時間は数時間遡る。
主水は依頼人の後に続く。
帝都を出てからここまで約二時間ほど経過したが、依頼内容どころか、一言も話すことなく歩き続けていた。
依頼人にも事情があり話したくないのだろうと、黙っていた主水だが、さすがにこれほどまで何も話すことのない依頼人に違和感を覚え、問い掛けることにした。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか。わざわざ俺を選んだ理由をな」
話すことはないだろうなと考えながらも問い掛け少し相手の出方を待つと。
「そろそ……ろい……いだろ…う」
壊れたラジオのようにまるでノイズが交じったようにポツリポツリと言葉を溢す男。
主水は気持ち悪ぃ野郎だと思っていると、不意に男が振り向いた。
「!!」
普段から滅多なことでは驚かない主水であったが、久々にゾクリとした。
白目を剥いた男が、泡をふきながら、体を揺らし始めたのだ。
さらには殺気を放ちながら。
(やべぇぞこいつは……)
即座に刀の柄に手をかけた主水の目の前で、男の体躯が膨張し2倍にも3倍にも膨れ上がる。
まるで鋼のような筋肉と見上げる程の体躯になった男が主水に襲いかかった。
◇◆◇◆◇◆
「これで妾とスタイリッシュの協同制作の力をためせるのぉ」
「ああ、今回の作戦に邪魔なヤツを帝都から立ち退かせ、さらには足止めと、お前の人形の力試し、まさに一石二鳥だな」
宮殿の一室、ドロテアの工房で大きな画面を見つめながら話すドロテアと左京亮。
わざわざ主水を選んだのは、ラバックを使ってナイトレイドのアジトを暴くためには主水は邪魔なこと、そしてドロテアとスタイリッシュが作り上げた生物兵器の性能調査を兼ねたものだった。
「さてイゾウとの戦いでは全ては見られなかったからな、今回は見られるか」
「ヤツは妾とスタイリッシュが作り上げた2番目に強い生物兵器じゃ。期待に応えられると思うぞ」
二人は共にうすら寒い不敵な笑みを浮かべた。
「ドロテア様。左京亮殿…」
「ふむ、準備ができたようじゃのぉ」
「そのようだな。もういいのか?」
左京亮は、画面から目を放すことなく現れた男に声をかける。
「はい。拷問官を使いあの男には手筈通り偽の情報を吹き込んでおきました」
「そうか。ならば夜になったら作戦に入るようにドM女に伝えておけ。ガイアファンデーションを使っての初仕事だとな」
「はっ」
男は画面にチラリと視線を送ると、辺りが揺らぎ目に見えるほどの殺気を放ち、怒気をはらませながら去っていった。
「改造され、その上妾の手術を受けてもなお主水に対する憎しみは強いようじゃのお」
「ああ、友を殺され、さらには自分も人間としての尊厳を奪われるほどの手を加えられたんだ。キレて当然じゃねぇか」
「そうかのぉ妾のおかげであれほどの人知を超えた力を得たというの満足できんのかシュザンは」
ドロテアは不思議そうな顔をして真顔で疑問を呈した。
シュザン、以前懇意にしていたザンクの敵討ちを狙い主水に立ち向かったが、主水に一矢報いることできす、捕らわれ、スタイリッシュの元に送られた男である。
主水が危惧したように、シュザンもスタイリッシュの元で改造を施され、さらにはドロテアの手術も受けていたのだった。
「あと、最高傑作のシュザンは妾のものじゃぞ。お主は自分の部下のようにパシリにしとるがのぉ」
「しかたねぇだろ。俺の部下は全てこいつに殺されたんだからよ」
左京亮は画面に映る主水を顎でさす。
その表情には怒りなど感じられず、逆に楽しげに見える。
ドロテアも考えが読めない左京亮に軽く苦笑いを浮かべるだけであった。
◆◇◆◇◆◇
巨大な体躯から想像出来ないほどの速度で繰り出される打撃。
一般人では視認することも出来ないほどのものである。
しかし、主水にとっては分かりやすい予備動作があるので、お遊び程度の攻撃であった。
主水は、流れるような無駄のない足裁きの摺り足で打撃をかわしきり、一踏みで懐に入り込み太刀を抜くと同時に両腕を空に舞わせ、心臓を一突きした。
「他愛ねぇ」
主水は太刀を引き抜くと終わったと背を向けるが、男は倒れることなく歪んだ笑みを浮かべた。つまり、終わってはいなかったのだ。
バキバキと切断部から音をたて、肉が蠢くと同時に両腕が再生した。
「マジかよ!」
再生と同時に放たれる左右の打撃をよけ、主水は後退し間合いを開ける。
相手の攻撃が届かない所で状況を冷静に整理するためである。
しかし、その行動が裏目に出た。
危険種と化した男の腕がリーチから考えられないほど伸びたのである。
予想外の攻撃に僅に回避が遅れ、頬を打撃がかする。
だが、主水もただでは転ばない。
崩れた態勢から風をきりながら過ぎ去る腕を切り上げた。
切断部から流れ落ちる液体が地面を濡らすたびにジュッと音をたてて地面を溶かし穴を開ける。
(血液に触れるわけにはいかねぇか)
主水は江戸で仕事人をしていた時には、妻帯者であり、僅かな血痕からでもばれる恐れがあったため、普段から相手の返り血を浴びることなく仕事をこなしてきた。
故に迫り来る血液(溶解液)を避けるなど容易いことであった。
わざとであろう、男は再生をせずに血液のような溶解液を切断部から撒き散らす。
主水は左右に身体を揺らしながら男に肉薄すると、瞬時に交錯し、駆け抜けた。
刹那、男はバラバラな肉片と化した。
「ここまでしてもまだ戻りやがるか」
主水の視線の先では再び肉片が蠢き再生を始めた。
しかし、状況は悪くなっていた。
主水の太刀に血糊や脂がまとわりつき、切れ味を奪っていたのだ。
一太刀目は、主水の神速の一太刀で、血糊や脂が付着する間もなく切り裂いたが、二太刀目は崩れた態勢のため、僅に剣速が落ち血糊や脂が付着することとなった。
(こりゃあ研ぎにださねぇとならねぇな)
主水は太刀を見て溜め息を一つ吐くと、太刀を一振りし鞘に納め、開いた手で脇差しを抜き、逆の手でアレスターを掴んだ。
(ヤツの再生の仕方は生物型帝具のコロやスサノオと似て何かに集まってしている。だとすると、集まる所に核があるはずだ。それを見つけて破壊すりゃぁ)
日が暮れ始め、主水の伸びた影が男にかかるほどになるなかで、肉片と化していた男が恐るべき再生能力で、元の形に戻っていた。
「しねえええぇぇぇ!!」
怒りをむき出しにして大地を踏み鳴らし襲いかかってくる男に、主水は冷静に視線を送り見据える。
太刀の時より間合いをつめ、右手の脇差しで斬激を繰り出し、左手のアレスターで切断面の再生を封印する。
その作業を男とすれ違う僅かな間に幾度も行い通りすぎた。
主水の背後でバラバラになり動きを止めた肉片が地面に落ちる。
「仕事人に手を出した報いは受けてもらうぜ」
主水は振り返り肉片に近づき視線を巡らす。
動きを止めた肉片の中に、静かに脈動する肉片が一つ。
その肉片をじっくりと見ると、赤い宝石のようなものがある。
(どうやらこれが核のようだな)
主水がアレスターを振り下ろすと燃えるような赤い輝きを放つ石がたちまち色を失い、亀裂が入り砕け散り、直後肉片は霧散した。
肉片が霧散していくなか、男の声で
「ありがとう」
という今までのような歪んだ声ではなく、澄みきった晴れたような心からの声を主水は聞いた気がした。
(操られていたとしたらなんだがやりきれねぇな……だが、ぼさっとしている訳にはいかねえな。なにか嫌な感じがするぜ。それに俺を嵌めた借りはきっちりかえさねぇとな。急いで帝都に帰るか)
主水は踵を返すと帝都に向かって走り出した。
◇◆◇◆◇◆
「たいしたことねぇじゃねえか。期待外れだな」
「仕方なかろう、スタイリッシュはナイトレイドの戦闘力を基準に調整したと言っておったが、ヤツが規格外だったんだじゃからな」
ドロテアが頬を膨らませむくれたように反論する言葉に、左京亮は少し考え込む。
(確かに俺とおっさんが殺りあった時より強かったな。若返ったことが起因してるのかもな………だが、まだ俺には勝てねぇぜおっさん)
左京亮は不敵な笑みを溢す。
余裕に溢れ、またどこか楽しそうに。
「ニヤニヤしおって気持ち悪いのぉ。それよりスタイリッシュとさらなる強化をせんとな」
ドロテアはトテトテと足音を立てながら工房の奥に去っていった。
(じゃあおっさんが帰ってくる前にことを済ませるか)
左京亮も袖を翻し颯爽と工房をあとにした。
◇◆◇◆◇◆
水音が鳴り響く宮殿の地下。
鉄錆びの臭いや、鼻を覆いたくなる臭気が漂う薄暗い牢獄が並ぶなか、意識を失ったタツミが寝かされていた。
ブドーの帝具アドラメレクをノーガードの中で叩き込まれた為に、そのダメージははかり知れず、未だに意識が戻っていなかった。
そんな中、そのタツミの眠る牢獄にカツカツという足音を響かせ近づいてくる者がいた。
「……タ……タツミ…起きているか?」
普段の凛とした態度は微塵もなく、言葉はしどろもどろで顔を赤らめたエスデスてあった。
なにか思う所があるらしいが、乙女と化したエスデスはタツミをじっと見つめたままモジモジとして動けないでいた。
そんなまるで時間が凍結したような中で、エスデスが意を決したように行動を起こした。
先程牢番から押収したカギで牢の扉を開け入りタツミの顔が見えるところまで寄るとしゃがみこんだ。
「タツミ………」
エスデスはタツミの頬に手を当てる。
その表情は帝国の二大将軍、何万という敵をほふってきた者ではない。
恋する少女のものである。
(やはり私のタツミかわいいな。私の手の届く所にある…か……我慢ならん。ここで既成事実を作ってしまえば……)
以前男と女のことには疎いと言っていたエスデスではあるが、あれから副官のランに口伝で教えられていたために、知識をつけていた。
エスデスはどぎまぎしながらもタツミの服に手をかけ脱がし始める。
(タツミも頑張ったんだな。いい体になってるぞ)
徐々に露になっていくタツミの体にエスデスも自然と息を荒くし、熱い吐息を漏らす。
今まで何千、何万という敵を相手に夜通し戦っても、また帝具遣いを複数相手にしても息をきらせたことがないエスデスがだ。
あと一枚という所まできて、エスデスは自分の衣服に手をかける。
スルスルという衣擦れの音が牢獄に静かに響く。
薄暗い牢獄の中に、メリハリのきいたまるで輝くような白い肌をエスデスは露にする。
「タツミ、かわいい子を作ろうな」
エスデスがタツミに手をかけるーーーー
鳥の囀りが牢獄にも僅に聞こえてくる。所謂朝チュン
とはいかなかった。
「オホン、取り込み中のなか申し訳ないのですが、エスデス将軍これからの話があるので御足労いただきたいのですが」
「大臣か。全く空気を読んでもらいたいものだ……」
「申し訳ありませんね。なにしろ色々と立て込んでいますので」
言葉とは裏腹にオネスト大臣は全く悪びれた感じはしない。
「臭気に耐えられませんので私は先に行きますので、早く来てくださいね」
いつも食べ物を持っている手にはハンカチを持ち、鼻や口をそのハンカチで覆いながら足早にその場を去っていった。
「まったく無粋な。タツミ少し行ってくる。楽しみはあとにとっておこうな」
愚痴を溢したかと思うと、瞬時に満面の笑顔をタツミに向ける。
普段主水に向ける野獣的な笑みではなく。100パーセント善意と好意のみで出来上がった笑顔である。
エスデスは脱いであった着衣に身を包み、さらさらと流れるような青く美しい髪をかきあげると、名残惜しそうに牢獄を後にした。