辺りの闇に溶け込むような漆黒の帝具〈グランシャリオ〉を纏ったウェイブが、流線型のボディーで風を流し、加速しながらアカメに向かう。
アカメも同様の黒い装束で闇に明滅するかのように、ステップを踏みウェイブに向かう。
交錯すると同時に激しい金属と金属がぶつかり合うかな斬り音が甲高く響き、二人を中心に円上に衝撃波が吹き荒んだ。
それは戦いの始まりを告げるものだった。
アカメの帝具〈村雨〉が、紫電の輝きを放つ。
細い糸のように洗練された軌道を、闇の中でアカメが紡げば、ウェイブはその糸の如き軌道を払うように豪快に拳や蹴りを、流れるような体裁きで放つ。
共に凌ぎ合いで、決定だになり得ない。
ただ、アカメの方が明らかに不利であった。
(このグランシャリオにはインクルシオ同様に隙間がない)
アカメの帝具〈村雨〉は一撃必殺であり、体に僅に切り傷をつけるだけでも、刀身が持つ呪毒で死に至るというチート級の帝具ではある。
しかし、そのような〈村雨〉にも大きな欠点があった、グランシャリオやインクルシオのように体に触れる隙間さえない帝具などには、〈村雨〉は効果を出せないという。
故に決定打足り得なかったのだ。
攻防が一秒毎に入れ替わる熾烈な戦い。
ウェイブの強烈な右ストレートを村雨で防ごうと刀身を引き、縦に構えた時、急にウェイブは右ストレートの勢いのまま、握り拳を開き、村雨の刀身を握り、力任せにガードを抉じ開ける。
(ガードを開けられた!)
予想外の行動に一瞬の戸惑いが生じ、それに乗じてウェイブが身を翻し裏拳を放つ。
「うっ!」
裏拳を腹に叩き込まれたアカメの華奢な体は、くの字に曲がり、容易く弾き飛ばされ、木立を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
「食らえ」
マインの帝具パンプキンの正確無比な射撃が闇を切り、二筋ウェイブを襲うが、冷静にバックステップを踏みかわす。
「ドンピシャだ。待ってたぜ」
ウェイブが足を地につけた刹那、ラバックの帝具〈クローステール〉一斉に四方から拘束するように、絡み付く。
「今だマインちゃん!」
「もう撃ってるわよ!」
まさに阿吽の呼吸、ラバックの拘束が決まった瞬間、指示を聞くことなく、マインのパンプキンが火を吹いた。
決まるはずだった。
今まで何者も拘束した後に逃したことのないクローステールを、ウェイブは力業で引きちぎり、拘束を逃れ、上空に舞い上がった。
「マジかよ!」
今まで無かった展開に困惑しながらも、上空から迫るウェイブの攻撃を防ぐべく、クローステールで物理結界の守りを固める。
蜘蛛の巣状に張られた強固な結界にウェイブは躊躇なく、蹴りをつきいれる。
しかし、万全の守りだったはずのクローステールの結界は軽々と突き破られ、僅に威力が軽減した蹴りが、ラバックの腹を抉り、ラバックは吐血しながら弾き飛ばされ、林立する木立に叩きつけられ、そのまま地に腰を下ろす状態となった。
仲間を守るという強い意思を持ったウェイブは強かった。
「終わりにさせてもらうぞ」
ウェイブがラバックに向けて足を一歩踏み出す。しかし、ウェイブは体に違和感を覚え、足を止めた、いや止められたと言うべきか。
うつむいたままのラバックが苦しさを押し殺しながら、微笑を浮かべ、口を開いた。
「かかったぜ」
闇に走る無数の糸がウェイブの四肢を縛り上げ、拘束していた。
「無駄なことを」
ウェイブは先程と同様に力を込め、糸を力業で引きちぎりにかかる。
しかし、糸は切れるどころか、揺らぎもしない。
「界断糸、東方に住む超級危険種の急所を守る最強の糸。その切れ味のためそのように呼ばれる。クローステールのとっておきだ切れねえよ。アカメ、俺がこいつを引き留める!行ってくれ!」
「分かった」
ラバックの思いを無駄にする訳にはいかない。
アカメとマインはラバックに頷くと、わき目も振らず闇の中を進んだ。
「足掻いても無駄だぜ…」
未だに糸を切ることを諦めず、もがくウェイブを、嘲笑うように手を引き、糸の拘束を強めるラバック。
優位に立つラバックだが、その表情に余裕は微塵もない。
(ヤベェ、さっきの攻撃が効いてきちまった…)
ラバックの視界が歪み、ぼやけ、狭まる。
(ごめん…足留めもここまでだわ…)
ラバックの意識は途切れ、崩れ落ちるように地に倒れ込み、それに伴い、ウェイブの拘束も解かれた。
(大部離されたか。急がないと)
ウェイブはラバックを見ることなく、踵を返すと、抉れるほど強く鋪装された地面を蹴り、アカメの後を追走した。
―――――
「やっと屋敷が見えて来たわね」
アカメとマインが走る視線の先に、林立する林の先に、うっすらとボリックの屋敷の影が、微かに見え始めてきた。
しかし、その中で砂煙を巻き上げながら追撃する影と、前方から轟音を放ちながら向かってくる影が。
「また来た。しつこいわね。ラバックも、振りきられたみたいね。それに前からも筋肉ダルマが。挟み撃ちか、私はグランシャリオをやるからアカメは前から来る汗臭そうな筋肉ダルマをお願い」
射撃主として優れた視力を有したマインが、いち早く2つの敵影を見つけ指示を出す。
「あれは…シュテン!!分かった…」
アカメの声の僅かなブレに、驚きの色をマインは感じ取ったが敢えて言及することなく、振り返り、パンプキンを構えた。
(パンプキンは遣い手がピンチであればあるほど威力が上がる)
ウェイブは空中に舞い上がり、一度宙に静止する。
「グランフォース!!」足を付きだし、闇を切り裂きながら、一本の放たれた矢の如く、マインに向かって突き進んでくる。
既に射程には入っている、しかし、マインは放たない。
パンプキンを最大出力で放つために。
(ギリギリまで引き付けて……5、4、3、2、1…)
「いっっっっけえええ!!」
ウェイブのつき出された足により、マインの前髪が揺れる。
それほどまでにウェイブが接近した刹那、パンプキンが放たれた。
遣い手の命の危機に陥るほどの危機的状態故に、パンプキンの威力は極大にまでなっていた。
人一人軽々飲み込むほどの極太の精神エネルギーが収束され放たれた。
「うおおおおおぉぉぉぉ……」
空の闇、雲を切り裂き射撃に飲み込まれたウェイブは煌めく星となった。
―――――
「久しぶりじゃのうアカメエエエェェ。お主にも救いを与えてやろおおぉぉ!!」
辺りの林を揺さぶる程の声を響かせながら、弾丸のように体を凶器と化し、特攻してくる。
「昔馴染みのよしみだ。一撃で葬る」
アカメは地を滑るように、村雨を下段に携え走り出した。
村雨の刃が届く間合いに足を踏み込むと同時に下段から逆袈裟に斬り上げる。
「ムン!!」
シュテンには金属製のものなどない中で、金属と金属がぶつかりあう音、そして刃が止まる感触が。
アカメの目に入ったのは、シュテンの髭に止められた村雨。
そして、その突進力は健在で、アカメは反発力で遥か後方に押しやられた。
「どうだわしの自慢の髭は」
シュテンは武器にも相棒にも、友にもなる髭を労るように撫でる。
「私の村雨が髭に抑えられるなんて…」
逆にアカメは悔しそうに歯噛みする。
第一刃はシュテンが勝利した。
「行くぞ。我が拳で救いを!皇拳寺百烈拳!!」
名前通りに、一秒間に数百とも言える打撃。
拳が幾つもあるように見える程の、嵐のような打撃の雨。
スピード自慢のアカメは、一打一打を冷静に捌くが、それにも限界がある。
服が破れ、体にはアザが浮かび上がる。
「クッ」
「救いを受け入れよ!」
苦境に立たされているはずのアカメの口許が僅かに上がる。
「救いを喜ぶか」
「いや。自分の手を見てみたらどうだ」
「何!!」
シュテンの顔が青ざめる。
指についた小さな傷から梵字のようなものが広がり、全身に広がり、心臓に到達する。
するとシュテンの瞳孔が開き、大きな巨体が崩れ落ちた。
「シュテンを殺るなんて強くなったねアカメ」
闇に響く女性の声。
そして、軽やかな足取りで現れる軽装の女性。
「メズ……」
「久しぶりだねアカメ」
笑顔のメズに対し、アカメは無表情で返す。
「アカメ知り合いなの?」
「帝都の暗殺部隊にいた時のね…」
僅かに口ごもるアカメを見て、マインも聞くのを躊躇うが、時間がないのも確かなこと。
「まあいいわ。敵なら分かってるわねアカメ」
「ああ…」
アカメも村雨を構える。
「挨拶は戦闘でか…まあ素手でやるのは無理があるから、私も帝具を使わせてもらうね」
「!」
羅刹四鬼は、その身体能力を遺憾なく発揮し戦うため、帝具を持っていないという情報があった。しかし、メズが発した「帝具を使う」というもので、大きく違う現実に二人に緊張が走る。
「私の体と心を捧げたランさんから貰った帝具を初披露」
顔を赤らめたメズが、ウェイブにより払われた雲間から顔を出す月に向けて、腕を上げる。
まるで踊り子のような流れる所作で、掲げていた腕をアカメに向ける。
「私の特性を鑑みて選んでくれたこの帝具〈ブラックマリン〉でね」
メズは頬を赤らめニッコリと笑うと薬指に嵌めた帝具ブラックマリンを月に照らし、光らせた。
「その帝具は革命軍にあったはず!」
そう帝具ブラックマリンは以前三獣士リヴァが所持していたもの。
それをタツミが回収し、ナジェンダが革命軍本部に持ち込んでいた。
なのに何故?という疑問。
「この帝具はね。以前あった小さな戦いの際に革命軍の将が持っていたのを倒して奪還したって聞いたわ。遣い手がいなかったみたいだけど私に適応したから、エンゲージリングとしてランさんが送ってくれたの。キャッ、恥ずかしい」
手で顔を覆い、照れるメズ。
「隙だらけよ倒しちゃいましょ…」
「いや、なぜかこの隙に攻撃するのはいけない気がする…」
呆れ返る二人を尻目に、照れまくるメズだが、二人の冷たい視線を感じたのか、コホンと咳払いをすると、体に着けていた何らかの金具を外した。
ガチャンという地面を打つ重厚な音が轟くと同時に、メズの格闘家とは思えない、白魚のように繊細な指に嵌められた、帝軍ブラックマリンが怪しく光り、メズのきめ細かな表皮から浮きでた液体が、球体となり宙に浮く。
「前人者は常時水を携帯し、更には攻撃も限りがあったみたいだけど、私はそうはいかないよ。さあ、始めようかアカメ」
一つ一つの液体が鋭い刃と化し、アカメとマインに襲いかかった。