「主水君!」
ずぶ濡れになったセリューが息をきらせながら治療室に飛び込んできた。
その姿からもどれだけ主水を心配していたかが分かる。
「あらセリュー、早かったわね」
帝具パーフェクターを外して寛いでいるスタイリッシュがいち早く気付き、笑顔で声をかける。
「あっドクター、主水君は?」
「もう大丈夫よ。言ったでしょあたしに任せなさいって」
笑顔でセリューの頭をなでるとスタイリッシュにスタイリッシュは治療室をあとにした。
(笑顔になってよかったわ)
「ドクターお疲れ様でした」
スタイリッシュが室外に出ると、ランが声をかけてきた。
「あんまり大変じゃなかったわよ。でもねそう思うなら……」
にんまりと何かを企んだ笑顔を浮かべたスタイリッシュはランにおもむろに近づくと、身を寄せて、背中に指を這わせる。
「ド、ドクター?」
爽やかな笑顔があからさまにひきつりスタイリッシュに何かと尋ねる。
「もう分かってるでしょ。ご褒美を体で払ってってこ・と・よ」
ウィンクを飛ばすスタイリッシュに、ランは貞操の危機を感じ、話題を切り替える。
「大変じゃなかったとはどういうことですか?」
「ハァいけず。まあいいわ、言葉の通りよ。主水の怪我は見た目ほどひどくはなかったってことよ」
スタイリッシュは両手を広げながらヤレヤレといった感じで話す。
「いったいどういうことでしょう」
「言葉の通り、怪我は表層的なもので、深刻なものではなかったのよ。主水は全ての攻撃を受け流していたってことよ。多分意識がとんだ後もね。信じられないけど」
「………」
驚愕の事実にランは言葉を失った。二人によってたかってリンチされながら、それを全て受け流していたというのだから、当然ではあるが。
「じゃあね。可愛がってもらうのはまたの機会にするわ」
スタイリッシュはランに軽くウィンクを送ると、スタイリッシュに去っていった。
(それにしてもいい体だったわ。材料としても楽しむにしても。治療でなければとびついてたわ)
スタイリッシュが危ういことを考え頬を赤らめていると、
「スタイリッシュ殿」
前から声を掛けられた。
「予想通りね」
スタイリッシュは不適な笑みを浮かべ前方に視線を送ると、やせ浪人姿の男と、シュラを連れ帰った歌舞伎もの姿の二人の男が。
「イゾウと初めて見る顔ね、それもとびきりのイケメンね」
「お初にお目にかかります。奥田左京亮と申します。以後お見知りを」
恭しく丁寧に挨拶をする左京亮、
(なかなかの食わせものね。そんなところも合わせて魅力的ではあるけど)
スタイリッシュ自身がなかなかの曲者であり、左京亮からも同じ臭いを感じ取っていた。
「スタイリッシュ殿、シュラが大変な深手を負ってな貴殿に手当てをしてもらいたい」
(やはりね)
スタイリッシュは早いうちからこうなるのではと想定していた。
シュラとセリューが共に姿を消したということと、セリューが無傷で帰って来たことを合わせての想定であった。
「いいわよ、ただし条件があるけど」
「……なんでござろう?」
イゾウは暫し間をおいて問う。
イゾウはシュラとスタイリッシュが昵懇の仲であり、シュラの怪我を伝えれば、有無を言わさず了承すると考えていたからだ。
「条件は、イェーガーズとワイルドハントの騒動を、これをもって手打ちにすることよ」
「あいわかった。シュラには後程伝えておく」
「我々もイェーガーズの方とは争いたくはないですから」
イゾウとシュラは共に頷いたのを見てスタイリッシュは笑顔を浮かべ、また付け加えた。
「怪我は完治させると約束するけど、心の傷は癒せないわよ」
「…………」
「構いません」
言葉を失うイゾウとは対象的に、左京亮は笑顔で了承した。
◇◆◇◆◇◆
スタイリッシュとの話を終えたランが雨が降るのも気にかけず、建物の裏に来ていた。
「いますかメズ」
「はい、ここにいますあなた」
ランの呼び掛けに、まるで妻のように闇から姿を現すメズ。
頬を赤らめ、目を潤ませながら。
「頼みたいことがあります」
「なんでも言ってください」
「聞かれると困るので」
ランはメズに歩み寄ると耳元で囁く。
「あっ……うぅ………吐息が耳に…………ゾクゾクしちゃう……」
悩ましげな声をあげるメズ。
どこか艶かしい。
「聞いていますかメズ?」
「は、はい!お任せください」
メズは元気よく走り出そうとした時、ランがメズを後ろから抱きしめ、再度耳元で甘く囁いた。
「上手くやってくれたら、また愛してあげますからね」
「ひゃ、ひゃい!」
のぼせたような表情で、耳まで真っ赤にしてスキップをするように闇に消えた。
(これであとは時が来るのを待つだけですか)
ランが治療室に歩きだすと、セリューの探索から帰って来たウェイブとクロメに合った。
「ランどうしたの神妙な顔して?」
「なんでもありません。ああそうです、セリューさんは今意識を取り戻した主水さんに合っています。行きましょう」
三人は纏まって治療室に向かった。
◆◇◆◇◆◇
「主水君!」
「セリューさん、ご迷惑おか……セリューさん!?」
主水を見るなり抱きつき、涙を流すセリューに困惑の表情を浮かべる主水。
あまり女の扱いに慣れていないために、どうすればいいのかと、思案にくれる。
そんな中主水はあることに気付く。
「こんなに雨に濡れてしまって、体も冷えきってしまって、大丈夫ですか」
セリューの頬に手を当て、垂れる雨粒を拭い、冷えきっていることに気付くき、問い掛ける。
「大丈夫だよ。主水君の怪我に比べたら」
笑顔で主水の心配を否定するセリュー。
セリューの気遣いが嬉しかった。
またわざわざ問い掛けた主水であったが、セリューに何があったのかは、うっすらであるが、分かっていた。
夢とうつつの狭間の微睡みで、スタイリッシュが、誰かにセリューとシュラが何処かへ消えたと聞いていたからだ。
ここで軽く御礼を言うだけで良いのだが、主水はあることを思いだし、言葉だけでなく、行動も合わせて示した。
「ありがとうございます」
主水は笑顔で礼をいい、頭を撫でた。まるでわが子を慈しむかのように。
セリューは何故礼を言われたのか、頭を撫でられたのかは、分からなかったが、その安心感に身を委ねた。
しばらく時間が経過すると、主水は外から迫る気配に気付き、セリューに声をかける。
「セリューさん迎えが来た見たいですよ」
「?」
可愛らしく小首を傾げるセリュー。
唐突に扉が開き、何かが飛び込んできた。
「キュウウゥゥゥ」
セリューの胸に飛び込んできたのは、泥だらけで、薄汚れたコロであった。
コロも消えた主人を心配し、今まで必死に駆けずり回り、セリューを探していたのだ。
「ゴメンね心配かけて」
セリューはコロの頭を撫でている。
「二人とも濡れたり、汚れてしまったみたいですから、風呂に入ってきたらどうですか」
「うん、そうするね。行こうコロ!」
「キュウ!」
セリューはコロのリードを引き、治療室をあとにした。
「さてと、入ってきたらどうだ」
主水は声を上げる。
すると、
「さすが中村さん、気付いておられましたか」
ラン、ウェイブ、クロメの三人が治療室に入って来る。
「良かった主水さん大丈夫なようで」
「元気そうで安心しましたよ」
「うん」
三人は一様に安堵した表情を浮かべた。
主水も心配かけたなと、礼を述べようとした時だった。
「中村さん、セリューさんのお風呂を覗きに行かなくて良いのですか」
からかうような顔で尋ねてくるラン。
「まだ全快ではないので」
「なかなかの返しです」
ニヤリと不適に笑う主水に、ランも笑顔で返す。
二人はわかり合ったように視線を交わすが、ウェイブはなんとも言えないような表情で、クロメは穢らわしい物を見るような冷えきった視線を二人に向ける。
「コホン、冗談はここまでにして」
二人の視線に耐えられなくなったのか、軽く咳払いすると、話を変えようとする。
「今回の件について、話を聞きたいのですが、中村さんも今日はお疲れだと思いますので、明日にしましょう。よろしいでしょうか」
「それでお願いします」
主水も承諾すると、三人は挨拶して帰っていった。
◇◆◇◆◇◆
同時刻、キョロクから帰りついた、ナイトレイドがアジトを前にして動きを止めていた。
「どういうことだ!」
帝都に帰りついたナジェンダ一行は言い知れない違和感を感じていた。
月明かりに照らされたアジトから光が漏れていたのだ。
実際ナイトレイドのアジトを知る者は、革命軍に限られるが、革命軍の者が、ナイトレイドのアジトに来ることはほぼない。ましてやアジトに無断で入ることは、勿論のない。
故に、その有り得ないことに、言い知れない違和感、いや緊迫感を一行は感じていた。
しかし、ここで無為に時間を浪費する訳にもいかない。
「皆敵がいるかも知れない。警戒していくぞ」
「おう!」
皆は、意を決してアジトに、気配を消し足を踏み入れた。