「やるねアカメ」
メズは袖を優雅に振り舞を舞うように液体を操る。
アカメは液体を村雨で切り落とし、マインは避けながら、余裕がある際はパンプキンで迎撃する。しかし、消されるつどに生成されるため、一向に減ることはない。
そのため、液体の弾丸の弾幕を振り払うことは出来ずに、メズ自身に攻撃を加える所か、近づくことさえ出来ない状態である。
「隙がない…」
一つ一つが針穴に糸を通すほどのコントロールで操られており、全く隙が無かった。
「それだけじゃないよ」
メズは自信満々にアカメの持つ村雨に視線を送る。
村雨には、幾多の液体の弾幕を切った際についたと思われる、液体がまとわりつき、村雨をコーティングし、刃物としての効果を為さなくしていた。
「私の汗は粘着力が高いからまとわりついたらなかなか取れないよ」
「くっ」
「じゃあ私が!」
顔をしかめたアカメの影からメズの死角を抜い、進んでいたマインが飛び出し、正確無比な射撃を放つ。
メズは迫り来る弾丸を目にし、うっすらと不敵な笑みを浮かべると、袖たなびかせ腕を振ると、メズの前に液体のカーテンが広がり弾丸を遮った。
「どう強いでしょ。ランさんと私の愛の結晶なんだから」
メズの格闘家としての動体視力、そして相手の行動を先読みして戦うスタイルに、相性抜群の帝具が加わることで、その戦闘力は遥かに上がっていた。
もしも、帝具がなければ、アカメだけでも然程苦労することはなかっただろう。
「水塊弾だけじゃ面白くないし、新しいブラックマリンの力見せてあげようか」
メズが腕を上げブラックマリンを掲げる。
アカメとマインも各々帝具を構える。
「使えなくなった村雨でどこまで凌げるかな」
ブラックマリンが怪しげな光を放ち、新たなる力を解放しようとした丁度その時。
「メズ様!ボリック様が討たれ亡くなりましたので、至急帝都に帰還するように命が出ております」
息をきらせ現れた兵士が息を整えることすらせずに、敬礼をしながらメズに伝える。
「あ~あボリック討たれちゃったか。まあいいや、仕事とはいえあんなやつの為に働くなんて今の私にしたらバカらしいし」
メズが腕を下ろすと、ピリピリと張りつめていた雰囲気が急に弛緩する。メズの殺気が失せたことを表していた。
「じゃあねアカメ。今度は帝都で殺りあおうね。帝都に帰還する前にランさんに可愛がってもらわなくちゃ」
メズは先ほどとはうって変わって恋する乙女の表情を浮かべると、スキップをするように軽やかな足取りで闇の中に消えた。
そこに残るはアカメとマインと伝令を伝えた兵士のみ。
「お前はどうする?」
鋭い眼光で兵士に問い掛けるアカメ。
今にも命を奪えるのだということを含ませた質問。
「怖いなー。せっかく助けてあげたのに」
兵士は急に砕けたような物言いになると、白い煙を発し、煙が晴れると、チェルシーへと姿が変わっていた。
「あんた何してるのよこんなところで?」
「なあに?命の恩人に対して?」
「うぐぐ……」
ニヤニヤしながら見下ろすチェルシーに、マインは現実に助けられていたために、言い返すことも出来ずに歯軋りをする。
「チェルシー、実際の所ボリックは本当に死んだのか?」
「ウ~ン私も確認はしていないから分からないんだけど。主水が殺るって言っていたから大丈夫なんじゃないかな」
「そうかそれなら大丈夫かもな」
アカメもチェルシーの意見に賛成する。
短絡的かもしれないが、それだけ主水は仕事に於いては信頼されていた。
普段の姿からは想像出来ない程の裏の顔をして、目の前で主水が完璧な仕事をしてきたのを、目にしてきたための信頼感だった。
「でもね、ボリックは仕留めることは出来たと思うけど、ボス達はエスデスと交戦中だと思う。苦戦しているはずだから、出来れば助けに行ってあげてほしい」
「分かった。マイン急ごう」
「ええ」
チェルシーのらしからぬ仲間思いの発言を受け、アカメとマインも軽く笑顔を浮かべ、頷くと、ボリックの屋敷に向かって走り出した。
(みんな無事に帰って来てよね)
チェルシーは祈るような気分で、二人の背中が見えなくなるまで、その場で見送っていた。
◇◆◇◆◇◆
「最初よりも歯応えはあったけど、ここまでのようね」
ポニーテールがほどけ、髪が下ろされた状態で、セリューは地に倒れたインクルシオを纏ったタツミを見下ろしていた。
「また、俺は力がなくて満足に足止めすら出来ないのか…」
そのダメージのため、動くことすらままならず、地に伏したまま、地面の土を握り締めた。
冷たい視線で先ほどまでは見ていたセリューではあるが、今では、その瞳に映るタツミに、共感したかのような優しげなものがそこに存在していた。
まるで過去の弱かった自分を、今のタツミに重ねたかのように。
(自分の弱さを悔いる気持ちはよくわかる。だけどこれも正義を貫くための仕事)
軽く頭を振り切り換えると、セリューは拳を握り締め、タツミの間近にまで歩み寄る。
「正義の名の元に、断罪を加えます」
セリューのガントレットが真っ赤に染まり、陽炎が立ち上るように揺らめく。
闇が赤く照らされ、周囲の温度も微かに上昇する。
赤く発光したガントレットがタツミに舞い降りる。
タツミも覚悟を決め、瞳を閉じた。
「俺の出番が来ちまったか」
辺りに溜め息交じりの声が響くと、丸い物体が投擲される。
「何?」
セリューが振り返ると、丸い物体が目映く強烈な閃光を放ち、破裂した。
爆風をもろに浴びたセリューの小柄な体が吹き飛ばされる。
「逃げるぞ」
「俺は皆の為に逃げるわけにはいかない」
頑なに拒否するタツミ。その責任感故仲間をおいて自分だけ逃げることを許さず、それ故に拒否したのだ。
「安心しろ仕事はイェーガーズの旦那が責任もって何とかしてくれる。それにな生きていれば挽回はきく」
タツミは訝しげに見ていたが、『旦那』と言う言葉により安心したのか心が動かされ、『挽回出来る』という言葉で、渋々ながら納得し、天閉に身を任せ、その場を走り去った。
「逃げられた…」
吹き飛ばされた所をコロに助けられたセリューは、その暗闇を急激に照らした閃光で、眩む目をつぶったまま、気配を探り、タツミが逃げたのを知ると、拳を握り締め悔しさを露にした。
―――――
天閉は、タツミに肩を貸し走りながら、主水の読みに驚いていた。
天閉が主水に頼まれたことが、タツミを手助けすることだった。
主水が言っていたのは、ナイトレイド一行が、中庭に差し掛かった時に戦いが起こる。その戦いは白銀の鎧〈インクルシオ〉を纏った者がその場に殿として残り、戦うが、戦いはイェーカーズのセリューが9割方勝つだろうから、殺される前に助けてくれ、ということであった。
その話を聞いた際には、本当にインクルシオを纏ったタツミが残るのか?イェーカーズのセリューが勝つのか?と疑問を抱いたが、現実に主水が言っていた通りに事が進んだことに、驚きを感じ、その読みの鋭さに舌を巻いたのだった。
「あの、助けてくれてありがとうございます。あなたは主水さんと知り合いみたいですが…」
「ああ、俺は天閉。主水の旦那の手助けをしているもんだ。イェーカーズとも革命軍とも関係はないがな」
タツミは命の危機をすんでの所で助けてくれたことに礼を言い、天閉も笑顔でそれを受け、自分の素性を軽く話した。
このまま、この敷地を出れば、という所まで至り、まさに安心から気が緩みかけたそんな状況の中、二人の前に立ちはだかる者が。
「ボリックの奥の手の俺に会ったのが運の尽きだぜお二人さんよ」
大きな正に死神の鎌と形容出来る大鎌を肩に担いぎ、夜だというのにサングラスをかけ、葉巻を加えた白いスーツを着た男が立ち塞がった。
「道を急いでいるんで退いてほしいんだが」
表情を引き締めた天閉は、相手に鋭い視線を飛ばしながらも、丁寧な口調で告げた。答えは分かってはいるが確認のために。
「それは出来ねぇ相談だ。敵はこの帝具奇々怪々〈アダユス〉でほられるのが決定してるんでな」
ユラリと立ち上がった男はフッと葉巻を吹かすと、大きく鎌を振り上げ声を上げた。
「俺の名前はホリマカお前たちをあの世に送る―――オゴッ!!」
「ウダウダうるせえよ!あの世に逝ってな!」
余裕を見せ油断していたホリマカに闇に溶け込みながら近づいた天閉が、ホリマカの間近で姿を見せると、葉巻を飛ばしながら大口を開けたホリマカの口に花火を放り込んだ。
「お前は―――」
その一言を残し、ホリマカは発光し、大輪の花を咲かし、塵となった。
「汚ねぇ花火だな」
ホリマカの命が咲かせた花火に感想を漏らす天閉の元に、空から鎌の帝具〈アダユス〉が降ってきた。
ホリマカが爆発した際に空に舞い上がったものだ。
「まあいい。行き掛けの駄賃に貰っとくか。使い道なかったらどっかに売り付けて金にすりゃあいいしな」
天閉は背に鎌を担ぐと、下ろしていたタツミの元に向かう。
「天閉は強いんだな」
少し驚きの表情をしたタツミ。
「これでもお前たちと同じ裏家業に身をおいてるんでな」
タツミに肩を貸し、再び二人は走り出した。