主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第99話

「セリューちゃん!パパに行ってらっしゃいのチューをしておくれ」

「うん!!」

セリューは弾けるような満面の笑顔で頬に唇をつける。

天使のような自分の娘からのキスで感涙を流す。

それもいつもの欠かせない朝の恒例の行事である。

「あなた遅れるわよ」

いつもの恒例のやり取りを微笑を浮かべて見ている妻のセラは軽く忠告する。

これもお決まり、この毎日のやり取りで必ず出勤時刻が後押しされるからである。

 帝都警備隊隊長が遅刻をしていては部下に示しがつかないという思いからの忠告である。

「名残惜しいがしょうがないか……。じゃあ行ってくる」

心底名残惜しそうな表情を浮かべつつ、妻のセラと唇を交わし二人見送られ家を後にした。

「あらシリュウさん、昨日はありがとうねぇ」

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。なんかあったら呼んでくれ雑用でもかまわねぇから。皆のおかげで俺たちも食っていけてるんだからよぉ」

帝都で食料を得られるのも全ては、作ってくれるものがいるから、その民に感謝を示し、働くのは当然と考えていたからだ。

「ばあちゃん元気か」

「おかげさまで。前は警備隊の人に荷物を運んでもらえて本当にありがたかったよ」

「そりゃあよかった。これからもどんな些細なことでもあったら呼んでくれてかまわないからな」

警備隊の隊舎につくまでに何度もそのような光景が見られる、これも日常の風景。

 しかし、このような光景が日常の風景として見られるようになるには多くの月日が費やされた。

 以前の帝都警備隊は、地位をひけらかし袖の下を要求する、仕事を依頼しても門前払いされる、いちゃもんをつけては暴力を振るう等々があり、怠け者の荒くれ集団と民からそっぽを向かれ、憎まれている存在であった。

 しかし、この男が帝都警備隊の隊長として就任すると、警備隊内の意識から改革した。

染み付いた悪しき意識は中々払拭されることはなったが、その男のカリスマ性と、隊長自らが身をただし、行動を起こすことにより帝都警備隊も変わっていった。

 次に取りかかったのが、民が持つ警備隊の負の印象を拭うこと。

しかし、それまでの悪行が重なり、それも簡単にはいかない。

話かけようとするだけで避けられたり、無視されたり、うしろ指をさされる始末。

しかし、この男は諦めなかった。

 何度無視されても、諦めずコミュニケーションを取る。さらには民が困っていれば頼まれなくても手助けをするといった行動で示していく。

または、危険種が出れば、民を命懸けで守りながら最前線で戦う。

 最初はそれでも怪訝な顔をされ、感謝すらされることはない日々が続くが、それでも同じことを繰り返す。

 積み重ねればそれは実を結ぶ。

警備隊のそんな姿が民の心に響き、次第に心を開いてくれ、このような良好な関係に至ったのだ。 

 そのように民には真摯に付き合い、偉ぶることもなく誠実に対応することから、尊敬の念と多大な信頼を受けていた。

 そしてそれは帝都警備隊においても変わらぬことであった。

 家庭では妻子にデレデレであるが、公私は分け、仕事はきっちりとこなし、部下であっても邪険にすることなく、またきっちりと心配りをすることから帝都警備隊の部下たちからも慕われていた。

 だが全てがそう上手くいくわけではない。

民を第一に考え、正義を希求するため、上役であっても是は是、否は否と物怖じすることなく讒言するため、上役連中には煙たがれる存在であった。

 それが、セリュー・ユビキタスの父シリュウ・ユビキタスその人であった。

 そのようなシリュウに転機となる事件が起こった。

「隊長今巡回から戻りました。それと……」

「お疲れ様。なにか気になることでもあったのか?」

帝都の巡回から帰ってきた新入隊員のレヘタの気になる対応に問いかけるシリュウ。

それは、上司としての威圧感など皆無であり、なんでも言ってみろという懐の広さと優しさが感じられるため、新入隊員も臆することなく気になったことを話始めた。

「実は、巡回先で物々しい雰囲気で民が集会を開いてまして」

民が集会を開くことなどなにも珍しいことではなかった。

しかし、シリュウはその話を聞いた瞬間

表情を変え即座に立ち上がった。

「よく伝えてくれた。少し話をしてくる」

「隊長なにも持たずに行かれるのですか?」

レヘタは徒手で向かおうとするシリュウに問いかける。

物々しい雰囲気を感じたことから危ういと感じたのであろう。

「ただ話を聞きに行くだけだ。そんな中に得物を持っていったらおかしなことになるだろ。信頼を得てはいても人を殺せる得物を持っているだけで警戒心が生まれる。そんな中で話してくれといっても話してくれることはない」

シリュウの言葉をレヘタは噛み締めるように聞いていた。

そんなレヘタを見てシリュウは快活な笑顔を浮かべると、

「それとこの事は誰にも話すなよ。大事になりかねんからな」

とレヘタの肩に手を置き伝えると隊舎を後にした。

(隊長はああ言っていたけどどうしよう)

レヘタはシリュウのことを信頼していたからこそ悩んでいた。

隊長の命に関わることになったらどうしようと。

 そんな最中であった。

「そこの雑魚そうな小僧なにかあったのか?」

「ゴマスーリさま」

ゴマスーリとは、帝都警備隊を統括する文官であった。

しかし、隊長のシリュウとは真逆の性格をしており、自分より身分が上の者には媚びへつらい、下の者には権力をひけらかし横暴な態度を取ることで有名で嫌われている人物であった。

故に、部下のシリュウを疎ましく思っている者の一人でもあった。

 しかし、そのようなことをレヘタは知らなかったことが災いする。

「実はーーーー」

シリュウの上司であれば、何とかしてくれるのではと話してしまったのだ。

「なんということだ。よく話してくれた誉めてつかわすぞ小僧」

ゴマスーリはフンッと鼻を鳴らすと小走りで隊舎を出ていった。

◇◆◇◆◇◆

 シリュウはレヘタの言っていた集会が開かれている場に赴いていた。

その場は木々に囲まれた人が足を踏み入れることも少なそうな森の中の寂れた神社であった。

 確かにレヘタの言っていたようの集まっていた住民は皆物々しい雰囲気を纒っていた。

しかし、それだけでなくシリュウにはどの住民も疲れはて、一様に暗い雰囲気も纒っているように感じられた。

 その様を見て、近頃の世情の動きからどのような集会か当たりをつけていたことが確信に至っていた。

(大体察しはついた。レヘタが気づいてくれなければ大事になっていたな)

シリュウは神社に歩み寄る。

「シリュウさま!?」

足音を聞き付けた見張りの男たちがシリュウを見て困ったような表情を浮かべる。

恐らくそれがシリュウでなければ各々が持つ得物て襲いかかっていたのは想像に難くない。

「話をしに来た。代表者と話がしたい」

シリュウは簡潔に答えた。

しかし、男たちは躊躇する。

信頼しているとはいえシリュウは帝国側の人間である。

普段の行いから民を思いやってくれていることは分かっていたとしても自分たちの命に関わることであるからこそ完全には信用できず躊躇しているのだ。

「お前達が悩むこともよく分かる。話していることが話していることだからな。では俺を縄で縛れ。そして話が終わったあと信用できなければ俺を殺すがいい」

「!!」

男達は驚きの表情を浮かべつつも、震える手でシリュウに縄を掛けようとした刹那、

「待て、シリュウさまをお通ししろ。もしもこのことを伝える気ならば部下を連れてきててるはず。それにシリュウさまは信用できる」

白い髭を蓄えた老人が姿を現した。

「村長」

「いつもお世話になっています」

柔和な表情で村長はシリュウを迎え入れた。

 神社の中には若い男たち、赤子を抱いた女性などが集まり皆沈痛な色を顔に出していた。

「既に察しはついているがお話頂きたい」

「はい……我々は訴状を出すか、一揆を起こすかを話し合っていたところですじゃ」

「やはりな……」

シリュウの予想が当たっていた。

住民の疲れはてた表情、そして今年の不作、それにも関わらず引き上げられる税、それらが合わされば当然行き当たるその考え。

 しかし、シリュウはその考えに行き当たってから既に対策は考えていたため口を開いた。

「訴状を出せば出した者が死罪、一揆を起こせば一族老等全て死罪になるーー」

「それでも、しなくては座して死ぬしかないのです!!同じ死ぬならば……」

村長は、嗚咽をもらし涙を流し始める。

それと同時にそこに集まっていた住民も同様に涙を流し始めた。

「ああ分かっている。だからこの件は一時俺に預けてくれ。悪いようにはしない」

「分かりました。シリュウさまにお任せします……」

シリュウは知らなかった。

この話を裏から聞いているものがいたことを………

◆◇◆◇◆◇

「オネストさま。大変なことが」

「なんですかゴマスーリ」

肉にむしゃぶりつきつつ、怪訝な顔つきで厄介げに答えるオネスト。

オネストはこの時副大臣というチョウリの部下の立場であった。

「実はこのようなことがーーーー」

ゴマスーリはさも自慢げに今回の一件をオネストに伝える。

オネストも肉を注視しつつも僅かに耳を傾ける。

ゴマスーリは中々に有用な情報を持ってくることがあったためだ。

「まったくたったあれほどの税が払えないとは。それよりもたしかに厄介なことですね」

オネストは肉をくわえたまま眉間にシワを寄せる。

しかし、何かを思いついたのか、軽く歪んだ笑みを口許に浮かべると、一端肉を置くと続ける。

「ならばこの際なにかと邪魔だったヤツを消すとしましょうか。そうすればヤツを重用していたチョウリの気勢も削ぐことが出来る」

オネストの述べるようにシリュウとチョウリは同じ志を持っていたため、チョウリはシリュウの力となっていたのだ。

また逆にシリュウの行いも陰ながらチョウリの役にも立っていたのだ。

 これが、上役に疎まれながらも、どうにも出来ない理由であった。

 オネストは軽く手を叩くとゴマスーリの背後に陰が現れる。

「お呼びてございますかオネスト様」

「ええ、あなたにしてもらいたいことがあります」

「まさか…………羅刹四鬼!!」

ゴマスーリは振り返ると、恐怖に腰を抜かした。

羅刹四鬼というオネスト直属の暗部がおり、四人それぞれがまさに鬼のように強く、その姿を見て生きていた者はいないとその存在は真しやかに噂されていたが、まさかこの目にすることがあろうとは思いもよらなかったのだ。

「してもらいたいことがあります」

「おおせのままに」

四人は深々とオネストに対し頭をたれた。

◇◆◇◆◇◆

「あなたお疲れではないのですか」

セラはお茶を机に置くとなにか書状をしたためているシリュウに問いかけた。

「ああ、あと少しで終わる。これを明日までに書き上げないといけないんでな。セリューはもう寝たのか」

「パパにお話聞かせて欲しかったのにって少しむくれていましたよ」

「そうか。悪いことをしたな。明日はゆっくり話してあげないとな」

穏やかな時を打ち破るように突如扉が砕け散る。

「こ~ん~ば~ん~わ~~シリュウユビキタスの命をいただきに参りました~~」

不気味な長身の男が残骸と化した扉を乗り越えながら姿を現した。

 

 

 

 

 


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