明日までは続く予定です。
ワイルドハントの横行はどどまる所を知らず、更に悪化の一途を辿っていた。
この二日間でも多数の使者が出、多くの血が流された。
先日行われたのは、帝都に訪れていた、旅一座に対する取り調べという名の凌辱と殺しであった。
その発端も、些細なことである。
旅一座の座長は、ワイルドハントには逆らわず、賄賂を送ることによりお目こぼしされるという情報に従い、シュラに袋一杯分の賄賂を渡した。
しかし、それがシュラの怒りを買った。
賄賂という行為を正義感から嫌ったのでは勿論ない、賄賂の額が気に入らなかった、ただそれだけだった。
そして目をつけたのは、一座の女性であった。
旅一座だけあり、女性は皆美しく、シュラの瞳にはどれも面白そうな玩具に見えていた。
そして始まる狂乱の宴。
シュラとエンシンが一座の女性達に獣のように襲いかかり、目を覆いたくなるような凌辱を始め、コスミナは男を(性的な意味で)貪り、中でもショタコン、ロリコンという歪んだ性癖を持つチャンプは、10歳程の少年に、その歪んだ欲望を向けた。
少年ばかりはお助けくださいという老齢の女性には、憤り、原型がなくなるほどの暴力の嵐を降らせ、肉片にする悪行を働いた後、自らの欲望を少年にぶちまけた。
性的欲望に疎い、イゾウとドロテアは別の快楽を求める。
殺害と食欲という名乗の。
イゾウは愛刀〈江雪〉に血を吸わせることに無情の喜びを持ち、逃亡をはかる劇団員を肉片に変え、血の海に沈めた。
ドロテアは、帝具の八重歯を突き立て、まるで吸血鬼のように生気を吸い死に至らしめた。
帝都に帰りついたイェーガーズが現場にたどり着いた時には、既にワイルドハントの姿はなく、犯され、ぼろ雑巾のようになった女性や男性の姿。白目を向き、苦しみ抜いて息を引き取った少年。原型をとどめない老齢の女性。肉片と血の海と化した劇団員。生気を抜かれミイラと化した死骸。
見るも無惨な陰惨な現場が広がっていた。
ウェイブ、セリューは怒りにうち震え、ランは少年の死骸を物思いげに見つめていた。
(ここまでひでぇ現場は初めてだ……)
主水も今までの人生の中でも類を見ない凄惨な現場に、絶句していた。
そして、今日もワイルドハントは街を絶望で染め上げた。
つい先日、自分の力を見せつけるかのように、皇拳寺に押し入り、難癖をつけ、師範と師範代をなぶり殺しにした。
その仇を討つべく、皇拳寺の門下生がワイルドハントに立ち向かった。
しかし、これをシュラ一人で瞬殺し、門下生の一人がうら若き少女であったために、一人だけ残し、絶望を与えた後、泣き叫び、助けを請う少女を、無慈悲に街のど真ん中で凌辱した。
そして、イェーガーズが現場に到着した時には、満足気に余韻に浸るシュラと、ワイルドハントのメンバーがイェーガーズを出迎えた。
「よう、遅かったじゃねぇか。ゴミは俺が片付けておいたぜ」
嘲笑うかのように、上から目線で話すシュラ。
まるで悪びれることもない。
「御足労おかけしました」
「御苦労様です」
ランと主水は表情を変えることなく、素直に頭を下げた。
しかし、ウェイブは我慢ならず、怒りで震え、シュラを睨み付ける。
「そこの二人は分かってるじゃねぇか。それに比べて、てめぇは俺に手間かけさせて挨拶すらろくにできねぇのかよ!」
シュラの鋭い視線がウェイブに刺さる。
ウェイブは、怒りで唇を噛み締め、血を流しながらも、
「ありがとう…ございました…」
と頭を下げた。
これも、ランから言われていたこと、「隊長が戻られるまでは耐えて下さい」という言いつけを守った形であった。
「後始末は私たちにおまかせください」
笑顔でランがシュラにそう告げると、満足気に去っていった。
残されたランと主水とウェイブは、ワイルドハントが陣取っていた空き家の扉に手をかける。
中からは、何か雫が地面を打つ音のみが漏れ、生き物がいる気配すらない。
(また嫌なもんを見ることになるのだろうな)
と主水は思う。いや三人とも同じ思いだったろう。
心なしかランの扉に掛けた手にも力が入る。
意を決して扉を引くと、ギィーと錆び付いた音をたてながら、扉は開かれた。
開かれた扉から、むせかえるような鉄錆びの臭気が溢れてくる。
しかし、三人は鼻を覆うことさえできなかった。
嗅覚を忘れさせるほどの状態が、視覚から流れ込んで来たためだ。
精肉工場に吊るされる豚や牛のように、天井の梁から、裸体の男性多数と、一人の少女が逆さに吊るされていた。
全ての死骸は血の気が下がり、顔面の穴という穴から血液が流れ落ち、地面を血の海に変えていた。
「なんでこんな酷いことが出来るんだ!!」
ウェイブが目を反らし、壁を殴り付ける。
「気持ちは分かります。しかし今は、この者達を弔ってあげるのが先です」
ランがウェイブを宥めるように肩に手を置き、優しく告げる。
「……ああ」
ウェイブは消え入りそうな声で、一言小さくランに返すと、沸き上がる怒りを抑えて、無言で三人は後始末を始めた。
◇◆◇◆◇◆
天井が突き抜けるほど高く、豪華な調度品で彩られた宮殿の大広間で、巨大な机を前に、オネスト大臣を中心に、帝都の官僚達が集まり、これからの政策や帝都について議論をしていた。
ただし、この場に集められた官僚達は全て大臣に媚びへつらい地位を維持する官僚達ばかりであり、形ばかりの議論で、大臣の政策が粛々と全会一致で通っていく、まるで議会とは呼べない代物であった。
その中にはチョウリも名を連ねている。
その表情は鬱積に満ち、また何か覚悟を決めた表情をしていた。
議論が一段落ついた所で、意を決したようにチョウリは立ち上がった。
「おやおやどうしましたかチョウリ殿」
下卑た笑みを浮かべ、肉を頬張るオネスト大臣が、突然立ち上がったチョウリに、ぬるりとした視線を向け問いかける。
大臣は冷静な様子ではあるが、回りは騒然となる。
確かにチョウリならばこのような議会でもやんわりと意見を挟むことはこれまでも幾度か見かけた光景であった。
しかしながら、普段の一歩引いた感じの平身低頭という感じは今回はなく、表情は固く、憤りを秘め、ただならぬ思いが他の官僚にも読み取れたことが、ざわつかせた最大の理由であった。
「オネスト大臣に一言申し上げたいことがあります」
「なんですかな。お聞きしましょう」
オネスト大臣はにこやかに訪ねるが、逆にそれが周囲に恐ろしさを感じさせ、広間に緊張が走る。
もう誰も言葉を発することもなく、固唾を飲んでチョウリが大臣を怒らせないことを祈るばかりである。
「大臣は、御子息のシュラ殿の、ワイルドハントの悪行を御存じか」
広間の空気が凍り付く。今や宮殿内でさえ禁句となっていることを、直接大臣に聞くという、まさに命知らずの周囲から見れば愚行を、チョウリが行ったからだ。
「チョウリ殿の仰りたいことは分かりかねますな」
大臣の視線が僅かに鋭くなり、剣呑な空気が流れ出す。
既に、肉を食べる手も止まっている。
「先日旅一座を皆殺しにした件と、皇拳寺の師範と師範代を惨殺したことを言っています」
大臣の視線を真っ向から受け止め、負けじと厳しい視線を投げ掛ける。
「何が問題だとチョウリ殿は仰るんで?」
「前者は賄賂が少ないと言うことで劇団員を凌辱後皆殺し、後者はシュラ殿の力試しの為に殺したと報告が来ております。大臣はこの事について、どのように処断するおつもりか」
チョウリは厳しく問い詰める。
『怒髪天をつく』をまるで形容するかのように、チョウリは目を怒らし、今まで見せてきた好好爺の面影などなくなり、大臣だったころの強さが蘇っていた。
「ハハハハハ、チョウリ殿は面白いことを仰る」
部屋の緊張を吹き飛ばすように大声で笑いだす大臣。
しかし、その笑い声は、愉快という感情はなく、不快感をもろに表した物であり、チョウリ以外誰もが震え上がり、大臣に視線を向けることすら出来ない状態で視線を反らす。
「お答えしましょう。前者の件は、不正な行いを目溢しするようにワイロを渡そうとしてきたために、秘密警察として粛清。後者のことは前回キョロクでの羅刹四鬼の失態を伝えに言った所、逆上して襲いかかってきたため、やむ無くと聞き及んでおりますぞ」
大臣の言い分を聞き終わると、チョウリの口許に笑みが浮かぶ。
まるで想定通りと言うように。
「そのような言い逃れがまかり通るとお思いか大臣。私はこの件について証人を得ております。お入りなさい」
チョウリの声が響くとおどおどした男が入ってきた。
「昨日私に言ったことをここで申し上げるのだ」
チョウリの発言を受け、男は顔を上げる。
「部屋の外で議論を聞かせてもらいましたが、オネスト大臣の仰る通りです。私はこの耳と目で、聞き、目にしました」
大臣は口許をまるで三日月のように釣り上げ、鬼の首をとったかのように、青ざめたチョウリに視線を向ける。
「どうやら私の言い分があっていたようですな。チョウリ殿もお疲れから耄碌した模様。家で休まれたらどうですか。衛兵チョウリ殿をお連れしろ!!」
「何故だ…」と小さく呟き、項垂れ、力の抜けたチョウリは衛兵に両側から支えられ、連れ出された。
「では今回は解散にしましょう」
大臣の声と共に、恐怖の議会は終結した。
―――――
「シュラ様、仰る通り証言いたしました。妻と子を返してください」
議会で証言したおどおどした男が、ある一室でシュラに泣きついていた。
チョウリの証言をするという情報を得たワイルドハントが、男の妻子を人質に取り、証言を裏で操作していたのだ。
「ああ、二人とも死んだぜ。女は軽くサンドバッグにしてたらすぐにな、子供はチャンプが可愛がってから、天国に送っちまったようだぞ」
へらへらと笑いながらシュラは答える。
「どういうことですか!言われた通り言えば妻子は返してくれると言ったから、私はチョウリ様を裏切り、あのように発言したのに!!」
男は泣き崩れた。
「安心しろよ。すぐに合わせてやるからよ!!」
シュラは男に拳を振り抜くと、拳が男の頭部を破壊し倉庫内を血で染め上げた。
「もれえなぁ。あと始末しねぇとブドーの雷オヤジがうるせぇからな。誰かに掃除させるか」
血にまみれた拳を拭きながら、シュラは終始へらへらと笑っていた。