主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第90話

「どうぞ」

控え目に三度響いたノックの音に室内のタカナも同様に声を抑えて答える。

答えに呼応するように、ナジェンダが静かに扉を開け姿を現した。

「どうだスピアの容態は?」

今後の対応について協議をしていたナジェンダだが、僅かな休憩の合間に傷ついたスピアを見舞いに来たのである。

ナイトレイドのボスとして、そして仲間としてスピアの容態が気がかりであったのだろう、心配げな表情で付き添っているタカナに問い掛けた。

「衰弱が激しいですね。やはりアダユスの奥の手の影響ですね……」

「アダユスの奥の手か……」

ナジェンダもタカナの答えを聞き、表情を曇らせた。

以前タカナからアダユスの奥の手については報告を受けていたからだ。

 アダユスの奥の手。

スピアがシュラに話した通り、アダユスの奥の手は、受けた対象に怨みを持つ死した者を冥界から呼び寄せその怨みを晴らさせる能力。

しかし、分かたれた地上と冥界との壁に穴を開け繋げ、死した者を呼び寄せるという世界の理をねじ曲げる行為のため、その奥の手の使用には多大なリスクを伴う。

使用者自身の命である。

ただし、それにも但し書きがある。

奥の手を受けた者が死して、その穿たれた穴を通り冥界に赴いた時点でその命を対価とするという。

故に、シュラを死に至らせ冥界に送る前にタカナによって阻止されたため、命は助かったのだ。

「命には別状はありませんが、衰弱は酷い。当分意識は戻らないでしょうね……」

タカナの表情も曇っている。

当然のことであろう。

スピアの父チョウリに託されて共に帝都を脱出し、ナイトレイドに加入してからは師匠と弟子として共に訓練をしてきたのだ、その絆は確固たるものとなっている。

「それはそうと、ラバックさんとタツミさんについてはどうなったのですか?」

「二人とも貴重な戦力で仲間だ。シュラを取引の交渉材料として人質交換を提案することとなった。狡猾なオネストであろうと自分の息子ならば乗らないことはないだろう。明日の朝一番にその旨を帝国側に伝え、返答を待つこととする」

「上手くいかなかった場合はどうするのですか?」

タカナも大臣の息子のシュラであれば、事は上手く運ぶと思っていた。

他人であったスピアでさえ今では家族同然の大事な存在になっている。

ならば、真の親子であれば、その絆はさらに強固なものだとタカナは考えたのだ。

しかし、どんなに些細な案件であろうと組織の長であれば、最悪の事態も想定しておかなければならない。そのためナジェンダに尋ねたのだ。

「可能性は低いと思われるが、その場合は主水に助力を頼むこととする」

「……そうですね。それしかないでしょうね……」

タカナは小さく頷いた。

その作戦における重大な欠陥に気づきながらも。

「まだこれからのことについての話を詰めないといけないのでな」

ナジェンダはそう話すと、スピアの部屋を後にした。

「……私も覚悟を決めないといけませんね…」

タカナは懐から一つの封筒を取り出すと、スピアの眠るベッドの横に置き、

「この稼業に足を踏み入れた時点でありはしないことですが、お幸せに……」

まるで父親のような優しげな瞳で見つめ眠りについているスピアに告げるように呟くと静かに部屋をあとにした。

◇◆◇◆◇◆

「すっかり遅くなっちまったな」

主水は男を倒してすぐに急いで帝都に向けて帰途についたため、想定では深夜には帝都にたどり着くであろうと考えていた。

しかし、主水の考えあてが外れた。

 帝都に向かう道すがら、まるでそれを妨害するかのように盗賊に絡まれたり、依頼人ほどではなかったが、改造された男たちに襲われたりとしたため、たどり着くころには新たな一日の始まりを告げるように、太陽が地平線から僅に顔を出すほどの頃合いになっていた。

「嫌な予感が的中しそうだな……」

明らかに主水を狙ったかのようにおこる数々の問題に、主水の考えは確信に近くなっていた。

帝都において自分に関わる大きな動きがるのではと。

「ん。なんだありゃあ」

そんな不安をよそに、主水の視線があるものを捕らえた。

ある人影である、

すでに太陽が顔を出しかかった黎明時であるため、仕事に出るものがいても然程おかしくはない。

しかし、主水はそこにいる人物に違和感を覚えていた。

 一点目は、その身のこなしである。

全くの無駄を感じさせない一挙手一投足。

今まで幾多の手練れを見てきた主水はその動きから、その者が暗部で働くものであると判断したのだ。

今まで得てきた知識から、忍びに近い身のこなしであったためである。

 二点目は、その姿である。

この世界に住む者は、少し変わった者を除き、洋装を着こなし、主水やイゾウのような和装を着こなす者はほとんどいなかった。(なぜかタカナも和装であり、その弟子となったスピアもそれに倣ったのか仕事着は和装ではあったが)

そのような状況の中、その人物は和装であったのだ。

 だが、あまり着るものがいない和装だから違和感を覚えたのではない。

その和装が普段から見慣れたもの、そう自分と瓜二つであったのだ。

(面倒事は避けてぇが、これは無視することはできねぇな)

主水は気配、足音を消し、その人物の背後を取り声をかけた。

「おい、ちょっと待ちな」

「私ですか」

「!!!」

振り向いた人物と主水の二人が共に固まった。

振り向いた人物も主水で、声をかけたのも主水であったらかだ。

「おめぇはなにもんだ!俺の姿しやがって」

「あ~~らら。ご本人さん登場か」

主水(の姿の人物)がやっちゃったという感じで苦笑いを浮かべると、右手に持つ袋を左手にもちかえ、右手の五本の指にそれぞれなにかをはさみ腕を振った。

 白い煙がたちそれが引くと、胴着のような着物を着た一度キョロクで見たことのある女性が姿を現した。

「たしかおめぇは、なんとか四鬼のスズカだったか。それにその帝具は…」

「覚えてくれてたんだ。そう羅刹四鬼のスズカ。今ではイェーガーズに属していて、毎日シュラと左京亮様に足蹴にされて幸せな日々を送っているの」

スズカは恍惚に充ちた表情をして、クネクネと悶えはじめる。

主水はそれを見てため息を吐くと、スズカはそれに気づいてさらに続ける。

「話は戻るけど、これが私の新たな帝具〈ガイアファンデーション〉。今まで時間をかけて変装してたのが本当に楽になったよ。それに変装のクオリティーもハンパないし」

自慢気にスズカはガイアファンデーションを掲げ主水に見せる。

主水はそれを見ると、顔をふせ口許を挙げた。

好機だとばかりに。

 しかし、主水にはそれ以上に気になることも。

「それを返してもらうのはさておき、おめぇが持つその袋から血の臭いがするんだが」

主水がスズカの左手に下げられたなにか丸いものが入った袋を指差す。

底が赤く染まり、液体が滴っている。

経験則からそれが、紛れもなく人の血液であることは、既に理解していた。

「そっか、やっぱり左京亮様が言ってたようにあんたはナイトレイドだったんだ~」

スズカは、今回のラバックの一件からすでに主水がナイトレイドのメンバーで、帝国に潜り込む間者だということを知ってはいたが、さも知らなかったと言った感じでニヤニヤと笑いながら呟いた。

まるで挑発するように。

これもスズカの常套句のようなもの。

相手を怒らせ攻撃を仕掛けさせるための。

 怒りにより苛烈になる攻撃でスズカ自身の性癖(ドM)を満足させさらには、怒りにより我を忘れて攻撃する際に必ず生じる隙をつき殺すために。

「…………」

しかし、主水は全く動じる素振りもない。

「はぁ。つまらないな。まあ、これを見たら変わると思うけどね」

スズカは袋に手を入れ、何かを掴むと歪な笑みを浮かべてそれを取り出した。

「!!」

主水の表情が一瞬で驚愕に変わる。

「は~~い。驚いた?あんたの仲間のたしかラバックっていったかな。左京亮様の策略であんたが外に出ている内にシュラが捕らえて、それを使って今ナイトレイドの本拠地を見つけてきたところ。案内してくれて用はすんだから廃棄処分したんだけどね。面白かったよ。信じていたあんたに殺される際泣いてたんだから。あー傑作だったな。笑いを堪えるのに苦労したよ」

けらけらと笑いながら自慢気に話すスズカ。

しかし、度はこしてはいるが、これも策のため、視線だけは主水から外さず、指一本の動きさえも具に捉えていた。

主水はすでに驚愕の表情から無表情なものに変わっていた。

「ありゃりゃ怒ると思ったのになぁ。結構薄情なんだ……えっ!?」

スズカの世界が、視界が途端に左右でズレ始めた。

割れたスズカの視界の中から決して目を離すことはなかった主水の姿が消えていた。

スズカの背後から脇差しの鍔が鯉口叩き響く金属音が鳴った際、半分にずれていたスズカの視界がさらに四つに分割された。

まるで、割れたガラスを通して見るように。

「てめぇには痛みを感じる時間さえ与えるつもりはねぇ」

なにも感情がこもっていない冷えきった声が響く。

実力者のスズカさえも全く気づかないうちに怒りを抑え込んだ主水に一瞬のうちに十数太刀に渡り切り刻まれたのだ。

 スズカが死に至るまで、極上の痛みを味わうことも、自分が切られたことにも気づくこともなかった。

あれほど気を抜くことなく警戒していたのにだ。

スズカはそのまま血飛沫を、今になって斬られたことに気づいたとでも言うかのように、遅ればせながら辺りに撒き散らし、倒れこんだ。

主水は屍となったスズカには目もくれず、頭部のみになったラバックに歩み寄った。

「逝っちまったか貸本屋……」

この稼業に足を踏み入れた以上、何時、誰が死のうともおかしくはないと割りきっていようとも、そして何度体験しようとも決してなれることのない大きな喪失感。

また、この世界に来てからなにかと関わりが深かったラバックであったため、その衝撃は大きなものであった。

 無念と苦しさ、恐怖、悲しみ、様々な負の感情に彩られたラバックの頭部を袋におさめ、スズカだったものが持っていたガイアファンデーションを拾うと暗い表情をしたまま主水は歩きだした。

 

 

 

 

 

 




原作では多分生きているだろうスズカさんの死亡回です。
あまり原作では変態ですが、悪い感じはしなかったスズカさんですが、都合上悪人になってもらいました。
主水殺陣は解散無用での諸岡を殺した時のような激しいブチギレにしようと考えていたんですが、さすがにスズカの剣術や戦闘力ではそこまでの戦いにはならないと判断し、今回のようなあっさりしたものになりました。

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