主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第58話

 辺り一面延々と、漆黒の闇が支配している。

明かりと言えば、冬の空に儚く光る星の如く、一定距離毎に空いた僅かな穴から、微かに光る仄かな光のみ。

光源と呼ぶにはあまりに儚くか弱い光。

それではこの闇を照らすことなど出来はしない。

故に視覚が閉ざされた中であるが、主水は、身を屈めながら、床下を止まることなく、進んでいた。

聴覚を頼りに。

(あの時と同じだな…)

闇の中を進みながらも、思い出される過去の記憶。

今思い出されているのは、大奥の阿茶の局という人物を始末した仕事。

その仕事も今と同じように床下から侵入して仕事を行った。

ただその時も大きな問題があった。

侵入者対策として床下がまるで迷路のようにいりくみ、途中で道に迷うということがあった。

幸いその時は、機転を効かせた仲間のサポートにより、仕事は果たせたが。

 今回は仲間のいない中での、たった一人での仕事という面が、大きな違いである。

そして、その勘案事項が原因で、この方策を諦めていたのだが、先程袖から落ちた金貨を拾う際に見た床に空いた空気穴を見て、問題も解決し、これを実行しようと決意した。

はからずもソウタの依頼料が導いてくれたように、見つけた解決への糸口なのだからものにしなくてはと…

 全神経を聴覚に傾け、闇が支配する床下全域に感覚を研ぎ澄ませる。

しかし、ここで聴覚は予期せぬものを拾うに至った。

「その治癒能力興味があるな。私が試してやろう」

綺麗な声ながら、冷たく室内に響く地獄の底から響いてくるような、恐ろしさを感じさせる声。

それが、これから起こる恐怖の舞台の幕開けを宣言していた。

「片目を潰す…頬に風穴を…爪を剥がし…右胸を抉り…腕を刻む…足を切断し…足の指をくり貫く」

言葉の一節ごとに響くレオーネの断末魔。

それだけで、その場を見ていない主水でさえ、そこで行われている地獄のような凄惨な光景が脳裏に浮かぶ。

 だが、主水には何もすることは出来ない。

例えそれが、現場に立ち会いその光景を目の当たりにしたとしてもだ…

(すまねぇなレオーネ。辛抱してくれ、あとわずかだ…)

しかし、その場にいる仲間には、どんなに力の差を感じても動かない訳にはいかなかった。

「奥の手いくぞ!スサノオ禍魂顕現!!」

奥の手発動の声と共に、エスデスとナジェンダの魂の三分の一を使い極限まで強化されたスサノオの戦いが始まった。

(奥の手を使ったスサノオでもエスデスには届かねぇ。早く始末しねぇと…)

 仲間の危機から主水にも焦りの感情は生まれるが、その焦りを押し殺し、冷静に再び聴覚のみを働かせ、聞き耳を立てる。

意識的に、求める音のみを拾うために、他の音をシャットアウトして…

(………)

元々この場ではあって無いようなものだが、目を瞑り、視覚を閉ざし、集中力を研ぎ清ます。

轟く轟音の中、僅かにしかし、確かに響いた水の音。

(掴んだ!)

極限まで研ぎ清まされた聴覚が、雑多に混在する無数の音の中から、僅かに響く解決への糸口となる音を拾った。

 主水は即座に行動に移す。

闇の中とは思えないほどの素早い動きで、突き進んだ。

音の出所へ。

(ここか…)

主水はたどり着いた。

ボリックがいる目印となる場へ。

空気穴から一滴ずつ滴り、音をたて地面を濡らすワインのもとに。

 以前の仕事の時に、仲間が的の居場所に迷った時に、湯飲みに入っていた茶を溢し、知らせてくれたように、今回は主水自らが目印にワインを溢し、その場の目印にしていた。

(この穴から一尺三寸……ここだな)

ボリックが存在するだろう所に目測で測っていた通りに、あたりをつけ、音をたてずに太刀を抜く。

 しかし、その時、俄に状況が大きく変わった。

帯に挿しているアレスターが主水に何かを伝えるように脈動したのだ。

(光明だ。エスデス自らやり易い状況を作ってくれるとはな……)

主水の口許が僅かに緩む。

そしつ脳裏に、以前深夜に見たエスデスの姿が浮かぶ。

空間を凍結し、時間を止めるという奥の手を自ら作り出し、成功させたあの姿を…

 主水は即座に太刀を置き、アレスターを抜く。

地上から聞こえるエスデスの声に合わせる。

「私の前では全てが凍る。摩可鉢特―――」

(空間封―――)

『摩(印)』

辺りが白み、空間が凍結し軋む音が響く中、強制的に時間が停止する。

はたまた、床下のアレスターの束が穿った空間に出来た亀裂も空間を拘束し、流れる時を止めた。

 今時間が停止した中動けるものは二人のみ。

故に、時間が止まると、辺りに真の静寂が訪れる。

だが主水に走る倦怠感と激痛。

奥の手の副作用。

世界の理にまで作用を及ぼす規格外の奥の手の為に、使用の際に代償を支払うことになる。

時間を一秒止める毎に一日寿命が縮む。

無理に寿命を縮ませるために、否応なく訪れる倦怠感と激痛が、アレスターの奥の手の副作用である。

(この副作用、あの時を思い出すぜ…だが、そんなことに気を回している暇はねぇ。問題はあるがこの好機を逃す訳にはいかねぇ…)

時間が動いたままであれば、ボリックを貫くと同時に、叫び声を上げたり、もしくは倒れ込むなどして仕事がバレることになる恐れがあり、それのみを恐れていた。

しかし、その問題をエスデスが自ら解決に導いてくれたのだ。

とんだ皮肉である。

 しかし、解決と同時に新たな問題も生まれる。

音が存在しない空間で物音をたてずに仕事をおこなえるかだ。

厚さ3寸ほどの石を貫くのは、副作用で鈍る体でも苦はないが、はたして音なく貫けるかが、立ちはだかる大きな障害であった。

だが、うかうかしている訳にはいかない。

主水は、アレスターを帯に挿すと、激痛で震える手で太刀を拾う。

その時さらなる幸運が訪れる。

「時空を凍結させた」

エスデスがまるでオペラ歌手のように室内に響く声で独り言を話し出したのだ。

(またもやエスデスがやってくれたぜ。音が無い今仕事をしたら音がして気づかれるとまずいと思ったが、独り言を言っている今なら聞こえねぇ)

「これこそタツミを二度と逃さない為、また敵を確実に倒すために――」

依然としてエスデスが独人語りをしている機会を利用し、太刀を突き上げた。

(手応え有り!だがまだだ…)

僅かに擦れる摩擦音がするが、エスデスに気づかれることはなかった。

しかし、主水は上手くことを運びながらも、再度危険を犯してまで同様のことを繰り返した。

太刀を一度抜くと、再度突き上げるという。

(てめぇには一度刺しじゃ足りねぇ…シズクとソウタの二人分だ!受け取れ!!)

静かに突き上げた太刀を引き抜くと、倦怠感と激痛に苛まれる体を引き摺るように、その場を後にした。

――――――

 主水が月明かりの中、床下から這い出ると、辺りの凍結が溶ける。

主水も安堵し封印を解き、時間が動き出す。

(急がねぇとな)

主水は急ぎかつ入念に、着流しと羽織りに付いた埃を払うと屋敷内に走った。

今顔を出せば、アリバイとなる。故に急いだ。

―――――

「中村主水ただいま帰還いたしました!!」

主水が室内に踏み込むと、スサノオの腹部をレイピアで突き刺したエスデスと雑巾を裂くような耳障りな断末魔を上げ、盛大に吐血したボリックの姿が。

 ナジェンダ、レオーネ、スサノオにはいきなり現れスサノオに攻撃を加えるエスデスに対して、また吐血し生き絶えたボリックへの二重の驚き、エスデス、クロメは生き絶えたボリックへの驚き。スサノオの攻撃は防いだのに何故?という。

「どういう事だ!なぜボリックは死んだ!!」

室内にエスデスの驚愕に歪む声が響くと、茫然としていたナジェンダは、我に帰り、思考を働かせ、状況を瞬時に整理し声を上げた。

「スサノオがボリックを殺った!任務成功だ!帰還するぞ!!」

主水が殺ったと思われることは無いとは思いながらも、不審に思わせない為にナジェンダはスサノオが殺ったと言葉を発した。

「任務失敗か…ならばせめてお前達は逃がさん!!」

エスデスのレイピアが刺さる先からスサノオが凍結していく。

「スサノオ!!こうなれば二度目(重ねがけ)だ。禍魂顕現!!」

ナジェンダの体から力が抜け、スサノオが更に強化される。

体が半分以上凍りついていたスサノオの体が発光し、凍結が溶けていく。

「チッ…」

エスデスは舌打ちをすると、レイピアを引き抜き、後退した。

「逃げるぞ!レオーネ体の破片を集めろ、ナジェンダ起きれるか!」

横目に二人を見ると、虫の息ながらも二人は体を起こし行動に移る。

「逃がすと思ったか!!」

鋭く尖る氷柱がスサノオに襲いかかる。

「ヤタノカガミ!」

反射された氷柱がエスデスに帰る。

「同じ技が二度効くと思うな!!」

青い髪を靡かせ、舞うように氷柱をかわし、ヤタノカガミを一刀のもとに両断すると、間合いに入ったスサノオの胸に手を置く。

「凍れ!」

氷塊が牢獄となり、スサノオを閉じ込め、一つのオブジェと化した。

「残りは二人だ」

エスデスが二人に鋭い視線を向けると、二人の頭上から帝具〈八房〉を振り上げたクロメが迫っていた。


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