一日一回ぼっちに可愛いって言う虹夏ちゃん 作:サンダーソード
どうも、ミドリムシです。あっ間違えました、後藤ひとりです。ミドリムシさんに失礼でしたね。へへ……。
あろうことか、虹夏ちゃんに力強く「かわいい」と言われてからの記憶がない。ひょっとするとこれは夢だったのかもしれない。あるいは虹夏ちゃんが遊びに来ると言ったことが幻覚の類だったり。はたまた虹夏ちゃんがこの世に存在することが私の妄想だった……?
そうだよね……。公園のブランコで芋ジャージ着てギター背負った根暗な不審者相手に一緒にバンド組んでとお願いしてくれるなんて奇跡、どう考えたって私に都合が良すぎる展開だもんね……。そっか……虹夏ちゃんもリョウさんも喜多さんも私のイマジナリーフレンドだったんだ……。辛い……。
分不相応に幸せな夢を見すぎてたんだ……。ううん、ぼっち。例え胡蝶の夢であっても、確かに虹夏ちゃんたちには救われたじゃないか……。その思い出の欠片を抱いて、一生を生き抜いていけるくらいの……。ああ、でもこの頬を伝う水滴はなんなんだろう……。
「ひとりちゃん? どうしたの、アルバイト遅刻しちゃうわよ?」
「えっ、お母さん、私アルバイトしてたの?」
「ええっ!?」
お母さんが声も出ないくらいびっくりしてる。あれ、私がしっかりアルバイトしてたこの記憶もまさか本物なの?
「ひ、ひとりちゃん? 泣いてるの? あんなに毎日がんばっていたじゃない。記憶なくすほど辛かったの?」
「ううん。私、みんなに会いたい」
「そ、そう……? ならいいんだけど……。虹夏ちゃんにもよろしくね? 昨日はなんだかすぐに帰っちゃったみたいだし」
「あっ……」
パーツの配置が崩れて視界が歪み、朱に染まる。幻覚じゃなかったと言うことはつまり現実に存在する虹夏ちゃんで、それ自体はとても喜ばしいんだけどつまりは私がした御無礼も現実だったわけで、これから向かうスターリーではその虹夏ちゃんも待っていて。
「ぎゅいいいいいいいいいいいいっ!!!」
「ひとりちゃん!? ひとりちゃーん!? やっぱり霊媒師さんにお祓いしてもらいましょう、ねえ! ひとりちゃーん!」
鎖骨辺りまで落っこちた口から悲鳴がまろびでる。ダメだ……私はもうダメだ……。どうも、イエダニです……。
× × ×
逃げたくなる足を意思の力でねじ伏せて、スターリーの前までやってきた。ごめんなさい盛りました。単純にここで逃げる方が怖かっただけです……。ああでも入るのも怖いよぉ……。
初めてのアルバイトの時のように、扉に掛けた手が動かない。ぼっちがんばれぼっちがんばれぼっちがんばれぼっちがんばれぼっちがんばれ……やっぱり怖いぃ……。
「あっ、ぼっちちゃん! 待ってたよー」
「ぴぃっ!?」
踏ん切りが付かないままドアのバーハンドルを体温で温めることに終始していると、唐突に中から扉が開かれて虹夏ちゃんが出てくる。心の準備中だったのでそれはもう見事な不意打ちとなって直撃し、思わず飛び上がって空中で土下座を決めつつ着地してしまった。
「きっ、昨日は誠に申し訳ありませんでしたーっ!!」
「ぼっちちゃんやめてー!! 店の前でそれは営業妨害だからーっ!!」
一分の隙もない私の土下座は、虹夏ちゃんに通じなかったらしい。終わった……。
× × ×
「えっとそれで、ぼっちちゃん」
「はいっ。イエダニぼっちです」
ところ変わってスターリー内部。すったもんだの末に連れ込まれた私は、こうして虹夏ちゃんと正面切って対峙している。猫背を糺して気をつけの姿勢を崩さない私。うああ、普段使わない筋肉を酷使してる感覚が……背中がびきびきって……。
「ぼっちちゃん、そうしてるとはっきり背が高いんだね。いつもそうしてればいいのに」
「あっそれはご勘弁を……」
私のようなイエダニが堂々としていると取り締まられてしまう。警察とか風紀委員とかに。陰キャはすみっこにいなきゃいけないって法律で決まってるから……。
「ええと……。そんで、なんでいきなり土下座?」
「ぐっ……」
初手から重いストレートがボディに入ってノックアウト寸前だ。私の何が悪かったかを詳らかにしろと仰せだよ……罪人の口から……! 虹夏ちゃんってもしかしてSっ気あるのかな?
「あっ、えっと……そのう……きのう、せっかく遊びに来てくれた虹夏ちゃんをですね、あろうことか前後不覚のまま追い返してしまったらしくですね……」
罪悪感と恐怖で声の大きさも言葉の勢いも尻すぼみに漸減していく。うう……私自身何やったか分かってないから、普段のコミュ障に輪をかけて歯切れが悪い。
ぎゅっとつぶった目の向こうで虹夏ちゃんがどんな顔してるのか、見るのが怖いよぉ……。
「あー、ぼっちちゃんには刺激が強すぎたねぇ、ごめんね?」
「えっ?」
思わず開いた瞳が、困ったように笑う虹夏ちゃんを捉える。虹夏ちゃんは重罪人たる私を責めないどころか、とてもすごく優しい言葉をかけてくれた。いっそ聞き間違えかと思うほどに。
「あたしもぼっちちゃんがそういうの苦手ってのは知ってたんだし。もうちょっとやりようはあったかなって」
「なっ、なんで……」
「うーん……さあ、なんでだろね? ふふっ、これもぼっちちゃんにはナイショにしちゃおっかな」
虹夏ちゃんは、しーって口の前に人差し指を立てる。その仕草がいつかの自販機の前でのやりとりを思い出させて、ちょっとだけドキッとしちゃう。
そんな私の内心なんてつゆ知らず、虹夏ちゃんはいやーぼっちちゃんが爆発四散したときはどうしようかと思ったよなんて、あ、ほんとすみません……。
「いーのいーの、ゆっくり進んでこーね」
「あっはっはい」
虹夏ちゃんがどこに進もうって言ってるのかわかんないけど、よく考えないままつられて返事をする。なんだろう、私の手を引いてゆっくり歩いてくれる虹夏ちゃんが想起されるような優しい声音。私は幼稚園児なのか。……いや私のコミュ力は犬と5歳児未満だったな。
「よーしよし、かわいいぞーぼっちちゃん、今日もいっしょにバイトがんばろうねー」
「 ほわっ」
流れるような虹夏ちゃんのかわいいに一瞬反応が遅れる。ぐぐっと意識と多分身体もが広がって薄れかけるも、頭を撫でる虹夏ちゃんの手のひらから緊張とか空気とかそういうのがぷしゅーって抜けていく。えっ私頭撫でられてる……? 私だから見逃してた。というか情報量が、情報量が多すぎる……!
「えっその、それ、昨日も言ってたように思うんですが、あの、えと……」
「本音だよ、って言ってもぼっちちゃんにはすぐには信じられないかもだからさ。ちょっとずつでもギター以外の自分も気づいてあげられるといいね」
ギター取っ払った後藤ひとりって、それもうダシガラの如きダメ人間でしかないのでは……。
「よし! ぼっちちゃん今日は接客中心にしてみよっか?」
「ひぇっ」
このあとめちゃくちゃバイトした。