主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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ワイルドハントの新たな敵の案についてメッセージを下さった方にこの場をお借りして、お礼申し上げます。
とても参考になりました。本当にありがとうございました。


第62話

 イェーガーズの仲間達が帝都に着くまで約二日。遅れてキョロクを後にしたはずの主水が、先に帝都に着いていたとなると、色々と言い訳を考えるのに面倒なので、自宅に引きこもろうと、キョロクを出る時には考えていた。

 しかし、現状の帝都のあまりの変わりように愕然とした主水は、宮殿に行き、出来るだけワイルドハントの人員について調べることにした。

 以上のことから、目的地まで人目を避けようと思ったが、帝都には、麗らかな陽気だと言うのに、人気は疎らであり、あまり気にすることもなく、宮殿にたどり着いた。

 宮殿は普段と変わらず、静寂に包まれてはいるが、何かしら重たい雰囲気に包まれているような印象を、主水は僅かに感じていた。

 主水がイェーガーズの文書や書類を保管している書庫を目指し、顔を伏せ、歩を進めていると、前方から人影が。

(身を隠すか、それとも……)

僅かに主水は瞬巡したが、前方から来る人物を見て、その考えを捨てた。

「お久しぶりですチョウリ様」

主水の顔見知りであり、かつ心を許している人物。

今は、厳しい表情で眉間に皺を寄せているチョウリであったからだ。

「これは主水君。帝都にいつ帰ってきたのだ?」

険しい表情が一転して、明るい表情へと変わる。

人に気を遣うことに長けたチョウリだからこそ、

主水に心配させまいと、気を遣い表情を一転させたということは、容易に読み取れた。

 だからこそ主水も、チョウリのことが気にかかり心配になる。

「ご内密にして欲しいのですが、キョロクからは昨夜帰還しました」

軽く聞かれたことについて、「内密に」ということを含め返答をし、少々迷いはしたが、覚悟を決め踏み込んだ。

「お疲れのようですが、どうかなされたのですか?」

少し窶れた感のあるチョウリは主水の問いかけに表情を一瞬曇らせる。

今まで主水の前では見せたことのないものだった。

 言い淀むチョウリに気を遣ったのか、付き添っていたスピアが口を開いた。

「中村様は昨夜帰還ということで、お知りではないかもしれませんが、実は最近―――」

「スピア!!」

急にチョウリの厳しい叱責の声により、ビクッとしたスピアは口をつぐむ。

「ここではなんなので私の家に来ないか主水君」

先程の剣幕から、主水は即座にスピアが語ろうとしたことを察し、宮殿内では不味い事柄とも理解出来たので、チョウリの邸宅に共に向かう運びとなった。

―――――

 宮殿を出た三人は待機していた馬車に乗り込み、チョウリの邸宅に向かう。

 やはりと言ってよいのか、馬車においてもチョウリは黙り込み、口を開くことはない。

 重苦しい雰囲気の中、馬車は進み、チョウリの邸宅に辿り着いた。

 馬車が止まると、馬を扱っていた従者がいち早く降り、馬車の扉を開く。

チョウリ、スピアが降りるのに続き外に出た主水の目の前に、チョウリの邸宅が広がっていた。

 チョウリの邸宅は、主の性格を表すように、他の貴族のような贅を尽くした豪華絢爛なものではなく、チョウリ、スピアの親子二人で住むのに十分な大きさで、とても貴族が住むような住まいではなく、質素で慎ましやかなものであった。

「狭い所で悪いのだが、入ってくれたまえ」

「お邪魔します」

チョウリに促されるままに、主水は一礼すると草履を脱ぎ、チョウリの家に招かれるまま、邸宅内に足を踏み入れた。

 チョウリに続き歩いていくと、屋敷内の渡り廊下に差し掛かり、そこで主水の目に写ったのは、僅かなスペースを見事に活用した、日本庭園であった。

 落ち着きのある季節毎の自然の色彩に彩られ、粛々と時を刻む鹿威しの竹の響きが、心地よく感じられる、わびさびの世界。

日本人の主水も心安らぐ感覚を得ていた。

 チョウリに通された部屋は茶室のような落ち着いた空間であり、遅れて入ってきたスピアがお茶を二人の前に進める。

「これはすいません」

主水は軽く会釈をすると、主人のチョウリが口にするのを見て、続いて茶を啜る。

「わざわざ家まで申し訳ない主水君。君も忙しかったのではないか」

「いえお気になさらないでください。私はいつでも暇ですから」

悪そうに謝罪するチョウリに、気にしないでくださいと笑い掛ける主水。

主水にとっては素の姿に近いのだが、主水がさりげなく気づかってくれたのを察し、余程チョウリにはそれが嬉しかったのか、はたまた心を打ったのか、瞼には光るものがあった。

 これまで気を遣うばかりで、気を遣われたことがなく、精神的にも疲弊していることが見て取れる一幕であった

「先程は声を荒げてしまってすまなかったねスピア」

「いえ私も場所がらをわきまえずに申し訳ありません」

スピアも既に叱られた理由を心得ていたので、素直に自分の非を詫びた。

 すでに先程のような剣呑な雰囲気は消え、和やかなものに包まれていた。

 主水からしたら、そのような和やかな雰囲気を壊したくはなかったが、何れはしなくてはならない話なので、申し訳なく思いながらも、踏み込んだ。

「宮殿内で話すことを憚られ、また、他人には聞かれてはならない、最近になって現れたチョウリ様の悩み事とはやはり――」

「主水君の察しの通りワイルドハントのことだよ」

苦々しい表情を浮かべ、チョウリはその想定通りの言葉を口に出した。

主水もやはりなと得心がいった感じで軽く頷いた。

 大臣派が殆どを占める宮殿内で、大臣の息子のシュラが率いるワイルドハントを批難することは、自ら死地に飛び込んで行くのと、同義である。

「父は国民の為を思い、自ら汚泥に身を沈め、昔の仲間たちから後ろ指を指されながらも、大臣に従い、大臣の出す法令による国民の負担を軽くすべく、我慢し平身低頭働いてきました。やっと大臣に取り入れたと思われた矢先にあの憎きワイルドハントです。無差別に人を殺し、凌辱し悪逆非道を尽くしています。このままワイルドハントを野放しにして置くわけにはいきませんが、そのように口を出すと、大臣に目を付けられ、意見を言えなくなります。その板挟みで父は深く悩み、疲れ果ててしまったのです」

涙ながらに話すスピアを見て、主水にもその心痛が理解され、心が締め付けられるような感覚を覚えた。

 選ぶことが出来ない二択。

どちらを選んでも結果皺寄せにより、良い結果どころか、より悪くなる未来しか見えない。

どちらも間違いであることが明白でありながら、必ずどちらか一つを選ばなくてはならない二択、残酷な現実に直面していた。

 しかしながら、主水は選ばなくてはならないならば、チョウリが安全な方を選ぶべきと口を開く。

「今は国民に我慢してもらう他ありません。未来に良くなる道を残すためにも、チョウリ様には危ない道は避け、今のまま黙って進むことをお勧めします」

ワイルドハントには手を出すな。

それが主水が導き出した答え。

チョウリには言えないが、ワイルドハントは遠くない未来に、因果応報、壊滅することになる。

 ならば、今は後の為に耐えるよう主水は考え、この道を勧めた。

スピアも父の身を案じ、主水と同じ意見を抱いていた為に、今日初めて潤んだ瞳で笑顔を見せた。

 しかし、当の本人のチョウリは納得出来てはいない。

聡明なチョウリは、大方主水の答えの意図は理解出来ていた。

 しかし、裏を返せば、それは、国民が無下に殺されるのを黙って見ていろと言われたのと同じであり、国民第一を信条に掲げるチョウリにとっては、受け入れることが耐え難いものであった。

暗中模索、チョウリは必死になって一寸先も見えない闇の中、もがいていた。

何か良い道はないのか、きっと何かしらあるはずだと。

 後々主水は深く後悔することになる。この時、チョウリの性格や信念を深く理解していたはずなのに、なぜ、やんわりと意見を勧めるだけで済ませてしまったのか。

強く進言すべきではなかったのかと。

◇◆◇◆◇◆

 主水はチョウリ邸を辞去した後、シンと静まり返り誰もいないイェーガーズの本部の書庫にやって来ていた。

当然鍵はしまっていたので、以前牢屋番として働いていた時に、囚人の鍵師に教えてもらったピッキング技術を使用した。

 イェーガーズ発足当初、エスデスは警察という仕事柄、どんな些細なものであろうと、これからは事件に関係する資料が必要ということで、帝都について、さらには帝都周辺及び辺境にあたるまで幾多の資料を取り寄せ、この資料が集まる書庫を作り上げた。

故に、この書庫に探りを入れれば犯罪者、事件のあらましについてほとんどといっていいほど、情報を得ることが出来る。

ただし隠蔽されていなければという但し書き付きは必要だが。

 普段の昼行灯ぶりとはかけ離れた真剣な表情で、一心不乱にワイルドハントの人物名をあらゆる事件が登録された登記簿から探りを入れる。

さしあたってここ十年の帝都、及び帝都周辺地域に当たりをつけて調べていく。

(ねぇか…)

約二刻主水は必死にページをおって探ったが、めぼしいワイルドハントの情報は見つかることはなかった。

 もっともワイルドハントを探る上で犯罪者に当たるのは間違いではない。

しかし、ワイルドハントのメンバーは、シュラが世界を放浪した先でスカウトしてきた犯罪者なため、情報がでてこなかったのだ。

 ただ、一つ主水が気になった点があった。

この書庫は作られた後からほとんど使用されてはいなかったはずであった。

故に大半に埃が積もっていながらも、帝都中央部ジョヨウ地方の資料の埃が払われ、最近読まれた形跡があったのだ。

故に気になり、より慎重に探りをいれたのだが、有益な情報を得られることはなかった。

(こりゃあ更なる出費覚悟で天閉に調べてもらう必要があるか…)

主水は懐具合を確かめ、一息吐くと、その場を後にした。

 しかし、着実に悲劇の幕開けが主水に忍び寄っていたことを、まだ主水は気づいてはいなかった。


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