主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第41話

 帝都から200里(800km)、危険種が多く蔓延る、秘境マーグ高地に主水はやって来ていた。

(たった一日でここまでやってこれたのは感謝しねえとな)

―――――

約一日前、主水は犠牲者を一人もださず、無事人質事件を解決した。

しかし、一番大変だったのは、事件のあらましを書き提出する調書であった。

ウェイブ、クロメの功績については、事実を書けば良かったのだが、自分の欄には力を隠すため、事実をそのまま書くわけにはいかなかった。故に、頭を絞った結果、侵入した天井を誤って踏み抜き、犯人の上に落下、そして運良く捕縛と書いて提出した。

事実を知っている人質の数人には話を合わせてもらうという辻褄合わせも入念にしてだ。

実際に主水の戦いを見ている者がいないために出来る荒業である。

ただ、提出した調書に目を通したエスデスが意味ありげに笑っていたのには肝が冷えたが。

そして、苦労した甲斐あって、無事に約一週間の有給を得ることができた。

しかし、次に訪れた問題は、帝都から臨時のナイトレイドのアジトまで200里の距離があること。

それが主水を悩ましていた。

歩いていくとなれば、途方もない日数がかかる。馬を使っても、一週間では行き帰りが出来ないことが想定されたのだ。

で、いつものように、裏の世界にはなにかしら便利なものがあるだろうと、ある組の知り合いのフリィにダメ元で相談してみると、その悩みを解決に導いてくれる人物を知っているというので、紹介してもらった。

その人物は、老齢ながら、瞳には依然として力強い光を讃える人物であった。

若い頃は、大小の蟹の危険種を使い、裏の仕事を行い、現役を引退した今は、娘と共に、危険種の蟹を使った運び屋を行っている人物である。

中々気さくな人物で、同じ裏家業に身を置く者として、すぐに打ち解けた主水は、高速で移動する大きな蟹を貸してもらい、その蟹の背に乗り、揺られながらやって来たのだ。

―――――

「ここまでありがとな」

労りの言葉を主水が蟹にかけると、巨大な鋏を持ち上げ分かったというような素振りを見せ、帝都の主の元に戻っていった。

「よし行くか」

主水がアジトと言うからには隠されているのだろうと考え、見落としのないように、目を凝らしながら歩くと、秘境という名には不釣り合いな物が堂々と建っていた。

「分かりやすいのはいいが、目立つな」

自然のまっただ中に人が建てた木造の大きな家が建っていたのだ。

「ここしかねえな…」

主水は家の中に入っていく。

「お帰り主水」

扉を開けた玄関先にエプロンをつけたアカメが立っていた。

「おお、ただいま……ってなんで待ち構えたようにここにいるんだ?」

嬉しい反面、アジトに行くという繋ぎさえ出していないのに何故分かったんだ?という疑問。

「ラバックが張った糸にかかったから分かったんだ」

「そうか」

合点が言ったと返事をすると、微かに微笑みを浮かべたアカメに、ナジェンダの元に通された。

「ボス、主水が来ました」

扉の外でアカメが中にいるだろうナジェンダに声をかけると、

「分かった。中に入っていいぞ」

という返事があり、アカメと共に主水も入っていった。

「久しぶりだな主水」

「ああ、すげえ所に居を構えたもんだな」

主水が疲れたような表情で話すと、ナジェンダはそうだろという感じで、してやったりといった感じで笑った。

「今日は来てくれてちょうど良かった。新しいメンバーをお前にも紹介しないといけないからな」

(そういやあセリューと戦っていた男が新メンバーだろうな…)

以前の苦い思い出が蘇るが、主水は全く顔には出さず、頼むとナジェンダに返した。

「じゃあ皆を呼んでくるよ」

アカメは外に走って行った。

「で、主水、顔見せもあるだろうが、今日来た本当の理由は何なんだ?」

ナジェンダは探るような目付きで主水に尋ねる。

「ああ、裏家業の人間として説教をしてやらねえといけねえやつがいるからな」

主水は獰猛な笑みを浮かべる。見る人が見れば恐ろしさを感じるが、そこは馴れたナジェンダ、故に、

「お手柔らかにな」

とナジェンダも微かに笑みを浮かべながら返した。

しばらく主水がナジェンダと雑談を交わしていると、部屋の外がざわざわと騒がしくなってくる。

「皆が集まり出したようだな。入ってこい」

ナジェンダが部屋の外にいるだろうメンバーに声をかける。

すると扉が開かれ、懐かしい面々が。

ただ、ラバックやレオーネ、タツミは戦々恐々とした面持ちをしている。

主水がここに来た理由を察していたのだ。

しかしながら、希望は捨てずに、違ってくれと必死に願っているのだろう。

(少し灸を据えてやるからな)

主水が鋭い視線を三人に飛ばすと、ビクッとした後に、表情が曇っていった。

「皆集まったな。今回久しぶりに主水が来たため、まだ紹介していなかった新メンバーを紹介したい。スサノオ、チェルシー前に出てくれ」

(スサノオ…日本の三神の内の一人。狂暴でヤマタノオロチを倒した話もあったな。名前通りか否か楽しみでもあるな)

以前主水は一度スサノオを見てはいるのだが、状況が緊迫していた上に、あの時はセリューのことしか考えていなかった為に、全く主水の記憶には残っていなかった。

メンバーの中から大柄の男スサノオと、飴をくわえた一人の女性チェルシーが進み出る。

突如、スサノオが厳しい表情で主水に近づく。

大柄故に、主水は見上げるような感じだ。

(中々の威圧感だ。それにしてもなんのつもりだ)

僅かに身構えるが、周りのメンバーは、またかといった感じで笑みを浮かべている。

徐に男は手を主水に伸ばす。

「衽が乱れている」

呆然とする主水と几帳面に着流しの乱れを直すスサノオ。

主水は気が抜け、皆は笑っていた。

「スサノオは几帳面な所があってな。また戦闘も家事も万能な私の帝具だ」

ナジェンダは胸を張ってまるで自分のことのように、誇らしげに語る。

「そ、そうか、よろしくな」

「ああ」

主水とスサノオは握手を交わした。

見た目はかなりの堅物のように見えるが、皆はスサノオのことを頼りにしているように感じたため、付き合いやすい男なのかもしれんなと主水は感じていた。

そうこうしていると、チェルシーが近づいてくる。

(またもや女か。世界の違いを感じるな)

主水が組んだ幾多の仕事人仲間にも確かに女性はいた。しかし、居ても一人ないし二人、男より女性の方が多いことに、若干の違和感を感じていた。

「私を女だと思って侮ったんじゃない?おじさん」

場が静まりかえる。

「そう感じたか?」

主水はおじさんと呼ばれたことなど歯牙にも掛けず、返事を返す。

「いいの主水、おじさん呼ばわりされて。怒りなさいよ!」

マインが主水に詰め寄る。どうやらマインはチェルシーを気に入らなく、主水をけしかけたいのだろう。

「まあ年からいったらおじさんだしな。この中じゃナジェンダの次に高齢だからな」

場が凍りついき、ナジェンダの瞳に殺意の炎が灯る。

主水はすっかり忘れていた、ナジェンダがその貫禄からは感じられないが、20代中盤であることを。そして、年のことは禁句であることを。

ナジェンダの義手が、ギシギシと軋む音を立てる。

(殺気!!)

主水がおぞましい殺気を感じ取った時には、主水は頭に大きなたんこぶが出来上がり、床に伏していた。

「私は20代中盤だ!!」

ナジェンダは鬼の形相で吐き捨て、皆は震撼していた。

「主水、女性に年を聞いたらだめ」

「………」

あまりの攻撃力にさすがの主水もアカメに返事をすることさえ出来なかった。

しばらく経ち、主水は頭に手を当てて立ち上がった。

「エスデスよりおぞましい殺気だったぜ…まあいい、悪かったなチェルシー。俺は女だと侮ったつもりはねえが、そう感じさせちまったならな。だがな、見りゃあ分かる。お前がかなりの腕だってえのはな。しかも裏家業に身を置くものとしてしっかりわきまえていることもな」

「そ、そう。それならいいや。よろしくね」

「ああ」

スサノオの時と同様に握手をしたのちに、主水は振り向き、

「じゃあ次は、裏家業としての心得が足りねえやつと話をしねえとな」

足音をたてずに逃げようとしているタツミ、ラバック、レオーネを主水の視線が射抜く。

その圧力故に足が止まる。

「体に教え込んでやる」

主水は三人の首根っこを掴み、引き摺り、外に出ていった。

「失礼なやつだが。どうだチェルシー。主水は?」

「皆と違うね。雰囲気や潜ってきた修羅場の数がね。皆と馴染んでいるように見えてもどこか違う場所にいる」

冷静に感じたままを話すと、少し間を置き、

「だけど、なんか安心感があるかな」

チェルシーは何かを思い出しながら呟いた。寂しそうな表情で。

「そうか…」

チェルシーの過去を慮り、それ以上は追及しなかった。

――――――

「どうしてこうなっているか分かっているな」

「はい…」

陽射しが強い炎天下で、タツミ、ラバック、レオーネは主水の前に正座して縮こまっている。

一様に神妙な顔つきで。

「前までなら問答無用で鉄拳制裁だが、それじゃあ進歩がねえ」

鉄拳制裁という言葉にビクッと三人はしたが、後に続く言葉を聞き、僅かに希望が見えた。

「試合方式で三人まとめてあんなアホなことをしねえように鍛え直してやる」

「主水さんに鍛えてもらえる」

「三人でかかればなんとかなるかもな」

「俺は後衛だ。被害は少なく済むな」

三人は楽観視していた。

地獄が訪れるとも知らず。

――――――

30分後

「レオーネ直線的過ぎるぞ!」

「うわっ!」

規格外の速さで打ち込まれる木刀。

レオーネは打ち込まれた腹を機転にしてくの字に折れ吹き飛んび、何回か地面をバウンドし、倒れた。

「少しは手加減してよね」

レオーネは倒れながら呟いた。

「どうした。かかって来ねえのか」

主水の怒声が轟く。

「容赦ないわね……」

「少し厳し過ぎると思う…」

マインとシェーレが鬼と化した主水にしごかれ、地面に伏している三人を見て、不憫に感じていた。

「あれぐらいされて当然よ。三人はそれだけのことをした。仲間を危険に曝す、へたをすれば全滅するようなことをね」

ナジェンダと共にやってきたチェルシーが、感慨の籠った口調で静かに話す。

そのいつもと違った雰囲気に、マインもシェーレも黙ってしまう。

「まだまだ。行きます!」

木刀を杖として、フラフラになりながらタツミは立ち上がると、走り出した。

「あ~あ、寝てりゃあ楽なのにな。先輩として情けない姿は見せられないっての」

タツミの姿に触発されたのか、悪態をつきながらラバックも立ち上がった。

「俺が旦那の動きを止める。そこでお前は一発入れろ。このまま無傷で終わらせるなよ」

ラバックは吠えると、三味線の弦を主水にめがけて飛ばす。

弦は主水の木刀に巻き付き、動きを止めた。

(三味線屋を思い出すな。だがそこまでは至ってねえ)

主水は木刀を立て引いた後、地面に平行に構える。

「やばっ外された」

ラバックは主水が引っ張ったことに対し、引き返した所で、木刀を平行にさせられたために、弦を外されたのだ。

「入れえええぇぇ!!」

すでに間合いに入っていたタツミの木刀が、主水に降り下ろされる。

「惜しかったな」

タツミの木刀が空を切る。

「えっ!?」

幻影のように姿が消え、刹那、背後に現れた主水はタツミの背中に一撃を入れ、試合という名の制裁は終了した。

一瞥すると、主水は踵を返し、歩き出す。

そして、三人に駆け寄るアカメとシェーレとのすれ違い様に

「鞭はくれといた。これで懲りただろ。あとは任せたぜ」

と囁くと、そのまま去っていった。

 

 

 

 


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