主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第94話

 レチェリィが書類を捲る些細な音でさえも大きく聞こえる静寂流れる執務室で、タカナは顎に手を当てて思考の海に身を沈めていた。

 頭を巡るはキンペイとナリカワの言葉。

僅かな言葉の中に、この状況を好転させるヒントが隠されている。

タカナの幾多の難局を乗り切った本能的なものがタカナにそう語りかけていた。

(二人の言葉のどこかに違和感を感じます。見落としが必ずあるはず……)

 普段はナヨナヨし頼りないはずのタカナではあるが、こういう時は普段からは考えられないほどの集中力を発揮し、転機を見いだし人を裏から引っ張っていく、それは人の上に立つものの姿を体現していた。

「タカナ様。少し書類を提出するために出てきますね」

「…………」

無言のタカナ、それでもタカナはレチェリィの発言を無視したわけではない。

それが分かっているレチェリィだからこそ軽く微笑んでいる。

長い付き合いからそれを理解しているからこそのレチェリィの反応。

二人の間にはそれだけの関係が出来上がっていた。

 レチェリィは微笑みを浮かべたまま静かに執務室をあとにした。

(まずは1つずつ潰していきましょうか……まずはキンペイが溢した私が帝都を革命軍の幹部として知られ命を狙われたこと。それについては私が帝都で指名手配されたことから、そして帝都に潜入している者からも本部に伝えられることになるので、幹部のキンペイが知っていたとしても問題はないでしょう。皮肉は殺したくなるほど腹立たしいですが)

 既にタカナが革命軍の幹部であったことは発表され、懸賞金を懸けられた指名手配犯になったことからも、キンペイが言っていたことは周知の事実であり、問題はないと結論づけた。

(残りはナリカワの発言。ナジェンダは革命軍本部にラバックさんとタツミさんが捕まったことは報告したということは聞いていた通りです………いえ…)

タカナは何かに気づいたように急に立ち上がった。

その勢いから撥ね飛ばされた椅子が大きな音をたてたことさえも気づかないままに、皮肉目いた笑みを浮かべた。

(こんな簡単なことに気づかなかったなんて……人間の思い込みとは怖いものですね)

自らの浅はかさを嘲笑するような苦笑いを浮かべたタカナは、机の横に立て掛けておいた美しい装飾を施された細剣に手をかけ、腰に帯びた。

「さあ、革命軍のお掃除をしましょうか。ミゾロギさん、レチェリィさん行きますよ!…………どういうことでしょう?」

反応が返ってこないことにタカナは周りを見回すと、そこに誰もいないことに気づく。

「コホン。お二人が帰ってきたら行きましょうか」

タカナの特性上、一人で行けば赤子の手を捻るより軽く殺されることは周知の事実なので、タカナは二人が帰ることを待つことにした。

 恥ずかしさを押し隠すようにかるく咳払いをすると、倒れた椅子を直して腰をかけた。

ーーーー

「私の予想からするとそろそろタカナが気づく頃合いだろう。さあ革命軍の中で二番目に厄介なタカナを狩ることにしましょうか」

口許を醜く歪めた男は立ち上がり、その場を後にした。

タカナを狩り、革命軍を手中におさめるために。

 革命軍本部の獅子身中の虫が動き出そうとしていた。

◇◆◇◆◇◆

 主水が外に出ると、笑顔で話す政と嬉しそうに顔を赤らめて満面の笑顔でそれに答える少女の姿が。

 年の頃は10代後半辺り、髪は肩口で切り揃えられ、軽く日に焼けた健康的な肌をもち、微笑むと軽く八重歯が見え、活発そうで健康的な姿をしている。

先程政が言っていた毎回ここまで野菜を運んできてくれるというアニーという娘だろうと主水は理解した。

話している姿を見るだけでも、政に気があるのは火を見るより明らかだ。

(この世界でも、こんな人里離れた辺境でもモテやがって。俺はこの世界では衆道の男や、へんなやつに気に入られたってのによぉ……)

 今は故人となった手を握りまっすぐと瞳を見つめてくるブラートや、意気揚々と種々の拷問器具を持ち妖艶な笑みを浮かべるエスデスの姿が頭に浮かび、この差を心の中で僻む主水だが、一転して軽く口許を緩める。

(仕事人を辞めた政ならばこういう生活も許されるのかもな)

 かつて修羅の道に身をおき、けして人並みの幸福を得ることが許されず、何度も惚れた惚れられた女の死を見て、その都度涙をこらえて仕事をこなしてきた政の姿を見てきた主水として、そのような思いを胸に抱く。

そのような場合でも、主水は厳しい言葉を政に溢したことも少なくなかったが、この世界では違う。

 故に主水は二人の雰囲気を邪魔することの無いように、静かにアカメの元に向かった。

ーーーーー

 小屋を回り込むように行った先の少し開けた広場に、アカメが準備運動をしながら主水を待つ姿が。

 体を伸ばしたり、屈伸するなど入念に準備する姿から、主水との稽古を心待にしていることが伺われた。

「悪いな待たせちまったか?」

「大丈夫だよ」

軽く微笑みを浮かべ頭を横にふるアカメ。

政とのこれまで話していたことを考えると待った時間は決して短くはなかっただろうが、アカメが気を使ってそう答えてくれたことに主水は感謝を覚えた。

そして、それに答えてやらなくてはとも。

「でもまさか昔政さんも私たちと同じ仕事をしていて、さらに主水と仲間だったなんて驚きだよ」

「ああ、俺はここに政がいること驚いたがな。今の政の姿を見ると裏家業をしたやつとは見えねえかもしれないが、俺たちと仕事をこなしていた時はかなりの腕だったぜ」

 昔に思いを馳せ語る主水の姿は、主水としては気づいてはいないだろうが、アカメから見ると少し嬉しそうに感じた。

 革命が成功した未来に、生き残った仲間と出会ったら私も今の主水みたいにかるのかな、とアカメは想像できない未来に思いを馳せてみた。

「話はここまでにするか。ナイトレイドと帝国の話し合いも進むかもしれねぇからな」

主水の纏う緩く、穏やかな雰囲気が一転して、戦闘や仕事の時のピリピリと張りつめた物に変わる。

 アカメも表情を引き締め、政から借り受けた主水同様の刃引きが施された刀を鞘から抜き放つ。

「刀を交わして語ろうぜ」

主水も若き日の剣術に打ち込んだ熱い心が蘇ったように微かに心を弾ませていた。

 刀を持ってこのような思いになるのは何年ぶりだろうかと、主水も自分自身の感情に些か驚きを覚えていた。

「行くよ主水!!」

刀を下段に下げ、低くした体勢から、地面を蹴り主水に向かって突っ込んだ。

一瞬で間合いに入り込むとノーモーションで切り上げる。

主水はアカメの切り上げを下段で受け止めると、そのままアカメの刀を巻き込み、円を描きかちあげる。

「!!」

剣術における巻き技。

相手の刀を押さえ、手首を返し巻き上げ刀を反らしたり、はね上げる技。

手首が強靭であり、さらにはかなりの技量を伴うものである。

「うっ!?」

アカメのかちあげられた刀は天を仰ぎ、その際一瞬の隙をつかれたアカメの喉元に主水の刀の鋒が宛がわれていた。

「今の立ち合いで見えたんじゃねえか」

主水は刀を引きアカメに尋ねる。

今の僅かコンマ何秒の立ち合いの中で見えたであろうことを。

「長い間で培ってきた戦い方の欠点に気づくことはなかなか難しいか。アカメ、おまえの戦い方は暗殺に特化した戦い方なんだ。つまり初手の一刀で決めるために、その一刀に全力を込めた戦い方。故に一刀を止められると二手目に向かう際に隙ができる。たぶん今までおまえが相手をしてきたやつとは力量の差があってその隙を狙われなかったのだろうが、敵がエスデスやブドーとなるとその僅かな隙が命取りになる」

「!」

見えなかった自分の欠点に気づかされ、アカメははっとした表情を見せる。

アカメほどの手練れになればなるほど一刀目で勝負が決する。

故に気づくことがなかった欠点。

「ありがとう主水。もう一度いい?」

「ああいいぜ。満足するまでなんどでも受けてやらぁ」

 このような機会はもう来ないかもしれないという思いから主水も快く了承した。

 だが、全てがアカメの為ではなく、自分のたかぶった気持ちを押さえられないという面もあったのかもしれない。

 その後、政に声をかけられるまで主水とアカメは剣を交え続けた。

 二人の顔には、疲れの色よりも、充実した時間を過ごせたという満足感のほうが色濃く表れていた。

 


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