主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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これまでの功労者のシュラさんが大変なことになります。
シュラさん推しのかたは読まないほうが良いと思われます。



第87話

 中天に差し掛かった日が、真上から麗らかな陽光を降らせる時間帯にも関わらず、スピアの構えたまるで死神の鎌のような帝具〈アダユス〉から赤黒い光が這い出て、辺りを侵食し、形容しがたいが

血のような夕日と夜の帳が交じりあい織り成される光景がそこに現れていた。

ただ、そこには哀愁や郷愁、焦燥的な感覚ではなく、ただただ心の底からじわりじわりと沸いてくる恐怖感のみが支配していた。

 また、恐怖感を煽るのはそれだけではない。

耳を塞いでも聞こえてくる亡者の怨嗟や憎悪をつげる、悲痛な叫びや悲鳴。

それが、赤黒い光がアダユスから染み出ると同時に辺りに響き渡ったのだ。

まるで目の前に地獄が顕現したのではと錯覚するほどの光景である。

「なんだよ……これ!?」

底知れぬ恐怖からすでに戦意を喪失し立ち尽くしているシュラが呟いた。

シュラの本能はここにいては危険だと警鐘をならし続けるが、体は動かないばかりではなく、体は止めどなく震え、冷や汗が止まらない。

目の前のスピアが、性的な欲求を満たすためのものから、ただただ未知の恐怖の対象となりさがっていた。

「アダユスの奥の手です。あなたの命はもう私の掌中にあります」

口の端から血液が溢れるが、スピアは気にする素振りもなく、微笑を浮かべる。

それは、普段ならば感じられる美しさは欠片もなく、凍えるほどの恐ろしさを感じさせるものであった。

「アダユスの奥の手〈みんなのうらみ〉は、対象者に怨みつらみを持ち死んでいった者たちをこの世に呼び戻すものになります。つまり、人々からの怨みが多ければ多いほどその効力は苛烈なものとなります」

「なんだど………ああぁぁ……や…やめろ…あ…上がってくるな!死んでやがれ!!」

「もう死んでいる者たちですよ。あなたの手によって」

シュラの立っている足元から血にまみれある部分は肉が腐敗し、所々白骨が見えかかっている腕が何本も何本も地中から付きだし何かを求めるようにシュラの足にしがみつく。

「憎い…憎い…憎い…憎い…憎い…憎い…憎い…憎い!…殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる!…同じ目に…同じ目に…同じ目に…同じ目に…同じ目に……」

先程まで判読不能な怨嗟や憎悪の叫びが響いていたが、今はそれが何を言っていたのか鮮明に聞き取れるほどのものとなっていた。

「あ…ぁ…ぁ…うわあああぁぁぁ!?」

しがみついた腕がシュラを上がってくる度に姿が露になってくる。

シュラが殺した皇拳寺の師範代、皇拳寺の門弟、劇団員、凌辱し辱しめ殺してきた数えきれない女性たち。

その姿は怒り、苦しみに喘ぎ、もう生前の面影は欠片もない。

「死ぬ間際に怨み、辛み、憎悪、苦しみにかられた者たちは生前どんなに善行を働いた者たちであっても、天に召されることはありません。永遠にその思いから開放されることはなく、復讐のみにかられ、闇に堕ちその姿になった今でもあなたにそのやりきれない思いを晴らすべく地獄で蠢いていたのです。どうです嬉しそうに見えませんか」

少しずつジリジリと上がってくる亡者たちの腐りドロトロに歪んだ表情にも目視可能なほどのニタニタした笑みが見受けられる。

「この野郎地獄へ堕ちろ、堕ちろ、堕ちろおおおぉぉぉ!!」

シュラは狂ったように這い上がってくる亡者を殴り付ける。

シュラの拳は、あるいは腐った肉にめり込み、あるいは頭部を破壊し腐った肉片や血液を散らすが、亡者は止まることはない。

「なんなんだよおおおぉぉぉ!こいつらはあああぁぁぁ!!」

「何度も言ったじゃないですか。あなたが殺してきた者たちだと。いくら攻撃しても亡くなっているから殺せませんよ。前のようには」

スピアは場違いな笑顔で答える。

心なしか出血が増したその笑顔には、計り知れない狂気が内在している。

「やはり、父さんはいませんか…………」

一瞬の寂しげな表情を浮かべはしたが、すぐに先程と同じ笑顔に戻る。

スピアとしては、亡者と成り果てようと、生前の面影がなかろうと、チョウリに会えたらと願っていた。

そこにはクロメに通じる所がある。

しかし、チョウリは全てを主水に託し潔く散ったために、地獄に堕ちることなく、天に召された。故に亡者の群れの中にはいなかったのだ。

「そろそろ体がきつくなってきましたので、私の手であなたを冥土に送って差し上げます」

変わらぬ笑顔ではあるが、血の気がひき青ざめた表情のスピアはアダユスを掲げ、シュラに歩みよる。

「ああ………あぁぁ……ぁうげが…がげへら……」

腕を口に突っ込まれたり、髪を引きちぎられたり、男の象徴を引きちぎろうとする者、首を絞める者、痛みや恐怖が限界を超えたシュラは、涎や涙、鼻水、顔から出る液体全てを流し、失禁しながら既に精神は崩壊し、狂い、廃人とかしていた。

「さあ、地獄に堕ちてください!!」

スピアはアダユスを大きく振りかぶり、シュラに振り下ろした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませんね。貴女もシュラも死なせる訳にはいきませんので」

突如姿を現したタカナがスピアに手刀を打ち込む。

スピアは気を失い崩れ落ちるのをタカナは抱き止めた。

スピアの掲げていたアダユスは、スピアの手から放されており、すでに奥の手の発動が止まり、シュラを埋め尽くすほどの亡者は消え、地獄のような様相の辺りの雰囲気も、昼下がりの麗らかなものへと戻っていた。

「私が今回の裏で蠢く思惑にもう少し早く気づいていれば、貴女をこのような目に合わせることもなく、本懐を遂げさせてあげらたのですが。本当に申し訳ありません」

タカナは苦々しい表情を浮かべる。

その表情には、深い後悔の色がありありと浮かんでいた。

自分でも分かっていた革命軍に潜む獅子心中の虫の存在。

それが今回の革命軍からの指令に絡んでいたことも少し考えれば分かることであったと。

「こんなクズでも今は大事なカードになりますからね。タツミさんとラバックさんとの交換条件に見合うほどの重要な切り札に」

精神、人格ともに破壊され、廃人と化し笑い続けるシュラを苦虫を噛み潰すような表情で視線を送り、ぽつりと呟いた。

どんなにゴミのようになっても大臣の息子というのは大きなカードになる。

「今回の事からももう放っておくわけにはいかなくなりましたね……」

タカナは決意を固めたように大空を見やると、舞い降りてくるエアマンタの姿が舞い降りてきた。

「タカナ、タツミとラバックが捕らえられたというのは本当か」

「ええ、先程この帝都に潜伏している革命軍のメンバーから情報がありました」

「なんということだ」

エアマンタから舞い降りたナジェンダは拳を地面に叩きつけた。

想像外の悪い自体にクールなナジェンダが、冷静さを欠いていた。

「二人を助け出すためのカードがここにありますし、万が一のことがあれば、中村さんと連絡を取ればなんとかなります」

タカナはナジェンダを落ち着けるように諭し始めた。

「ああそうだな……では、一度アジトに戻って作戦をたてることとしよう」

ナジェンダは壊れたシュラをエアマンタの背に投げのせ、タカナはスピアを抱え、アダユスに手を伸ばす。

しかし、その場でタカナはフリーズしたように動かなくなった。

「何をしている。早くしろタカナ」

「ナジェンダ手を貸してください。アダユスが重すぎて持ち上がらないんです」

「はぁ、まったくモヤシなのはかわらんな」

タカナの軟弱さを嘆くように軽くため息を吐くと、アダユスに近寄り手を伸ばす。

「なっ!たしかに重いな。主水が持ち込んだ時にはそうは感じなかったが。よくこんなものを片手で振り回せるな」

「人の魂を吸って重くなったのかもしれませんね」

驚くナジェンダの側でタカナはポツリと呟いた。

それだけ、スピアがアダユスを使い、多くの悪の命を葬ってきたということを、タカナの言葉は端的に表していた。

「ああ、そうかもしれんな」

ナジェンダは両手でアダユスを抱え、タカナはフラフラと危うげな足取りでエアマンタにやっとの思いで乗り込んだ。

◆◇◆◇◆◇

「こねぇな」

宮殿の中庭でキセルをふかし、手近な岩に腰を下ろしている左京亮が呟いた。

朝、これからのことをシュラの元で話終わりすぐにシュラが「いい情報が入った。俺がナイトレイドを中庭に放り込むからお前は中庭で待機して、転送されたら回収しておいてくれ」と頼まれたために、中庭でキセルをふかしていた。

「まだ来んのか?」

「ああ、シュラは何を手間取っているんだろうな。ドロテアお前はどうなんだ」

左京亮は振り返ることなく、答えドロテアに尋ねた。

「妾をシュラと一緒にされてはかなわんぞ。当然上手くいったわい。あとは頃合いを見て」

ドロテアは黒い笑みを浮かべる。

端から見たら、幼女が八重歯を垣間見せて愛らしい笑みを浮かべていると思われるが、本質を知っているものにしたら、どす黒い笑みにしか見えなかった。

「っと話していたら影だぜ」

左京亮はキセルの灰を落とし、懐にしまうと、側に立て掛けてある巨大な薙刀を手に取り立ち上がった。

すると、中庭上空の空間に陰陽五行図が浮かび上がり、中心から二人、ラバックとタツミが降ってきた。

「ここはどこだ?」

「お前らの最終目的地だろ」

「えっ!」

ラバックが態勢を整える着地し、呟く言葉に答えを返され、振り返ると左京亮の姿が。

「左京――!?」

「一人目」

「がはっ!」

薙刀の束で鳩尾を突かれ、ラバックは意識を失いその場に倒れた。

「ラバック!!」

事態に気づいたタツミはラバックに声をかける。しかし、ラバックの答えは帰ってこない。

「ドロテアそいつ頼むは」

「任せておけ。妾もここのところ研究ばりで体がなまっておったからのぉ。ちょうどよい運動じゃ」

ドロテアは舌舐めずりをすると、タツミに飛びかかった。

「な、なにを」

「若い小僧の血は旨そうじゃ」

ドロテアは帝具の八重歯を剥き出し首に噛み付いた。

「うわあああぁぁ!負けるか。インクルシオオオオオ!!」

ドロテアに噛みつかれたままタツミは、ラバックと共に生きて帰るためにインクルシオを纏った。

「よっと。まさかあの状態で帝具をまとうとわのぉ。それにしても旨い血じゃった」

ドロテアはタツミから弾かれながらも、頬を染めてタツミの血の旨さに感嘆していた。

「な………タツミ!!」

最悪なことは続いていた。

イェーガーズの会議を終えたエスデスが調度タツミがインクルシオの名を呼び纏う光景を目にしてしまったのだ。

エスデスは信じられないと青ざめたまま動かなくなり、気づいたタツミも同様に驚愕にかられていた。

「皇帝陛下の御所でなにをしている!!」

怒号と共に、エスデスと並び称される大将軍ブドーも現れる。

自分の守護する宮殿内での異変に気づいての登場である。

「賊か。我が帝具雷神憤怒〈アドら――」

「タツミどういうことだ!!!」

(こんな最悪の状況で戦える訳がない。ラバックを連れて)

タツミは戦ったとしても待つのは『死』であることを容易に察し、走り出した。

地を強く踏み締め、土煙を撒き散らしながら。

(お二人さんが現れたから傍観するとするか)

左京亮はタツミが撒き散らした土煙に紛れて姿をけした。

「ラバック」

タツミは土煙に紛れラバックを回収すると、姿を消し上空に舞い上がった。

(やった!)

「甘いぞタツミ。もう逃がさん!」

タツミの動きを予測したのか、上空に先回りしていたエスデスがタツミを地に叩き落とした。

「――メレクで終わらせる!」

待っていたかのように現れたブドー大将軍の帝具が、落ちてきたタツミにジャストミートし、インクルシオに亀裂を入れるほどの力でタツミを穿ち、全てを終わらせた。

 ラバックとタツミは共に囚われの身となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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