チェルシーが帰って来たのは、日が傾き、辺りがオレンジ色に染染まった時だった。
そして、準備を終えた仲間達が再びナジェンダの部屋に集められた。
「チェルシー裏は取れたか」
「4人だったからすこーし手こずったけどしっかり取れたよ。依頼にあったような外道だった。女をおもちゃにするような…今日も同じような取り引きがあるみたいで一同に集まるみたい」
ピリピリとした雰囲気と共に、皆の顔が怒りに染まる。
タツミは剣の柄を握り締め、レオーネは指を鳴らし、ラバックは誰よりも怒りを濃くした鬼の形相である。
女好きのラバックだからこそ激しい怒りが沸き上がっているのだろう。
「よし、丁度いい。今夜結構する。外道に天誅を加えてやろう!」
「おう!」
皆は意気揚々と室内を後にする。
しかし、やはり主水はスッキリしない表情を浮かべている。
「どうしたの主水。気になることでもあった?」
飴をくわえながらニコニコと笑顔を浮かべたチェルシーが主水に尋ねてきた。
「ああ、まあな…」
「やっぱり主水は皆と見方が違うね。実は私も引っ掛かってたことがあったの…」
すでにそこには笑顔のチェルシーは居ず、裏家業の顔をしたチェルシーがいた。
「私とは違うかもしれないから聞いておきたいんだけど」
チェルシーは周りを見回し、声を潜める。
他のメンバーには聞かれたくないのだろう。
主水にはその理由がよくわかっていた。
故に、「安心しな。皆は既に外に出て誰もいないぞ」と付け加えた後に本題に入った。
「俺が今回の依頼で違和感を感じたのは、依頼人の男についてだ」
主水は言葉を止め、チェルシーを伺う。
同じかと問うように。
「私とは違うね。私の理由は後で言うから続けて」
「ああ、今この時期に村の男が帝都に来るのはありえねえ。農作期にただでさえ必要な男手を気になるという単なる理由で、帝都に送るはずはねえからな。誰かに呼ばれて帝都に来たという風に考えると、誰かが後ろで手を引いているのではと考えてな。まあ考えすぎと言えばそれまでだがな」
チェルシーは目をつぶり、人差し指を頬に当てながら聞き、主水の話が終わると、目を開き、口を開いた。
「うん。考え過ぎじゃないと思う。この稼業は少しの見落としでも命取りになるからね…」
チェルシーは主水の意見に賛同した。どこか影のある表情で。
主水も気づいたが、この稼業になる人間には何かしら過去に問題があることも多々ある。そして、聞かれたくないことが殆どだ。
故に、自ら話そうとしないならば聞くべきではないと考えていた。
「ありがと…」
「何がだ?」
「なんでもない」
チェルシーは小さい微笑みを浮かべると、再び表情を引き締め、話を戻した。
「私が違和感を感じたのは、依頼料についてよ。依頼料は、エアという娘がくすねて貯めた金だって言っていたけど、私も以前金持ちの屋敷に居たから分かる。あれだけの依頼料をくすねるだけで集めるのは不可能よ。譲渡されるならまだしもね。あれだけの金を少しずつくすねたら、金持ちは目敏いから直ぐに気づく。自分の金を奪った者を許すことはない。何度も見てきたわ。だからあれだけの依頼料の作り方を聞いて違和感を覚えたの」
苦々しい表情のチェルシーを主水は初めて見た気がした。
いつも笑みを浮かべていた彼女が初めて浮かべた表情だったからだ。
「最もな意見だ…」
金持ちはいくら金を持っていたとしても、それ以上に際限なく金を欲し、尚且つ自分の金は必ず手放さない。
主水も何度もその光景を見てきた。
一生で使いきれない程の財を築きながらも、謀略を図り、金を求める。少しでも自分の財を狙う者がいれば容赦なく害す。
「…違和感の塊だな…」
「そうね、でも…」
「裏が取れている以上、俺達は依頼されたことを粛々とこなすだけだ。何かが起ころうとしていても、俺達にできることはねえ。それが俺達の稼業だからな」
仕事人時代に何度も感じたこと。仕事人が出来るのは悪を斬るのみ。良い未来に変えるなどの、正義の味方ではまずないのだ。
「やっぱり主水は皆と違うね。こんなに本音で話したのは初めてだよ」
チェルシーは嬉しそうに微笑んだ。
仕事を忠実に、厳格に、任務遂行し、様々な経験を積んだ。そこから覚悟など多々学ぶことがあった、まだ甘かったと。
そのため、甘さを残すナイトレイドのメンバーとは一歩引いた位置で対応していたために、本音で話すことが出来る者もいなかったのだろう。
その相手が出来た喜びから無意識に表れた微笑だった。
「皆は、いい意味で純粋で優しい、悪く言うと単純で覚悟が出来ていない。こんなこと話すと気にしちゃう、主にタツミとかね」
「ああ、着実に成長はしてはいるがな」
「うん…」
タツミという名を自ら出しながら、頬を染めるチェルシー。
「惚れたのか?」
「ウ~ン、気になる…かな」
ニヤニヤしながら聞く主水に、チェルシーはあっさりと心のうちを見せた。
気を許してくれたのだろうと主水は考え、僅に頬が緩んだ。
(しかし、タツミは何人無意識に落としゃあ気が済むんだ)
一転主水はエスデスを落とした無邪気な笑顔を浮かべるタツミを思い浮かべ深くため息を吐くと、チェルシーと共に部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆
エアマンタが帝都近郊の大地に体を下ろすと、辺りは既に夜の帳が落ち、すっかり闇に支配されていた。明かりと言えば、帝都の町の灯りと、月と星の煌めきだけである。
「ここからは歩いていくんだ。私はここで待っている。また、面が割れている者もいるからな、回りには用心しろよ」
ナジェンダが指示を出すと、皆はその足で取り引きが行われているであろうアジトに向かった。
チェルシーの案内によりアジトにつくと、人目につかないように身を隠す。
「どうする?」
「当然正面突破だろ!」
「おう!」
「ちょっと待て」
突撃をかけようとするタツミとレオーネの肩に手をかけ主水がひき止めた。
「どうして止めるんだよ旦那?」
「まじで聞いているのか?」
「うん」
さも当然のように頷くタツミとレオーネに、頭痛を覚える主水。
自分の常識と違うことがあろうと、この世界ではそれが常識なのだろうと、主水は抑えたこともあったが、しかし、仕事人として、これだけは抑えることは出来なかった。
「バカか。ここは街中だぞ。そんなことしたら人が集まってくるだろ。今日に限らず暗殺は人知れずするもんだ」
「私も今回は主水に賛成」
「そうですね」
「今回だけ?」
アカメ、シェーレは頷き、アカメの発言にマインが突っ込む。
皆のマイペースさにため息を吐く。
まあまあと苦笑いを浮かべたチェルシーが主水の肩を叩く。
「あまりモタモタしていられない。どうするんだ主水の旦那?」
辺りを警戒しているラバックが小声で聞いてくる。
「天井裏から行くぞ。それとチェルシー……」
「りょうかーい」
主水がチェルシーに耳打ちすると、チェルシーは帝具〈ガイアファンデーション〉を使い、黒服に化けると、アジトの裏に消えていった。
「俺達も行くぞ」
「はい!」
皆は主水に続き屋根に舞い上がり、通気口から天井裏に入り込んだ。
物音、気配を消し天井裏を進むと下から人の声や泣き声が聞こえてくる。
「ここか…」
主水は刀から小柄を取り出すと、迷わず隙間に刺し入れ天番を外し、室内を覗きこんだ。
眩い光と共に、室内の状況が入ってくる。
黒服の男数十人、それを束ねる笑顔の男バック、胴着を着こんだ禿げのスカ、小太りで烏帽子を被った男、髷を結った男、主要な標的の三人だ。
その三人が下卑た笑みを浮かべ見つめるのは、手枷足枷をはめられ、鎖で繋がれた少女達で、皆一様に俯き涙を流している。
「主水さん、俺もう我慢できません!」
タツミが中の様子を見て、拳を握り締め心情を吐露する。
「あと少し待て、その機会はくる。今俺達がするのは、室内の状況を記憶し、作戦をたてることだ」
タツミは室内の様子から目を叛け黙りこんだ。
皆は冷静に成り行きを見守っている。
裏稼業を行ってきた経験の差がそこに表れていた。
「顔バレをこれ以上しない為にも、人質に顔を見せずに実行する」
「そりゃあ無理だろ。どうやったって顔を見られるだろ」
レオーネが当然の如く反論する。
部屋の中心にいる少女に気付かれずに仕事をすることは、不可能と誰もが思うからだ。
「それについちゃあ大丈夫だ。チェルシーが上手くやってくれる。それとこれからの流れだが、俺とアカメ、レオーネ、ラバック、タツミで皆殺しにする。シェーレはエクスタスで少女の枷を切り逃がし、マインはここからシェーレの援護を頼む」
「分かりました」
「分かったわ」
シェーレは少女を救うということに意気を感じたのか笑顔で同意し、皆は表情を引き締めて同様に頷いた。
「次は配置を記憶してくれ。二分後に灯りが消える。配置を記憶したら、目を瞑り、闇の中でも視野が取れるようにしてくれ」
「私は夜目が効くから大丈夫だな」
ライオネルで獣化したレオーネは胸をはる。
「姉さんの帝具はこういう時も役にたつんだな」タツミは目を輝かせてレオーネを見つめる。
レオーネも満更ではない表情である。
皆は室内の黒服やターゲットの配置を記憶すると、目を閉じる。
屋根裏に沈黙が流れる。
「フヒヒヒ、今日の娘達も美味しそうだ萌え萌えじゃの」
烏帽子の小太りの男が、少女の間近にまで顔を近づけしたなめずりをする。
欲にまみれた男の吐き出す腐敗臭じみた吐息に、嫌悪感を感じた少女が顔を叛けようとした瞬間、屋敷中の灯りが消えた。
「どうなっとるんじゃあ!」
「停電みたいです」
轟く怒号、暗闇に包まれた室内が混乱に包まれる。チェルシーがブレイカーを落としたのだ。
「行くぞ!」
「おう!」
ナイトレイドのメンバーが一斉に天井裏から降り立つ。
皆は迷いなく、黒服を仕留めながら、主要な標的の三人に向かう。
暗闇に煌めく刀や剣、吹き荒れる血飛沫、うめき声を上げながら、吊り上げられる男達、空気を切り裂く轟音と共に振るわれる鉄拳、体が砕け肉片と化す男、凄惨な状況をシルエットが雄弁に語っていた。
「もう大丈夫」
シェーレは脇目も振らず囚われの少女に近づき帝具エクスタスで枷、鎖を切っていく。
「おんどれなにもんじゃ!」
闇になれ始めた黒服の一人がドスをシェーレに降り下ろす。
刹那、男は盛大に眉間から鮮血を撒き散らし、躯と化した。
シェーレの補佐をしたのは天井裏で浪漫砲台パンプキンを構えたマインであった。
シェーレはマインを信じていたので、敵を気にすることなく少女を助けるのに専念出来たのだ。
「な、なんなんじゃあ」
少女を見つめていた、烏帽子の男が取り乱しながら右往左往する。
「女を食いもんにしたどぶねずみが…あの世で閻魔様に侘びるんだな」
ドスの効いた声で呟くと、主水は太刀で袈裟懸けに悲鳴を上げる間も与えず、両断した。
(ヤバイぞ死んだ真似を)
闇に包まれていることをこれ幸いとして、床に寝転がるスカ。
しかし、スカは知らなかった、ナイトレイドには高レベルで死んだふりをする者がいることを。
「死んだふりが下手だねえ」
「がああぁぁ…」
糸に吊り下げられて、梁に吊るされるスカ。
ピンと張った糸が弾かれると共に、スカの生命活動が途絶えた。
バックと髷の男は、徐に床を開け、地下に作られた逃げ道を降りていく。
「逃がさない」
闇の中で赤く光る目を持ったアカメが後を追う。アカメを止めるべく、黒服の男が銃を構えるが、発砲する前には、肉片と化す。
「ぼ、僕だけは助けてくれ。僕は子供のこ……」
「葬る」
言い訳に聞く耳も持たず、アカメは帝具〈村雨〉を振るう。
飛び散り壁を血に染め、仕事は終了した――――と誰もが思っていた。