主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第83話

 麗らかな昼下がり、日向でウトウトしている主水の元に、ニヤニヤと締まりのない顔でやって来るラバック。

「旦那起きてくれよ。チャンスだぜ」

「あ~ぁ。いったいなんなんだよ貸本屋」

主水は気だるげに、尚且つ眠りの邪魔をされ、不機嫌にラバックを見る。

「そんな顔しないでくれよ。いい情報がるんだよ。耳かしてもらうぜ。実はーーーー」

「!」

ラバックの耳打ちを聞く毎に主水の瞳が開かれ、生気の満ちたものとなる。

「行くぞ貸本屋!!」

「そうこなくっちゃ旦那!」

この時ラバックが不適な笑みを浮かべていたことを主水は知らなかった。

◇◆◇◆◇◆

「だんだん見えてきたな」

「ああ」

主水とラバックは、気配と足音を消し、五感を研ぎ澄ませ注意深くアジトの裏庭を歩いている。

目指す目的地、いわゆる桃源郷を目指して。

 つまりラバックがもたらした情報は、ナイトレイドの女性陣が温泉に入りに行くという情報であった。

 ラバックにとって覗きとはライフワークであり、逆にそれを取り締まるべき主水にとってもそれは趣味であった。

 以前主水は、主水の家を間借りしている若い女性の入浴を度々覗いていたことがあった。

そういうことからも実績があり、その点でラバックとは意気投合し、同志となっていた。

「旦那今日のターゲットは誰なんだよ」

ラバックが嫌らしい笑みを浮かべながら主水に問いかける。

「そうだな……アカメとレオーネ、チェルシーって所か」

「あれスピアちゃんはいいのかよ?」

ラバックは驚いたように問い掛ける。

スピアは『舞姫』と言われたことを含め、誰が見てもまごうことなき絶世の美女である。

故に、ラバックとしたら一番始めに出る名だと考えていたのだ。

すると、ラバックの問い掛けに主水は話ずらそうに口を開いた。

「スピアさんはもちろん見たくはある!だがな、もし見たら………夜にチョウリ様が枕元に現れそうでよ」

「なるほど」

主水の答えにラバックは頷いた。

娘を溺愛していたチョウリ様ならありそうなことである。

「じゃあ他は?」

「簡単なことだ。ナジェンダは貸本屋おめぇのもんだろ。マインは…………まあなんだ……」

あからさまに口を濁す主水。

ラバックと「ああ」と気づいたようではあるが、反論すべく口を開いた。

「旦那、小さいのも中々いいもんだぜ。成長の過程を見守れるからな」

「年齢的に成長はねぇと思うぞ」

二人が正反対の意見を出した刹那、茂みが揺れた。

「!」

「大丈夫だ旦那。ここは野ウサギが多くてこんなこと日常茶飯事だから」

なぜか焦ったように告げるラバックを怪しくは思うが、この機会は逃せないと流した。

「貸本屋おめえ毎日こんなことしてるのか」

「ああ美少女の裸を見ないほうがおかしいだろ!男として!!」

ラバックは熱弁を振るいながら、晴れ渡るような笑顔で親指を立てた。

誇らしげに。

「湯気が近くなってきた。無駄話もここまでだ。行くぜ」

「おう!」

二人ははやる心を抑えながら、さらに細心の注意を払い前進する。

目的地は僅かだが、そこで気を抜くと命に係わる。

何度も命懸けで覗きを試みたラバック専用の罠がそこかしこに存在しているからだ。

(あぶねえ!)

主水の鋭い視線が、茂みに隠された細い糸を見つけだす。

糸の先には、大岩が。

確実に殺しにきている。

(厳重過ぎる警戒だな)

主水は冷や汗を流しながら罠を解除した。

そして、ついにたどり着く。

壁を隔てた先に広がる桃源郷を覗き見るポイントに。

(たしかここだったな)

主水は壁に開けられた穴から覗き見る。

(湯気が濃いな)

何かを規制するかのように広がる邪魔な湯気、そして不自然な逆光。

暗闇と違い慣れることはないので、目を必死に凝らすしかない。

すると、湯気の向こうに雪のように白く、細身の背中が。

(おっ誰か来た!あの背丈からいくとアカメか、チェルシーか)

主水は壁にめり込むほどの勢いで壁の穴にへばりつき、目を凝らす。

 直後、主水の願いが通じたかのように、陰が穴に近づいてくる。

鮮明になってきた肌は、シミや傷ひとつない。

丁寧に手入れされていることが伺える。

(あと少しだ!)

湯気が割れ、姿が鮮明になった。

(!!)

主水は目眩に見回れたかのようにぐらつき、即座に目をそらすと、嗚咽をもらす。

主水は地獄を見たのだ。

そう、その陰はナイトレイドの女性陣ではなくご機嫌のタカナであり、真正面からタカナのタカナを見てしまったのだ。

「どういうことだラバック!!」

怒りに任せてラバックに振り返る。

当然である。ラバックの言に偽りがあったのだから。

美しく瑞々しい実物の裸が間近で見れる。それはもう女神の水浴びだと。桃源郷だと。

しかし、そこに存在したのは、真逆に存在するオカマの行水であったのだから。

怒りに任せて振り返ったさきには一同に揃った怒りや呆れに彩られたナイトレイドの女性陣とそれに従うようにつくラバックの姿が。

「貸本屋、裏切りやがったな」

「旦那が悪いんだよ!」

二人の間に存在していた熱い絆が崩れていく音が。

「どういうことだ?」

「あれは三日前のことだった」

ラバックは拳を強く握り締め涙を流しながら語り始めた。

◇◆◇◆◇◆

 ラバックが帝都での表の仕事の貸本屋を終えてアジトに戻ってくると、あからさまに落ち込んだタツミの姿が。

「どうしたんだそんなに落ち込んで?」

「………スピアさんにあからさまに拒絶されてるんだ」

「へぇ~珍しい」

普段からことごとく年上女性にもてるタツミがこれまた珍しいと思う一方、(ざまぁ)と日々もてることと、彼女持ちになったことを愚痴る気持ちから思っていた。

「で、理由は分かってるのかよ?」

「聞いてみたらなんでも主水さんが良くスピアさんに会っていた時に話していたみたいなんだ。『俺の知り合いにタツミってやつがいまして。これがとんでもない年上専門のたらしでして。無意識に落としては弄ぶんですよ』って言っていたみたいなんだ」

「あってんじゃねえか」

日頃の言動を羨ましく思っているラバックは心からそう思い、主水の言を肯定した。

ラバックの正直な肯定に反論しようとしたその時だった。

大人の女性の色香を纏うスピアの姿が。

「おっスピアさんだ。俺は仲良くしてくるぜ。指くわえて見てるんだな。スピアさーーーーん」

「ラバックさん、お仕事お疲れ様です……」

「あ、あれ……!?」

言葉とは裏腹にラバックから間を空けるスピア。

「ス、スピアさん」

「ご、ごめんなさい」

手を伸ばそうとするラバックから逃れるように後退りするスピア。

ラバックの女好きの本性を知る者ならいざ知らず、新入りのスピアはそのことは知らず避けられるはずがない。

「スピアさん、タツミが避けられるのは分かるんだけどなんで俺まで?」

「実は主水様が仰っていたんです。『帝都に住んで貸本屋をしているラバックというやつがいるんですが、これがまたとんでもないスケベなやつで、覗き妄想四六時中、女と見れば見境なしに盛ってるんですよ。行くことはないと思いますが帝都に行った際には気をつけてくださいね』と……」

「…………」

「ププ」

唖然とするラバックの横で笑いを漏らすタツミ。

室内に秒針が刻む音がしばらく響いた後にラバックは、プルプルと震え出し叫んだ。

「あのオッサン言いたいこと言いやがって、前には一緒に風呂覗いた仲じゃねぇか!!」

「ほ~~お、どういうことだ?」

「だから、前に一緒にナイトレイドの風呂覗いたんだよ。超絶難易度攻略って友情と絆を育んだのに、そんな風に俺を思っていたなんて………ってえっ!?」

振り返った先には、指を鳴らすレオーネ、鋼鉄の義手をギシギシと軋ませるナジェンダ、パンプキンを構えるマインが。

 直後アジト周辺にラバックの断末魔が響き渡ったのだった。

◇◆◇◆◇◆

「ってことがあったんだよ。全て旦那のせいで俺はひどい目にあったんだよ!!」

咽び泣くラバック。

そして、おぞましい殺気をばらまく女性陣。

(ちっここは撤退するか)

「逃がさないよ」

「な…に…」

いつのまにか主水の背中を取っていたチェルシーが主水の腕を掴んでいた。

「いつのまに」

「あの一件から気配を消す技術をあげててね。主水に効くなら仕事でも使えそうね」

笑顔で話すチェルシー。

すると、少し顔を赤らめうつむき。

「言ってくれれば………」

と呟いていたが誰も聞き取れてはいなかった。

「では主水制裁を受けてもらおうか」

「ああ、受けてやるよ」

主水は大人しく従った。

心の中で

(エスデスの拷問を受けてきた俺に一般的な拷問が効くと思うなよ)

と情けない理由で余裕綽々に構えていた。

 しかし、その考えは甘かった。

エスデスの拷問を間近で見ていたナジェンダは、知らず知らずの内にエスデスの拷問技術を得ていたのだ。

そして、主水にとって恐怖の夜が幕を開けた。

◇◆◇◆◇◆

 数日後、主水が帝都への帰還準備をしていると、扉が無造作に開かれタカナが入ってきた。

「いったいどうしたんですかタカナ様」

「ええ、中村さんに渡しておこうと思っていたものがありまして」

タカナは持っていたバインダーを主水に手渡す。

「見ても?」

タカナが静かに頷くのを見て主水はバインダーを開く。

「!!」

主水の表情が一変し、食い入るように内容に目を透す。

「これは!!いったいどのように!?」

「警備隊長の時に少し調べて見たんですよ。中村さんなら役立てることができるでしょうからお渡ししたんですよ」

「感謝します」

主水が真に感謝する姿を見て、タカナは満足げに笑顔を浮かべた。

「それと、その見返りとは言いませんが、私の代わりにスピアさんと帝都で仕事をしてきてもらいます。ナジェンダには話を通していますから。スピアさんについては仕事後、ラバックさんと、タツミさんと共に帝都を探ることになりましたのでよろしくお願いしますね」

タカナは言い終わるとさっさと部屋を後にした。

(面倒ごとを押し付けられたか。だが、これの見返りとした安すぎらぁ)

主水は一通り目を通すとうっすらと笑みを浮かべた。

まるで悪役のような、しかしそれでいて悲しげなものを含んだ。

 

 

 

 

 

 

 




物語の佳境に進む前の息抜きです。

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