主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第86話

「おはようございま~~す」

「重役出勤とは出世したものだな中村!」

「!!」

いつも通りの飄々とした態度で普通に遅刻した主水は凍り付いた。

なぜか、それは

「エスデス隊長帰られたのですか!!」

最近までキョロクにおり帝都に不在であったはずのエスデスがイェーガーズの詰め所で圧倒的な存在感を示し、そこに鎮座していたのだ。

鬼の居ぬ間になんとやらはもう出来なくなっていた。

ウェイブは「やってしまいましたね」というような気まずそうな表情で。

ランは「死なないでくださいね」といった憐れそうな苦笑いで。

クロメは「あ~あ」と呆れた表情で。

セリューは「大丈夫かな、心配だな」とハラハラした表情と、四者四様というべきか、静まり帰っていた。

「中村!久しぶりに楽しもうか」

「べ、弁解を!」

不敵な笑みを浮かべ腕捲りをするエスデスと、あたふたしながらも生き残りをかけた謝罪に持ち込もうとする主水。

やっと癒えた傷がまた、いやそれ以上に酷いことになるのは、冷笑を浮かべる目の前のエスデスを見れば自明の理であるのはあきらかであるからだ。

「聞く耳もたん!朝からなぜか分からんがイライラしててな、楽しみたかった所だ!」

「せ、生理ですか?」

(やっちゃったよこの人!!)

四人が驚愕しながら主水を見る。

もう生きて会うことはできないのではと皆が同じことを考えていた。

「…………ラン。今拷問室は空いているか…」

「はい…第一拷問室ならば…」

「行くぞ中村…」

影で瞳が見えなくなったエスデスに襟首を捕まれ主水は、ズルズルと引き摺られて地獄の一丁目に連れて行かれた。

◇◆◇◆◇◆

 エスデスと屍と化した主水が拷問室から帰ってきたのは約一時間後であった。

「久しぶりのなかなか充実した時間だった。やはり中村は違うな」

エスデスはどこかツヤツヤとした健康的な表情になっていた。

拷問室でどのようなことがあったのかは屍のようになった主水を見て四人が想像することすらおぞましいと思っていた。

「帰ってきて早々だが、中村お前はこれから出張してもらう」

「……私がですか」

ボロボロになった体をセリューに支えられながら起こし聞き返す。

今までイェーガーズで出張が仰せ付けられたことなどなかったからだ。

「ああ、お前をご指名でな。内容はお前に直接伝えるそうだ。すでに依頼人は宮殿の前にいるらしい。行ってこい」

「分かりました」

何度もエスデスから拷問を受けいささか耐性がついてきたのか、ゆっくりと立ち上がると、ヨロヨロと詰め所を後にした。

「エスデス隊長よろしいので」

「やつなら大丈夫だろう」

エスデスに耳打ちするランとそれに小さく答えるエスデスの姿があった。

ーーーーーー

 主水が宮殿を出ると、まるで素顔を隠すように黒いローブを目深に被った男が身動き一つせず佇んでいる。

衛兵も怪しんではいるようだが触れようとしないことからも、この男が依頼人ではないかと主水は思い、しぶしぶ話し掛けた。

「おめぇが俺を指名した依頼人か?」

「…………」

男は無言で頷く。

明らかに怪しいが今ここで帰ったらエスデスに何をされるか分からないため、大きなため息を吐くと。

「ついて来い…………」

男は一言呟くように言葉を溢すとトボトボと歩き出した。

主水も疲れた表情で後を追った。

◆◇◆◇◆◇

 一般人が立ち入ることのない、険しい山の中で、殺気に満ちた瞳で睨みつけるスピアと、ヘラヘラしながらも油断なく構えをとるシュラが一触即発の状態で相対していた。

「来いよ、どうした。ビビったか?」

「…………」

来させようと挑発するシュラだが、スピアは挑発には乗らず脇構えを崩さない。

「チッ」

シュラは小さく舌打ちをする。

スピアの脇構えによりスピアの間合いとリーチが測れないために、攻めることが出来なくなっていた。

以前の慢心していたシュラならば、間合いもリーチも分からずとも「俺が負けるはずがねえ!」と猪突猛進に突っ込んでいただろう。

しかし、今のシュラは違う。

ちょっとしたミスが命に関わると言うことを学んでいたのだ。

そんな最中シュラは閃いた。

「てめぇのオヤジもバカだったよな。自分から死を選ぶなんてよ。ハハッ分かったぜ、チョウリは一線を超えたMだったんだな」

「黙れ!!」

スピアは地面を蹴って走り出した。

自分をバカにされるのは耐えることが出来たが、敬愛する父をバカにされるのは我慢ならなかったのだ。

つまりスピアはシュラの思惑に乗ってしまったのだ。

スピアは待ちの構えの脇構えを解きシュラを凪ぎ払うように一閃した。

スピアのアダユスによる一閃は轟音を挙げて、前方の木々を凪ぎ払った。

しかし、その木々の中にはシュラは含まれていなかった。

シュラは瞬時に身を屈めアダユスが頭上を通り過ぎると同時に立ち上がり、スピアに肉薄していた。

「!!」

「どうだ嬢ちゃん。大きい得物なら、懐に入られたら終わりだよな」

シュラは愉快げにスピアに囁くと、拳を振り上げ、連打した。

「オラオラオラオラ」

「うっ」

首をはねたと思っていた所で、逆に懐に入られ、とっさなことに対処出来ないスピアはシュラの連打を浴び、吹き飛ばされ地面を転がりながら、立ち並ぶ木々に叩きつけられた。

「おいおいもう終わりか?」

ヘラヘラとするシュラだが、セリュー戦から確実に腕をあげていた。

事実、天才的な才を持つシュラが、セリューに負けたことを根に持ち慢心を捨て鍛練に勤しんだのだ。

「私は…………父の敵を討つまでは……死ねない!!」

スピアはよろけながらも立ち上がると、再び地を蹴った。

「そこらへんにしとけよ。お前の体はあまり傷つけたくないんだよ」

辟易とした感じで溢すシュラの鼻先にアダユスの刃が迫る。

「おおっと」

振り下ろされたアダユスをシュラは横にステップを踏みかわす。

アダユスは地面に突き刺さると、刺さった所を起点にして地面が弾けとんだ。

「とんでもない威力だな。だが当たらなければ意味ねぇよ」

「うるさい!!」

スピアは刃を返し切り上げた。

「そんな大振りじゃ俺は捕らえられねぇよ」

再び身を屈めアダユスをかわすと、そのままスピアの足を払った。

「キャ」

「かわいい声で鳴きやがるぜ」

足を払われ態勢を崩したスピアの腹部に掌底を撃ち込む。

撃ち込まれ、吐血するスピアは掌底を撃ち込まれた場所を起点にして、体をくの字に曲げられ、一瞬の後に二人を中心にし、円上に衝撃が辺りに吹き荒れ吹き飛んだ。

シュラが東方で学んだ発勁と呼ばれる『気』を使った技である。

スピアは何度も地面をバウンドし地面に横たわるとそのまま伏せたまま動かなくなった。

「やっと動かなくなったか。喘ぎ声を聞けねえのは残念だが、初物ならキツくていいだろう」

吹き飛んだ先で倒れピクリとも動かないスピアに舌舐めずりをしながら歩みよるシュラ。

(体が動かない。私は父の敵も討てずに辱しめられて死ぬの……)

意識が途切れ途切れのスピアの頬に一筋の涙が伝う。

あの辛かった修行の日々はなんだったのか。

辛く厳しかったタカナとの修行の日々が頭を過る。

走馬灯のように流れる光景の最後に父チョウリの微笑んだ顔が浮かんだ。

そして、チョウリの顔が心配げな表情に変わる。

(父さんにこれ以上心配をかけるわけにはいかない)

体力はもうない、しかし強靭な精神力がスピアに力を与えた。

「マジかよ」

もう動かないと判断を下していたスピアが、ゆっくりと立ち上がる。

驚愕の光景にシュラは茫然と動けなくなっていた。

満身創痍ながらもスピアの瞳には光が灯り、死んではいなかった。

「あなたを倒すまでは死ねない!アダユスの奥の手発動!!」

アダユスが赤黒いおぞましい光を放ち、地獄の底から響く亡者の悲鳴のような音が辺りに轟きはじめた。

 

 

 

 

 

 

 




少し短くてすいません。テストが近づいて来ましたのでこの文量になりました。

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