主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第78話

 イゾウは月に照らされ主水の血により赤く輝く江雪を満足気に一瞥すると、微かに口許を緩めた。

「楽しかった時間もここまでのようでござるな」

イゾウは踞る主水に一歩一歩歩み寄る。

その表情は満足感と寂寥感のない交ぜになった複雑な表情であった。

 主水に勝利を修める寸前の所まで来ている満足感と、それとは逆にこの楽しかった時が終わってしまうことに対する喪失感といった所か。

「そうだな…終わりに近づいているな」

「なに!」

主水が血の滴る脇腹を抑えながらユラリと立ち上がる様子を見て、イゾウの中に言い知れぬ恐怖感が沸き上がる。

「なぜ立ち上がれる!?深く斬りつけたはず!!」

先程の一太刀で立ち上がれるはずがないという思えるほど先程の一刀は手応えを感じていた。なのに何故という思いのままにイゾウは声を上げた。

「さっきのやり取りは罠に嵌めたと思っていたおめぇが逆に俺の罠に嵌まったからだ」

「罠?」

「おめぇが残像をフェイクとして残したのは分かっていた。それを逆に利用させてもらった。引っ掛かったふりをして、逆におめぇを罠にかけるといった具合にな。戦いの興奮で痛みさえ感じてねえみたいで気づいてはいねぇみたいだが」

主水はそう言うと、イゾウに向けて何かを投げつけた。

主水が投げた物はなにやら液体を撒き散らしながらイゾウの元に舞い降り、イゾウは手を伸ばそうとした際に、主水の言っていることを理解した。

「そういうことであったか」

伸ばそうとした左手が存在していなかったのだ。

視線の先は血にまみれ、袖口ごと腕がなくなっていた。

「肉を切らせて骨を断つ。おめぇに一太刀浴びせるにはこれぐらいしかなかったからな」

「まさか本当に『肉を切らせて骨を断つ』を実行するものがいたとは驚かされる。さすが我が好敵手」

イゾウは体を震わせる。

沸き上がる恐怖心からか、はたまたまだ主水とやりあえる嬉しさからかはイゾウにしか分からない。

「ああ、俺もここまで苦しめられたのは久しぶりだぜ。だがこれで終わらせてもらう」

主水は足場を固め、左手を鯉口にかけ、右手を柄に沿える。

居合いの構えを取った。

「居合いか。だが体勢が整っておらぬようだが」

薄暗く詳細には見えないが、何度か柄を握り直すようなもぞもぞとした素振りを見せる主水にイゾウは問い掛ける。

「ああ緊張で手が滑ってな」

「しっかり握るがよい。そなたの最後の一太刀になるのであろうからな」

「もう大丈夫だ」

主水は暗闇の中で不適に微笑んだ。

(居合い……全力を込めた必殺の一撃。たしかに一撃当たれば終わりだが、裏を返せば一撃を避ければ拙者の勝ちだ)

 イゾウが考えるように居合いという抜刀術は威力だけで言えば一撃必殺であり、その一太刀で勝負が決するため、二太刀いらずとも言われる。

しかし、二太刀いらずと言われる理由にはもう一つ理由があり、鞘を滑らし抜き放った後は、振りきられているためその一刀で一連の動作は終わることからもいわれている。つまり後に更に一太刀加えることはできず、大きな隙ができるのだ。

故に一刀を避けきることができれば拙者の勝ちとイゾウは思ったのである。

「参る」

イゾウは残像が残るほどの、目視不能のスピードで主水に向かって走り出す。

その様を見つめるチェルシーは、ただただ主水の勝利を祈り、宮殿の上の男は楽し気にことの成り行きを見下ろしていた。

(ヤツの間合いまであと三…二…一…ここだ!!)

イゾウには既に主水の刀の間合いが先程の立ち合いで見極めており、円上に線引きされたかのように感じていた。

 イゾウの右足の爪先が主水の居合いの間合いに掛かった。

刹那主水の柄にかかっていた右腕が振り抜かれる。

イゾウは瞬時に地についた右足を蹴り後退する。

主水の右腕は既に振り抜かれており、主水に大きな隙が生じていた。

(避けきれたのか!?……しかし、これぞ好機!!)

ほんの僅かな違和感。

主水の腕の振りが早すぎ本当に避けきれたのか疑問に感じていた。

しかし、見てみれば腕は振り抜かれており、主水には大きな隙が生じている。

故にイゾウは地を蹴り江雪を降り下ろす。

「ぬ………!?」

イゾウの体から力が抜ける。

イゾウが視線を下げると自分の腹部に深々と刺さる刀の刃が。

再びイゾウが上げた視線の先の主水の右手には刃も鍔も無い刀の柄が。

(そういうことか……)

イゾウは全てを察した。

 主水が振り抜いたのは目釘を抜かれ取り外しが出来るようになった柄のみであり、刃のないものであった。一般的な刀には柄が填められている部分には刃は無い。しかし主水の刀には柄が填められている部分は刃になっている。つまり、仕込み刀である。

 つまり、主水は柄だけを振り抜き、イゾウがそれを見て避けきったと思い前進すると同時に、鯉口に当てていた左手の親指で鍔を弾き刃を飛ばしイゾウの腹部に刺したのだ。

「卑怯…なり……」

「殺しあいに卑怯もへったくれもねぇ」

主水の突き放すかのごとき言葉に、イゾウは反発するどころか、何故か納得していた。

(たしかにな。殺しあいには何があろうと相手を恨むべきではなく、自分の手抜かりを悔いるべきであるな。思い返せば刀を受け取った時に柄からも血の臭いを感じた時に察するべきであった。それに刀の刃があった状態であれば拙者は居合いを避けきれてはいなかったであろう)

イゾウは軽く血液が溢れる口許を上げ微笑み、フラフラと後退する。

「人生の最後に…これほどの血沸き肉踊る戦いが出来たことを…感謝せねばな。先に地獄で待っておるぞ……中村主水よ。共に行かん江雪よ!!」

イゾウは江雪を振り上げ、残り全ての力を振り絞り地面に叩き付けた。

あれほど強靭であった江雪の刃が、まるで主であるイゾウの意を汲んだかのように欠片を散らせ真っ二つに折れた。

「素晴らしき相棒よ……」

先に逝った相棒を見送るとイゾウの体から力が抜け地に伏した。

「なんとか殺れたな」

主水はその場に崩れるように腰を下ろした。

それまでの極限の緊張が解けたためだ。

「主水!大丈夫!」

駆け寄るチェルシー。瞳は僅かに潤んでいる。

「ああ、なんとかな」

主水は着流しをはだけさせ、胸に刻まれた刀傷から未だに流れる血液を手拭いで拭うと、再び袂を直し、立ち上がる。

「そんな酷い傷で大丈夫なの?」

チェルシーは心配そうに立ち上がった主水を見上げる。

「おめぇの怪我に比べたら体したことねぇよ。だが悪ぃがもうおぶってやることは出来そうにねぇ」

「そんなの構わないよ。約束守ってくれてありがとう。私の肩につかまって」

気丈にしながらも、つらそうな表情を隠しきれない主水にチェルシーは優しく微笑みかけると、立ち上がり主水に肩をかした。

「すまねぇな。まだ何かありそうだ。行こう」

「うん」

主水とチェルシーは裏門を抜け宮殿を後にした。

◇◆◇◆◇◆

「イゾウはあんな簡単な罠に掛かって死んじまうとはな。まだまだだったな。ガッカリだ」

宮殿の屋根にいる男は盃に注がれた酒をグビッと飲み干す。

言葉のわりにはあまり感慨がこもってはいない。

「よし。じゃあ後はおめぇ達だ。手筈通りやれよ」

「はい」

天を見上げる男の周囲から、取り巻きの姿が消えた。

「どちらに転んでも楽しめる」

男は徐に立ち上がると闇に溶け込むように宮殿の屋根から姿を消した。

◇◆◇◆◇◆

 人気の無い、街灯の光に照らされた街中を主水とチェルシーは走っていた。

「チッ。やはりな」

顔をしかめ溜め息を深く吐く主水。

「どうしたの」

「一筋縄ではいかねぇとは思っていたが。左京亮に手抜かりはねぇみたいだ。手下が後をつけてやがる。このままアジトまで就いてくるみてぇだな」

「!!」

チェルシーは主水がワイルドハントの左京亮について深く知っているかのような発言と、自分が全く気づけなかった尾行をしている者がいるということを把握している主水に驚きが隠せなかった。

「多分だが。これでヤツラの方も弾ぎれだろうよ左京亮の手駒が来てやがるからな」

主水はチェルシーに掛けていた肩をはなすと一歩前に出る。

「アジトまで走れチェルシー。あとは俺が引き受ける」

「バカなこと言わないでよ!!」

チェルシーは語気を荒くして怒鳴った。

静まり返る夜の街に響く声に主水も唖然とする。

しかし、主水も引き下がる訳にはいかない。

「バカはおめぇだ!ここで逃げなきゃ死ぬんだぞ!!」

「いいわよ主水と一緒に死ぬのなら!もうあんな思いしたくないのよ!!」

チェルシーの声が涙声になる。

どんなときにも感情を抑えていたチェルシーが、感情を露にした。

チェルシーが、ナイトレイド加入前の全滅した仲間のことを言っているのか、はたまた先程の主水とイゾウの戦いの事を言っているのかは定かではない。

だが、チェルシーの思いは主水に通じていた。

「ハァしかたねぇな。おめぇも俺と同じで殺し屋(仕事人)失格だな。得物はどうする?」

主水もチェルシーに折れた形となるも、主水は軽く口許を緩めた。

「フフフ。私も主水と一緒で殺し屋失格か。みんなに感化されたのかも。あと得物は大丈夫。私も腐っても暗殺者よ。身ぐるみ剥がされても武器だけは渡さないわ」

チェルシーは主水に笑顔を向けると、髪の中から針を取り出す。

「無理はするなよ」

「無理しないと死んじゃうよ」

「それもそうだ」

二人は清々しく笑い会うと、主水は鋭く殺気のこもった眼差しを後方の闇に向ける。

「出てこいよ。いるんだろ」

主水の声に呼応するかのように、左京亮同様のきらびやかな裃を着込み、中性的な容姿をした五人の男達が姿を現した。

(またこいつらを相手にするのか。まあ前のヤツラとは別物だろうがな)

「キャハハハ」

「フフフフ」

「ヒャハハハ」

ニタニタと笑う男達の不気味な笑い声が辺りに響く。

ただでさえ不気味な姿が、闇により更にその異様さを引き立てる。

「いつ見ても不気味なヤツラだな。イゾウほどじゃねえがそれでも十分強いぞ。気合い入れろよチェルシー!」

「気合い十分よ」

満身創痍の二人の戦いが始まる。

 

 


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