主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第48話

 夕陽による逆光により目を細めて見たボルスは、自分の目を疑った。

「なんで主水君がここにいるの?」

主水に会えたことによる安心感よりも、疑問を抱く。

主水はエスデスと共にロマリー街道を南下して行き、自分達は東に進んだため、ここにいるはずがない。

距離的に考えても、どんなに馬を駆ろうとも、最低でも一日はかかる程離れているはずだ。

また、主水の帝具についても、空間移動ができるものではないことは、分かっている。

以上のことから、どう考えても、主水がここにいることは、有り得ないのだ。

そして、ボルスに警戒心を抱かせるのは、もう一つ理由があった。

今までボルスが見たことがない、特別な人を寄せ付けない雰囲気を、主水が放っていたことである。

「本当に主水君なの?」

「ええ、そうですよボルスさん」

否定してくれることをボルスは本能的に望んでいたが、それは目の前の人物が肯定することにより、儚くも瓦解した。

「じゃ、じゃあなんで主水君がここにいるの?」

今一番聞きたいこと――いや、聞かなくてはならないこと…

「一つしなくてはならない依頼を受けましたので」

「依頼?」

「ええ、今までならば、依頼人の為にも内容は話さず仕事をするのですが、ボルスさんには知る権利があるので話しておきますよ」

能面のように無表情の主水はボルスを見据え、ポ淡々と語り始めた。

◇◆◇◆◇◆

 天閉の背を追い約一刻、帝都の外れにある開けた土地にある一件のあばら屋に辿り着いた。

「入って直ぐの部屋で待っていろ」

扉を開け、入るように天閉は促す。

主水は軽く頷くと促されるままに部屋に入り、腰を下ろす。

辺りに視線を巡らし、深閑とする部屋で待つこと数分。

隣の部屋にだろうか、二人が入ってくる気配が。

「さあ頼みごとをいってくれないか」

「…はい……」

天閉の声の後に聞こえた声は、弱々しく儚さを感じさせる声であり、またその声色からして、まだ年端もいかぬ少女の声だと判断できた。

「殺して欲しい人がいます。今はイェーガーズという職業についているボルスという人です…」

「……」

主水は自分の耳を疑った。

こんな日が来ることは理解していた。

しかし、こんなにも早くこの日が来ようとは。

自らの手で、ボルスを殺す依頼を受けることになろうとは…

「私のお父さんは火付けをしたという無実の罪で捕まり、ボルスに火炙りで殺されました。お父さんの死にショックを受けながらもお母さんは、私のために夜通し働いてくれましたが、疲れが溜まり、一ヶ月後に…亡くなりました…」

終始少女の声には泣き声と嗚咽が交じっていた。

「天閉、裏は取ってあるのか?」

静かに黙って聞いていた主水だが、儚い希望をかけて少女の傍らにいるであろう天閉に尋ねる。

「そう来ると思ったぜ。抜かりはねえよ、死刑の調書を忍び込んだ先の庁舎で調べてきた。とんだ出鱈目が書いてあったぜ。それと共に刑の執行者の欄にもボルスの名前はあったよ」

「そうか…だがその話しでいくと火炙りの刑を科したやつと、無実と知りながら捕らえたやつの二人も仕事にかけるべきじゃねえのか」

今までの主水では考えられないことであった。

仕事にかけるべき相手を端から見れば庇うような言動をしていた。

以前の仕事仲間が見たら驚きを隠せない姿だろう。

「それも言うと思ったぜ。そいつらならもうあの世に送ったぞ。イェーガーズお前が目の前で見てたじゃねえか」

「あの…」

主水の目の前で爆散した人物がその内の一人だと主水は理解した。

「で、どうするイェーガーズ?受けるのか、受けねえのか?」

「依頼料は?」

「この娘が自分を岡場所に売って作った金貨三枚だ」

少女の辛い心境が窺えた。自分の身を売ってまでして作った金貨三枚。強く悲しい怨みを感じた。

「分かった。その依頼金貨一枚で受けよう」

その言葉を聞き、天閉は心を撫で下ろしていた。

天閉はターゲットのボルスについても、下調べをしていた。

しかし、如何せん警戒心が強いことと、愛妻家のため、仕事を仕掛けるような夜遅くに外に出ることがなかったのだ。

そして一番の問題は、天閉の殺し方の問題だ。

天閉は相手の体内に口を通して花火を入れ、爆散させる。

しかし、マスクを常用するボルスには使えない。

それらが理由となり、天閉が手をこまねいていた所に主水が出てきたのだ。

故に天閉にとっては一石二鳥であった。

◆◇◆◇◆◇

 俯き地面に視線を向けていたボルスはポツリと呟いた。

「いつか報いを受けるときが来ると思っていたけど、まさか主水君の手で与えられることになるなんて思ってもいなかったな……」

先程まで夕陽が照っていた空を覆うように、厚い鉛色の雲が這い出してきている。

まるで、その場の二人の心境を表すかのように。

「じゃあなボルスさん。地獄で会おうぜ…」

主水は、陽炎が揺らめくように姿を消し、瞬時にボルスの背後に現れると、逆手で脇差しを抜き、躊躇なく突き刺した。

ボルスの胸から鮮血で真っ赤に染まった刃が突き出す。

無表情であった主水の表情は僅に歪んでいた。

「主水君……仕事とはいえ…話も聞かずに…問答無用で処刑してきた…私が…こんなことを頼むのは…卑劣だと思うけど……頼んでいいかな…」

痛みに苛まれ、苦しそうに、途切れ途切れボルスは言葉を発する。

「なんだ?」

「家族を……時間がある時で…いいから……少し…気にかけてほしいの」

ボルスのマスクは吐血と涙でグショグショになっている。

心根は優しいボルスのこと、仕事でやりきれない思いをした時も、同様になっていたのかもしれない。

ボルスは、表に出せない表情を押し隠すことも、マスクを常用した数ある理由の内の一つにあったのかもしれない。

「この世に俺がいる限りはな…」

「あ…りが……とう…」

ボルス崩れ落ち、地面に血溜まりを作った。

主水は脇差しを振り、血を払うと、鞘に戻した。

(仕事人として逃れることが出来ない業か…)

雲間から雨が降りだす。

空も主水の仕事の終着を待っていたかのように…

「見届けたぜイェーガーズの旦那」

主水に歩み寄った天閉が声をかける。

仕事が果たされたというのに、天閉の表情も晴れぬものがあった。

同じ稼業に身を置くため、色々と思うところがあるのだろう。

「やり取り見せてもらったがよ…因果なものだな…」

まるで自分にも問いかけるように、主水に語りかける天閉。

主水はすぐには答えず、涙を流し始めた空を見上げた。

「…仲間も何もねえよ……俺は金しだいでどちらにも転ぶんだからな」

一拍開けた後、主水は振り返ることもせず、突き放すように吐き捨てると、地に伏せ温度を失ったボルスの亡骸を肩に抱え、ゆっくりとその場を後にした。

◆◇◆◇◆◇

 同時刻、ナジェンダ、スサノオから逃げきったクロメが苦しそうに地に腰を下ろしていた。

(あの異常な爆発は〈ルビガンテ〉の自爆によるもの…。ボルスさんはやられちゃったんだ……お姉ちゃんはどうなったんだろう)

ボルスと戦っていた姉のアカメに思いが行く。

自分の唯一の家族。

小さい時から、どんな時も自分を守り、寄り添っていてくれた優しい姉。

しかし、帝国の暗殺部隊を脱退し、自分を裏切り帝都を出奔した。

「生きていてくれないと困るよ…また一緒にいるんだから…」

クロメは少し表情に影を落とすと、帝具〈八房〉を握り締めた。

「隊長と合流しなくちゃ…」

ふらつく足取りで、八房を杖に、少しずつ歩みを進める。

ナイトレイドのメンバーと戦っていた時の姿とはまるで別物である。

「うっ……きれてきちゃった…」

足を急に止めたクロメは、呼吸が荒くなり、脂汗を流し、ついにはその場に踞った。

「お菓子を……食べなくちゃ…」

震える手で『クロメのおかし』と書かれた巾着袋を取りだし、手を入れる。

袋の中のクッキーを掴んだ感触に、クロメの目には、安堵の色が表れた、その刹那、

「ごめんなさい…」

謝罪の声が辺りに響き、クロメの視界が天と地を一巡した。

回転する視界の中クロメが見たのは、血飛沫をあげる自分の首の断面と、冷たい視線を自分に向ける、血塗られたエクスタスを持ったシェーレであった。

「お…姉ちゃん…」

「こんな悲しいこと、アカメにはさせられないから」

シェーレは、恐らく今生の最後の言葉になるだろう、クロメの言葉を聞くと、一度悲しそうな表情をした後、踵を返し歩き出した。

クロメの死に行く姿を見たくはなかったのだろう。

しかし、これが大きな隙を作り、そしてその後のシェーレの運命を決めた。

「痛…かった…よ!!」底冷えする声がシェーレの耳に届くと、シェーレの胸から血煙が立ち上る。

「えっ!?」

状況が把握出来ず、混乱し激痛に苛まれながら振り返ると、落とされたはずの首が繋がり、目を血走らせたクロメが、八房をシェーレに突き刺す姿があった。

「なんで?首を落としたのに…」

「あたしが教えてあげるわ」

シェーレの疑問に答えるように、白衣を靡かせたスタイリッシュが、虫歯のポーズをとりながら、したり顔をして、颯爽と表れた。

「簡単なこ·と·よ。クロメはね、薬で強化されてて、首を落とされてもしばらく生きていられるの。そ·こ·であたしが帝具神ノ御手〈パーフェクター〉でチョチョイと首を繋いであげたってわけ」

曇天に両手を上げてポーズを取る。

恍惚の表情で。

「みんな…ごめんなさい。アカメ…役にたてなくてごめんね…」

仲間との思い出が脳裏をなぞる度、シェーレの頬を瞼から溢れた涙が伝う。

皆で過ごした、楽しことも、厳しいこともあった濃密な人生。

それまでの走馬灯が走り、幕を下ろすと、シェーレの『命』の幕も下り始める。

直後、涙で歪んでいた視界が闇に染まる。

「大丈夫、あなたも私のおもちゃとして一緒にいられるから」

瞳を閉じ生き絶えたはずのシェーレは、クロメの帝具〈八房〉が怪しく光ると同時に、闇に染まった瞳を開きユラリと立ち上がった。

「私のおもちゃの出来上がり」

雨にうたれ、痛みに顔を歪めながらも、新たなおもちゃを手に入れたことにより、口の端を吊り上げてクロメは笑った。

「研究材料にしたかったのに、クロメのおもちゃになっちゃったわね」

言葉とは裏腹にスタイリッシュも薄ら寒い笑みを浮かべていた。

 


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