突然ですが、あなたは死んでしまいました────
本当に突然だった、真っ白い空間で、見るからに天使の様な羽の生えた空を飛ぶ女からこんなことを言われて冷静でいられるだろうか? 仮に冷静な奴がいたとしたらそいつは現実逃避が得意だろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が死んだって……嘘だろ?」
残念ながら嘘ではありません、あなたは仕事として建設現場の視察中、事故により落下した鉄骨に貫かれ────―
「わ、わかったもういい……納得するから……」
吐き気がした、いや、このよくわからない謎空間では五感が碌に働いていないが。
とにかく状況を把握しなければ気が狂ってしまいそうだった。
まず自分の名前、2010年生まれ 浅川 蓮司 41歳、妻に先立たれて無気力気味だったが当時まだ小学生だった娘の里香を育てるためにがむしゃらに働いていたがこの天使(仮)の言う通りならば仕事の視察中に死んだという事になる……待て────―
「一つ聞きたいが俺の娘は無事なのか、事と次第によっては俺は切れ散らかすぞ」
俺の言葉に今まで表情の動かなかった天使が初めて揺らいだ、まるで言いにくい事を言おうか迷っているようだ。
────―あなたは真実を知りたいですか?
「ああ、教えてくれ」
では、こちらをご覧なさい────―
そう言って天使は真っ白い空間に一滴の水を垂らした、すると地面──と呼んでいいのか、俺が踏みしめていた場所が突然波紋を広げ水面に映像が映し出された。
映像に映し出されていたのは俺の娘、浅川里香だった。俺の記憶より一回り大きくなっていた里香は見た事がない学生服を身に纏い友達らしき人物と雑談しながら教室の椅子に座っていた。
「これは……高校生の里香か?」
映像は続く、話の内容から登校中だとわかると映像の中の里香が──―いや、周りの学生たち含めた教室全体が光に包まれた。ざわめきだす教室で先生らしき女性が教室から避難するように警告しているが時既に遅く、次の瞬間には全員の姿が消え失せていた。
「────―は。なん、だ……? 今の……」
────―これは、召喚の魔術。地球と最も近い世界『アストラ』の魔術です
「ま、魔術? ……いや、それよりアストラ? ファンタジーや漫画じゃないんだぞ」
──―では、あなたの現状は説明できますか?
それを言われた俺は──―
「……クソっ、ああわかったよ! 俺は年食っても柔軟のつもりだからな!! 魔術ってのが実在して、アストラって世界も実在する! 納得する!!」
やけくそ気味に放った一言は天使に届き、天使は無表情の顔を僅かに険しくした。
これはアストラに存在する国家『グリード』の召喚魔術です、あなたの娘とその同級生は勇者として召喚されます────―
「勇者? 娘は高校生だぞ!? 少なくとも中学までは喧嘩も出来ない、花を愛でる様な優しい子だった!!」
その事実はグリードにとっては関係など無いのです、グリードの目的は自軍の国力を消耗せず魔王を倒し、他国からの栄誉を受けようとしています。
「魔王? ……ますます信じられな……いや、納得する……続けてくれ」
俺の言葉に天使は頷くと見た事のない地図を表示させ、二つの箇所を丸で囲った。ご丁寧に片方にグリード、片方をプライドと日本語で書いてくれる。
魔と闇に愛された人間、魔人達が集い創り上げる国家『プライド』です。彼らは基本的に魔術への適性が高く、やや好戦的ではありますが基本的には平和よりの秩序だった国家です。しかし────―
天使は一人の人物を映し出した、頭部に悪魔の様な角が生え、全身に禍々しいタトゥー……いや、紋様か。が刻まれた色白の美丈夫が映し出されていた。
数百年に一人、極稀に邪神に愛された存在が生まれ、プライドに滞在している魔人達を支配します。そして世界そのものを邪神の生贄にしようとする……それが魔王です────―
映像には魔王が、目の前の天使の羽をそのまま黒くした様な翼を生み出し角を生やした魔人達と共に他の国を滅ぼしている姿が映し出される。
「こんなの相手に子供達をぶつける気か……? グリードって国は」
グリードでは勇者召喚の議と呼ばれている召喚魔術ですが、善なる神々が地球への召喚魔術に干渉し彼らを勇者に相応しい実力にまで加護を与えるのであなたが思うより危険は減るでしょう────―
「それで娘を戦争に駆り出す事に納得する親がいるかよ……! ────クソッ今だけは納得してやる、それでなんで回りくどい方法を取ってるんだ神ってのは。現地の人間に直接加護を与えればいいだろ」
────―神々はアストラに深く干渉する事は許されていません、現状唯一直接的な加護を付与できるのは召喚魔術に干渉し加護を与える事だけなのです。
「つくづくふざけてやがるな……神も、国も────―そうだ、どうして死んだ俺をここに呼び出したんだ」
────アストラは、非常に地球に近い場所にあり互いに転生者が昔から存在しています。そして神の管轄から外れたはぐれ魂が記憶を消す事なく転生する事があります。あなたには、この時代より過去に戻りアストラで初の転生者となりその後の転生者や、勇者として召喚されてしまった方達を保護して欲しいのです。
「何をしてほしいかはわかったが……何故俺なんだ? 俺より優れた功績を残した人間なんてごまんといるだろう?」
その言葉に、天使は微笑んだ。
────―あなたが、最もこの頼みを実行できる意志を持っているからです。
「……はぁ? なんだか曖昧な答えだな」
もちろん、神々もただあなたをアストラに送るわけではありません。アストラでも十全でいられるように加護を与えましょう、まずは……あなたの若さを取り戻しましょう、20代程まで肉体を戻せば──
「あぁ、待ってくれ……体はこのままにしてくれないか? 娘にとって、父親の姿は
────わかりました、それではまず言語能力、身体能力を向上させましょう。それと不老も付けて……
「カタログみたいな選び方してないか?」
体感にして10分程だろうか、加護を選び終わった天使は俺に向き直る。
────―それでは転生を行いましょう、ですがその前に……一つだけ加護を先に伝えておきます。
「それは助かるが……何故一つだけなんだ?」
あなたのそれぞれの眼に魔眼を付与します、右眼は転生者、そして召喚魔術によってアストラに呼ばれた地球人を感知することが出来ます────―
「成程な、それでもう片方は?」
不変の魔眼、その目を起点にあなたの体は何物にも縛られる事はありません。精神汚染や狂気などに強くなると思ってください────―
天使が簡潔な説明をすると突然眠気が襲って来る、耐えがたい衝動に意識を委ねると天使の声が薄っすらと聞こえてくる。
「浅川蓮司、貴方の人生は終わりません、それは時に苦しく、辛い物になりますが……どうか
「────―そうして転生してからはや200年、俺は未だに現れない娘をずっと待っている訳だ」
「マスターそれ100回は聞いてます」
眼鏡をかけたスーツ姿のエルフが俺の隣からため息をついてくる。
ここはアストラで一二を争う有名な冒険者ギルド『あさかわ』。日々存在する様々な人々の悩みを仲介する場所だ、200年ほど前は小さな酒屋レベルだったが今や小さな城並みに広くなっている。
「しかしギルドマスターであるあんたが簡単に酒場に来ていいのか? 俺ぁ馬鹿だからわかんねぇけど、あさかわで一番偉いんだから忙しいんじゃねぇのか?」
俺は今あさかわの内部にある酒場で冒険者の皆と雑談をしている、情報収集も兼ねているがこの時間が今の俺にとっては楽しい時なのだ。
「なに、俺は堅苦しい書類の整理よりお前達と話す方が楽しいのさ」
「言うねぇ! だったらもっと飲もうぜ! 奢るからよ!」
バシバシと笑いながら俺の背を叩いてくるのはゴードンという冒険者だ、燃える様な赤い髪と鍛え上げられた筋肉で30年前からこのギルドで一線を張ってくれているこの時代でのエースの一人だ。
「ハッ、ギルドマスター相手に奢るとは偉くなったな? お前ら100年も生きていない様な若造は大人しく奢られるんだな!」
俺の声に周囲の冒険者たちが歓声を上げる、俺は時々こうして酒場の冒険者たちに奢っている、こうすれば情報と信頼の両方を得やすくなるしなにより何百年も生きていると人と関わる事が楽しみの一つになって来る。
「じゃあ俺はこのまま日本酒をもう一杯──―」
「駄目です」
二本目の日本酒を貰おうとウェイトレスのミラに声をかけようとすると俺のコップは取り上げられてしまった。
「ああっ」
「マスターはこの後グラトニー王国と交渉の席があります、お酒は控えてください」
「ははっ! 天下のギルドマスター様も美人秘書には勝てねぇな!」
ゴードンが俺をからかうので魔術で酒をただの炭酸水に置換してやるとスーツ姿のエルフは眼鏡のずれを直し厳しく言って来る。
「わかってるよレイン、ただ俺はちょいと英気を養おうと思って……」
「交渉が終わればしばらくは予定も無いので、我慢してください」
レインはあさかわ創立当時の仲間だ、エルフだが俺より年下でずっと秘書として真面目に働いてくれている。
俺はコップを取り返し、中身を飲み干すと立ち上がる。
「わかったよ、これで終わりだ。アル! 今日の0時までのお代は全部俺にツケといてくれ!!」
「ああ、わかった。後で請求書を用意しておこう」
俺直属の部下でありこの酒場のマスターでもあるアルに後を任せると俺は酒場を後にしようとするが
「ギルドマスターはいるか!!」
「ふべっ!?」
思い切り開かれた扉に顔を打ち付けられてしまった、とても鼻が痛い。
「マスター!? カナデさん、気を付けてください!」
レインが悶絶する俺の代わりに怒ってくれるがカナデと呼ばれた冒険者は意に介さず俺に一枚の書類と絵を見せつけてくる。
「マスタ―見ろ! プライド王国で魔王が復活した!! それに合わせてグリード王国が勇者を召喚するらしい!!」
その言葉に、俺は200年前の薄れた記憶が鮮明化する。
────―これはアストラに存在する国家『グリード』の召喚魔術です、あなたの娘とその同級生は勇者として召喚されます────―
俺は跳ねる様に起き上がると陽気なギルドマスターから里香の父親、浅川蓮司として蘇る。
「────―依頼を貼ってくれ」
その言葉に長命種の古参達は表情が変わり、若い冒険者たちはなんだなんだと顔を傾げた。
レインは素早く俺の意図をくみ取ると、酒場の掲示板、そしてクエスト受付場の掲示板に一枚の紙を貼り付けた。
「とうとう来たか……」
「本当にあの日が来たんだねぇ!」
「な、何が起こってるんだ……?」
酒場、そして隣接している受付場からも聞こえる古参達の熱気に困惑した若い冒険者の一人は、貼りだされたボロボロの紙を見る。
『娘を守って欲しい』
それだけだった、詳細も、報酬も書かれておらず、ただ一枚少女の絵が描かれているだけだった。だというのに
「俺鍛冶屋行って来るわ! ヴィエッサ鎧頼んだ!」
「……儂も久々に杖を振るうとしようかね」
「
冒険者たちは燃えていた、それは報酬ではなく、一人の恩義の為。
「レイン、悪いが交渉は中止だ。プライドへの扉を封鎖しろ、俺は出かけてくる」
「どちらへ?」
分かり切ったことをレインは聞いてくる、本人もその上で聞いたようで俺は笑う。
「200年ぶりに娘に会いに行くんだ」
これは、一人の父親が転生者を集めたギルドを創り、娘に会うまでの話。