それは、ある日の事だった。
蓮司は依頼の一環としてラス王国に訪れていた時の事だった。
「なんか早く依頼終わっちまったな、このまま転移で帰るのもな……かといってやる事があるかと言うと無い訳で……」
ラスの街をぶらぶらと歩きまわっていると、蓮司は一つの建物に目が留まった。
「教会か……そう言えば、天使ってあれから見た事ないけど、教会に行けば何かあるかな」
アストラに蓮司が来る前、最後に会話した天使と会う方法を密かに探していた蓮司は教会に何か手がかりがあるかもしれないと教会の扉を潜っていった。
「あら? こんにちは、日も高い内にここに訪れるとは……何かお悩みがあるのですか?」
蓮司を出迎えたのは一人のシスターだった、見た目の年齢は20代だろうか。奥にちらほらといる修道女達よりも位が高そうに感じる。
「いや、俺は遠くから来たもんでね。ここでの仕事が早く終わって暇だったんだ」
「まあ、それでわざわざ教会にいらっしゃるとは、献身的ですね」
「いや、そういう訳じゃないんだが……ここではどんな神を信仰しているんだ?」
「はい、ラス王国では慈悲の神、サタン様を信仰しているのです」
「へー、慈悲の神か。そりゃあまた優しそうな神様だ事……って、あれが神像か?」
蓮司が指した先には禍々しい角に悪魔の様な羽を生やした神像が奉られていた。
「はい、あの
「……うん?」
シスターの言葉に、蓮司は首を傾げた。自分から見た像は確実に悪魔の様な見た目をしていて、女性にはどう頑張っても見えないのだが……
「折角なので、貴方も祈ってみてはいかがでしょう?」
「あ、ああ……信徒じゃないがいいのか?」
「えぇ、祈る行為は平等ですから」
そうして蓮司はシスターの見様見真似で目の前の像に祈ったが、どうにも真面目に祈る気になれなかった。
「……これでいいのか?」
「ええ、本来はもう少し形式があるのですが、そこまでやる必要も無いでしょうし」
「ま、何かご利益があればいいな、とりあえず俺はもう帰るよ」
「ええ、神のご加護がありますように」
蓮司は背を伸ばすと出口に足を運ぶ、そして外に出てまだ日が高い事を確認すると欠伸をした。
「……まだ帰るには早かったか。……ん?」
ふと、蓮司から見て右にある庭に妙な物が落ちている事に気づいた。
蓮司は庭に近づくとその妙な物の正体に気づく。
「なんだこりゃ、人形……? いや、これも神像の一つか?」
拾ったのは酷くボロボロになった女性の像だった、顔や体は風化しており姿が断定できない。
「……さっきのシスターに聞いてみるか?」
手に取り軽く埃を払うと教会に戻るのだった。
「あら? 何か忘れ物でもありましたか?」
「忘れ物じゃないんだが、さっきそこでこんなものを見つけてな」
先程拾った女性の像を見せるとシスターはああ、とすぐに分かった様だった。
「これは邪神サリエルの像ですね、ここにある
「え……角?」
蓮司は自分の中にある違和感が強くなっているのを感じた、自分の目が正常だというなら、このシスターは何を言っているのだろうと。
「ええ、詳しく言いますとこの邪神サリエルの像は意図的に崩されているのです、災いや不幸を邪神に押し付けて悪い物を追い払おうというおまじないみたいなものですね」
「あぁ、だからボロボロなのかこれ……」
「なんでしたら壊してしまっても大丈夫ですよ? そういうおまじないなので」
蓮司は少し無理な笑顔をしたまま受け取るとボロボロの像を手にしたままギルドに帰ってきた。そして自室にて
「……やっぱり女の像だよな……?」
泥や汚れを落とし破損した部分以外は綺麗になった像を改めてみるが、仮に折れていたとしても角や羽があったようにはとても思えない。
「……祈ってみるか」
根拠は無いが、なぜだかこの像に対しては本気で祈れそうな気がした蓮司は机に置くと自らは跪き、心から祈りを捧げてみた。
すると景色が変わった。
「は……!?」
先程まで自分の執務室だった筈なのにいつの間にか床も天井も真っ白い景色に変わっていた。余りにも突然な出来事に魔術を使い現在位置を把握しようとするが、魔術が発動しない……というより魔力そのものが動かせなくなっているのを理解した。
「な……なんだこれ、まるで転生する時みたいな……」
「初めまして、原初の転生者よ」
「っ誰だ!」
声のした方向に振り向くとそこには見るだけで戦意や敵意と言ったものを失わせる、神秘的な女性の麗人が立っていた。顔は初めて見るがその姿には見覚えがあった。
「……あ、もしかして邪神サリエルとか言われてた神様か?」
「……はい、哀しい事ですが」
「なんで邪神とか言われてるんだ? 見た目はむしろあのサタンとかいう神の方がよっぽど禍々しかったが」
「その事について説明と、貴方への頼みがあるのです」
「頼み?」
「ええ、ですが立ちっぱなしもなんですから……座りませんか?」
そう言うと白い空間に洋風の椅子と丸テーブルが出現し、ご丁寧に紅茶まで現れた。
「おぉ……なんか悪いな、お茶まで出して……」
「では、まず説明からします……」
椅子に座った二人は向かい合うと真剣な顔でサリエルは語り始める。
「元々、私とサタンの役割は反対でした。私が人々に慈悲を与え、サタンが災いを受け人々から厄を受ける事で不安を遠ざける……」
「ああ、その方がそれっぽいな」
「ですが数百年前、サタンは人々から嫌われ続ける役割に怒り私の神の力を奪い、神の役割に姿までも奪ってしまったのです」
「サタンは自分の役割に不満があった訳か」
「恐らく……そして役割を奪ったサタンは信仰によって得られる力に慢心し、他の邪神たちをそそのかし始めました」
「うん? 他の邪神ってのは?」
「私達神は7つの国をそれぞれ守っているのです、私の守るラス王国、メタトロンの守るグリード王国……といった様に、そしてそれぞれにも邪神が居ます」
「神が違うのに信仰の仕方は似てるのか」
「まぁ……私達仲がいいので」
「……神様が急に身近に感じたよ」
「……そして、サタンにそそのかされた邪神たちは、水面下で私達の力を奪う算段をし、油断していた神々の役割を奪ってしまったのです」
「つまり今のサリエルの状況が他の国でも起きていると」
「はい」
「邪神が強かったのか神々の油断が大きかったのか……」
「う……申し訳ありません」
「そこまで聞いたら同情はするけどよ、客観的に見て人間たちに不都合はあるのか? 信仰した神が知らず知らずのうちに変わっていても特に影響がないなら問題ないと思うんだが」
「邪神達は魔王の復活を狙っています、と言ったらどうですか?」
その言葉に蓮司の眉が動く、そしてその声色が低くなった。
「……本当か?」
「邪神達は基本的に混沌を好みます、世界さえ存続可能であれば娯楽を優先する様な者達です。魔王を復活させ、それによって起きる混沌を望んでいるでしょう」
「それが本当なら出来る限り助ける手伝いをしよう、娘に魔王討伐なんてさせる気は無いからな」
「有難うございます、私達が神へと戻れたら貴方も神の一員となれるように推薦しておきますね?」
「いや……神とか大変そうだからいいかな……」
蓮司は紅茶を飲み干すと息を吐く。
「とは言ったが、具体的にどうすればいいんだ?」
「それについてですが、いいでしょうか?」
「うん?」
「私は邪神に奪われる直前、ある魂に渡せるだけの加護を渡しました。そして同じことを他の神々も行ってくれている筈です」
「魂?」
「善性の強い転生者に加護を与えました、その者と出会えれば魔王討伐、そして邪神から私の力を取り戻す際大きな助けとなってくれるはずです」
「はぁ……成程、だが他の神もやってくれているのか?」
「今は互いに連絡できませんが私が力を奪われた事を察して似たような行動をしてくれた筈です、長い付き合いなのでわかるんです」
「ああ、成程?」
「誰か特定するには貴方の魔眼を使えばわかる筈です、特に加護が強いので転生者の中でも見分けられるでしょう」
そこまで言った時、サリエルの体が薄れている事に気づいた。
「え、ちょっと体が……」
「どうやら力が弱まってきたみたいです、やはり紅茶を出したのは痛かったですね……」
「え、そんな事で力消耗するの!? 出さなきゃよかったのに!?」
「浅川蓮司、各国にいるであろう……7人の転生者を見つけ出して……ください。そして願わくば…………邪神から私達を…………取り………………戻して………………」
そして次に目が覚めたのは自室だった。
眼を開けると目の前には呆れた表情で立っているレインの姿がいた。
「マスター、帰って来るなり床で寝るのは良くないですよ? ちゃんとベッドで寝てください」
「……」
「マスター、聞いてますか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ、悪かったな」
はっきりと覚えている夢の出来事を思い返し、蓮司は新たな目的に気合を入れ直すのだった。