに対する驚きよりも、その一連の動作に驚きを覚えていた。

(この世界でお目にかかるとはな…)

「……たいした腕だな。その腕ならさぞかし囚人の首を落としてきたんだろうな」

男の剣を大上段に、肩に担ぐように構え、引き斬るように斬りつけ、同時に「色即是空」と唱えるのは、首斬り役人が斬首するときにする一連の動作であった。

まさかこの世界にも、江戸と同様の斬首の基本動作があったということに、驚きを覚えたのだ。

「軽い挨拶代わりだ。これで分かったようだな。お前の様相がこの帝都のものではなく、俺の故郷の東方のものだったからこの挨拶を試してみたんだが。俺の勘もたいしたもんだ」

男は微かに口元を緩める。

「そんなこたあどうでもいい。てめえはいったい何もんなんだ」

たんたんと話す男に焦れたように主水は少々声を荒げて問いかける。

「ああ、俺の正体か。俺は元首斬り役人シュザン、以前殺されたザンクの生前の同僚兼友人だ」

何かを懐かしむように遠い目で話す。

以前の公での公表ではセリューが捕らえたとなっているが、実際は主水が捕縛し、雪国でアカメが葬った首斬りザンク。

どのような外道であっても、生きていて、誰とも繋がりがない者などいない。

現に主水の目の前にも殺されたことを悲しみ、復讐に来た者が現れたのだ。

主水が口を開こうとしたのを、予期し先読みするように話し出す。

「お前が捕らえたというのはザンクに聞いた。そしてお前以外の者に殺されたということも噂で聞いた」

「じゃあ俺を狙うのはお門違いじゃねえのか」

「ああ、そう思うかもな。だが違う。ザンクは雪国で誰かに殺される前にすでに死んでたんだよ。出所した時点で、人間の尊厳など無いまでに人体改造をされたことによってな。ザンクは強くなったと喜んでいたが、俺にとっちゃ生きていても、死んだも同然だ」

シュザンは憎々しげに怒りを滲ませて吐き捨てた。

生前はザンクと懇意にしていたのが良く伝わる話し方だ。

「故に俺はやつの墓の前で誓ったんだ。捕縛したやつ、改造という名の死を与えたやつを殺すと」

完全な逆恨み。しかし、稀にだが、このような復讐をしようと主水に向かってきた者も今までにもいた。

故に動じることもない。

「そうか…まあ俺もおめえを捕らえるのが今回の任務だ。相手してやるぜ」

主水の眼光がより鋭く、研ぎ澄まされたものへと変わる。

それに呼応するかの如く、シュザンは辺りが揺らぐほどの殺気を解き放つ。今まで冷静に話すために抑え込んでいたのだろう。

隣室で怪我をしている父親の看病をしている少女がその殺気に当てられ、失神した。

一般人が間近で受ければ、命にも危険が迫るほどの殺人的な殺気。

シュザンはゆらりと剣を肩に担ぐと、首斬り特有の構えをとる。

一太刀で首だけでなく、体をも容易く両断することができる必殺の一撃。

(この一太刀で決めるつもりか)

主水も右手で腰に挿した帝具アレスターを抜き、晴眼に構える。

室内に重い静寂が訪れる。気を抜いたら押し潰されそうな程の重い静寂。唯一響く音は、外で降る雨音が奏でる音のみである。

 かなりの時間が経過したのか、はたまた全く時間が経過していないのか、もはや二人のせめぎあいの中では時さえも、固唾を飲み見守るという、あってないようなものである。

主水もシュザンも全く微動だにせず、射抜くような鋭い視線を投げ掛ける。

僅かな動きも見逃さないように、まばたきすらせず一挙手一投足を睨み付け。

僅かな遅れが命取りとなる、主水もシュザンもお互いの力量を感じ取り、集中力を途切れさせることはない。

軒先に伝う雨の滴が窓際の欄干を打ち、弾け、音をたてる。

刹那、二人が動いた。

『降り下ろされる太刀の下は地獄だが、踏み込めば極楽となる』

十手術での教えに従い、主水は一気に踏み込み、眉間を打ち抜くように鋭い突きを繰り出し、シュザンは主水を頭から縦に両断すべく剣を降り下ろす。

先に相手に得物が触れた方が勝機を得る。

しかし、共にあと僅かな位置でお互いの得物が止まる。

シュザンの剣はアレスターの鉤口で動きが止まっている。

「十手か…懐かしい物を見たもんだ…」

「知ってたか。じゃあこういう使い方をするってえのも知ってるんだろうな」

主水の口元がつり上がると、アレスターを返す、それと共に舞うシュザンの剣。

(手応えがねえ…)

十手を返す前にシュザンは先を読み、剣を手放していた。

即座にシュザンは腰に挿している二本挿しのもう一振りの脇差しを抜き、横凪ぎに放つ。

主水はアレスターを逆手に持ち、床に突き立て剣を止める。

主水は左足を一歩前に出し、左の肩口を相手に向け、鯉口に当てた左手の親指で刀の鍔を弾く。

鞘を走る刀は勢い良く、まるで弾丸のように飛び出し、刀の束がシュザンの鳩尾を打つ。

「うぐっっ!?」

鳩尾を突かれたため呼吸が一瞬止まり、シュザンの体が揺らぐ。

「刀にはこんな使い方もあるんだよ」

力が弱まった僅かな隙を見逃さず、アレスターに接する脇差しを払いのけ、そのまま逆手で振るい、衝撃音を残し頭部を薙いだ。

「すまないザンク……俺も勝てなかったようだ……」

瞳から怪しく光る殺気が消えると、シュザンは床に倒れこんだ。

「手強い相手だったな…」

主水は床に伏せたシュザンを見て、僅かに瞬巡する。

このまま生きたまま捕縛すれば、十中八九スタイリッシュの改造を受けることになると…

ならばここで命を絶つべきかと。

(いや、俺の仕事はここまでだ…)

仕事人は起こる悲劇を未然に防ぐことはしない。

起こってしまった最悪の結果に対して依頼され、関わりをもつだけだ。

気を入れ直すように主水は窓を開けると、すでに雨は止み、雲の合間から僅かに顔を出す太陽と、褌一丁で吊るされずぶ濡れになりながら失神しているタカナの姿が目に入る。

(すっかり忘れてたぜ…)

一つため息を吐くと主水は吊るされているタカナを下ろし、外で宿屋を囲むように待機している警備隊員に中に入るように指示をだした。

後の後始末の面倒事は全て帝都警備隊に任せ、主水、ウェイブ、クロメは現場を後にした。

―――――

仕事を終え、夕日が射す帰り道、

「ねえねえ主水」

主水が歩いていると袖をクイクイと引かれ、振り返ると、何か期待に目を輝かせたクロメが。

(そ、そういやあ約束してたな…)

主水が気づく素振りを見せると、クロメはコクコクと頷く。

「ああ分かってる。クロメは良くやってくれたからな。じゃあ約束通り食いにいくか。ウェイブも来いよ」

 

「はい、着いていきます」

「早く行こ」

溢れるほどの満面な笑顔を浮かべたクロメは主水とウェイブの手を引き走り出した。

――――――

 主水は戦場と化したレストランで胸を撫で下ろし、逆に店主は青ざめ、膝から崩れ落ちて床に手をついて項垂れている。

傍観者となるウェイブや他の客は唖然として動きが止まっている。

 その皆の視線の先では、小柄なクロメが、とんでもないスピードで存在するデザートを胃袋に収めていたのだ。確実に胃袋の許容量を遥かに超えて。

 なぜ主水は喜び、店主は崩れ落ちているのか?

 それは、以前レオーネにより、袖の下の金貨一枚をまるまる食い潰されたことから主水が学んだことにより起こった、店側の悲劇である。

 主水は、この世界の女性はとんでもない大食漢であることを、身を持ってその一件と、ナイトレイドでの食事から知った。

そして、その大食漢の筆頭に位置するアカメの妹ということから、懐に危険を感じ、デザートの食べ放題の店を選びやって来た。

故に、いくらクロメが食べようとも、主水には被害はなく、逆に店主は大損という運びになったのだ。

(今考えりゃあレオーネの一件は安い勉強量だったな)

主水はしみじみと積み重ねられ、うず高く伸びる空いた皿を眺めつつ、考えていた。

そんな主水を後目に、店側の悲劇は制限時間が終わるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回ナイトレイド側に移り、原作5巻にあった特別編に少しアレンジを加えて描いていきたいと思います。

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