主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第66話

 鉛色の雲が空を覆う中、チョウリの処刑が帝都の外れの刑場で、公開で執行された。

 しかし、見せしめの為に公開で行われながらも、昨今のワイルドハントの件が影響して、見ていたのは主水のみであった。

 ただそのような中でも、チョウリは毅然とした態度で、潔く刑執行の舞台に上がり、一度主水に視線を送り、晴れやかな顔で笑顔を向ける。

君達のお陰で憂いはないとでも言うように。

そして、舞台に座り辞世の句を詠み終わると、粛々と刑が執行された。

国と、皇帝、国民の為に一生を捧げた元大臣チョウリは、その生涯を閉じた。

 チョウリの生きざまを断腸の思いで見届けた主水は、俯き、暗い表情で、改めて思いを強くして刑場を後にした。

 しかし、未だに主水は動けなかった。

さすがに主水といえども、ワイルドハント全員を不意討ちといえ一人で相手するには、荷が重い。

故に、ナイトレイドがキョロクから帰りしだい、未だに手を着けていない、いつぞやチョウリから送られた菓子の下に敷き詰められていた金を仕事料とし、正式なナイトレイドの仕事とし、仲間の助力を請うつもりでいた。

 そのようなある意味手詰まりの状況の中、更なる悪夢が主水に迫っていた。

「旦那、ここにいたか!」

差し迫った状況なのだろう、緊迫した表情で天閉が走ってくる。

「どうしたんだ?」

「ヤバい状況になるかもしれねぇ。走りながら状況を伝えるからついてきてくれ」

明らかに焦る天閉に、事態は急を告げていると、主水は察し、天閉の後に続き走り出した。

「何があるんだ?」

「ボルスの妻子が墓参りに向かってるんだ。更に悪いことにワイルドハントが巡回している最中だ」

「最悪だな…だが昨日ウェイブが伝えたはずなんだがな…」

ボルスの妻子は旅行から帰ってきた初日に墓参りに向かった。

その際に、同席したウェイブが、最近の状況を暈しながらだが伝え、落ち着くまでは帝都に近づかないように、伝えていたはずだった。

 故に、これで大丈夫かと、主水の警戒が緩んだ中での、この状況である。

「ああ、ただ旦那の話では、『帝都に近づくな』って伝えたんだよな。墓場は郊外だぜ。それにボルスの妻子にとって墓場は心の支えであり、拠り所なんだ。足を運ばねぇことは耐え難いことなんだよ」

天閉の言葉に、主水は自分の思慮の足りなさを痛感した。

 日本であれば、仏壇や遺影という形で、家で故人に語りかけたり、祈ることが出来る。

 しかしながら、この世界の帝都には、そのような習慣はない。

合いたければ墓場に行くしかないのだ。

その点を主水は考慮していなかった。

―――――

 主水と天閉は走り通しで、帝都郊外のボルスの眠る墓場に辿り着いた。

 風に靡く草や木のざわめきのみが辺りに木霊する中、一つの墓場の前に、しゃがみ、瞳を閉じて手を合わせる人影が…

ボルスの妻子は黒い喪服を着て、墓場に語りかけているようである。

 主水と天閉は安堵した。

二人にはまだやつらに遭遇することなく、大事には至っていなかったからだ。

「よかったな旦那」

「ああ」

主水が天閉の言葉に頷こうとしたその刹那。

主水の目があるものを捕らえ、険しくなる。

それを、察知し、天閉も主水の視線の先を見据え、動きを止めた。

 墓場にやって来る外道集団ワイルドハントの一向。

「帝都郊外に最近現れる美しい未亡人か…そそるフレーズだぜ」

「ハァハァハァ、かわいい幼女、かわいい幼女、俺の妻に…ハァハァ」

したなめずりをするシュラと、息を荒くして危ない言葉を呟き続けるチャンプ。

 世が世であれば、確実に後者は拘束されるだろう。

それを一歩引いて、ドン引きの表情で見つめるドロテアと、気にする素振りもないイゾウ、コスミナ、エンシン。

やはり今回も白いローブを被った男はいない。

 主水と天閉の二人はワイルドハントが気づかないようにと、祈るような気持ちで見守っていたが、神は二人と妻子を見放した。

「おっ!噂通りの上玉じゃねえか!!」

「すっっっっっげえかわいいぃぃぃんですけどおおおぉぉぉ!!天使だ、天使だ!!!幼女の天使だあああぁぁぁ!!!!ハァハァハァハァハァハァハァハァ」

見定めるように湿った視線を向け、二人に歩みよるシュラと、目を血走らせ、鼻息荒く、奇声をあげながら走り出すチャンプ。

 ボルスの妻子は突如現れた集団に恐怖を感じ、ボルスの妻が娘を庇うように抱きしめ怯えた瞳で、シュラとチャンプを見上げている。

「やべぇぞ旦那!俺も手を貸す殺っちまおうぜ!」

「待て、今殺るとなると二人をまきこんじまう。もし、俺が奥の手を使って皆殺しにしたとしても、二人の命を助けることは出来るが、二人にトラウマを植え付け精神的に傷を負わせるばかりか、二人がワイルドハント殺害の容疑で疑われる。勿論、俺達も疑われ危うくなる」

「じゃあどうしろってんだよ!」

冷静な表情で話す主水に、焦り捲し立てるように詰め寄る天閉。

経験の差が明確に表れた一幕である。

「俺に考えがある耳貸せ」

「ああ」

主水がコソコソっと手短に伝える。

「いいのかよ。二人は助けられても、旦那の命があぶねぇんじゃねえか」

「うだうだ考えている暇はねぇ!」

主水は走り出し、シュラとチャンプ、震え抱き合うボルスの妻子の間に入り込んだ。

「なんだてめえは」

「俺と天使の邪魔するんじゃねぇよ!ゴミがあああ!!」

「あ、貴方は」

怒りを滲ませて睨み付けるシュラと、狂気に歪んだ瞳で罵声を吐くチャンプ。

後ろからは、ボルスの妻が、助けを求めるような消え入るような声を出した。

ただ、そこに娘だけは命に代えても守るという強い意思を感じさせる姿であり、主水は安心させるように頷いた。

「てめえ俺を無視ってんじゃねえぞ!!」

怒気をはらませるシュラ。

 主水は土下座しながら告げる。

「どうぞこの二人はお見逃しください」

「ああ!俺に意見する気かクソヤロウ!」

全く聞く耳を持たないシュラ。

「あなた様が今ここでこの二人に手を出したらオネスト大臣の名に泥を塗ることになります」

主水としてはヘドがでる程虫酸が走る言葉ではあるが、この場を乗りきるべく、その思いを飲み込み告げる。

「関係ねぇよ!退けよ殺すぞ!」

(やはり聞く耳もたねぇか)

既にやる気に満ちているシュラには大臣の名を出しても通じない。

 しかし、これも主水の想像通りの展開。

故に、主水は天閉に指を立て合図を出した。

(分かったよ旦那)

物陰で待機していた天閉が花火を投擲した。

「むっ」

花火にいち早く気づいたイゾウが、〈江雪〉の鯉口に手を当てると同時に、刀を抜き、銀色の一閃を放ち、花火を両断した。

「あめぇよ、俺の花火は特別製なんだよ!」

刀と鞘の触れあう音が『禁』と静かな墓場に響いた刹那、花火が強烈な閃光を放つ。

「ぬかったか!」

「なんだこりゃ!!」

「目があっ!!目があっ!!」

間近で閃光を浴びたイゾウが悔しげに、シュラとチャンプは何が起こったと、網膜を刺激する閃光を手で遮り目を閉じ叫ぶ。

「後は頼んだぜ天閉」

「ああ、旦那も生きて帰って来いよ…」

眩い光の中で、天閉が妻子を連れて逃げていくのを細目で見届け、

(後は足止めだけか…)

と気合いを入れた。

「てめぇ嘗めたまねしてくれるじゃねえか!」

「俺の天使がああああぁぁぁ!!!ふざけんじゃねえええぇぇぇ!!!」

「がはっ!」

シュラが怒鳴ると同時に、ボルスの娘の幼女がいなくなったために、怒り狂ったチャンプが主水を殴り、主水は吹き飛び、地面に伏した。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなあああぁぁぁ!!!」

キレたチャンプはその怒りを拳に乗せ、嵐のように拳を降り下ろす。

「俺にも殺らせろよ!オラッ!オラッ!!」

シュラも加わり、地に伏した主水に何十発と蹴りを叩き込む。

凄惨なリンチ。

怒りの赴くままに、嵐のような暴力を二人は振るう。

「ぐはっ……」

「ハァハァハァハァ」

「くたばったか」

血を吐き意識が飛びかけた主水を前に、チャンプは息をきらせ、シュラはニヤニヤしながら侮蔑の目を向ける。

「落とし前をつけさせるか、チャンプ起こせ」

チャンプは主水の髷を掴み起き上がらせる。

「命で償ってもらうぞ!」

シュラが一歩踏み出そうとした時、唐突にシュラの前に黒い鞘が出される。

「どういうつもりだイゾウ」

シュラは邪魔されたことに不満を感じ、イゾウを睨み付ける。

「やめておけ。こやつはイェーガーズの一員。ここで命を奪えばエスデスと事を構えることになるぞ。お主にその覚悟があるというなら殺るがよい」

イゾウはそう告げると、鞘を納め、背を向けた。

「チッ、あの姉ちゃんは敵に回したくはねぇな。チャンプそこら辺に放っておけ!」

「クソが!!」

チャンプは主水を地面に叩きつけ、唾をはきかけた。

「行くぞ」

シュラの一声で、ワイルドハントは去って行った。

 主水は血にまみれ、すでに意識がない状態で、墓場に放置された。

 


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