ある朝鬼畜異世界姫に腹パンされて「私を守りなさい!」と言われた話 作:ぽんじり
「それじゃあ、私が考えた勇者覚醒プログラムを始めましょうか」
ステラはメガネを外し、椅子から立ち上がる。
「いきなりかっ! しかも、何をするのか一切聞いていなんだが!?」
俺は身の危険を感じて後ずさる。
が、すぐに壁際まで追い詰められてしまった。
「せ、説明! 説明を求めます!」
このまま怪しさ満点のプログラムを受けるなんて、たまったもんじゃない。
ステラはジリジリと近づきつつ、これから始まる
「説明もなにも、やることは単純。あなたの体に魔力を含んだ刺激を与えて、力を呼び起こす。それだけよ」
「刺激....だとっ!?」
ステラに与えられた、激しい頭痛を思い出す。
……、嫌な予感しかしない。
「そうよ。こちらの世界と私の世界での大きな違いは、大気中の魔素の有無。そして、勇者は当然魔力を帯びていた。とすれば、きっとここが大きなポイントになるはず。前例がない以上、思いつくことを試していくしかないわ」
ステラがこう言うのなら、何も知らない俺は頷くことしかできない。
しかし、気になる点が一つ。
「おーけー。だいたい分かった。でも、一つ聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「その、刺激というのは、やっぱり結構痛かったりするんですかね?」
ステラはにっこりとほほ笑む。
「ふふっ、安心しなさい。死にはしないわ」
「「……」」
一瞬の静寂。
「――シッ!」
俺は勢いよく飛び出す。
ステラの包囲をかいくぐり、目指すは出口。
全力ダッシュ。
ドアは目前。
よしっ! 逃げきれ――
「ハッ!」
突如、上から降ってきた衝撃
「ガッ!?」
俺は抵抗もできないまま床に叩きつけられた。
「逃げ切れるなんて思った? あなた、私のことを舐めてるでしょ」
グッ、グッ。
逃げようともがくが、まったく振りほどけない。
小柄な女性が出せるとは思えないほどの力で抑えつけられている。
「なんで、こんなに……」
「なんでって、こっちは魔力で身体を強化しているのよ? 今のユーキ程度に遅れをとるわけないわ」
魔力……。
くそっ! こんなにも差がでるものなのか。
「ふう。私、言ったわよね。
そう語りながら、ステラは右手を俺の背中にあてる。
「す、ステラ?」
本能が警戒を鳴らす。
しかし、逃げられない。
「いくわよ。歯を食いしばりなさい」
「ま、待っ――」
ビリッ!
体内に流れる異物。
強大な力の奔流が、俺を内側からかき乱す。
「ぎ、ぎゃーーーー!!!?!!」
響き渡る、悲痛な叫び声。
俺は、泣いた。
恥も外聞も無く、泣いた。
*
数時間後。
「じ、じぬ。マジで、じぬぅ」
そこには、鬼畜女《ステラ》によって死に体となった男が転がっていた。
「なにバカなことを言ってるのよ。情けないわね。そんな弱音は腕の一本でも吹き飛んでからいいなさい」
ステラは床に倒れこんでいる俺を偉そうに見下ろしている。
「……」
どうやら、彼女の辞書には「思いやり」や「罪悪感」と言った言葉が抜け落ちているようだ。
くそったれ!
「んー……」
俺の恨み節なんていざ知らず、ステラは椅子に座り直す。
顎に手を当て、考え事をしているようだ。
「ステラ? どうしたんだよ」
「いえ、想定よりもなんの反応もなかったかものだから、次のアプローチ方法について考え直しているのよ」
「なるほど――、っておいおい。聞き捨てならんぞ。つまり、この数時間の苦痛は意味が無かったってことじゃないか!」
「意味はあるわよ。可能性を一つ潰せたんだもの」
「うっ……、それもそうか」
今日こそガツンと言ってやろうと思ったんだが、またもや勢いを削がれてしまった。
そうこうしている内に体の痛みが引いてきた俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「で、次は何をするんだ?」
「あら、急に前向きになったわね」
ステラは少し驚いた様子で俺を見上げる。
「まあな。どうせやらなきゃ二日後には殺されちまうし。一回乗り越えたらなんだか振り切れたよ。よーし! この際もうなんでもござれだ。ドンとこい!」
一周回って変なテンションになった俺に、もはや怖いものはない。
「そのテンションで来られると少しばかり気持ち悪いわね……。まあいいわ。それじゃあ、次は――」
――ビリッ。
「ん?」
その時、微かに違和感を感じた。
「なんだ、今の」
どこかで感じたことがある。
というか、ついさっきステラに魔力を流された時と似た感覚。
「なあ、ステラ。今変な感じが――、え?」
それを見た時、俺は言葉を失った。
だってステラが。
あのステラが、青ざめた顔をしていたから。
「うそ……でしょ。どうして。早い、いくらなんでも早すぎる! 二日よ!? この二日を短縮できるほどの魔導士なんて、皆先の大戦で死んだはず。どうして……」
「おい、ステラ。 ステラ!」
「っ! ユーキ……」
ステラは思い出したかのように椅子から立ち上がる。
「ごめんなさい。取り乱したわ。落ち着いて聞いて。とてもまずいことになった」
「まずいこと?」
「そう。来てしまったのよ。私たちの、敵が」
「はあ!? 敵!?」
「ええ、私の見通しが甘かったわ。けれど地の利は現状こちらにある。それに、まだ私たちの居場所はバレていな――」
そこでステラの言葉が詰まる。
「す、ステラさん? そこで言葉を切られるととても怖いのですが」
恐る恐る彼女の言葉を待つ。
「この経路……。真っすぐに私たちの元へとやってきている? でも流石にそれはおかしい。魔封石がある以上、私の魔力は感知できないは……ず」
今度は俺の顔を見て固まる。
そして、盛大に顔を歪ませた。
「ああ、そういうこと。チッ。やってくれるじゃない。私ではなく、勇者を感知しているとはね!」
すると、彼女は素早く窓に足をかけた。
「ユーキ! 一刻を争うわ。今すぐここを出るわよ! あなたは靴を履いて玄関から出なさい。私は窓から出て下で待っているから!」
そう言うや否や、彼女は窓から飛び降りた。
「ああもうっ! 何なんだよ!!」
俺はヤケクソに叫ぶと、階段を駆け下り玄関へと向かった。
*
走る走る走る走る。
見慣れた町を駆け抜け、とにかく走り続ける。
「はっ、はっ、はっ」
気が動転しているのもあってか、もう息が切れてきた。
それでも、足を止めず先頭を走るステラについていく。
彼女は走り出した直後、俺にこう言った。
「足を止めれば死ぬ」と。
それと同時に、こうも言っていた。
「策がある」と。
だから俺は、それを信じてとにかく走り続けるのだった。
「着いたわ」
あれからどれくらい走っただろう。
ステラの言葉を聞いて、俺は漸く足を止める。
途中から景色を見る余裕すら無くなっていた俺は、今になって自分がどこに立っているのかを把握する。
「ここは……、工場跡地?」
いつだったか、そんなものがあるという話を聞いた覚えがある。
「危険だから、立ち入らないように」と。
「そう。この間町を探索した時に目ぼしをつけておいたの。ここで決着をつけるわ。それでいいでしょう? ゴ―ディン」
「ああ、てめぇらの死に場所がここでいいならな」
「っ!?」
俺は反射的に後ろを振り向く。
「あっ――」
そこには、三メートルほどの巨大な男が立っていた。
同じ人間とは思えないほどの強靭な筋肉。
肩に担いでいるのは、俺の身長くらいある巨大な剣。
「冗談だろ……」
こんな化け物に、勝てと言うのか。
ゴ―ディンと呼ばれた男は、醜悪な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
それは、死が近づいてくるのと同義だ。
逃げなければならない。
動かなくてはいけない。
頭では分かっていても、体が一向に言うことを聞かない。
足が震える。
無意識に一歩引いたせいで、バランスを崩し片膝をつく。
「ユーキ」
唖然としている俺にステラが声をかける。
「私の目をよく見なさい」
彼女は俺の両肩を掴み、真っすぐに目を見つめてくる。
俺の視界には、その美しい碧眼のみがうつる。
「策があると言ったわね。それは、あなたよ」
「おれ……」
「そう。この状況を打破できるのは、あなただけ」
「むりだ。むりだよ。俺じゃあ、あんな化け物には勝てない。そもそも、力だって目覚めなかったじゃないか」
「いいえ、それは違うわ。あなたの祖先は、神域の魔女と呼ばれた最強の魔法使いでもある。彼女が何も残していないなんて考えられない。あなたは私に、『何も知らない』と言ったわよね。それはきっと、あなたが忘れてしまっているだけ。思い出しなさい。あなたに受け継がれた、力の使い方を」
そう言って見つめてくる彼女の瞳には、あの時と変わらない熱が灯っていた。
「――」
ステラは、強いな。
俺はまぶたを閉じる。
彼女は本気で信じているみたいだ。
俺が、あの化け物を倒せるのだと。
でも、無理なんだ。
ごめんな、ステラ。
命の危機に追い込まれようと、ステラに勇気づけられようと。
結局俺は、ただの高校生なんだ。
――本当に?
本当に。
――何も知らないと?
何も知らない。
――彼が切り開いた道のりも?
ああ。
――彼が守り抜いた人々も?
そうだ。
――彼女が望んだ最後の願いも?
知らない。
――あの、終ぞ消えることのなかった剣の輝きも?
ああ、知らな――
その時、俺の脳裏に一つの影が浮かび上がる。
爛爛と輝く、一振りの剣。
それは、神が創りし神代の遺物。
勇者が生涯を共にした、伝説の剣。
いや、知っている。
知っているとも。
あの輝きを、忘れるはずがない。
彼女が遺した、勇者の記憶があふれ出す。
どうして、忘れてしまっていたんだろう。
――俺は知っている。
あらゆる敵を切り払う、見惚れるほどの剣筋を。
――俺は知っている。
勇者が築き、彼女が託した力の正体を。
――俺は知っている。
その、力の名を。
紡がれる言葉。
今ここに、勇者の力は受け継がれる。
「――
瞬間、吹き荒れる風と目がくらむほどの強烈な光。
「なんだ!?」
目前まで迫っていきていたゴ―ディンが僅かに怯む。
目の前に現れたのは、宙に浮かぶ一振りの剣。
名を、「聖剣」。
オレは立ち上がり、迷わず剣を手に取る。
初めて触れたはずなのに、不思議と手に馴染む。
「――っ! 死ねぇ!!」
危険を感じ取ったのか、ゴ―ディンが大剣を振り下ろす。
巨体に見合わぬ俊敏な一撃。
オレはそれを、
「なにっ!?」
ゴ―ディンは後方に跳躍し、距離を取る。
「シィーー」
オレは緊張を解くように、息を吐き出す。
「ユーキ」
剣を構えるオレに、ステラが声をかける。
「命令よ、勝ちなさい」
彼女らしい、最大の激励。
オレはゴ―ディンから目を逸らさず、ハッキリと答える。
「任せろ。剣の振り方は、既に知っている」
次回、決着。