「俺は、帝都警備隊の末席に名を連ねる者、言わばお前達の敵だぞ」
主水は冷たく言い放つ。その表情には全く感情がこもってはいない。
「果たしてそうかな。昨日の一件を全てレオーネが見ていてね」
ナジェンダは探るように主水に言葉を送り、見落とすことのないように主水の一挙手一投足を見守る。そんな中、主水は無意識に眉間に皺がよったのを、ナジェンダは見逃さず、追撃とばかりに続ける。
「あんたがアヘン中毒の女から金をもらって、頼まれてアヘンの売人の男を殺したのもね」
(見られていたか)
主水は自分が気が緩んでいたことを自覚し、恥じた。
仕事人は、依頼人から仕事を受ける場合であっても、絶対に顔を見られてはならない。
何故なら、顔を知られたことにより、自分が捕まり処刑されるだけなら良いのだが、仲間が危機に晒されることは絶対に避けなくてはならないからだ。
これは、仕事を見た者を女、子供でも問答無用で命を奪うこととも同様の理由である。
あの時主水は、女の命があと僅かであること、そして、幻覚で顔を判断できてはいないのではと判断し顔を晒したまま、依頼を受けてしまったが、その様子までもレオーネに見られていたとは、思いもしなかったことであった。
「はあ、そこまで見られていたのなら仕方ねえな」
「私を殺すか?」
ナジェンダは身構えていた。主水が本気で殺しにきたら、歴戦の将たるナジェンダでもただでは済まない、いや生きて帰ることはできないと既に察していた。しかし、ナイトレイドのボスとして、只では殺されるわけにはいかないという信念から、決死の覚悟で臨戦態勢に入っていた。
「安心しろ。そんなこたあしねえよ。それより、ナイトレイドの目的を話してくれ」
主水にはナジェンダに危害を加える気など更々なかった。
それは、仕事人仲間がいないということも一つの理由ではあるが、さばさばしたナジェンダに幾分好感を持ち始めていたのも大きな理由の一つであった。
「あ、ああ」
ナジェンダは呆けたように答える。緊張の糸が途切れたのか、地面に腰をつけた。
「大丈夫か?」
「すまないね」
主水が差し出した手を掴み立ち上がる。
「ナイトレイドの目的か」
「ああ、聞かせてくれ」
「ナイトレイドは革命軍の一部で、日の当たらない情報収集や暗殺をこなす部隊だ。そして、今は頼まれた暗殺をこなしながら帝都のダニ退治をしている。最終的な目的は腐敗の根源の――大臣の暗殺だ!」
(俺たちは腐った世の中への憤りから仕事人になった。しかしコイツらは自分で国を変えるというのか)
国を変える、まるで夢物語を真面目に話すナジェンダを見て主水は苦笑いを浮かべる。
(だが、こういう奴等も嫌いじゃねえな。それに地獄への帯同者ができるのは嬉しいことだ)
今までのことを、考えてみると仲間の死や、顔を見られた仲間が江戸を離れたため解散となり、何度か仕事人を辞めることになりかけた。
しかし、気づくと再び仕事人に戻っていた。そんなことを何度も繰り返してきた。
(これも仕事人をしてきたことの宿業。背負ってきたものを下ろすことは許されねえってことか)
「この世でも逃れられないなら、その流れに乗るまでだ。これからも背負い続けてやるか」
「なら」
ナジェンダの声に興奮が混じる。主水がから加入の決断を引き出すことができたことに対する喜びからきた興奮だった。
「だが、俺からも条件がある」
ナジェンダの興奮を遮るがごとき主水の発言。
だがナジェンダはそんな主水を余裕の表情で見て、条件を言うのを促す。
主水が加入するならば、どんな条件も飲むつもりでいたのだろう。
「一つ目だが、俺は金が出ねえ仕事はしねえ。金なしに殺すのは仕事じゃねえ。ただの殺しだ。俺の仕事人(裏家業)の教示としてそれだけは曲げることはできねえ」
「分かった。で二つ目は?」
笑顔でナジェンダは了承する。さらに笑顔で続きを促す。
「外道仕事はしねえ」
外道仕事とは、怨みなどではなく、私利私欲のために依頼された仕事や、嘘偽りの依頼のことを言い、裏取りをするのもこれらの仕事をしないためである。
「当然だ。聞くまでもないことだ」
ナイトレイドもそのようなことがないよう、しっかりと裏取りをしているため、聞くまでもないことだった。
「最後は、裏の仕事としてナイトレイドに加入するが、表の仕事として警備隊は続けさせてもらう」
主水は奉行所に勤め、幅広い情報を得ることが出来、重宝していたからだ。
決してセリューが気になるなどの理由ではない。
「…分かった」
最初は渋ったナジェンダだが、最終的に主水と同じ考えに至ったために了承された。
「3つの条件を飲もう。これで成立だな。これから頼むぞ主水」
再びナジェンダが手を差し出す。
主水も手を差し出し、主水のナイトレイド入りが決まった。
月が雲に隠れ、一点の光もない中で、主水が再び闇の世界に舞い降りた。
◇◆◇◆◇◆
次の日、ちょうど警備隊が休みだったため、いや、実際は、休みになるのを見計らってナジェンダが勧誘をしたのだが、主水はナジェンダに連れられナイトレイドのアジトにやって来ていた。
「皆集まってくれ。新しいナイトレイドのメンバーだ」
「女の子だといいな」
「あんたはそればっかよね」
ざわつくメンバー、どこか、転入生が発表されたクラスのように。
「中村主水だ」
促されメンバーの前に立つ主水。
「げっ私の射撃を弾いたやつ!」
(ピンク髪のツインテール…マインというやつか)
「私の攻撃を全て見切った男!」
(前に剣を交えた確かアカメといったか)
(あの気迫、やはりいい男だ!)
(俺を助けてくれたブラートだったか)
「男かよ…」
(小柄な男ラバック)
「ボスは上手くやったみたいだな」
(一番関わりがあるレオーネ)
「……」
(眼鏡を掛けてるのはシェーレと言っていたな)
主水はアジトに来る道すがら、ナジェンダから仲間の説明を受けていたために、一人一人確かめるように確認していた。
三者三様?いや六者六様といった反応。好意的に受け止める者、加入に懐疑的な者、どうでもいいものと色々である。
(一応ナジェンダに説明された通り名前は区別はついたが……緊張感なさすぎだろ)
主水の右の拳がプルプルと震える。
ただ主水は耐えた。若気の至りで鉄拳制裁をしていた主水は、そこにはいない。
そして『郷に入ったら郷に従え』と言う言葉に従い、こういう仕事人も居るのだと、納得することにした。
「皆は一回会い、マインやアカメは刃まで交えたから分かるだろうが、新たに仲間に加わる中村主水だ。主水は堅苦しい挨拶は苦手らしいので、初仕事を持って挨拶とする」
ナジェンダはそう話ながらニヤリと笑みを溢す。
ナジェンダ自身も主水の力を目の前で見られる機会を得たことを喜んでいるのだろう。
「で、ボス。ターゲットは?」
楽しそうにレオーネが問う。
レオーネもナジェンダ同様主水の仕事を楽しみにしているようだ。
「下流階級の貴族とそのボディーガード、そして奉公人3人の計5人だ」
「罪状は?」
「降ってわいた上流階級との縁談を選び、それまで付き合い、妊娠までさせた女を、別れないからといって、暴行を加え流産させた後、奉公人達に襲わせ自殺に追い込んだクズだ。裏は取ってある。主水の名刺がわりの初仕事だ。行くぞ!」
ナジェンダの一声で、皆先ほどとうって変わって表情が引き締まる。
(オンとオフの切り替えはできるみてえだな)
主水も仕事人の表情に変わり、愛用のマフラーを口元まで上げ、ナジェンダや皆に続きアジトを出た。
―――――
とある貴族の屋敷では盛大な酒宴が行われていた。
「坊っちゃんあっしらも仕事を果たしたんですから甘い汁吸わせてくだせえよ」
「てめえは一番楽しんでやがったクセになにいってやがる」
「そうだ一番始めに楽しみやがったくせに」
見るからに醜悪な見た目の三人の奉公人が、酒を飲みながら、くだを撒くように、金髪の童顔の美青年にしゃがれた声で 絡んでいる。
「分かった分かった俺の婚約を祝って褒美をやるよ」
美青年が下卑た笑みを浮かべ、指を鳴らした瞬間、三人の男の首が飛んだ。
辺りに舞う血飛沫を見て、悪魔のような笑顔で、何もなかったかのように血に汚れた手をタオルでぬぐう、首を飛ばしたボディーガードに声をかける。
「いつ見ても手際がいいね。さすがパパが雇ってくれた優秀なボディーガードだよ」
「恐れいります」
ボディーガードは無表情で恭しく礼をする。その鉛色に濁る瞳は空虚で、生きているのか、死んでいるのかさえも判断に苦しむものであった。
だが次の瞬間、瞳に力がこもる。
「坊っちゃんお下がりください」
一歩前に出る、目の前に音もなく現れた、仕事人中村主水から身を呈して主人を護るように。
「てめえらを三途の川に渡してやるぜ」
主水が左手を鞘に置き、右手を柄にかける。
主水を中心にして空気が変わる。ターゲットの二人はまるで金縛りにあったように動けないでいた。
その刹那、刀の鞘と鍔が触れ合い、甲高い音が室内に響く。
次の瞬間、鈍い音が2つ、目の前のボディーガードとその後ろにいた貴族の青年の首が床に落ちた。
目にも止まらぬ神速の居合いの一閃。八州一と言われた剣の腕が冴え渡った。
その光景を後ろで見守っていた仲間達は驚きにうちひしがれた。
感心する者、闘志を燃やす者、尊敬の眼差しで見つめる者思いは違うが、驚きは一様だった。
主水のナイトレイドの初仕事は大きな衝撃を残すものとなった。