主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第60話

 満身創痍でろくに身動きが取れないナジェンダとレオーネに、クロメが八房を掲げて上空から斬りかかる。

 凶刃が間近に迫るその最中、真横の屋敷の壁が消し飛び、拳だいの瓦礫が飛び交い、一筋の閃光がクロメを掠めた。

「あだっ!」

「くっ…」

 体勢を崩したクロメは、なんとか着地をするとバックステップを踏み、後退した。

「なんとか間に合ったようね」

壁が消し飛び大きな風穴が空いた場から顔を出したマインが、安堵に満ちた声で呟き、穴から屋敷に飛び込んだアカメは、大ケガはしてはいるが、まだ生きてはいる二人を見て胸を撫で下ろした。

「お姉ちゃん……」

クロメが嬉しそうに黒く歪んだ瞳をアカメに向ける。

アカメもそのクロメの視線を流すことなく、真っ向から受け止める。

姉として妹の歪んでいる思いであろうと、受け止めなくてはならないという、強い思いと覚悟があった。

 実際クロメをここまで病ませてしまったのは、自分にも責任があるということを、痛感していたからでもある。

「アカメ、因縁も分かるけど、今は皆で逃げるのが先決よ。私が凪ぎ払うから二人をお願い」

「……分かった」

クロメの思いを受け止める為の戦いに望むはずだったアカメに、マインが待ったをかける。

マインの正論に、渋々だがアカメも頷いた。

「お前たちは一匹たりとも逃がさない。よく回りを見てみるんだな前方には私とクロメ、後方には中村がいる。あとは」

エスデスが穴が空いた壁に手を向けると、巨大な氷柱がせりあがり、穴を塞いだ。

「八方塞がりか…」

三人はその様を見て言葉に詰まるが、次の瞬間状況が好転した。

「残念だったなエスデス!」

「なにがだナジェンダ?」

ナジェンダのしたり顔に嫌悪感を示しながら、エスデスが尋ねる。

「挟み撃ちにはならない。背後の中村とやらは、先ほど壁を撃ち破った際に飛び交った瓦礫を浴び気を失っているぞ!やれマイン!!」

三人の背後には頭にたんこぶを、作った主水の倒れた姿が。

(最悪死罪、良くて拷問か……死罪の場合は何とかして逃げねぇとな)

それを視界に納めた刹那、

「いくわよ!!」

マインの声と同時に屋敷がパンプキンの横凪ぎのレーザーが走る。

エスデス、クロメは身を屈めそれを避ける。

「しまった!」

レーザーが過ぎ去った後には、既に三人の姿はなく、更には先ほどの横凪ぎのレーザーでスサノオを拘束していた氷塊も溶け、スサノオも『ヤサカニノマガタマ』で逃げ去ったあとであった。

「またもやナジェンダにしてやられた…」

支柱を失い崩れ落ちるボリックの屋敷の中でエスデスは苦虫を噛み潰したような形相で、立ち尽くし、瓦礫に呑み込まれていった。

◇◆◇◆◇◆

 ボリック暗殺騒動から一日が過ぎ、エスデスを除くイェーガーズの6人が一同に集まっていた。

「主水さん大丈夫ですか」

「………」

ウェイブが見る影もなくボロボロになり、痩せこけ、死んだ魚のような生気のない目をした主水を心配し、話し掛けるが、返事はなかった。

隣で主水の手を握りしめるセリューはその主水の痛々しさに目を伏せている。

「ウェイブ今はそっとしておいてあげるべきです。中村さんは、昨日の失態の罪(独断専行で護衛を放棄し突っ込んだ事と、気絶してナイトレイドを取り逃がした事)を問われ、隊長の寛大な計らいにより死罪は許されましたが、朝まで拷問のハードレベルを受けていたのです。私も最初の10分は場に立ち会いましたが、あれは言葉に表すことの出来ないほどのものでした…死罪の方が楽に思えるほどに…精神が崩壊していないだけでも奇跡と思われます」

沈痛の面持ちで話すラン。

 その現実を聞き、セリューは目を潤ませ、ウェイブは言葉を失った。

ウェイブは以前タツミを逃がした失態からイージーレベルの拷問を体験したが、それでも殺してくれと思うほどの耐え難いものだった。

それがハードとなると……考えるだけでも寿命が縮まるほどの恐怖を感じた。

 後に主水はその壮絶な体験をしみじみと語った。

「苦し紛れに行ったアレスターによる痛覚封印をしていなかったら、良くて廃人、悪くて死んでた」と。

 イェーガーズの面々は、今回ボリックを暗殺されただけではなく、ナイトレイドを一人も捕らえたり、倒すことが出来なかったことで、大きなショックを受けていた。

 エスデスは後処理から暫くキョロクに残ることになり、イェーカーズの6人は先に帝都に帰ることになっていた。

「ああそう言えば羅刹四鬼の生き残りはどうなったんだ?」

「あの二人は昨夜帝都に帰還したようですよ」

しらっと答えるラン。

その胸中では、

(ウェイブやクロメにはメズをたらしこんで、可愛がってあげた後、帝都に先に返したとは言えませんね)

と考えていた。

「昨夜はお楽しみだったわね。あたしも可愛がってほしいわ」

スタイリッシュがボソッと熱のこもった視線と声でランに身を寄せ、背中に指を這わせる。

ランの笑みがひきつり、嫌な汗をかいたのは言うまでもない。

―――――

 イェーカーズの6人は、行き交う人波をかき分けキョロクの大門に至る。

 そこには、6人分の馬が用意されており、見送りに兵士達もその場に配置されていた。

「では皆さん一人一頭の馬に乗ってください。これから三日かけて帝都に帰ります」

ランの指示を受け、皆は馬に騎乗する。

しかし、主水は馬に乗ることはなかった。

「どうしたんですか主水さん?」

不思議に思ったウェイブが主水に声をかける。

「すまねぇな。俺は少し女の所に顔を出さなくちゃならなくてな。先に言っててくれ」

「ちょっと主水さん!」

ウェイブは青ざめ、即座にセリューの方に振り返った。

満身創痍の主水が今度こそ死んでしまうと危惧してのことだ。

しかし、

「気をつけてね主水君」

予想していたのと違い、悲しそうな顔で主水を送り出すセリュー。

「あ、あれ、どうしてセリューは怒らないんだ?」

ウェイブは予想とは違ったセリューの反応に疑問を持ち、隣に来ていたクロメにこそっ耳元で問い掛ける。

「中村さんが別れを言いに行くのは愛人などではないからですよ」

しかし、答えたのはランであった。

イェーカーズの事を、細かいことまで把握しているからこそ知ってはいたのだが、全てを話すことはなかった。

「皆さん行きますよ。先に帝都で待っています」

ランの後に続いて皆はキョロクを後にした。

「じゃあいくか…」

主水は踵を返すと、とある場に歩いて行った。

―――――

 辺りは静けさが漂い、物寂しさを感じる、人気がないキョロクの中心地から離れた場所に、目的地があった。

主水は無言で行き掛けに買った花束と団子を一つの墓に供えた。

墓石には、

『シズク享年14歳 ソウタ享年8歳』

と刻まれている。

主水の意向を汲んでくれたシズク姉弟の知り合いが、主水が残した金貨三枚で、建ててくれたものだった。

主水は静かに手を会わせ、

(ボリックはあの世に送った、安心して成仏するんだぜ)

と二人に話し掛けていた。

 手を会わせて、どれだけの時が経ったのだろうか。

つい先ほどまで誰もいなかった墓地に何者かが現れ、主水の背後まで来ていた。

「もういいかい旦那?そろそろ迎えのものが来る時刻なんでな」

「ああ報告は終えた。もうここには用はない…」

静かに主水は天閉に言うと、再度墓に視線を送ると、その後は振り返ることなく墓地を後にした。

――――――

 時間は既に黄昏時、辺りはオレンジ色に包まれ、夕飯の買い出しに急ぐ主婦や、家路につく者達で人に溢れていた。

「どこに迎えが来ているんだ天閉?」

「こんな街中に来るはずないだろ。このキョロクからかなり離れた荒野だよ」

天閉の『荒野』という言葉に主水はため息を吐いた。

キョロク周辺は街道が整えられており、荒野になっているのは、街道から外れて、かなりの距離にあるからだ。

人の足でも街道を外れた後、約半刻ほどの時間を要する。

「しょうがねぇだろ。乗り物は危険種なんだから。街に近づいただけで色々問題が起こるんだよ」

「それならしょうがねぇな」

主水は以外とあっさり頷いたことに天閉も呆気に取られた。

 主水としては乗り物が危険種と分かった瞬間納得していた。

イェーカーズの仕事としても、危険種が帝都の周辺に出現しただけでもよく召集がかかっていたからだ。

 キョロクを大門から出て更に街道から外れて半刻ほど経つと、辺りは深淵の闇に包まれ、遠く離れたキョロクの街の明かりが、空に煌めく星のように見える辺りにまで来ていた。

「旦那やっとついたぜ」

天閉が指し示した先には、一度江戸で大きな騒動の発端となったことのある鳥がいた。

「丹頂鶴か?」

疑問形になった理由は簡単だった。

見た目は完璧に丹頂鶴なのだが、なにぶん大きさが違いすぎた。

羽をたたんではいるが、その大きさは体高約五メートル、横幅約二メートル、羽を広げたら数十メートルにも至るのではないかという、途方もない大きさであったからだ。

「こいつはタイラントクレーン一級危険種だ。戦闘力だけで言えば特級クラスらしいが、臆病で警戒心が強く、あまり害になることがないため一級どまりらしい。俺の知り合いの裏家業の仲間に貸してもらった乗り物だ。帝都とキョロクを約半日で運んでくれる」

「たいしたもんだ」

主水は心からそう思った。

 帝都からキョロクまでは馬を使っても2~3日かかり、しかも馬は疲労するので乗り換えないといけなかった。

そのため主水は心からそう思ったのだ。

「天閉。おめぇが前に言ってた帝都で今起こっている厄介な事ってぇのを、帝都につくまでに話してくれねぇか」

「聞き流さずに覚えていたのかよ。まあいいぜ。旦那にも大きく関わることだと思うからよ」

天閉がタイラントクレーンの首をポンポンと叩くと、二人に乗りやすくするように、タイラントクレーンは羽を広げる。

 しっかり訓練されてるんだなぁと感心しながら主水は背に備え付けられている、座席に座った。

「しっかりベルトを絞めてくれよ。すげえ風圧だからな」

天閉の言うことを聞き、ベルトを絞めると、タイラントクレーンは巨大な羽を羽ばたき、まるで爆風のような風を巻き上げ、二人を乗せ、夜空に飛び立った。

 




冬休みなので少し更新の間隔が縮まれたらよいなと思います。

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