主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第61話

 白き雲をしたにおき、月光に照らされ白銀に輝くタイラントクレーンの羽毛の上で優雅に空の旅を、満喫するどころではなかった。

「天閉とんでもなく寒いんだが…」

主水は仕事用のマフラーを目深に巻き、袖に両手を引っ込め、鼻声で文句を垂れる。

なぜ飛び立つ前に言わなかったとばかりに。

「人目の届かない上空で、しかもその飛行スピードから風を浴びることを念頭に置けば予想の範疇だと思うぜ」

天閉は飛び立つ直前に着込んでいた為に、余裕の笑みを浮かべる。

行きで地獄を見た為学習したことだった。

(こいつ嵌めやがったな)

江戸時代には上空に行けば行くほど気温が下がるということは、知られていなかった。

鼻をすすりながら、主水は体を震わせ、天閉を怨むしかなかった。

「まあそれはいいとして、話聞かせてくれねぇか」

「ああ、帝都の事か。発端は旦那らイェーガーズがキョロクに出払ったことが問題でよ。イェーガーズがいない間帝都の警備が疎かになるってことで、新たに秘密警察ワイルドハントつう組織が作られたんだ」

「ちょっと待て…帝都警備隊はどうしたんだ」

帝都にはイェーガーズとは別に帝都警備隊が治安を護っていた。

しかし、天閉の話ぶりではイェーガーズのみが帝都を護っていたというような口ぶりで、少なからず違和感を覚えたため、主水は口を挟んだのだ。

「帝都警備隊はなんかごたごたがあったらしくてよぉ、今は機能してねぇよ」

(ごたごたか…)

元は帝都警備隊に身を置き、同僚だった者も多かった為、気には掛かるが、今は頭の片隅に追いやり、悪かったと天閉に話を戻すように促す。

「元に戻るぜ。でよぉ、そのワイルドハントってぇ組織がとんだ荒くれ、外道集団で、女、子供を見りゃあ犯し、気にいらねぇと皆殺しっつう外道の限りを尽くしてるんだよ。リーダーが、オネスト大臣の息子シュラってヤツで、誰も文句を言えないから問題が大きくなってるって寸法だ」

(女、子供……犯す…!!)

主水は青ざめ詰め寄る、

「おめぇに頼んでおいたボルスの妻子はどうなった」

主水はボルスの最後の頼みを聞き入れ、自分が帝都にいない時は、天閉に陰ながら気をかけるように頼んでいた。

 そんな最中に、女や子供を犯すという事を聞き、焦り問い詰めるに至ったのだ。

「旦那落ち着け。俺に抜かりはねぇよ。あの未亡人も子供もえらく容姿がいいんであぶねぇと思ったからよ、懸賞で温泉旅行が当たったってことにして、旦那が帰るまで、帝都から離れるようにしといたから安心していいぜ。あと二、三日で帝都に帰ってくるはずだ」

「そうか…ありがとよ」

主水は胸を撫で下ろした。

 ボルスを仕事で手にかけたのは紛れもない事実。

そして、その事については後悔などしてはいないが、遺言として頼まれ救うことを約束したボルスの家族を見殺しにしたのでは、言葉は悪いが寝覚めが悪い、故に主水は妻子が無事と聞いて安堵した。

「喜んでいる所で悪ぃが別途で旅行の代金も払ってもらうぜ。これも仕事なんでな」

「分かったよ…(しっかりしてやがる)」

累積していく支払いに頭を悩ませながらも、やむなく頷く主水であった。

「再び話を戻すが、全く関わりあいたくないやつらだが、一応聞いておくが、メンバー構成はどうなってんだ?」

主水は表の仕事では極力関わらずに、また関わってもへこへこして穏便に済ませるつもりではあるが、それほどまで怨みを持たれているなら、近いうち裏の仕事になるのではないかという考えに至ったために尋ねた。

「悪ぃが見た目と名前しか知らねぇよ。こっちも命が大事だからな、仕事でもねえのに危ない橋は渡りたくはねぇからな」

天閉は前置きをした上で簡単に話し出した。

「リーダーのシュラを含めてメンバーは7人。一人目は、イゾウという旦那と同じ侍だ。草のような物を常にくわえた羽織袴の男だ」

(俺と同じ侍なら、戦い方も予想がつく。問題はないな…)

様々な流派を学び、極めてきた主水にとって同じ侍ならば、遅れを取ることはないと、自負していた。

「二人目は、エンシンっつうあぶねぇヤツだ」

「あぶねぇ?」

今までの話から全員が「あぶねぇ」んじゃないかと僅かに疑問に思い主水はついつい言葉に出した。

「見た目からしてあぶねぇんだ。常に舌出して露出が半端ない姿してやがる。薬でもやってるんじゃねぇかってヤツだ」

(女の露出はありがてぇが、男とはな…)

顔をしかめ、ため息をはく主水。

 そんな主水を気にする素振りもなく天閉は続ける。

「三人目はチャンプっつうデブのピエロだ」

(ピエロは道化だったか…太鼓持ちみたいな者か)

 主水はピエロについては江戸ではもちろん見たことなどなく、帝都に来てから初めて知り、セリューに教えてもらい、知ったが、未だにあやふやであり、自分の知っているものでいったらと考え、宴会などを盛り上げる太鼓持ちを思い出していた。

「四人目は――」

「待て待て、それだけか?」

「ああ、でぶのピエロって言えば分かると思ってな。まあ付け加えるとすれば、常にハアハア言ってるぐらいかな」

さらりと流す天閉は主水が無言なのも構わず、さらに続ける。

「四人目は、女でコスミナ。メガネかけてうさぎ耳つけた、内まきのショートカットの髪型で、胸元を強調した姿で、胸がデカイ姉ちゃんだ」

「男に比べて詳しくねぇか…」

「そうか」

さらっと答える天閉に呆れたような視線を向ける主水。

敵になりそうなヤツラなのに女なら良いのかと、一瞬ラバックが頭に浮かんだ。

「五人目は、ドロテア。一言で言ってロリだ。八重歯が愛らしいな」

「ロリ?」

聞いたことがない言葉に疑問符を浮かべる主水。

「幼女のような見た目ってことだ。性格があれじゃなければかなり需要がありそうなんだが」

「……」

主水の冷たく蔑んだ瞳に耐えられなくなり、一つコホンと咳払いし、仕切り直して続ける。

「六人目は、すまねぇが分からねぇ。白いローブを目深に被っていて名前所か、姿さえ分からねぇ。まあより詳細な情報がほしけりゃ金を出すことだな」

天閉はニヤリと笑い、指で円を描く。

 裏家業には常に金がつきまとうということを、端的に表していた。

命を掛けて対価を受け取るのだから当然だが。

「百聞は一見に如かず。遠目に見て見るしかねぇか」

「俺の労力を返せと言いたいが。まあそれが一番だろうな」

主水は前途多難かと白み始めた空に浮かぶ有明の月を、見上げて、フッと白い息をついた。

―――――

「旦那着いたぞ」

約半日の夜空の旅を終え、帝都から少し離れた山間地に二人を乗せたタイラントクレーンは降り立っていた。

「返事がねぇなぁ。凍え死んじまったか。死んでもいいけどよ、金を払ってから死んでくれよ。旦那起きろよ」

容赦なく平手打ちをかます天閉。

主水が死んだら、借金を踏み倒されてしまう。必死になるのも道理である。

「ああっ!よく起こしてくれた。大きな川の前でババアに似た脱衣婆に有り金全部奪われる所だったぜ」

冷や汗を拭いながら袖にある金貨を確かめ、ちゃんとあることを確認して、安堵の表情を浮かべる。

「俺も旦那が蘇生してくれて助かったぜ。相当つけが貯まってるからな。行こうか」

天閉は爽やかな笑顔を主水に向けると、主水は観念したように、黙って自宅に向けて歩き出した。

―――――

「マジかよ……」

帝都に足を踏み入れた主水は、絶句した。

 キョロクに出向く前は、活気があるとは言えなくとも、人気はあり、僅かに賑わっていた。

 しかし、今は違っていた。

まるで、世界が変わったかのように、寂れ、静まり返り、寂寥とした雰囲気が流れている。

まだ早朝ではあるとはいえ、異常な光景である。

「だから言ったろ。ヤツラのせいで皆引きこもっちまってるんだよ。まあ根性あるヤツは今でも店は開くけどな」

天閉は腕を頭の後ろに組んで、回りを流し見る。既にその光景は見慣れたというように。

「まあ旦那もヤツラのイカレぶりをその目で嫌でも見ることになるさ」

全く感情のこもらない声で天閉は答えると、動きを止めている主水を促し、先を急いだ。

 主水は自宅につくまで注意深く辺りを観察しながら歩いたが、どこも同じ有り様で、ひっそりと息を潜め生活しているようだった。

まるで、何か恐ろしい者の視界に入ることを恐れるように。

「全部で金貨10枚ってとこかな」

「ボリ過ぎだろ!!」

主水は明らかに法外な値段に声を上げた。

帝都での金貨10枚ならば、江戸での小判10枚にあたる。

江戸時代の武士がサンピンと揶揄されたように、一年三両一分の給金であり、故に給金の三年分に当たる。

[因みに10両は今の60万から100万ほど]「手間隙考えたら安いぐらいだぞ」

(ここで決裂したら後々めんどくさくなるからな。しょうがねぇ…)

金には煩い主水も、折角見つけた優秀な協力者を失うことの方が不利益になるのは明白であるので、渋々承諾した。

 自宅に入ると主水はキョロキョロ辺りを見回し、掛け軸に近づくと、徐に裏を見て、上下の縁に挟んだ金貨を抜き取る。

 以前から主水はせんとりつから金を守るためにヘソクリをして隠していた。

今ではそれは必要のないことではあるが、癖として体に染み込んでいたのだ。

 そんな自分の惨めな癖に苦笑を浮かべながら10枚の金貨を用意し、天閉に支払ったのだった。

 

 




ワイルドハントが現れる時期と原因は原作とは少し違いますが、そこら辺は目を瞑っていただけたら。
またワイルドハントに一名追加するので、必殺の悪人(仕事人でも可)で意見を頂けたらと思います。手間ではありますが、よろしければメッセージを下さればありがたいです。

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