主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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少し間が空きましたが更新です。


第74話

 傷が癒えた主水であったが、その表情には、暗雲がかかったように、影が射し、険しいものであった。

 その理由は、ラン、クロメが傷だらけになり、セリューが青ざめて帰ってきた時に、メズから聴取した話に起因する。

イェーガーズとワイルドハント、そしてナイトレイドの三つ巴の争いに関しては、それほど驚くべきことではなく、遂に来たかという感じで受け入れることは出来た。

しかし、問題はその後の話、ワイルドハントの七人目、左京亮の話に及んだことだった。

 名前からして、以前「円光院」という寺で、苦しめられた「右京亮」とたった一文字違いで、気になる存在であるのに、聞いた所によると、その姿までが、瓜二つという所に問題があった。

頭の中では、タカナ様のように、似た人物であると片付けようとしたが、簡単には割りきれる問題ではない。

なにしろ、右京亮は倒せたとはいえ、仲間の不意討ちのお陰であり、主水一人では勝てなかった相手であったからだ。

(一度会って見るべきか……)

「そこの御仁」

(気はのらねぇがな)

「待ってくださらんか」

「おっ!!」

思案中に突然肩に手を置かれ、呼び止められる主水。

ビクッとした後に、振り返ると、見知らぬ人物が。

「すまぬ驚かせてしまったか」

主水と変わらぬ装束を身に纏い、腰に一本挿しの様相の男が立っていた。

「どちら様で?」

「御無礼ご容赦頂きたい。拙者は、ワイルドハントに属するイゾウと申す。お見知りおきを」

(ワイルドハント!!)

驚きはあったが、事を荒立てる訳にもいかないので、そのような様子をおくびにも出さず対応する。

「これはこれは、ご丁寧に、私はイェーガーズの中村主水と申します」

昨夜殺しあいの死闘をを演じた組織に属する者とは思えない、丁寧な挨拶を交わしあう二人。

周りを歩く者はあからさまに、この異様な風体の二人を避けて通っていく。

「で、私に何かご用で」

「姿を見て、拙者と同じ東方の出ではと思ったことと、その腰のものから、ただならぬ雰囲気を感じてな。拙者は、この「江雪」一筋だが、気にかかってしまった。拝見させてもらえぬか」

イゾウは腰に挿した「江雪」を右手で少し上げた後に、主水の腰の太刀に視線を移す。

(下手に拒む訳にもいかねぇな。しかしこんなやつをも引き付けちまうとは、殺し過ぎて妖刀の類いにでもなっちまったのか)

主水は苦笑を押し殺して、太刀を帯から抜くと、イゾウに手渡した。

「拝見させて頂く」

イゾウは頭を下げると、懐から和紙を取りだし、口に挟んで刀を抜いた。

イゾウの刀を見る眼差しは真剣そのものて、水平に構え、刃、それを反して峰などを、事細かに見やった後に、小さく頷き、嘆息を漏らすと、鞘に刀を戻し、主水に返すと、和紙を口から離し、

「かたじけない。良いものを拝見させて頂いた」

と感謝の念を表した。

「この帝都の武芸者は皆帝具、帝具と帝具以外の武器を蔑ろにする傾向にあり、参っていた所にそなたのような御仁に会えたこと、感謝にたえぬ。では」

イゾウはそれだけ言うと、踵を返し、歩き出す。

 だが、二三歩歩いた所で足を止めると、

「そなたの刀も我が「江雪」のようにあまたの血を吸っておる。いつか命を賭けたやり取りをしたいものよ」

と溢すように呟き、去って行く。

(また厄介なヤツに目をつけられたもんだ)

そのイゾウの後ろ姿を見つめていると、以前エスデスに目をつけられた時のことが思いだされて、深い溜め息が自然と出ていた。

(おいおいあのオッサンもこの世界に来てたのかよ。こりゃあ近い内に挨拶しねえとな)

その姿を物影で見ている者がいることに、主水は気づいてはいなかった。

◇◆◇◆◇◆

 それから約二週間が経過した。

主水としては、ナイトレイドに顔を出さなくてはと思いながらも、イェーガーズの隊長代行のランが負傷で、抜けていることと、隊長であるエスデスが不在が重なったため、皆の仕事の分量が増し、さらには、今では隊長のシュラが引きこもり生活に入っていたため、問題は減ったが、それまでの事件の事後処理が貯まっていたこともあり、仕事に追われ、全く自由な時間が無い状態であった。

(まったく冗談じゃないぜ。サボることすら出来ねぇとは)

疲れた顔で、心のなかで文句を垂れる主水。

「どうしたんですか主水さん。今日も張り切って頑張りましょう」

今日の帝都巡回のパートナーであるウェイブが能天気に励ましてくることに、いつも通り元気なヤツだと思う一方、さらに疲れが増しそうだとも思って、苦笑いを浮かべるのであった。

 帝都巡回を終え、イェーガーズの宮殿内の詰め所に戻って来ると、丁度、昼の到来を告げる鐘の音が響き渡る。

「主水さん昼どうします?」

「金欠なんでな、食いに行く金がもったないから握り飯を持ってきた。ってことで、今日は一人で食うわ」

「そうですか。じゃあ俺は少し行ってきますね」

ウェイブは主水に悪いなと思いながらも、外に食べに出かけて行った。

(江戸にいた時と変わらねえな)

主水は心のなかで一人ごちながら、竹の葉の包を開け、握り飯と沢庵を食べ、質素な食事を終えた。

◇◆◇◆◇◆

 主水は暫く仮眠を取った後、何とはなしに重い腰を上げ、部屋をあとにした。

(何故か分からんが、嫌な予感がするぜ。虫の知らせってやつか……)

静まり返った宮殿内を歩いている時、前の廊下から歩いて来るものを見た主水の足が止まり、戦慄が走った。

 物腰柔らかな中性的な容姿、うっすらと浮かべる作り笑顔、それとは対照的なきらびやかな装束、またその装束は、この世界では目にすることが無い、裃と呼ばれる日本独自の式服である。

(マジかよ)

主水の本能が伝える、本物の奥田右京亮であると。

命を賭けたやり取りをしたことから分かること。

震える体を鼓舞して、再び歩みを進める。

近付くたびに、高まる鼓動を抑えるすべなく、しかしながら、表情には出さず近づいていく。

「これはこれは、確かイェーガーズの方でしたね」

男と主水の距離が近づいた折りに、予想外にも、男から話掛けてきた。

それも、フレンドリーに。

意に反した男の出方に沈黙する主水、しかし、その初めて会ったかのような様子に、こいつはタカナ様同様、右京亮に似ただけの男ではという考えが頭を過る。

「あ、これはこれは、私はイェーガーズの中村主水と申します。であなた様は?」

「私はワイルドハントに属します左京亮と申します。今後とも宜しくお願いします」

左京亮は、爽やかな笑顔を浮かべると、主水に対し手を差し出す。

主水もその手を流れから握った。

握った刹那走る違和感。

主水の手に、何かが握らされたのだ。

「くれてやったもんを返すのは無粋だぜ」

左京亮の言葉に背筋が凍りつくなか、主水が手を開くと、見覚えのある山吹色の小判が。

 右京亮と小判から甦る記憶、その小判は、右京亮が江戸南町奉行就任の際に催された宴会で同心全員に配られたもので、主水が右京亮を殺った際に、冥土への送り賃とばかりに、右京亮の屍に投げ返したものであった。

 驚愕から、左京亮の顔を見上げると、そこには先ほどの爽やかな笑顔とは対極の悪魔のような醜悪な笑顔を浮かべる左京亮が。

「久しぶりだなオッサン」

「てめぇは右京亮!!」

主水は瞬時に間合いを開け、刀に手をかける。

「ここでは左京亮だがな。血の気の多いやつだなぁ。今すぐ殺りあいたいのは分かるが、今日は挨拶に来ただけだ」

左京亮は徒手で手を振る。

しかし、主水は警戒を解くことなく、いつでも抜けるように、右手を刀の柄に、左手は鯉口に手を掛けたままにしている。

「てめぇは何故ここにいる?俺が殺ったはずだぞ」

「それはおめえにも言えることじゃねえか。まあいい聞かせてやるよ。あれは、お前らが円光院を去った後のことだ」

◇◆◇◆◇◆

 薄暗い室内を、辺りに並ぶ蝋燭が仄かに照らし出す。

無数に転がる屍、それを静かに鎮座している如来像が、優しげな笑みを口許に湛えてその様を眺めている奇異な光景。

(俺は死ぬ〈負ける〉のか……)

幾つかの屍の中の一つの右京亮は薄れ行く意識の中、自問自答を繰り返していた。

そんな最中、陽炎が立ち上るように、空間が揺らぎ、陰陽対極図が浮かび上がり、大小二つの影が現れる。

「ここはどこだよ?」

「帝具の奥の手を使ったお主が知らぬものを妾が知るとでも思うのか。それにしても陰気臭い場所じゃのぉ」

シュラが頭を掻きながら帝具〈シャンバラ〉を眺め、ドロテアは呆れたように小さく溜め息をはくと、あたりを見回した。

「次元を越えて異世界に来たのかも知れんのぉ。それにしても、とんでもない場所に飛ばしてくれたもんじゃのぉシュラよ」

「文句ならシャンバラに言えよ。確かにお前が言うように見たことねぇ場所だな。しかも死体が山のようにころがってるしよ」

シュラがヤレヤレと言った表情で、一人ごちる中、ドロテアは死体に近寄っては何かを調べている。

「こんな所に来てまで材料集めか」

「…………」

ドロテアは返事を返すことなく丹念に死体を調べ、一つのものの前で、八重歯を見せながら口許を吊り上げた。

「シュラよ。こいつはかなり強いぞ。それに微かに息がある。いづれは死ぬが妾なら完全に蘇生させられる。持ち帰るぞ。手を貸すがよい」

年相応の愛らしい笑顔を浮かべたドロテアの発言に渋々シュラは従うと、右京亮を抱えて、シャンバラを起動させ、その場を立ち去った。

◆◇◆◇◆◇

「ってことがあってな、おれはここにいる。あの時言ったろ、俺の首はまだついてるってな。またなオッサン」

左京亮は主水の肩をポンと叩くと、笑い声を響かせながら、去って行った。

 主水はその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。

 

 

 

 


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