主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第70話

 宮殿の一室に、大臣オネスト、ワイルドハントのイゾウと左京亮、ドロテアがベッドに横たわるシュラを他所に、雑談に興じていた。

 イゾウと左京亮は、自国の遊戯、将棋を指し、オネストとドロテアはなにやらとてつもない悪事について、話し合っていた。

それもこれも、会うことがないと思われていた、稀代の錬金術士ドロテアと、稀代の科学者スタイリッシュが遇いまみえたことが、起因となってのことである。

「王手!」

「ぬう…」

左京亮が不敵な笑みを浮かべ、イゾウが顔をしかめるという、終盤の局面に移行したなか、

「予算はいかほどで?」

「妾としては最低でもこれぐらいかの」

オネストとドロテア、デブと幼女という犯罪臭漂う二人は、話の詰めに入った時だった。

「はあっっっ!!」

掛け布団をはねあげ、シュラが飛び起きた。

冷や汗をダラダラとながし、顔は青ざめている。

「目を覚ましましたかシュラ」

オネストは立ち上がると、シュラに歩み寄る。

ドロテアと話をしていた時とは違い、険しい表情で。

「オヤジ……俺は」

「情けない、大臣の息子ともあろうものが、小娘一人にのされるとは」

溜め息まじりに、蔑みの視線をシュラに向ける。

大臣としたら、シュラであれば、その言葉に、いきり立つと思っていた。

しかし、シュラは小娘という言葉を聞くと同時に、頭をかかえ、ガクガクと震え始めた。

シュラの脳裏にフラッシュバックする光景。

 深淵の闇に占められた、心の底から恐怖心を引き立てられる、空虚な瞳。

延々と襲い掛かる、激痛、激痛、また激痛。

セリューとの一件が、身体以上に、心に修復不可能な程の傷を刻みつけていた。

「こりゃあダメですな」

オネストはシュラの醜態を一瞥すると、呆れたように、吐き捨てた。

「そのようじゃのう。お開きにするか」

ドロテアが、ニヤニヤと笑いながら、口にすると、オネストは頷き、左京亮に視線を送ると、

「以前の舞踊陛下はお喜びでしたよ。次も期待していますぞ」

と左京亮に親しげな笑顔で告げ、部屋を後にした。

「抜かりないのぉ、左京亮よ」

「いやいや貴女がほどではありませんよ」

ドロテアと左京亮は含み笑いを浮かべ、視線を交わしあった。

◇◆◇◆◇◆

「-------------と言うことがあったんです」

治療室に集まったラン、ウェイブ、クロメ、セリューに、主水が昨日の全容について、話していた。

とはいえ、天閉については、はぐらかしはしたが。

「そういうことがあったのですか」

ランは厳しい表情で、物憂げに頷いた。

この頃ランには引っ掛かるものがあり、ちょうど良い機会だと、主水は切り出した。

「私の話はここまです。今度はランさんの話を聞きたいものですな」

主水はランに視線を向け真剣な表情で問い掛ける。

「私も最近のランは変だと思う。そろそろ何を考えているか話してほしい」

「うん、いつも笑顔のランが、最近は暗かったよね。なにか思い詰めたように」

「ああ、変だったよな。俺も気になってた」

いい機会だとばかりに、クロメとセリュー、ウェイブもついづいし詰め寄る。

「たいした話ではありませんよ」

「じゃあいいよね」

真顔で一心にランを見詰める三人にランは観念したのか、フッ溜め息をつくと、話を始めた。

「私は、ジョヨウ付近の農村で教師をしていました」

(ジョヨウ…………確かその地方の記録だけ読まれたあとがあったな。関係がありそうだな)

主水は以前資料室で事件の記録にあらかた目を通した時に、埃が積もった書の中で、ジョヨウの記録書だけ埃はなく、読まれたあとがあったことを思い出していた。

「ジョヨウは豊かな地で、治安もよく、子供たちも勉学には意欲的だったため、飲み込みが早く、皆将来有望で、私の自慢の生徒でした。しかし、私が留守していた時、ある凶賊により、皆殺しにされてしまったのです。悲惨なもので、皆暴行された後の凶行で、苦しみに歪んだ顔で、亡くなっていました」

「そんな、未来ある子供たちを、許せない…」

ランは怒りと悲しみがない交ぜになった表情で語り、セリューは怒りを露にする。

以前安寧道の本部で、遊んだ子供たちを思い浮かべたのかもしれない。

かたや主水は確信を得ていた。

子供が暴行された上での殺害という部分で。

「で、犯人は捕まったのか」

ウェイブが身をのりだし尋ねると、ランは視線を落とし、首を横にふった。

「ジョヨウは、治安の良さを売りにしていたため、その事件を無かったことにしたんです」

「マジかよ」

「そんな……」

ウェイブは拳を固く握りしめ、セリューは信じられないといった感じで、ショックを隠しきれない様相であった。

正義を重んじるはずの、役人が隠蔽した、その事実からも、帝都の腐敗ぶりが、眼前に示され、今まで信じてきたものが、揺らぎ始めていたからだ。

「ジョヨウだけではなく、どこも同じようなものです。だからこそ、その一件を通して私はこの腐った国を、内部から正しい道へと導くことを決意しました」

「何故中から変えようとしたんだ?」

「うん、ダメだけど革命軍の道もあったと思う」

ウェイブが口を濁したのを悟り、クロメが確信に踏み込む。

中々言いづらいことではあるが、ウェイブとクロメは真剣であるので、それに答えるべく、ランも口を開いた。

「ジョヨウの太守が女性で気に入られたためです」

(さすがランだな。常習犯か………)

言葉の真の意味を読み取った主水は苦笑いを、表面上しか理解出来なかった三人は素直にそうかと頷いた。

「三人が純粋でよかったですな」

「はい、言った後になって危うい発言だと気づきました」

主水とランは三人に気づかれないように、こっそりと言葉を交わした。

「まあそんな所でイェーガーズに加入したんです」

最後は笑顔でしめた。

しかし、ラン以外の四人は納得していなかった。

「はぐらかすのはダメ」

「バレてましたか」

いつの間にか、論点をすり替え終わらそうとしたランだったが、それも見抜かれ、やれやれと終に観念したランは、柔和な表情を消し、重い口を開いた。

「最近やっと私の生徒を殺した犯人を見つけたのです。ワイルドハントの中に」

ワイルドハントという言葉に、一瞬皆の動きが止まる。

「安心してください。なにもする気はありませんよ。そろそろ隊長も帰ってきますし、それからでもおそくはありませんから」

再び柔和な表情に戻ると、ランは

「では中村さんもまだ休まないといけませんし、お開きにしましょう」

と一方的につげ部屋を後にした。

「ランさん」

「どうしました」

部屋を出て暫くしたところで、物陰からスッと姿を現したメズがランに近寄った。

「今夜、左京亮とイゾウ、ドロテアなどは、大臣の酒宴に呼ばれるため、場を外し、ターゲットは詰所に残るようです」

「ありがとうございます。では今夜実行します」

普段は天使のような容姿のランが、今は悪魔の微笑みを浮かべていた。

◆◇◆◇◆◇

「と言うことで、今回新たにナイトレイドに加入するタカナだ」

夜が明け、ナジェンダの執務室に集められた仲間たちの前で、タカナが紹介されていた。

「こんにちわ皆さん。紹介にあったタカナです。以前は帝都警備隊隊長をスパイとしていましたが、いつも心は革命軍にありました。私がナイトレイドに加入したからには、失敗はありませんよ。なんでも頼ってくださいね」

「帝都警備隊隊長…………そういえば、主水が話していたな」

アカメが、タカナが帝都警備隊の隊長をしていたと聞き、顎に指をあて、思い出すように言葉に出すと、

「ああそういえばいってたな」

なにか面白いイタズラを思い付いたような楽しげな笑みを浮かべ、レオーネも続いた。

「そうですか中村さんが。でなんと私を称えていたのですか?」

興味深そうに尋ねるタカナ。

「えーと、確か、『うちの警備隊隊長のオカマがな、ほんと口うるさくグチグチ女みたいに文句を垂れやがる。いつも心は梅雨模様だぜ』だったかな」

「…………」

プルプルと震え出すタカナ。

色白の顔も紅潮しだしている。

「私が聞いたのは、『鳥も通わぬ八丈へ、流れ流れて行くわいな、哀れタカナの行く末は、ふかの餌食か鳥の餌』だってさ、気持ちよさげに歌ってたぜ。ちなみに八丈は、仕事が出来なくて左遷された奴が行く僻地なんだってさ」

「ほ~~~~~、中村さんはそんなことを、いいでしょう元警備隊上司、現革命軍の上司としてお話ししないといけませんね」

額に青筋をたてながらも、なんとか怒りを抑えるそぶりで、タカナは呟いた。

この状況に至らしめたアカメは何故怒ったのかと、子首をかしげ疑問符を浮かべ、レオーネはニシシと黒い笑みを浮かべていた。

 そのようなやり取りを見て、ナジェンダが小さく一つ溜め息をついた時だった。

部屋の扉が開かれ、マインと、チェルシーが入ってきた。

その瞬間タカナの目が光った。

「そこのピンクの貴女、いい趣味していますね」

「え、なに?ありがとうでいいのかな」

いきなりの発言で呆気に取られるマインと、主水が言っていたように、オカマじゃないかと確信したメンバーたちであった。

「で、どうだった?」

ナジェンダが仕切り直しとばかりに、マインとチェルシーに尋ねる。

「もうすごいのなんの。依頼人が行列をなしちゃて、訴状もこのとおり」

チェルシーは抱えていたカバンを開くと、山のように、怨みつらみが書かれた、殺し依頼の訴状が。

「すごい量だな。みんな同じ相手なのか?」

タツミが問うと、マインがそうよと頷いた。

「これが、依頼料」

マインがナジェンダの前にどしっと袋をおく。

袋からは、金貨であったり、小銭であったり、大量の怨みが籠った金が垣間見れた。

「よし、ナイトレイド帝都帰宅後の初仕事だ。的は訴えと、訴状全てに書かれているワイルドハント。全部で七人ということで、一挙に仕留めることはできん。分散して殺しにいくぞ!」

「おう!!」

勇ましく皆が応じ、室内を出ていくなか、

「腕がなりますね」

とひょろっと細い腕を回すタカナを、ナジェンダが止めた。

「何ですかナジェンダ。貴女も私の華麗な剣さばきを見たいのですか?」

「いや、お前は残って、私の部屋の壁の塗り直しだ!」

ナジェンダは有無を言わせず、タカナの襟首を掴んで引き摺っていった。

 ただ、ナジェンダがタカナを留めたのはそれだけではなかった。

スピアにとってはタカナのみが知り合いというなか、タカナが居なければ、心細いだろうという配慮と、スピアの決断を二人で聞こうという考えから生じたものであった。

 様々な思惑の元に、事が動き出そうとしていた。

 


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