柊 かなでは転生者だ、生まれる前に父が死に、実の母親が新興宗教にハマり、当時学生だった自分を巻き込みやる必要性のない心中をさせられた。崖から海に落とされた時には走馬灯が浮かんだが家でも学校でも殴られた記憶しかなかった、もういいかなんて思っていると、次に目を覚ました時は見た事のない世界に居た。
前世のかなでは死に、今世ではカナデ・ミストラルとして生まれ変わった。最初は何が何だかわからなかったし言葉もわからず何度も泣いたけど、赤子だったから両親があやしてくれた。
前世では神に祈ったことなど碌に無いのにこれは神様の慈悲だなんて思い込み、自分の生まれたグラトニー王国の守護神であるベルゼバブに何度も祈った、今度こそいい人生にしてみよう。そうして年齢が2桁になりそうな時に気づいてしまった、自分の家は没落の危機にあったのだと。
アストラというらしいこの世界では、苗字が付くのは貴族や王族位だそうで、私は男爵家の立派な貴族さまだったらしい。しかし領地の経営が上手くいかずこのままでは没落してしまう……10歳になったばかりの私では何ができる訳でもなく、成人したばかりの兄が政略結婚として遠国のお嬢様と結婚するのを黙って見ているしかなかった。
居てもたってもいられず私は父に何かできる事は無いかと聞いた、しかし──
「大丈夫さ、君は何も心配する事は無い――――」
そう言って優しく頭を撫でてくれた、今世で初めてできた父は優しかったけどその背中は辛そうで、子供の私では頼りないんだと思った。家の本を読み漁り自分に出来る事は無いかと調べたら、冒険者と言う職業があった。どんな依頼でも金次第で引き受ける何でも屋、力さえあれば誰でもなれると知りこれなら今の自分でもお金を稼げると思った。────けど
「冒険者になりたい? ごめんね、せめて14になってからじゃないと……」
「ガキがなれる訳ねぇだろ、帰ってパパの手伝いでもしてな」
「うーん……ごめんね、君はちょっと属性適性が無いみたいで……」
駄目だった、どこのギルドに行っても門前払いがいい所、唯一面接を条件に許可してくれたギルドでも属性適性が無いからと落とされた。何度も呆れられもう無理なのだろうか、諦めてしまおうかなどと思ったその時────―私は出会った。
「うああああぁぁぁ!!? 目がああぁぁぁ!!?」
「マスター!? どうなってるんですかそれ!?」
なんか右目が物理的に光っている人がいた。
なんだあれは、スーツを着た中年の男が目を光らせ街中の人々をドン引きさせている、悪夢だろうか?
「あっ! わかったぞ! これ魔眼だ!! という事はこの辺りに……」
目が光ってるおっさんが突然周囲を探りだした、これ以上近くに居たら巻き込まれそうなのでその場を立ち去ろうとしたら
「見つけた! そこの君!!」
「ひゃいっっっっっ!!!??」
目を付けられた、今世どころか前世含めてもここまで恐怖を感じた事は無い。逃げ出そうにも足がすくんで動けず、ああ──これから私はこの息の荒いおっさんに好き放題されてしまうんだ……と涙を流しせめて痛くない様にと神に祈りかけたその時
「『日本、知ってるか?』」
私は絶句した、今世では絶対に聞くことが無いと思っていた日本語が私の耳に入って来たから。
「ど、どうして、それを……」
私が息をするのも忘れて声を漏らすとおっさんは顔を満面の笑み一杯にし────―
「君、名前は?」
「え? カナデ・ミストラルです……」
「カナデね、ちょっと着いてきてくれ!」
「えっ……きゃあっ!?」
私をお姫様抱っこの要領で抱えると街を走り出した、見た目からは似つかわしくない程の速さで動き、瞬く間に景色が後ろへ流れていく。そうして五分もしないうちに着いたのは、少し古そうな小さな酒場にしか見えない店だった。
「ここは……?」
「入ってみてくれ」
言われるがままに入るとそこは──―
「薄暗い……」
「う……これでも頑張った方なんだ、他のギルドに行って雰囲気を模索したり……」
「マスター! 全力で走るのはやめてください!! ……はぁ……はぁ」
おっさんをマスターと呼んでいた女性が遅れてやって来ると息を切らしおっさんの頬を抓っている、少しして息が整うと少女は姿勢を正して私に話しかける。
「突然ごめんなさい、私はレインと言います。貴女の前世がマスターと同じ生まれだと思うのですが……ええと……二ホンと言う場所はご存じですか?」
「知っています……でも、どうしてあなた達が?」
「詳しく話すと長いけど……簡単に話すとするなら、神様が教えてくれたってとこか」
……やっぱりヤバい人なのだろうか
「帰ります」
「ああ待て待て! 俺以外の転生者なんて君が初めてなんだよ……折角冒険者ギルドを始めたんだから見るだけでもどう?」
「そうですか……って、冒険者ギルドなんですかここ?」
ただの古ぼけた酒場かと思ったがよく見れば受付場や掲示板、それにギルドに必須な道具は一式揃っていた。
「ああそうだ、昨日始めたばかりだけどな。名付けて冒険者ギルド『あさかわ』だ!」
「あさかわ……?」
「マスターの名前です、レンジ・アサカワ。まだ冒険者が居なくて……良ければギルドに入るとまではいかなくとも、適性試験だけでも受けていきませんか?」
適性試験──―その言葉を聞いて私の心に陰が挿した、その適性試験に直前まで落ちていたのだから。
「私は……無理です、まだ10歳だし……属性適性も無いらしいし」
「属性適性?」
「マスター? 5年前も同じ説明をしたじゃないですか」
「いや5年も前の話なんて覚えてないぞ……えっと、確か体内に存在する魔力を火、水、土、風のいずれかの属性に変換する適性だったか」
「ちゃんと覚えてるじゃないですか、正確には光と闇もありますが取り敢えず良かったです」
「あはは……まぁとにかく、試験くらい受けてみなよ、今世10歳に金は取らないからさ」
「……私の話聞いてました? 属性適性が無いって……」
「じゃあ別のがあるんじゃないか? 絶対なんか貰ってるはずだし」
貰ってる? 何の話だろう、力やそういったものを貰った覚えはないのだが
「……わかった、試験を受けるだけなら……」
「よしっ! レイン、頼む」
「わかりました、それではこちらへー」
レインという綺麗な人から水晶玉の前まで案内される。
「それではこちらへ手を乗せてください、魔力を流せば属性の適性がわかりますので」
私は聞いたことのある文言を流しつつ水晶玉に手を乗せ魔力を流す、しかし……
「……光りませんね」
「……やっぱり適性が無いのよ、受けさせてくれたのは嬉しいけど私に冒険者の資格なんて無かっ……」
言葉を言い終わる前にレンジが私の腕を触ってきた。
「ひゃっ!?」
「……うん、ふむ……」
私の腕を何度も揉み、ぐにぐにと触って来る、意外と優しい手つき……じゃなくて、ずっと触っているが凄く真剣な顔つきで振り払うべきか困惑していると。
「長いっ!」
「すいませんっっっ!!?」
レインさんがレンジの頭に氷塊をぶつけ倒した、サラリとやっているが詠唱や魔法陣も無しに1m近い氷塊を作るのは相当な実力者なのでは無いのだろうか?
「いったぁ……レイン、次は属性適正じゃなくて魔力密度を計ってくれ」
「全く……わかりました、次からちゃんと説明してからやってください」
「はい……」
魔力密度? 働くためにそれなりに本は読んだつもりだったが魔力密度というものに覚えは無かった。
「あの、魔力密度って?」
「うん? 魔力密度ってのは、読んで字のごとく体内に溜め込める魔力の密度の事だよ。細かく言うと生物が魔力を溜め込める量はそいつの体積×魔力密度で決まる、前者は種族によってある程度決まってるけど後者はかなりムラがある。極端な話100mくらい大きい奴が居ても魔力密度が1だったら大して魔力を使えないって事だ」
「く、詳しいんですね」
「この世界来てからかなり勉強したからな、特に文明や各国の情勢は知っておかないと困るし」
「カナデさん、準備できましたよー」
名前を呼ばれたのでレインの所へ行く、魔力適正を計るのは水晶玉だったが今度はテーブルの上に縁取りがされた金属の板一枚だった。
「ここに手を置いてください、少し時間は頂きますが精度は保証しますよ」
言われるがままに手を置くと金属板が薄ら光り始め、光が私の手をすっぽりと覆ってしまった、思わず手を放しかけるが動かない。
「こっこれ、大丈夫なんですか?」
「説明書通りにやってるので大丈夫です!」
「えっ、これって資格とかいるんじゃないんですか?」
「資格?」
あっ考えてみればこの世界に資格という概念があるかも怪しい!?
「大丈夫だ、ちゃんとこの世界にも試験とか免許とかはある」
レンジの言葉にほっと一息つく、言い方は不穏だったが信用して良いようだ。
「ただしこの世界の資格は証明書みたいなもので資格を持っていない=使用禁止ではないぞ」
「!?」
やっぱり駄目かもしれない!?
「ちょっ……本当に大丈夫なんですかこれ!?」
「多分大丈夫です!」
「多分を外して!!?」
駄目だ! いくら暴れてもびくともしない、このまま爆発しても驚かないし大いにあり得る!
「はい、計測が終わりましたよ」
光が消え去り手が自由に動くことに私は安堵した、と言うかレインさんが怖い。このギルドに来た……というよりこの二人に出会ってしまったのは間違いだっただろうか、いやであったというよりは遭遇してしまったが正しいが……
「魔力密度は……ちょっと平均値調べますね」
そう言って奥の部屋に引っ込んでしまった、私は疲れてしまいぼろぼろの椅子に座ると隣にレンジが座ってきた。
「お疲れ、一個聞きたいことがあるんだけど良いかな」
私に水を手渡してくれるレンジは、質問があると言って来た。
「はい、答えられる事なら……」
「前世を聞くつもりは無いから安心しな、俺が聞きたいのはどうして試験を受けていたのかって事だ」
「それは……あなたが無理やり」
「違う違う、さっきカナデ言ってただろ? 属性適性が無いって」
「あ……」
「属性適性は基本的に冒険者ギルドか王族しか調べられない、必要が無いからな。だが適性が無いって知ってたって事は既に冒険者ギルドに行ってたって事だ、違うか?」
「……私が王族だった可能性は?」
「ちゃんと王族の名前は全員調べてる、隠し子の線も無いしな」
……なんというか、さっきまでの印象よりは良く人を見ている人だった、そんな印象を受けた。
「私、ミストラル家の末娘なんです。5つ上の兄が一人、2つ上の姉が一人……両親は皆を愛してくれました、でも……私の領地は貧しくて、税をそれ以上取るわけにも行かずギリギリでした。兄は経営難を助けるために政略結婚をしに、姉は家の負担にならないよう魔術学院に首席で受かり今は寮生活です。私だけ何もしないのは嫌で、でも10歳だとどこも雇ってくれなくて、それで冒険者を知ったんです」
「成程な、志は立派だがお前の父親は納得したのか?」
「父は、ずっと私を見て大丈夫としか言いませんでした。私は子供だから……」
「それは違うな」
きっぱりと言われ思わず目を丸くしてしまう、あんまりにもはっきりというものだから思わず反論してしまった。
「な、なんでわかるんですか。私の事何も知らないのに……」
「カナデの事はわかんないけど君の父親の事はわかる」
「え?」
「俺も父親だったからな、大事な娘が立派に成長してくれるだけで親ってのはどこまでも頑張れるし、意地を張れるんだよ」
「……娘さんがいたんですか?」
「ああ、俺が生きてた頃は中学生だったな、本当に俺には勿体ない娘だよ」
……この人が父親だという事に、今日一番驚いたかもしれない。そう言って背を向けたレンジの背中は、どことなく父に似ていた……気がする。
「マスター!結果が出ました!凄いですよ見てください!」
「おっ、結果が出たみたいだな」
私はレインに渡された紙を読む、するとそこには平均値と書かれた数字の横に私の名前に数字が書かれていた……
「いちじゅうひゃく……」
「すげぇな、文字通り桁違いの魔力密度じゃねぇか」
「凄いですよ! これはエルフ族よりも多いんじゃないですかね!」
言われた通り私は凄い魔力を持っているようだった、しかし……
「でも、魔術は使えないし……」
「いいや! それだけの魔力があるならいい方法がある! これならすぐに冒険者として大成するだろ!」
レンジがレインに目配せをすると彼女はすぐに察したみたいだった。
「あ、あれですね? 用意してきます」
それから数分後、店のテーブルをどかしスペースを確保した後、私は一冊の本を渡された。
「『肉体強化の方法』……?」
「魔力を体外に出して攻撃する時は基本的に属性を付与してぶつけた方が強い、何故なら無属性の魔力は周囲の魔力に溶けやすくすぐに効果を失うからだ」
レンジはいつのまにか用意していた板に文字を書いていた、なんだか小学校を思い出す。
「だが体内の魔力はむしろ無属性のまま動かした方が良い! 理由は簡単、もっとも溶けやすい無属性の魔力は血液の様に体内を循環しやすいから!」
すると実演と言わんばかりにレンジの体が輝きだした。
「今回はわかりやすく光ってるが、魔力操作が上手くなると光らず肉体を強化できる。で……肉体強化を使えば……」
レンジは片手でレインを持ち上げる、レインはこちらを見てピースしてきている。
「重い物を軽々持ったり、足を速くできる。魔術より優れた点は詠唱がいらないのと魔力のコスパが滅茶苦茶良い、何せ属性を変換するロスが無いからな。それと目立たない、正確には属性を変換した痕跡が残らないんだがまぁこれはいい」
「取り敢えずその本はやるよ、肉体強化が出来る様になったら依頼受けてみようか」
「は、はい。その……ありがとうございました」
私が頭を下げるとレンジは笑っていた。
「何言ってんだ、これから初の『あさかわ』冒険者として活躍して貰うんだからな」
「……! はい!」
これが、私と『あさかわ』との初めての出会い。