主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第76話

 帝都の外れ、夕陽が山裾に沈み行く頃合い、何人かの警備隊員が物陰に身を潜めてある建物を見張っていた。

そんな所に、フラフラとやって来る主水の姿が、

「御足労ありがとうございます」

「おう。あと気づかれるから明かりは消してくれ」

マフラーを目深に被り、現れた主水。

帝都警備隊に盗賊団のアジトを制圧する援護にイェーガーズからの助っ人として呼ばれていた。

「固っくるしい挨拶はここまでで、久しぶりです主水さん」

「おう久しぶりだな」

帝都警備隊の同僚との再会であった。

そのため主水も気楽に話すかと思えば、何故かそうでもなかった。

「主水さん雰囲気変わった?それに声や体格も少し違うような」

「そ、そうか?多分イェーガーズでしごかれてるからかな。まあそんなこといいじゃねえか、ふぁ~あ俺はここで見てるからなんかあったら言ってくれ」

「やっぱりあの主水さんだ……あてにはしてませんが頼みますよ」

「ああ」

以前通りの大あくびで全くやる気がない態度の主水に、警備隊員は苦笑いを浮かべながらも、自分達の知っている主水だと安心して、盗賊のアジトを取り囲むように配置についていった。

 すでに辺りには夜の足音が近づいていた。

◇◆◇◆◇◆

「チェルシーちゃん遅いな……」

「ああ、チェルシーなら大丈夫だとは思うがさすがに心配になるな」

宮殿の外でチェルシーを待つラバックやレオーネにも不安が募る。

 チェルシーの腕前を知ってはいるが、敵の本拠地となる宮殿に単騎で乗り込んだ上に、予定している時間が超えていれば、心配になるのは当然である。

 しかしながら、二人には宮殿に入るすべもないので、なにも出来ることはなく、ただ手をこまねいて待っているしかなかった。

「主水の旦那に連絡が取れればいいんだがな」

「あの不良役人こういう大事な時に連絡取れないんだよな。用の無いときにはそこら辺でフラフラしている姿をよく見かけるのに」

 沈み行く夕陽を背に、二人は心配げに影が伸びる宮殿を見ていた。

◇◆◇◆◇◆

 宮殿内の拷問室から、ピチャピチャと響く水音、身悶えするような音、そして恥ずかしさを圧し殺すような微かな声が漏れる。

たしかにそれだけでも十分気にはなるが、そこの場所が拷問室、いるのは若い男女、そして男は男女無差別に食いまくるシュラということで、外の見張りの拷問官も妄想を、下半身を強大に膨らませていた。

 そのような拷問室の中では、暗い拷問室に一際映える白い肌を、均整の取れた美しい肢体を一糸纏わぬ生まれたままの姿で晒し、顔を赤くし顔を背けるチェルシーと、シュラの二人のみが存在していた。

「うぅ…い、一体いつまでこうしておくつもり?さっきから飲んでばかりじゃない……」

気丈に問いかけはするが、チェルシーの声には耐え難い羞恥の感情が色濃く表れていた。

それも当然ではある。

腕を拘束され吊るされた状態なので隠すことすら出来ず全裸を晒しているのだ、いくら気の強いチェルシーでも羞恥に耐え難いものがある。

「しょうがねえだろ止まらねえんだからよ」

シュラは、啜り続けるーーーお茶を。

 以前のシュラであれば、喜んで拷問をし、さらには女性が美しければ、美しいほど、貪るように凌辱に走ったであろう。

 しかし、今のシュラは違う。変えられてしまったのだ、セリューによって。

今までならば、女と見れば体に指令を出すまでもなく無意識に脊髄反射の域で動いていた体。

しかし今では動かそうにも体は震え言うことをきかず、ヤンチャ盛りだったシュラの相棒もすっかり男以外には鳴りを潜めていた。

そして、その緊張のため、喉の渇きが尋常ではなく、拷問室に来てからはずっと飲み物ばかりを飲んでばかりいた。

(何でなんだよ!!この女は俺に逆らうことは出来ねぇ。それに旨そうな体をしているのになんで動かねえんだよ!!)

シュラは苛立ち紛れに壁に拳を叩き付ける。

(こんなのは俺じゃねえ!!)

「なにもしないなら解放してくれない」

死を覚悟しているチェルシーが侮蔑と嘲笑まじりに言葉を発した。

 聞いていた情報からすれば、短気なシュラは挑発すれば、すぐにその挑発にのり怒りのあまり情報を聞くことすら忘れ殺すだろう。

そうすれば、皆に迷惑をかけることも、拷問による苦しみが長々と続くこともないだろうという考えからチェルシーは行動をおこした。

単純なシュラは案の上その挑発にのってくる。

「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!!俺を見下しやがって!俺を誰だと思ってんだシュラ様だぞ!そして俺はオヤジの信頼を取り戻すんだよ!!」

シュラは自尊心のみで構成されていると言っても過言ではない。

その自尊心が、チェルシーの言葉と視線により刺激され、ついにセリューによって植え付けられたトラウマを打ち破った。

「俺をバカにしやがって、ふざけんじゃねえ!!」

「うっ……くっ……」

シュラは火がついたように怒りくるい、嵐のような暴力をチェルシーに浴びせかける。

「俺が女なんかを恐れるはずねぇだろ!どいつもこいつもバカにしやがって!!」

溜まっていた鬱憤を晴らすようにチェルシーをサンドバッグのように殴り付ける。

チェルシーは息絶え絶えで悲痛な声をあげて苦痛に顔を歪める。

「シュラ様お辞め下さい。このままでは情報を聞き出す前に死んでしまいます!!」

拷問室から響くあまりの怒号と打撃音に驚き、拷問室に入ってきた拷問官二人がシュラを止めに入る。

しかし、一旦怒りにのまれたシュラは治まらない。

「うるせえ!先にてめえらを殺してやってもいいんだぞ!!」

「うが!」

シュラは両腕を振り回し拷問官をはね除け怒りに充ちた視線を叩きつける。

視線は明確に語っていた邪魔者は誰であっても殺すと。

その視線を受けた拷問官は自分も殺されるのではという明確な恐怖から身動き一つうてなくなる。

「そうだよ黙ってりゃあいいんだよ」

シュラは動きを止めた拷問官に吐き捨てると苛烈な暴力により、意識が朦朧としだしたチェルシーに再び歩み寄る。

自分を侮辱したものの命を奪うために。

「オヤジ殿の信頼を今度こそ完全に裏切ることになってもいいのか?」

振り上げた拳がチェルシーにあたる寸での所で止まる。

シュラが振り返った声の先には、拷問室の壁に寄りかかった左京亮の姿が。

オヤジという言葉がシュラを冷静に立ちもどらせた。

「なんとか冷静になったようだな」

「ああ、おかげさまでな」

怒りを納めた様子のシュラに拷問官は胸を撫で下ろす。

シュラが怒りに任せて殺してしまえば、シュラだけでなく自分達も処分されるのは火を見るより明らかだからだ。

「ありがとうございます左京亮様」

「構わねえよ。シュラ今日はここまでにしたらどうだ?恐怖症も治ったみたいだしな」

「ああそうするわ。おい拷問官!そいつを牢屋にぶちこんどけ。それと、そいつに手を出すなよ!多分そいつは初もんだ。俺が情報を聞き出した後に楽しむんだからな」

ベロっとしたなめずりをし歪んだ笑みを浮かべると、シュラは笑い声をあげ、左京亮はチェルシーを横目で見てウッスラと笑みを浮かべ拷問室を後にした。

「なんでえ大臣の息子だからって自分ばかりいい思いしやがって!」

「ああほんとだよな。こんないい女の裸見りゃ俺の息子が収まりゃしねえよ!」

拷問官二人は裸体のチェルシーを見て生唾を飲み込む。

しかし、二人の頭には先程のシュラの言葉の表す意味が浮かぶ。

『つまみ食いしたら殺す!!』

という。

「死にたくはないな……」

「そうだな……。いやちょっと待てよ、食わなければいいんじゃねえか」

いい案が思い付いたとばかり手を打つ拷問官。

「どういうことだ?」

「触ったりするだけなら大丈夫だろ」

「たしかに……それなら初もののままだな」

欲望の箍が外れかけた拷問官は、舐めるようにチェルシーに視線を這わせると、徐に立ち上がる。

「俺は下だ。お前は上な」

「ふざけんな勝手に決めんなよ。じゃんけんだ!」

「しかたねえな」

微かに意識が戻り視界が開けた中で拷問官二人がじゃんけんをする姿が見える。

(私…死ねなかったんだ……)

 次に目を覚ますのは地獄に落とされた時だと思っていたチェルシー。

死ねなかったと残念に思いながらも、どこか安堵している自分がいることに気づく。自分が心の底では生きることを望んでいるということを認識し、苦笑いを浮かべた。

「よっし俺の勝ちだ!さっきの取り決め通り行くぞ」

「しょうがねえな」

まるで餓えた野獣のような息遣いで欲望丸出しでチェルシーに歩み寄る拷問官。

「なにする気よ」

「明日からの厳しい拷問の前に、身体検査をしようと思ってな。いい気持ちにさせてやるよ」

チェルシーは拷問官の今から自分にしようとしていることに気づき恐怖する。

「まずは初ものの証しらべさせてもらうぜ」

「いやっ!!」

拷問官の一人が足を掴み開きにかかり、もう一人の拷問官は豊かな胸に手を伸ばす。

縛られている状況、女では男には治からでは敵わないという現実が抗うことを許さない。

(タツミ……)

諦めていたはずなのに浮かぶタツミの顔。

閉じた瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「ぐはっ!」

「うぎゃっ!」

「なに!?」

穢らわしい手で触れられることもなく、さらには響く断末魔にチェルシーは瞑っていた瞳を開く。

鮮血で朱に染まる視界の中で崩れ落ちる拷問官の一人と、無言尚且つ無表情で刀をしゃがみこみ自分の足を掴む拷問官の一人の頭部に突き立てる主水。

主水が刀を頭部から引き抜くと、頭部から血液をぶちまけ、拷問官の一人は流血により出来た血だまりに身を沈めた。

「…………」

主水は血を払うとその抜き身の刀でチェルシーを拘束する鎖と手枷を断ち切った。

「主水なの?」

「ああ、大丈夫か」

「いいの私なんかに構って、ばれたらイェーガーズにいられなくなるのよ。それに殺し屋失格だよ」

助けてくれて嬉しかった。

しかし、革命軍の中では帝国の深くまで潜入している主水の役目はチェルシー一人の命より貴重なものとなる。

したがってチェルシーは殺し屋としてそのように聞いたのだ。本心を隠して。

「確かに殺し屋(仕事人)失格だな…だがな、おめえの方が大事だからな。イェーガーズの身分よりも革命軍なんかよりもな……」

主水は江戸での仕事人のときも口では厳しいことを言いながらも、仲間を助ける為に敵のアジトに単騎で突っ込むこともあった。

今回もそれと同じであった。

「えっ!」

チェルシーは自分と同じように主水は仕事(殺し)には非情な考えを持っていることを知っていた。そのチェルシーにとって、主水の答えは意外でもあり、またーーーー嬉しくもあった。

「主…水……」

チェルシーの感情は決壊する。

死ぬことを望んでいたことさえも忘れ。

チェルシーの視界は涙でゆがみ、そのまま主水の胸に飛び込み涙を流す、まるで子供のように。

主水はただただ黙ってチェルシーが落ち着くのを静かに待った。

―――――――――

「ごめんね取り乱しちゃって」

「かまわねぇよ。それより目のやり場に困るからこれを着てくれ。まあ嬉しくはあるがこれからのことを考えるとな」

「ありがと…………」

顔を背け黒い同心羽織を渡す主水と、自分が何も身につけていないことに気づき、顔を真っ赤に染めて受けとり羽織るチェルシー。

「さっきも言ったけど本当にいいの?」

「ああ、イェーガーズで働けなくなったらナイトレイドにずっといりゃあいいだけだ。それにチェルシーのことを聞いてからアリバイを作っている。今頃イェーガーズの主水が盗賊のアジトに乗り込んでいるだろうからな」

主水は軽くほくそ笑む。

―――――――

「主水さんそっち行ったぞ」

「おう」

主水は逆手に持った刀で向かい来る盗賊の首をはねた。

(俺の得物は花火なのにまさか刀を使うことになろうとはな。礼金倍にしてもらわなきゃわりにあわないぜ)

ずり下がったマフラーを再び上げながら心の中で愚痴を溢していた。

暗くて視界が悪いことを利用して、さらにはマフラーを目深にかぶり、髷のヅラをつけることで、天閉が主水の変わりをしていた。

あまりクオリティーは高くないが。

―――――――――

「宮殿内の警備の動きは全て頭にはいっている。行くぞ歩けるか?」

「うん、なんとか」

チェルシーは気丈に答えるが、シュラの暴力によるダメージのためか足取りは危うい。

「しょうがねぇな」

主水はしゃがみ背を向ける。

「いいの」

「早くしろ」

「うん………」

チェルシーは僅かに躊躇しながらも、主水に促されたためさらに顔を紅潮させておぶさった。

 主水は拷問室を出て暗く、静まり返り、肌寒い宮殿内を進む。

気配、足音を消し慎重に先へ進む。

目指すは裏門。

表門は扉が閉ざされさらには幾多の警備員が配置されている。

たしかに裏門にも警備員がいないことはないが、表門よりは少なくまた抜け道があることが決め手であった。

抜け道はイェーガーズの仕事をサボる時に使っていたものである。

(それにしても順調すぎるな……)

裏門が視界に入る位置にまでやって来た。

しかし、違和感を感じる。

たしかに宮殿内の警備の動きを知ってはいたが、あまりにも順調に来すぎていたのだ。

さらには、警備員が少ないから裏門を選んだ。

しかしその裏門に関しても、宮殿内同様全く警備員の姿が見えないのだ。

気配すらも。

(嫌な予感はするが、チェルシーの怪我もある。今はここで時間をくう訳にはいかねぇな)

主水は細心の注意をはらいながら裏門横の抜け道へ急ぐ。

 刹那二人を襲う鋭い殺気が。

「左京亮の言っていた通りでござるな」

月下の元裏門のしたにイゾウが立ちはだかった。

 

 

 

 

 


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