主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第82話

 動きが止まった二人を地に沈みかけの斜陽が照らす。

照らし出されたスピアの面差しには、以前僅かに感じていた幼さはなく、強い決意を秘めていた。

「なぜこのような所で、このようなことことを!?」

主水は問い掛けた。

 以前死の間際に対面したチョウリが、娘のスピアはタカナに任せ、革命軍の本部に行ったとばかり思っていたのだ。

それなのに、帝都近くのこのような場で、しかも名が世間に知れわたるほどの殺しをしているという事実が主水に衝撃を与えていた。

「父の仇を討つためにナイトレイドに加入したのです」

主水を真っ直ぐ見たスピアは真剣な眼差しで答えた。

 そして、先程の手際からもうすでに何度か仕事をこなしていることが垣間見えた。

(危惧していたことが起こっちまったか……チョウリ様も浮かばれねぇな…)

主水はスピアが修羅の道に足を踏み入れたことを残念に思いながらも、その事実を受け入れることにした。

スピア自身が決めたことに対して誰も文句を言うことはできない。

「そうか……」

「で、では主水様はこんな所で何をなさっておられるのですか」

主水の沈んだ雰囲気を察したスピアは、話題を変えるべく主水に問い掛けた。

「私は今からナイトレイドのアジトに行こうと思っていまして」

主水は外向きの丁寧な言葉遣いでスピアの問い掛けに答えた。

肩に提げていた袋を見せながら。

「そ、そうですか。では共に参りませんか。私も仕事を終えましたので」

「ええ、参りましょうか」

主水もスピアが緊張していることを感じとり、このままの悪い雰囲気でいるのも良くないと察し、軽く微笑んで答えた。

◇◆◇◆◇◆

「スピアさんも強くなられましたね」

実際の所、以前のスピアは皇拳寺槍術の免許皆伝とはいえ、型に嵌まったもので実践向きではなく、あまり強さは感じられなかった。

 しかし、先程見たスピアの戦闘力は、以前とは別格の実践的なものになっていたのだ。

見るものを釘付けにするほどのまるで日本舞踊のように流麗な鎌裁き、そしてそれを可能にする柔らかな体裁き。

敵の行動を読んだ上での戦い。

まるで別人になったスピアがそこにいた。

 今であれば、贔屓目無しに見ても、十分に三獣士相手に善戦できるほどの実力を持っていると断言できる。

「はい。以前の私は井の中の蛙でした。ナイトレイドに加入して自分の弱さを知り、そして良い師匠にも巡り会えたことが私をここまで成長させてくれました」

儚く笑うスピア。

父親のチョウリの仇を討つという願望を叶えるために、血の滲むような努力をしてきたのは容易に想像できた。

 その後もボチボチと話をしながら、夜の闇に満たされた獣道を歩き続け、ナイトレイドのアジトに辿り着いた。

◇◆◇◆◇◆

「ではナジェンダ様に主水様が来られたことを伝えてきますね」

スピアは背中に担いだ鎌の帝具〈アダユス〉を揺らし走ってアジトの奥に消えて行った。

 主水もゆっくりと静まり返り、窓から差し込む月光により仄かに照らされたアジトの備え付けの椅子に腰を下ろす。

 普段であればここまでの道程は、主水にとっては大したことのない距離であるため、然程疲れることはない。

しかし、治りきらない怪我と昨夜の死闘の疲れのためにかなり疲労していた。

 既に時刻は深夜、故にナイトレイドのメンバーも眠りについていた。

 暫く座り体を休めていると、先程走っていったスピアが息をきらせて帰ってくる。

「主水様、ナジェンダ様が今からお会いになりたいということです」

このような刻限のために、主水はナジェンダとの面会は明日になるのではと思っていた。

そんな中でのナジェンダの配慮に主水は感謝した。

 スピアの後に続き微かに虫の音が響くアジト内を歩くと、温かな光が漏れている部屋が見えてくる。

「ナジェンダ様。主水様がいらっしゃいました」

スピアが扉を軽くノックし声を掛けると、一言「入れ」と返事が返ってくる。

それを合図にスピアに続き主水も室内に入っていった。

 相変わらずナジェンダの部屋は机の上以外は整理整頓がなされており、ナジェンダの性格が垣間見れた。

「すまないな。このような時間に」

主水は他人行儀にナジェンダに頭を下げた。

「フフッ、主水らしくないな。そんなに気にすることもないぞ。まだ書類に目を通していて寝てはいなかったからな」

ナジェンダは笑みを浮かべ隣に置いてある書類の山に視線を向けた。

「ところで今日のここに来た目的はなんだ?」

ナジェンダの問い掛けに、主水は一度スピアに視線を向けた後に、僅かに眉間に皺を寄せた。

ナジェンダも主水の僅かな変化を見逃さず、そして、意図をくむ。

「スピア、悪いが席を外してくれないか」

「分かりました」

スピアはナジェンダの指示を聞き、首を傾げながらも頷くと、部屋を出ていった。

「スピアには聞かせたくない話だとすると、チョウリ様の話か」

「ああ……しかし、驚いたぜ。スピアさんがナイトレイドに加入しているとはな」

「だろうな」

主水とナジェンダは共に苦笑いを浮かべた。

「まさかチョウリ様の願いとは真反対の道を選ぶとは」

「チョウリには同情を禁じ得ないが、これも本人が選んだ道だ。反対することはできん。それに今ではナイトレイドの中でも主力になりつつある欠かせないメンバーの一員だ」

ナジェンダも主水の意見に賛同はしながらも、ナイトレイドのボスとしての発言も忘れない。

ナジェンダの発言からも分かる通り、スピアはすでにナイトレイドに必要とされ、スピア自身にとっても居場所となっていた。

「本題に入ろうか」

ナジェンダの表情が変わり、主水は同意するよう頷くと、床に下ろしていた袋をナジェンダの前の机の上に置く。

「チョウリ様から死の間際に依頼された仕事だ」

主水が袋を開くと光に照らされ黄金の光を辺りにばらまく、溢れんばかりの金貨が。

 以前主水がエスデスの三獣士からチョウリを護った時に謝礼として渡された、菓子折の下に敷かれた金貨である。

なにかのために、主水は手をつけずにとっておいたものとなる。

仕事人として本能的にこのようなことが、起こるのではと感じ取っていたのかもしれない。

「仕事内容は?」

「帝都の害悪となる大臣オネストとワイルドハントを消すことだ」

主水の言葉を聞いたナジェンダは、軽く口端を上げる。

「元より依頼されなくともオネストは最大の殺しの的であり、ワイルドハントはすでに他から殺しの依頼も受けている。断る理由などない!」

ナジェンダは断言した。

言われるまでもないことだと。

「今まではオネストを殺す革命軍に加担するつもりはなかったが、チョウリ様の最後の頼みだ。俺も加えてもらう」

「願ってもないことだ。あと、ラバから聞いたが、お前はワイルドハントの中でも最大の難敵になりそうなヤツの情報を持っているようだな。明日にでも皆の前で話して貰いたい」

「……分かった」

 以前のラバックの反応と今回のナジェンダの頼みで、ナイトレイドと左京亮が何らかの悪い関わりがあったことを主水は感じとり、了承した。

そうではなくとも、元より主水は話すつもりではあったが。

「今日は隣の部屋を使ってくれ」

「ああ」

話は翌日に持ち越しとなった。

ーーーーー

「中村さんが来ているとスピアから聞いていましたが、今日はまだ会わない方がいいでしょうね」

帰ってきたスピアから主水が来たということを聞き、やって来たタカナではあったが、外から室内の真面目な空気を読んだタカナは、それを察して今日は退散することにした。

◇◆◇◆◇◆ 

 翌日になり、ナイトレイドのメンバーが広間に集められていた。

ナジェンダの隣に立つ主水を見たチェルシーは、瞳を潤ませて喜び、ラバックやレオーネも安堵し胸を撫で下ろしていた。

 そんな中でも主水は違和感を感じていた。

居るべきはずの二人の姿が見えないからだ。

「ナジェンダ、シェーレとスサノオの姿が見えないんだが」

主水が感じた違和感について口にすると、部屋の空気が冷えきり、暗く、どんよりとしたものとなる。

 それだけで、主水は理解し、やっちまったなと後悔した。

この稼業であれば、いつ訪れても不思議ではない現実。

主水自身も何度も経験してきたことだった。

「悪い……」

「構わん。いずれ言わなくてはならないことだからな。シェーレは、イェーガーズのクロメによって屍の傀儡にさせられ、スサノオはワイルドハントの左京亮から皆を護ために死んだ……」

気丈に話すナジェンダだが、言葉の端々に感情の揺らぎが見え、その場にいるメンバーも視線を落とし、怒りや悲しみに沈んだ表情をしていた。

(それで左京亮のことを……)

主水は今に至ってナイトレイドと左京亮の因縁を知るに至った。

クロメはイェーガーズの同僚、左京亮は因縁の相手。

その二人が絡んでいることは、少なからず主水にも動揺を与えた。

「主水、お前に話してもらう前に紹介したい二人がいる」

(二人?)

この場にスピアがいないことから、一人はスピアのことと予見できたが、二人いるという所に疑問を覚える。

「入ってくれ」

「はい」

「ええ」

扉が開かれ入ってくる二人。

(なん……だと)

一人は予想通りのスピア。

だが、もう一人が度肝を抜いた。

予想所の話ではない。

分かるはずがない。

驚きに動きを止めた主水を見てほくそ笑むナジェンダとタカナ。

「なにを驚いているのですか中村さん」

いつもの嫌みな笑顔でお決まりのフレーズを使うタカナに、主水は本物だと頭を抱える。

「旦那が動揺するの始めて見た」

「うん。主水を動揺させることが出来るなんて、凄いタカナ!」

「俺もそう思う」

初めて見た主水の動揺する姿に、仲間は皆驚き、レオーネ、アカメ、タツミも口々に感想を溢す。

「中村さん!本題に入る前に少しお話があります。私がいない所で大変面白いことを言っていたみたいですね。レオーネさんとアカメさんから聞きましたよ」

ひきつった笑顔で眉をピクピクさせながら話すタカナ。

主水はレオーネとアカメに視線を飛ばすと、レオーネはニヤニヤしながら顔を反らし、アカメは何のこと?といった風に首を傾げる。

「元警備隊の、そして現革命軍の上司としてお話があります」

そのまま流れを無視してタカナは主水に愚痴と説教を始めた。

ーーーーー

「タカナそれぐらいにしておけ。もう主水のHPは0だぞ」

さすがに主水を不憫に思い、また本題に入りたいナジェンダが口を開いた。

「まあいいでしょう。ここまでにしましょう」

「やっと終わったぜ」

「何か言いましたか」

「いいえ……」

やはり頭が上がらない主水であった。

「自己紹介はいらないな。では本題に入ろうか」

ナジェンダは表情を引き締めて主水に促す。

主水も表情を一転させ、左京亮について語った。

ーーーーー

「まさか旦那がアイツとそんな因縁があったなんてな」

主水は真実を話しても複雑になるだけなので、部隊をこの世界の東方の話として皆に話した。

「ああ、だからヤツは俺が殺す」

決意を込めた言葉に室内が静まりかえる。

「で、でも、大丈夫なの?」

たまらずチェルシーが問いかける。

心底心配した表情で。

それも当然である。

主水の話では追いつめられ、仲間の助けがあって勝てたという話だったからだ。

「ああ今回は勝算がある。大丈夫だ……」

言い切れるものではないが、主水にはたしかに勝算があった。

 以前左京亮と戦った時と違い今では30前後に若返り、そして若返ったからこそ使える奥の手を持っていた。

初見ではまずかわすことは不可能な。

「主水がそこまで言うなら」

チェルシーもそれ以上は言うことはなかった。

「では左京亮は主水に任せるとして、引き続きワイルドハントの殺しを狙うことになる。今では姿を現さなくなってはいるが、いつ機会が来るか分からん。しっかり準備をしておいてくれ」

ナジェンダが視線を巡らす先で皆一様にうなずいた。

ただ、仲間の中で一人、スピアは頷くことなく拳を握り締め表情を曇らせていた。

 


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