宮殿の一室に、大臣オネスト、ワイルドハントのイゾウと左京亮、ドロテアがベッドに横たわるシュラを他所に、雑談に興じていた。
イゾウと左京亮は、自国の遊戯、将棋を指し、オネストとドロテアはなにやらとてつもない悪事について、話し合っていた。
それもこれも、会うことがないと思われていた、稀代の錬金術士ドロテアと、稀代の科学者スタイリッシュが遇いまみえたことが、起因となってのことである。
「王手!」
「ぬう…」
左京亮が不敵な笑みを浮かべ、イゾウが顔をしかめるという、終盤の局面に移行したなか、
「予算はいかほどで?」
「妾としては最低でもこれぐらいかの」
オネストとドロテア、デブと幼女という犯罪臭漂う二人は、話の詰めに入った時だった。
「はあっっっ!!」
掛け布団をはねあげ、シュラが飛び起きた。
冷や汗をダラダラとながし、顔は青ざめている。
「目を覚ましましたかシュラ」
オネストは立ち上がると、シュラに歩み寄る。
ドロテアと話をしていた時とは違い、険しい表情で。
「オヤジ……俺は」
「情けない、大臣の息子ともあろうものが、小娘一人にのされるとは」
溜め息まじりに、蔑みの視線をシュラに向ける。
大臣としたら、シュラであれば、その言葉に、いきり立つと思っていた。
しかし、シュラは小娘という言葉を聞くと同時に、頭をかかえ、ガクガクと震え始めた。
シュラの脳裏にフラッシュバックする光景。
深淵の闇に占められた、心の底から恐怖心を引き立てられる、空虚な瞳。
延々と襲い掛かる、激痛、激痛、また激痛。
セリューとの一件が、身体以上に、心に修復不可能な程の傷を刻みつけていた。
「こりゃあダメですな」
オネストはシュラの醜態を一瞥すると、呆れたように、吐き捨てた。
「そのようじゃのう。お開きにするか」
ドロテアが、ニヤニヤと笑いながら、口にすると、オネストは頷き、左京亮に視線を送ると、
「以前の舞踊陛下はお喜びでしたよ。次も期待していますぞ」
と左京亮に親しげな笑顔で告げ、部屋を後にした。
「抜かりないのぉ、左京亮よ」
「いやいや貴女がほどではありませんよ」
ドロテアと左京亮は含み笑いを浮かべ、視線を交わしあった。
◇◆◇◆◇◆
「-------------と言うことがあったんです」
治療室に集まったラン、ウェイブ、クロメ、セリューに、主水が昨日の全容について、話していた。
とはいえ、天閉については、はぐらかしはしたが。
「そういうことがあったのですか」
ランは厳しい表情で、物憂げに頷いた。
この頃ランには引っ掛かるものがあり、ちょうど良い機会だと、主水は切り出した。
「私の話はここまです。今度はランさんの話を聞きたいものですな」
主水はランに視線を向け真剣な表情で問い掛ける。
「私も最近のランは変だと思う。そろそろ何を考えているか話してほしい」
「うん、いつも笑顔のランが、最近は暗かったよね。なにか思い詰めたように」
「ああ、変だったよな。俺も気になってた」
いい機会だとばかりに、クロメとセリュー、ウェイブもついづいし詰め寄る。
「たいした話ではありませんよ」
「じゃあいいよね」
真顔で一心にランを見詰める三人にランは観念したのか、フッ溜め息をつくと、話を始めた。
「私は、ジョヨウ付近の農村で教師をしていました」
(ジョヨウ…………確かその地方の記録だけ読まれたあとがあったな。関係がありそうだな)
主水は以前資料室で事件の記録にあらかた目を通した時に、埃が積もった書の中で、ジョヨウの記録書だけ埃はなく、読まれたあとがあったことを思い出していた。
「ジョヨウは豊かな地で、治安もよく、子供たちも勉学には意欲的だったため、飲み込みが早く、皆将来有望で、私の自慢の生徒でした。しかし、私が留守していた時、ある凶賊により、皆殺しにされてしまったのです。悲惨なもので、皆暴行された後の凶行で、苦しみに歪んだ顔で、亡くなっていました」
「そんな、未来ある子供たちを、許せない…」
ランは怒りと悲しみがない交ぜになった表情で語り、セリューは怒りを露にする。
以前安寧道の本部で、遊んだ子供たちを思い浮かべたのかもしれない。
かたや主水は確信を得ていた。
子供が暴行された上での殺害という部分で。
「で、犯人は捕まったのか」
ウェイブが身をのりだし尋ねると、ランは視線を落とし、首を横にふった。
「ジョヨウは、治安の良さを売りにしていたため、その事件を無かったことにしたんです」
「マジかよ」
「そんな……」
ウェイブは拳を固く握りしめ、セリューは信じられないといった感じで、ショックを隠しきれない様相であった。
正義を重んじるはずの、役人が隠蔽した、その事実からも、帝都の腐敗ぶりが、眼前に示され、今まで信じてきたものが、揺らぎ始めていたからだ。
「ジョヨウだけではなく、どこも同じようなものです。だからこそ、その一件を通して私はこの腐った国を、内部から正しい道へと導くことを決意しました」
「何故中から変えようとしたんだ?」
「うん、ダメだけど革命軍の道もあったと思う」
ウェイブが口を濁したのを悟り、クロメが確信に踏み込む。
中々言いづらいことではあるが、ウェイブとクロメは真剣であるので、それに答えるべく、ランも口を開いた。
「ジョヨウの太守が女性で気に入られたためです」
(さすがランだな。常習犯か………)
言葉の真の意味を読み取った主水は苦笑いを、表面上しか理解出来なかった三人は素直にそうかと頷いた。
「三人が純粋でよかったですな」
「はい、言った後になって危うい発言だと気づきました」
主水とランは三人に気づかれないように、こっそりと言葉を交わした。
「まあそんな所でイェーガーズに加入したんです」
最後は笑顔でしめた。
しかし、ラン以外の四人は納得していなかった。
「はぐらかすのはダメ」
「バレてましたか」
いつの間にか、論点をすり替え終わらそうとしたランだったが、それも見抜かれ、やれやれと終に観念したランは、柔和な表情を消し、重い口を開いた。
「最近やっと私の生徒を殺した犯人を見つけたのです。ワイルドハントの中に」
ワイルドハントという言葉に、一瞬皆の動きが止まる。
「安心してください。なにもする気はありませんよ。そろそろ隊長も帰ってきますし、それからでもおそくはありませんから」
再び柔和な表情に戻ると、ランは
「では中村さんもまだ休まないといけませんし、お開きにしましょう」
と一方的につげ部屋を後にした。
「ランさん」
「どうしました」
部屋を出て暫くしたところで、物陰からスッと姿を現したメズがランに近寄った。
「今夜、左京亮とイゾウ、ドロテアなどは、大臣の酒宴に呼ばれるため、場を外し、ターゲットは詰所に残るようです」
「ありがとうございます。では今夜実行します」
普段は天使のような容姿のランが、今は悪魔の微笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇
「と言うことで、今回新たにナイトレイドに加入するタカナだ」
夜が明け、ナジェンダの執務室に集められた仲間たちの前で、タカナが紹介されていた。
「こんにちわ皆さん。紹介にあったタカナです。以前は帝都警備隊隊長をスパイとしていましたが、いつも心は革命軍にありました。私がナイトレイドに加入したからには、失敗はありませんよ。なんでも頼ってくださいね」
「帝都警備隊隊長…………そういえば、主水が話していたな」
アカメが、タカナが帝都警備隊の隊長をしていたと聞き、顎に指をあて、思い出すように言葉に出すと、
「ああそういえばいってたな」
なにか面白いイタズラを思い付いたような楽しげな笑みを浮かべ、レオーネも続いた。
「そうですか中村さんが。でなんと私を称えていたのですか?」
興味深そうに尋ねるタカナ。
「えーと、確か、『うちの警備隊隊長のオカマがな、ほんと口うるさくグチグチ女みたいに文句を垂れやがる。いつも心は梅雨模様だぜ』だったかな」
「…………」
プルプルと震え出すタカナ。
色白の顔も紅潮しだしている。
「私が聞いたのは、『鳥も通わぬ八丈へ、流れ流れて行くわいな、哀れタカナの行く末は、ふかの餌食か鳥の餌』だってさ、気持ちよさげに歌ってたぜ。ちなみに八丈は、仕事が出来なくて左遷された奴が行く僻地なんだってさ」
「ほ~~~~~、中村さんはそんなことを、いいでしょう元警備隊上司、現革命軍の上司としてお話ししないといけませんね」
額に青筋をたてながらも、なんとか怒りを抑えるそぶりで、タカナは呟いた。
この状況に至らしめたアカメは何故怒ったのかと、子首をかしげ疑問符を浮かべ、レオーネはニシシと黒い笑みを浮かべていた。
そのようなやり取りを見て、ナジェンダが小さく一つ溜め息をついた時だった。
部屋の扉が開かれ、マインと、チェルシーが入ってきた。
その瞬間タカナの目が光った。
「そこのピンクの貴女、いい趣味していますね」
「え、なに?ありがとうでいいのかな」
いきなりの発言で呆気に取られるマインと、主水が言っていたように、オカマじゃないかと確信したメンバーたちであった。
「で、どうだった?」
ナジェンダが仕切り直しとばかりに、マインとチェルシーに尋ねる。
「もうすごいのなんの。依頼人が行列をなしちゃて、訴状もこのとおり」
チェルシーは抱えていたカバンを開くと、山のように、怨みつらみが書かれた、殺し依頼の訴状が。
「すごい量だな。みんな同じ相手なのか?」
タツミが問うと、マインがそうよと頷いた。
「これが、依頼料」
マインがナジェンダの前にどしっと袋をおく。
袋からは、金貨であったり、小銭であったり、大量の怨みが籠った金が垣間見れた。
「よし、ナイトレイド帝都帰宅後の初仕事だ。的は訴えと、訴状全てに書かれているワイルドハント。全部で七人ということで、一挙に仕留めることはできん。分散して殺しにいくぞ!」
「おう!!」
勇ましく皆が応じ、室内を出ていくなか、
「腕がなりますね」
とひょろっと細い腕を回すタカナを、ナジェンダが止めた。
「何ですかナジェンダ。貴女も私の華麗な剣さばきを見たいのですか?」
「いや、お前は残って、私の部屋の壁の塗り直しだ!」
ナジェンダは有無を言わせず、タカナの襟首を掴んで引き摺っていった。
ただ、ナジェンダがタカナを留めたのはそれだけではなかった。
スピアにとってはタカナのみが知り合いというなか、タカナが居なければ、心細いだろうという配慮と、スピアの決断を二人で聞こうという考えから生じたものであった。
様々な思惑の元に、事が動き出そうとしていた。