主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第56話

 月が雲の影に隠れ、闇に閉ざされた空を、一つの影が黄金の線を引き、横切った。

(スサノオが理解してくれたのはよかったが、やりすぎだ…)

宙を舞いながら気だるげな表情を浮かべ、フッと息を吐くと、中空を舞い、自由に身動きがとれない中、無理に体勢を立て直し地に足をつける。

ただ、吹き飛んだ勢いが強すぎ、着地地点からかなり後退していた。

(チッ草履が擦りきれちまったか)

裸足になった足を見て、一瞬顔をしかめたが、これからが本番だとばかりに、気にする素振りもなく、小走りに走り出した。

―――――

「私としたことがしくじったわ……」

所々血液で赤いシミがついた白いメイド服姿のチェルシーが建物に身を隠しながら、自分の不運を呪った。

 ナジェンダの仕事の後の逃げ道を確保しようと裏で活動していた時に、ボリックの屋敷周囲を警護する羅刹四鬼イバラを見かけ、このままでは、屋敷に奇襲をかけるアカメ達の障害になると危惧したチェルシーは、警護の兵に身をやつし、始末しようと決意し、行動に移す。

「イバラ様。ナイトレイドが屋敷に突入をかけてきたので挟み撃ちにすべく、屋敷の玄関先に来てくれとのボリック様からの指令です」

「分かった、行こう」

イバラは踵を返すと屋敷の玄関先に向け歩き出す。

 その背からは、警戒心は少なからず感じるが、出来なくはないとチェルシーは判断を下す。

注意深いチェルシーとしては普段ではあり得ないことではあるが、仲間のために、少しでも役にたちたいという思いが、チェルシーに無理をさせた。

背後を取ると、隠していた暗殺用の針を抜き脊髄を穿つ、目的遂行まであと僅かな所だった、

「何をしてるんだ」

ニタリとおぞましい笑みを浮かべたイバラが顔を180度回転させて、チェルシーを見据えたのだ。

(どんな首の骨してるのよ)

あまりの恐怖に声もでない。

今まで幾度となく修羅場を掻い潜ってきたチェルシーだが、このまま始末をすることは不可能と断念し、逃げることにした。

ただし、ただ逃げるだけでない。出来るだけ引き付け、この屋敷から放すことを目的に変え。

「鬼ごっこかーい」

ゲラゲラと下卑た不快な笑い声を辺りに響かせながら、羅刹四鬼のイバラが、一歩一歩屋敷の片隅にあるチェルシーが身を潜める小屋の裏に着実に近づいてくる。

(あいつ直ぐにでも私を殺せるのに、私を追い詰めことを楽しんでる)

チェルシーは悔しさに唇を噛み締める。

 だが、チェルシーには不意討ち以外の戦い方は出来ない。

 例えここで、動物に化けたとしても、この状況では見抜かれてしまう。

上手く逃げ切れたとしても、引き付け屋敷から放すことは出来ない。

イバラの気配から集中を切らさずに、頭の中で幾多のパターンをシュミレートするが、どれも手詰まりである。

「見つけたぞー」

「!!」

それまで前から感じていた気配が、いつの間にか背後に、更には声も背後から聞こえた。

頬を冷や汗が伝い、体が緊張で、凍り付いたように強ばる。

(詰んじゃったか…)

諦めの言葉が頭に浮かぶ。

既にチェルシーは眼前に迫る死を迎え入れる覚悟をし、振り向く。

そこにあったのは、見るものを震え上がらせるほどの不気味な笑みを浮かべたイバラが。

遊びを終わらせると宣言するかのように、徐に拳を振り上げる。

「少しは楽しめたよ。バイバイ」

チェルシーはぎゅっと目を瞑る。

(タツミ……)

イバラの豪腕がチェルシーを砕く―――かに思われた。

しかし、

「こんな所に居られては邪魔なんですがねぇ」

何故かイバラと違う聞きなれた声が。

恐る恐るチェルシーは目をあける。

開かれた視界に入ったのは、

黒い羽織を羽織った後ろ姿と、そこに射し込む黄金の光。まるで後光のような。

「大丈夫かチェルシー」

「えっ主水?」

まるで聞き返すように尋ねるチェルシー。思惑が外れたかのように調子の外れたトーンで。

「ああ、タツミじゃなくて悪かったな」

少しの落胆の色を感じ取った主水は、ニヤリと笑いながらの邪険な返し。

主水とチェルシーが気軽に打ち解けあっているからこその容赦がない返し。

「いやそういうわけじゃないわよ」

「頬が赤く染まってるぞ」

あたふたと否定しながらも、それを肯定する本能的な変化と恐怖から起こる硬直が解けたことを見届け、更に口許を緩める主水だが、視線を前方に向ける頃には、すでにその表情は180度転換していた。

「まさかイェーガーズのあんたがナイトレイドの一員だったとはな。だが俺にとっては最高だぜ。あんたとやりあいたくてやりあいたくて、しょうがなかったんだ」

舌なめずりをしながら、主水に恋い焦がれる相手に送るような熱い視線を向けるイバラ。

そして、早くも戦闘体勢を整えている。

「気色わりぃ野郎だ。俺は時間がねぇから一瞬で終わらせてもらうぜ。ネズミ退治であとがつかえてるんでな」

主水は鯉口に手を添え、右手で太刀の柄を掴み、鞘から抜く。

白銀に輝く刀身が外気に曝されると同時に、主水が地を蹴った。

「真っ向勝負か。そそるねえ」

人間とは思えない、体の柔軟性から、あり得ない速度で攻撃が放たれる。

主水は冷静に、あるいは避け、あるいは太刀で弾き、あるいは流し、傷を負うことすらなく、即座に間合いを詰める。

右手に携えていた太刀が銀色の軌跡を描き、横凪ぎに一閃。

「おっと」

「えっ!!」

しかし、主水の横凪ぎの一閃はイバラの腹をかすることもなく、空を斬った。

イバラは羅刹四鬼の特異な身体能力で、太刀の軌道にある体の部位を後方につきだし、軽やかに攻撃を避けていたのだ。

「残念。俺達羅刹四鬼はレイククラー…ガハッ!?」

「しのごの抜かさず地獄に行きな」

得意気に言葉を発していたイバラが、急に動きを止め吐血する。

血走った目で振り返ると、いつの間にか背後に現れた主水が太刀で背中から心臓を穿っている姿が。

「いつのまに……」

イバラの疑問に答えることもなく、太刀を更に深く刺し、突き上げると、イバラは痙攣したように二三度ピクピクと震え、息を絶えた。

主水が太刀を引き抜くと、刺したあとから血が吹き出し、地面を朱に染める。

普段と変わらぬそぶりで太刀を振るい、刀身から血を払うと、主水は刀を鞘に戻す。

辺りにカキンと鞘と鍔が鳴らす金属音が響くと、その音で我に返ったチェルシーが主水に駆け寄る。

「ありがとう主水助かったよ。あと、主水の仕事初めて見たけど、鮮やかな手際で感動しちゃった」

「助けれてよかった。まあ、長年してるからな」

羅刹四鬼を寄せ付けることなく、瞬殺した主水に、恐ろしさと同時に、負の感情に相反する、頼もしさも感じるチェルシー。

今まで見てきた仲間とも別格の強さ、そして経験の差を、目の前で見せられ、それがチェルシーに頼もしさを感じさせていた。

「羅刹四鬼でも一番強いイバラをあんなに簡単に倒しちゃうなんて」

「ヤツは俺が間合いを詰めても、後方に下がることもなく、足場を固めて手数を繰り出した。それに合わせて攻撃の時に見せたあの気持ちわりぃ体の柔らかさ。合わせて考えりゃあ、ああやってかわすというのは容易に読めてな、横凪ぎはそれに繋げる起点、本命が背後からの心臓への一撃だ。自分から刺さりに来てくれて楽だったぜ」

主水はチェルシーにネタをばらしながら、屋敷に向かって歩き、ボリックの屋敷の壁に近づくと、屈み、格子状の通気口を引き抜く。

以前主水が、子供達とのかくれんぼの最中に探していた、仕事を遂げるための一つの突破口だった。

「今から俺は本命を片付ける。チェルシーおめぇは今すぐここから逃げろ。あと、中庭ではまだ戦闘が続いているから裏から逃げな」

「了解。気をつけてね」

「ああ」

主水は通気口からボリックの屋敷の床下に入り込んだ。

「…主水がいると安心感があるな…」

チェルシーは一人ごちると足早にその場を立ち去った。

―――――

 走る閃光、轟く打撃音、中庭では、闇の中、インクルシオを纏ったタツミとセリューが一騎討ちを繰り広げていた。

「キュウ……」

少し離れた所で、コロが主であるセリューを心配そうに固唾を飲んで見守っている。

イェーガーズの持つナイトレイドの情報でも、インクルシオを持つのは百人斬りのブラートとされ、未だにブラートは世を去り、タツミに引き継がれたことは知られていない事実。

そんな中で、セリューは正義を重んじていることと、自らの力を試さんが為に、一騎討ちの提案を持ち掛け、タツミもそれを了承する形で一騎討ちが為されていた。

「はっ!」

「甘いよ」

タツミが繰り出す槍を見切り、最小限の動きでかわし、横を過ぎていく、槍の柄を左手で掴み、自らに引き寄せる。

「終わりよ」

空いた右手のガントレットから青白いスパークが走り、螺旋を描きながら鳩尾を狙い打ち込まれる。

「うわああぁあぁぁ!!」

直前で槍を手放し、腕を交差しガードしたため、打撃の威力は大きく緩和されたが、纏っていた雷がインクルシオ内部のタツミに走る。

雷は激痛となりタツミの体内を走り抜けた。

「うっ…」

雷が抜けた後、あまりの激痛にタツミは膝をつく。

タツミとセリューの間には大きな差が開いていた。

「ナイトレイド最強のブラート。帝都側にいた時にはその強さから、百人斬りという勇名を持っていたと聞いたのに、期待外れね」

セリューは膝をついて、肩で息をするタツミを見て、残念そうに呟く。

 以前スサノオに追い詰められた自分の力が、主水に鍛えてもらい、どこまで伸び、更にはナイトレイド1の力を持つインクルシオ遣いのブラートに、ついていけるかを確かめる為の戦いであり、苦戦することを予想していた。

しかし、相対してみると、この力の差、ある意味拍子抜けだった。

「ウオオオオ!!」

セリューの言葉を受けた瞬間タツミは力強い咆哮を上げる。

(インクルシオを持つ俺は兄貴と認識されている。ならば俺が弱いと兄貴が弱いと思われちまう。それはダメだ!!)

未だに自分とブラートの間に広がる大きな差を、再認識させられながらも、強い思いがタツミを立ち上がらせる。

「俺はやられるわけにはいかないんだ!」

タツミは残る力を振り絞って、セリューに向かって走り出した。

 

 


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