主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第53話

 漆黒の雲に覆われた空から、大量の雨が降り頻り、地面を打つ。

夜の静寂を切り裂くように、雨音や時々光る稲光の後に落雷の音が辺りに轟いている。

「では、おやすみなさいませ主水様」

「おう、気をつけて帰れよ」

恭しく挨拶をし退出するメイド。

主水はため息をつく。

先日から急にシズクが、ボリックつきの配置転換を受け、新たなメイドが派遣されるようになった。

また、その日からシズクの弟のソウタも広場に訪れることはなくなっていた。

悪化していく天候の如く、主水の心中にも暗雲が垂れ込み、嫌な違和感を主水に与えていた。

(そろそろ寝るか)

雨が降ることにより、季節を問わず気温が冷え込んでいたため、軽く体を震わせると、きちんとベッドメイキングが為されたベッドの掛け布団を上げ、床に入ろうとしたその際だった。

辺りを闇を切り裂くような眩い閃光が室内に射し込み、落雷の音が鳴り響いた直後だった。

雨が降り頻る外を走る幾つかの足音と、飛び交う怒号。

鳴り止むと同時に訪れる雨音のみの一瞬の静けさの後に、響く断末魔。

「何があったんだ」

窓辺に立ち、外界を見下ろすと、闇に見える多くの人影が円になり何かをしている。

カッと光る閃光が辺りを照らすと共に、一瞬ではあるが概要が見えた。

布で顔を隠した男達が、何かに暴行を加えていた。

(危険種でも出たのか)

男達の一種異様な様相から、教団の暗部を司る男達だと理解する主水。

 厄介事に巻き込まれることを疎み傍観を決め込んだ主水だったが、次の閃光が辺りを照らしたその刹那、傍らに立てて置いた二振りの刀を取り、窓から飛び出した。

地に着地すると同時に男達の円に走りだす。

「すいません、何かあったんですか?ちょっと失礼しますよ」

無関係だが気になったという感じで、焦る気持ちを抑え、冷静さを装い、かつ丁寧に対応し、周囲の男を掻き分け、中心にいたる。

「!!」

主水の表情に色が消えた。

中心にあったのは、幾多の暴行を受け、血にまみれ、静かに地に横たわるソウタの姿だった。

まだ僅かに息はあるが、虫の息で、すぐに絶えることになるのは誰が見ても分かる状態だった。

「何があったんだ…ソウタ!大丈夫か!」

男達が未だに取り巻いていようが、そのような事を気にするおくびも出さず、ソウタを抱き起こし問い掛ける主水。

「そいつはボリック様に―――」

「てめぇには聞いてねえ黙ってろ!!」

主水の体を中心に冷たい殺気が吹き荒び、男達は声を失った。

「おじさん……お姉ちゃんの…仇…ボリック……これで……」

小刻みに震える手でソウタは懐から何かを取り出すと、主水に手渡した。

主水が手を開くと、金貨が4枚あり、主水はそれを握り締め、小さく頷く。

主水は今までも、多くの依頼人と接し、更には一人一人の人生を見届け、仕事にいたる過程に触れてきた。

そのため、ソウタが話す途切れ途切れで、脈絡のない単語のみでも、ソウタが言いたいことを理解するには、然程苦労することはなかった。

ソウタは主水が頷くのを見ると、雨の滴に交じらせ、一筋の涙を流し、痛みや苦しみを抑えこんで、いつも主水に見せた屈託のない笑顔を向ける。その後、力なく項垂れ、息を引き取った。

短い人生に幕が下りたのだ。

「おいおいこの小僧金持ってやがったか。俺達の酒代に使えたのに損したぜ。イェーガーズさんよ、俺達がそいつを始末したんだからその金こちらにくれませんかね」

先程までは吹き荒れる殺気に気圧されていたが、ソウタに相対していた主水はそれを抑えこんでいたので、男は先程感じた殺気は気のせいだと思い込み、男の中の一人が嘲るように主水に声をかける。

主水が受け取った金を戦利品と考えての発言。

しかし、主水はその発言を取り上げることも、ましてや反応することもない。

主水は瞼を手でそっと閉じると、その場に優しく寝かせ、俯いたまま立ち上がった。

「くれる気になったんですかねー」

布で顔を隠しているため、表情は伺えないが、口調から主水を侮っていることは理解に固くない。

安寧道本部に来てからの主水は昼行灯を貫いていた、その事からボリックに仕える者はシュテンやメズ以外は主水を蔑み、侮っていた。

しかし、既に主水は表の顔ではなく、裏の顔である、仕事人としての顔に移行していた。

依頼された仕事を淡々とこなすのみの。

男が手のひらを主水に向け、催促するように上下させた。

その刹那、辺りの闇を払うように稲光が光ると同時に、その光を更に切り裂く、銀色の一閃が三度、宙に閃いた。

眩い閃光が消え、暗闇が再び辺りを支配する中、 男は両腕を失い、血液を撒き散らしていた。

「…………」

しかし、男は断末魔さえ上げることは出来なかった。

「喉笛も断ち切った、痛みに苦しみながら死にな」

冷たい視線を男に向けた後、瞬時に男に肉薄し、刀の束で鳩尾を穿ち、男を遥か後方に弾き飛ばした。

「お、お前ら陣形を整えろ」

何が起こったのか、しばし茫然としていた男達だが、暗部に生きていたため、立ち直るのは早く、主水を瞬時に敵と判断し、一番後方に控えるリーダー格の男が檄を飛ばす。

しかし、仕事人と化した主水は、甘くはない。ターゲットの隙を見逃すことなくつき、容赦なく、攻め込んだ。

雨にぬかるむ地を、泥を跳ね上げるほど強く踏み込み、雨を切り裂きながら主水は進み、一瞬で一人の男の眼前に迫ると、すれ違い様に逆袈裟に切り上げる。

血煙を上げ、斜めに崩れ去っていく男を、何があったとばかりに、驚愕の表情で茫然と見つめる男を刀を翻し、返す刀で切り下げる。

主水が進んだ先に待ち構えていた男が、降り下ろす仕込み刀を、太刀で受け止め、つばぜり合い状態から、上から抑えるように下段にまで下げる。その後、刀を引き、束で顎を打つ。顎を打たれ意識が刈り取られ、ぐらついた所で容赦なく首を薙いだ。

刹那、斜め後ろから迫る槍の鋒を反時計回りで流し、その流れで、通り過ぎる男の首に刀を当て、引き切った。

「背後を取ったぞ。死ね!」

主水の死角から背後を取った男が真上から剣を降り下ろす。

主水は即座に刀で剣を防ぎ、左手で脇差しを抜き、背後の男の心臓を貫いた。

噴水のように心臓から血飛沫を上げ、男は崩れ落ちた。

天から雨粒が地に落ちるまでの、一瞬とも思える僅かな時間で、残っていた6人中5人の命が刈り取られた。

リーダー格の一番後方にいた男は青ざめ、腰を抜かした。

決して、死んだ男達は弱くはなかった。幾多の裏の仕事をこなしてきたのだから。

しかし、そこに立つ主水は、今まで見てきたどのような敵とも別格の強さを持っていた。

羅刹四鬼が赤子に見えるほどに。

その事実が男の戦意を喪失させていた。

無表情で血の滴る刀を提げながら、主水は一歩ずつ歩みを進める。

「頼む助けてくれ。俺はボリック様に命令されたことをしただけなんだ。命だけは」

男を見下ろす位置で主水は立ち止まる。

男はブルブルと震えながら土下座をしている。

「てめぇはお前が言ったことと同じことを言ったヤツをどうしてきた」

「ヒィッ」

主水は男を唐竹割りに、両断した。

 主水は男達の死骸を冷たい視線で一瞥すると、地に横たえたソウタを抱き上げ、その場を立ち去った。

 頻りに降りしきる雨をまともに浴びながら、主水は市街地のメインストリートを歩く。

既に時間や気候故に、人気はなく、街全体が眠りにつく。街灯の淡い明かりがのみが、辺りをうっすらと照らすし、主水を認識している。

 主水は町外れのある長屋の前に立つと、戸に手を掛ける。

その家の鍵は閉めらておらず、ギィーという音を立て、部屋の内部を晒した。

中から、冷たい空気が主水を迎える。

主水は躊躇することなく、室内に足を進める。

玄関から入って直ぐの部屋で主水の足が止まった。

「やはりこういうことか…」

主水が想定していた最悪の結果が主水を迎えた。

この二週間温かい笑みで自分の世話をし、慕ってくれた少女シズクが冷たくなり、天井から吊り下げられた縄によって首をくくっていた。

主水は無言でシズクの縄を切り、シズクを下ろすと、ソウタの横に寝かせた。

静まり返り震撼とした室内に、主水を伝う雨の雫が床を打つ音のみが静かに響く。

寝かされた二人を見ていると、今にも「主水さん(おじさん)」と屈託のない笑顔を向けてくれるように主水は感じていた。

(一挙に二人を失っちまったか…)

顔をしかめ、主水は立ち去ろうと腰を上げると、机の上に置かれている開かれた一通の手紙が目に写る。

主水は表情を消したまま、手紙を読み上げる。

『ソウタへ。お姉ちゃんは今日ボリック様によって汚されてしまいました。お父さんやお母さんの代わりにソウタといつも一緒にいようと思っていましたが、この汚れた体でソウタに接することを、私は許せませんでした。ここに私がこれまで働いて稼いだ金貨4枚があります。このお金は生活の足しにしてください。こんなお姉ちゃんを許してね。ソウタは頑張って私の分も生きてね』

「…裏を取る必要もねえな…だが、この金は高すぎらぁ…」

主水は4枚の金貨の内の一枚を取り袖にしまうと、残りの三枚を机の上に置き、手紙に付け加えた。

『最初にこの二人を見つけた者は、この金で二人を弔ってやってくれ。なお、この金を横領した場合、地獄に送る』

書き上げると、手を合わせ二人の冥福を祈った後に、姉弟の家を後にした。

 

 


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