主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第81話

 「ふうもう朝か」

裸のシュラは気だるげにベッドから起き上がるとカーテンを捲り、窓を開ける。

開かれた窓からは朝特有の清々しい空気が部屋に吹き込み、朝を告げる鳥の囀りが耳を打つ。

「早かったわね。まああれだけ熱くなれば時間も早く感じるわよ」

先程までシュラの隣で寝息をたてていたはずのスタイリッシュが、いつの間にか目を覚まし、シュラ同様に一糸まとわぬ姿で微笑みながらシュラに声を掛ける。

「ああ、そうだな。だけどよ、まさかお前とこんな関係になるとは思わなかったぜ」

シュラは初めてスタイリッシュに会った時に「なんだこのかまは」と訝しげに見ていたことを思い返し、苦笑いを浮かべた。

そう、両刀使い、つまり二刀流になったシュラは、スタイリッシュとも真の『おともだち』になったのだった。抑えられない己の猛りから。

「そうね、でもこれで心も体も合わさって本当の意味での親友になれたのよ。もう一勝負いこうかしら」

スタイリッシュは挑発的な笑みを浮かべ、それを受けたシュラも同様に笑みを浮かべる。獰猛な獣のような。

「フッ、また猛ってきちまったぜ」

シュラが連戦明けであるにもかかわらず再び臨戦体勢に入り、スタイリッシュが横たわるベッドに歩み寄る。

またもや地獄絵図の再来かとも思われたまさにその時。

「シュラ様!至急お知らせしなくてはならないことがあります!」

扉が慌ただしくノックされ、焦った声でシュラに一報を伝えるべく現れた兵士の声が。

「空気が読めねぇヤロウだな。今は忙しいんだ突っ込まれたくなかったらさっさと消えろ!!」

シュラは自分の相棒同様いきり立ち怒号を飛ばす。

邪魔するんじゃねえとばかりに。

「しかし…………」

兵士としてもさすがに引き下がることはできないが、面と向かわなくても分かるシュラの苛立ちに恐怖を覚え、歯切れが悪くなる。

それがさらにシュラの怒りを増させる。

「困ってるみたいだな」

「左京亮様」

「俺に任せな。邪魔するぜ」

扉の外ですがるような兵士の声と、左京亮の清み澄る声で何やら話し声がすると、扉が開かれ左京亮が部屋に入ってくる。

兵士は安堵し、尊敬の眼差しで左京亮の背中を見送り、対称的にシュラはばつが悪そうな表情で左京亮を迎え入れた。

しかし、そんなシュラも真剣な表情をした左京亮を見て、その深刻さを察し表情を引き締め口を開いた。

「何かあったのか?」

「ああ、昨日お前が尋問していた女が逃げて、さらには尋問官とイゾウが殺された」

「嘘だろ……」

シュラは一言言葉を発すると言葉を失った。

女が逃げたこと以上にイゾウが殺されたことに驚きとショックが隠せなかったのだ。

イゾウはその腕を見込んで、シュラが大金を積んで連れて来た男だった。

ただその大金に見劣りせず、その強さはエンシン、チャンプ、コスミナ、シュラで一斉にかかっても軽くあしらえるほどの強さであり、ワイルドハントの中でも比肩する者のない強さであった。

死ぬどころか傷を負うことすら想像できないほどのものであったからだ。

「信じられないのも分かるがこれからのことを話合わなくてはならなくてな、すぐに出仕してくれ」

左京亮はそれだけ告げると、立ち尽くすシュラを一瞥して部屋を出ていった。

「クソッ!何がどうなってんだよ!!」

部屋から漏れ聞こえてくる声に左京亮は口許を緩めていた。

◇◆◇◆◇◆

「ふぁ~~あ、おはようございます」

「おはようございます中村さん」

「復帰するんですか?」

大あくびをしながらイェーガーズの一室に入る主水に何もなかったかのように爽やかな笑顔で挨拶をするラン。

久しぶりにその元気そうな姿を見た主水は、形ばかりに問いかけて見た。

「もう大丈夫みたいですよ主水さん」

会話に入ってきたウェイブが指を指す。

そこには、綺麗に片付けられ、整えられた書類の束が。

「まさかこの短時間で!!」

主水は自然と驚きで嘆息をもらした。

昨日までは確かにそこにはうず高くつまれた書類の束が乱雑に置かれ、魔境と化していた。

さらには、誰もがその現実からは目を反らし見てみぬふりをしてきたのだ。

それもこれも今のイェーガーズには、戦闘特化の脳筋ばかりで、静かに机で仕事を出来る人はいなかったからだ。

それを、今日朝復帰したばかりのランが片付けてしまったのだ。

驚かないほうが可笑しい。

そしてこの時、皆の心には、さすがイェーガーズの副官だ。ランがいないとイェーガーズも立ち回らないなとしみじみと思われたのだった。

(これは幸先いい)

主水はこれは好機と口を開いた。

「すいません。明日から少し年休が欲しいのですが」

「構いませんよ。宮殿内では何か問題があったようですが、今ではワイルドハントの一件が片付きそこまで忙しくありませんし、昨夜も私の代わりに野盗退治に行ってくださったみたいですし」

依然として朗らかな笑みを浮かべながら了承するラン。

主水が頭を下げ、踵を返した際だった。

「ちょっと待ってください中村さん」

僅かに主水に緊張が走る。

振り向いた際に見たランの笑顔が先程までとは僅かに違っていたからだ。

「これのことなんてすが」

「なんでしょう」

ランから一枚の紙を手渡される。

主水には見覚えがある。

「書類の山の中に隠されたように紛れ込んでいましたが、受け取ることはできません」

主水が提出した飲み屋での領収書であった。

「仕事以外のものは受け取れません」

「いえこれは、夜勤の際のもので…疲れを癒すためにも」

口を濁す主水の後ろで、その会話を聞いていたウェイブは、

(あの時珍しく奢ってくれたのはこういうことだったのか)

と珍しく奢ってくれた主水の謎の核心に至っていた。

「夜勤の手当ては出ているはずですよ」

笑顔でありながら強い口調のランに、主水は言い返すことも出来ず、「ケチだな…」と小さく愚痴を溢すしか出来なかった。

「あ、それと中村さん」

「まだ何か?」

「その領収書から見ると二人で呑んだようですね。私も次回は誘ってくださいね」

ランはそう告げると部屋の奥に歩いていった。

◆◇◆◇◆◇

(上手くいったな)

主水は宮殿を出て街中を歩きなかまらほくそ笑んでいた。

ただ、やはり昨日の今日で足取りは危うい。

皆の前では必死に平然とした姿を演じていたのだ。

 既に街中は、ワイルドハントの横行が終わったため、賑やかさを取り戻していた。

人々の心に刻まれた傷は癒えきってはいないが、笑顔や活気は回復しているようだった。

「聞いたか、また出たんだとよ」

「何が出たんだ?」

「『舞姫』だよ」

(舞姫?)

主水は聞きなれない言葉に足を止めた。

何故それに興味をひかれたのは何故かは分からないが。

「ああ、見惚れるほどの美しさで悪を殺すってやつか。絶世の美女らしいな俺も見てみたいぜ」

「悪人になればみれるぜ。なんでも正義の味方らしいからな。殺されるけど」

話をしていた男達は笑いながら去っていった。

(知らぬぇ内に新たなヤツが出てきたようだな)

世が荒れれば、それを憂いて、またはそれを好機と行動を起こすものが現れる。

善か悪かは別として。

主水は何かを考えるように佇んでいると、

「ただの殺し屋が正義の味方なんてね。勘違いも甚だしよ……」

後ろから馴染み深い声が。

「おはようございますセリューさん」

「おはよう主水君」

苦笑いを浮かべたセリューだった。

正義の味方という言葉に疑問を感じていたのだろう。

「世の中の人の捉え方は千差万別ですからね」

「うん。でも本当の正義の味方を分かって欲しいな」

寂しそうに呟くセリュー。

おそらく殉職した父親を思い出しているのだろう。

主水もセリューの口にする『正義』に違和感を感じながらも、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「あ、ゴメンね。ランに聞いたら主水君が暫く休みを取るって聞いて。少し寂しく感じちゃって……」

「一週間ぐらい休みをもらっただけですよ。私がいない間よろしくお願いしますね」

主水はセリューの頭に手を置き、優しく語り掛けるように話した。

「子どもじゃないのに。うん分かった」

主水の対応に不満を溢しながらも頷くと、

「行くよコロ!」

と元気よくコロに声を掛けると、コロを引き摺りながら街の雑踏に消えていった。

 主水は、自宅につき、体を休める。

昨夜の戦闘から、イェーガーズへの出仕まで休むことなくこなしていたために、体が悲鳴を上げていたためだ。

主水としては軽く体を休めるつもりが、目を覚ました時には、窓からオレンジ色の遮光が射し込み、日が暮れる頃合いになっていた。

(朝よりは楽になったな。行くか)

主水は起き上がるとパンパンに膨れ上がった皮でできたしっかりした作りの袋を担ぐようにして、家を後にした。

◇◆◇◆◇◆

 日が傾き、山裾が燃え上がるように赤く染まる中、主水は帝都の大門を通り街道を歩いていた。

やはりこの時間になると、帝都へ続く街道であっても全く人気はない。

ナイトレイドのアジトは、途中まで街道を歩み、そこから街道を外れ、幾つかの山を越えて行くことになる。

主水は帝都を出る際に買った串焼きを頬張りながら粛々と歩いていると、

「そこのオッサンここ通りたきゃ身ぐるみ置いて行きな」

剣や斧、槍などを持った見るからに柄の悪い男達に囲まれていた。

(めんどくせぇなぁ。野盗かよ)

疲れたような表情で溜め息を漏らす主水。

その様を見て男達は下卑た笑い声を上げながら、嘲るように下から見上げてくる。

「ビビっちまったかオッサン?死にたくなかったら全て置いてきな」

(うぜぇな)

主水は徐にアレスターに手を伸ばそうとしたその時だった。

「悪行もそこまでです」

凛とした女性の声が辺りに響く。

「なんだてめぇは」

男達が振り向くとそこには、黒いまるで喪服のような着物を着て、巨大な鎌を持ち、雪のように透き通った肌をして、肩に掛かるほどの銀髪をした凛とした美しさを持つ女性が立っていた。

「あなた方の殺しを依頼されましたので、地獄巡りにご案内いたします」

「こいつ今よく話にでる『舞姫』とかいうやつですぜ」

「噂通り美しいぜ。無力化して犯っちまおうぜ」

剣に舌を這わせながら女性に歩み寄る男。

生理的な嫌悪感をもたらすその姿を見ても女性は怯まない。

「死での旅立ちへ案内いたします」

女性は鎌を下段に構えた所から振り上げ、空いた手で裾を翻しながら、舞を舞うように鎌を振るう。

その姿は舞姫という名そのもので、鎌舞が終わる時には、男達は肉片と化し、まるで桜の花が枚散るように赤い鮮血が辺りを染めていた。

「…………」

「…………」

主水と男達を肉片に変えた女性が目を合わせた瞬間両者ともに動きを止めた。

お互いに知っている人物だったからだ。

「スピアさん!!」

「主水様!!」

一瞬の間の後に二人は同時に驚きの声をあげた。

 

 

 

 

 

 


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