主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第44話

 少年は一心不乱に走った。夜の闇を振り払うかのように。

再び幼なじみの少女の笑顔を見たいが為に。

 少年は月が雲間から顔を出し、中天に差し掛かった頃に、月明かりに照らされた今は主なき巨大な屋敷に訪れていた。

 門は固く閉ざされているため、少年は塀を乗り越え、薔薇が咲き誇る広大な庭を抜け、屋敷の中に入り込む。

 深夜ということと、屋敷の主が召し使いの黒服のほとんどを連れて行ったため、屋敷の中は、虫の音しかしない静寂に包まれていた。

 昼間には、豪華に見えた廊下に飾られた絵画が不気味に感じられるが、臆病風に吹かれることもなく、少年はついに少女の部屋の前に辿り着いた。

 少年ははやる鼓動を抑え、扉を開いた。

「エア、ついに皆さんが殺ってくれたよ。もうこんな所に居る必要はないんだ。一緒に村に帰ろう」

急に開かれた扉に驚くかとも思われたのだが、まるで来ることを予期していたかのように、少年に笑顔を向け、問いかける。

「テスゴマ兄ちゃん。本当なの?殺してくれたの?」

「ああ、本当だよ。殺しを受けてくれたお姉さんが教えてくれたんだ」

「嬉しい!」

エアはテスゴマの胸に飛び込んだ。

抱き止めたテスゴマには万感の思いが去来する筈であった…

しかし、実際に彼に訪れたのは、冷たい金属の感触と、自分の体内を先程まで流れていた血液が、外部に漏れた感触、そして、耐え難い痛みであった。

テスゴマの理解の範疇を遥かに越えた現実に、痛みを堪えながらも、その疑問を問い掛けるしか選択肢は存在していなかった。

「どういうことエア?」

「どういうことってこういうことよ」

テスゴマからエアは勢いよく何かを引き抜く。抜かれると同時に吹き出る血液。テスゴマは血液があふれでる傷口を手で押さえながらエアを見る。

テスゴマを嘲笑するように見るエアの手には、テスゴマの血で赤く彩られた出刃包丁が。

「分からないよエア…」

テスゴマは痛みと、涙で揺らぐ視界の中でもエアをとらえ続けた。

しかし、そこには純粋無垢な笑顔で、「お兄ちゃん」と慕ってくれていたエアは存在しなかった。

歪なおぞましい笑みを浮かべた別物のエアが立っていたのだ。

あの面影は既にこの世を去っていたのだ。帝都に来て、たった三ヶ月の内に…

「察しが悪いお兄ちゃんには私が丁寧に教えてあ·げ·る」

テスゴマの体に底冷えする何かが走った。決して血液が流出し、体温が下がってきたことが起因していないことは、既に理解の範疇である。

「私は帝都に来て、知ったの、人との絆や、愛、そんな物は何の役にも立たないって。役に立つものはお金だけだってね。あいつに従順を装って従っている内に、あいつは私に多額の金をくれるようになったの。最初はそれでも満足していた。でもね、次第にそれだけでは満足できなくなったの。そんな中でより多くの金を得るためにはどうすればいいのか考えたの。簡単なことだった、家族のいないあいつを殺して、この富を愛人として手に入れるという。その為にまず、私のライバルとなる遺産を譲渡されそうな人間を一人づつ消していった。そして最後にあいつ。でもね、自分で依頼したらどこかでボロが出てしまうかもしれない、だからね、お兄ちゃんの出番なの。お兄ちゃんなら私が手紙を出せば、下心丸出しで、間抜け面で来てくれると確信していたの。案の定来てくれて、私の手駒のように働いて殺しの依頼をしてくれたってわけ」

エアは、話を聞き泣き崩れるテスゴマの前で、尚も饒舌に語り続け、堪えていた笑いを我慢できなくなったのか、話を終えた瞬間大声で笑い始めた。

そこには、人間の底無しの闇と欲望に捕らわれ、堕ちる所まで堕ちきった人間が存在していた。

少女は純粋で、無垢であったが為に、容易に帝都の闇に染められていたのだ。

「そんなお兄ちゃんに御褒美をあげる」

エアは蔑みの目をテスゴマに向けながら、懐から、金糸や銀糸で見事な細工を施された財布を取りだし、中から六枚の金貨を取り出すと、テスゴマに投げて渡した。

「三途の川を渡るには金が必要みたいだからあげるわ。残ったら地獄で使っていいわよ。地獄の沙汰も金次第だからね」

それだけ言うと、エアは薄ら笑いを浮かべ、「忙しくなるわね」とだけ残し、テスゴマのことなど既に忘れ去ったかのように部屋を後にした。

◇◆◇◆◇◆

 主水達は、人質を解放した後に、明かりをつけ、ターゲットの三人を含む、全ての暗殺対象を殺害したことを確かめていた。

「どう?数はそろった?」

「レオーネおめぇもこれぐらい手伝ったらどうだ。皆に任せっきりでよお。ただでさえ、おめぇが殺した相手は肉片になってて数えにくいのによ」

数が合わなくては、殺し漏れた者がいることになり、遺恨が残ることになる。すると、後々の禍根となることは火を見るより明らかだ。

故に、きちんと死体の数を照合していた。

「まあまあ、私はそういうチマチマした仕事が苦手なの。それにもう重要な仕事は済ませたよ」

「姉さんは豪快だからなあ」

「胸も豪快だしな。グワッ!」

レオーネの分まで働いたタツミが疲れも見せず、繋ぐと、気配を隠しながら近づいたラバックがレオーネの胸に飛び込もうとして、床に叩きつけられていた。

「で、レオーネは何をしたのよ」

加わったマインがイライラしながら尋ねる。

死体数えの仕事にうんざりしていた所に、笑顔で帰ってきたレオーネが癪にさわったらしい。

「依頼人の少年に仕事を終えたってことを伝えに行ってきたんだ。喜んでたよ。そのままどっかへ走って行ったけど」

「……そうか…」

「主水…」

「俺達にはもうかかわり合いのねえことだ…」

主水とチェルシーに得たいの知れない嫌な予感が沸き上がる。

もしもこれがタツミであったら全てを放り出しても少年テスゴマの元に向かったであろう。

しかし、二人にはそんな甘さはなく、達観していた。故に自分達には何も出来ることはないと割りきって考えることとした。

 数会わせも終わり、ナイトレイドの一行が敵のアジトを去ろうと門を出た時だった。

 月明かりに照らされた道をフラフラと揺らめき、倒れそうになりながらも、壁に体を預け、必死にこちらに向かってくる何者かの姿が。

「お…姉さん…」

力尽きたのか、はたまたレオーネを見て安心したのか、血にまみれ、顔面蒼白になった少年は壁をずりながらその場に倒れこんだ。

「大変!」

「………」

走りよろうとするシェーレを手を横に上げて首を横に振り制止する主水。

依頼人であろうと、姿を見せるべきではない、と主水は考えたのだが、その意図を図れずまた、優しさを持ったシェーレは批判の視線を主水に飛ばす「何故行ってはいけないのですか」と。

しかし、主水は意図を黙して語ることはなかった。

少年に手を差しのべたのは依頼を受けたレオーネのみだった。

「その怪我はいったいどうしたんだよ?」

レオーネの問い掛けに、少年は涙を流しながら、途切れ途切れ、囁くほどの小さく消え入るような声で話始めた。

「最後の……頼み…が…あります…」

レオーネの求めた答えではなかったが、テスゴマのこの世で最後になるであろう願いを聞くために一言返す。

「なんだ?」

「俺の…幼なじみの…エアが…帝都の闇に…染まって…しまいました。これ以上…エアに…罪を犯して…欲しくはない…。だから、だから…」

「もういい…」

溢れる涙と悲しみに染まるテスゴマの表情を見たレオーネは言いたいことは理解したと、最後まで言わせることはなかった。

テスゴマは震える手をレオーネに差し出し、レオーネの手に置くと、そのまま息を引き取った。

レオーネが手を開くと、月明かりを受け、金色と赤みを帯びて光る、血にまみれた六枚の金貨がそこにあった。

「依頼料か…」

レオーネは金貨を握り締めると、テスゴマの瞼をおろし、その場にそっと横たえ、立ち上がる、

「どうする殺れるか?」

主水が近づく。

気づいていながら、何もしなかった負い目が少しはあったのか、自分が殺ろうかと尋ねたのだ。

「私が受けた依頼だから、私が殺るよ…」

レオーネは振り向くことなく、月明かりに照らされた街中を走り抜けた。

―――――

「明日からこの屋敷と、この財は全て私のもの」

エアはほくそ笑みながら月明かりの射す屋敷のエントランスで喜びを表すかの如く、舞を舞うようにステップを踏んでいた。

「何よりも大事な物を捨ててまで金を手に入れて満足か?」

「誰よ!?」

エントランスに呼応するように響いた声に、エアは声を荒げる。

まるで何が悪いとでも言うかのように。

「あんたにテスゴマを間に挟み殺しを頼まれ、そして、今回はこれ以上幼なじみの手を汚させないでくれって頼まれた者だよ」

レオーネは俊敏にエアの元に現れ、細い首を掴み宙吊りにした状態で、レオーネは答える。

その闇を湛えた瞳にエアは恐怖を覚える。

『死』という避けられない恐怖を。

「あの役立たずがっ!」

顔を歪め、エアは苦しさを我慢しながら吐き出した。

「もうダメだな。帝都の闇に染まりきってる…」

レオーネが目を伏せると、エントランスに何かが折れる音が響く。

月明かりに照らされ浮かび上がった影は、力が抜け、まるで人形のようにだらりと手足が垂れたエアの姿を映しだしていた。

少女の命が絶えたことを月は静かに見守っていた。

―――――

穢れなき純粋無垢な少女でさえも、いや純粋無垢であったからこそ、帝都に蔓延る深い闇に捕らわれ、起こった悲劇である。

この少女の悪行は許されることではないが、この件の一番の被害者であったことは言うまでもないことである。

 




原作のエアは心は穢れることなく復讐を成し遂げ、帝都の街中で服毒自殺を図るという悲惨なものでした。
そんなエアを悪役にしたてるのは、八房以上の死者の冒涜のような気もしますが、帝都の闇を必殺風味にしたかったが為に改悪させてもらった話です。
 次回は、スタイリッシュの生存の為に危険種の話がなくなり、アニメで今放送されている安寧道の話か、ナイトレイドもしくはイェーガーズのメンバーとの話になると思います。まだ決まっていないので御意見を頂けたら幸いです。

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