一日一回ぼっちに可愛いって言う虹夏ちゃん 作:サンダーソード
今日も今日とて学校だ。この学校という場所、誰が考えたのか知らないけど毎授業後に休み時間と言う苦痛がくっついている。昼休みのような、外に出ることが当然とされるまとまった時間があれば退避も出来るけど、人の移動が少ない休み時間にそれをやると扉を開けるときの視線の集中が辛いのだ。扉は陽キャが開けても陰キャが開けても同じ音を鳴らすからね……。それに、
「後藤さん、休み時間になるとすぐどこか行くのよねー」
「トイレ近い人なのかしら」
「いやー、トイレ行っても全然見ないわよ?」
「へんなのー」
「きゃははははは」
なんて会話をされるかと思うと、下手に動くことも出来ない……!
結果として、自分の席で気配を消しておくか教科書読んでるか寝たふりしてる方がマシなのだ。誰にも意識を向けられずそっとそこに居られれば、戻ってくるときの視線も受けずに済むからね……。
そんなわけで両腕を重ねて枕にし、突っ伏しての寝たふりポーズ。この姿勢、胸を肩で支えなくてよくなるから楽で好きだ。
うーん、昨日のスタ練は集中しすぎてたのかなぁ。虹夏ちゃんに本当にみんなの前でかわいいって言われて、ええと……その後すぐに合わせに入ったんだよね? なんだかあんまり練習した気がしなかった。次のスタ練日が今から待ち遠しい。
今日はバイトも何もないし、学校終わったら帰って練習とネットでの生存領域の確保しよっかな。私は登録者数3万人の女後藤ひとり……。
「ぐふっ……ぐへふへふふ……」
小さな笑いが口の端から漏れる。舞台の上で浴びせられるスポットライト、口々に私を褒め称える観客、ギターを掻き鳴らせば両翼に据え付けられたアンプから爆音が飛び出し、武道館が笑顔と興奮で一体になる。
「またあのダイブの……」
「突然……笑い……」
「ちょっと怖……」
観客の歓声が私の鼓動を更に早め、ギターのテンションを上げていく。大衆の前でも俯くことなくヒーローの腕前を発揮する私はエフェクターを踏み付け、その音色を歪ませ……
「きゃーひとりさま素敵ー! 抱いてー!」
「あんたが人間国宝ー!!」
「ぼっちちゃんかわいいぞー!」
「はへっ」
妄想の声援に、よく聞いた声の不意打ちが混じって姿勢が崩れる。椅子をがったんって大きく鳴らし、伏せた頭が盛大にずれて机を巻き込み倒れかける。不格好に机の角っこを掴んで耐えた――私すごい! が、流れた姿勢はおとがいを上げさせ、座る四つ足の一本を軸に振り回される身体は教室全体を否応なしに見せつけてくる。
……そりゃ、急におっきな音がしたらそっち向くよね。
驚いたような顔、顔、顔。クラスの大半の視線が私を見ている。こんなにたくさんの人と、前髪を超えて目が、めが、合う、あう、あ、頭が熱い、未だ反動を殺し切れてない椅子にがた、がた、と揺られて、あ、むり、無理だってぇ――!
「お……」
一番近くにいた女の子が、「お?」って呟いたような気がした。それをどこか遠くに感じながら、私は――
「おさわがせしまぁああぁーーーっ!!!」
足をぐるぐるに回して、体育の時でも出せないような速度で教室から逃げ出した。
なお、当然だが休み時間は短いので。
3分後にチャイムが鳴って、私は授業が始まった後の教室に入るというミッションインポッシブルに挑戦せざるを得なくなったことを遺書として書き記しておこうと思います。うう、またひとつ黒歴史ぃ……。
× × ×
事件後の教室の視線が辛すぎて、休み時間ごとに逃げ出しては誰も居ない私の場所でメトロノームのように正確な時間をカウントダウンすることだけに集中していた私。行き来の時間を含めて20秒の余裕を持って返ってこれるように調整して、入室の視線に耐えて席に着くという苦行もようやく終わった。私は自由だ!
ホームルームが終わり、帰宅可能になった瞬間に教室から逃げるように立ち去る。いや事実逃げてるんだけど。今日の盛大なやらかしや、今し方逃げるときに集めた耳目への対抗は明日の私に頑張ってもらおう。憂鬱だ……。
学校からの帰り道は燦々と明るく、私の気分を置き去りに目映く輝いている。こういうときは何故かロックを弾くギターの腕がいつもより動くんだぁ……へへ……あれ、なんか鳴った……ロインか。ロイン!? 私のだ! 結束バンドのみんなと出会ってからは鳴らしてくれる人も鳴る頻度も増えたけど、それでもまだ全然慣れるほどじゃないんだよね。
ええと……虹夏ちゃん? あれ、今日はバイトもスタ練もなかったはずだけど……。
『ぼっちちゃん、今どこかな。よかったら帰り一緒に遊ばない?』
「…………」
瞬きする。首を傾げる。ロインを一旦落とす。目を閉じて深呼吸する。ロインを立ち上げ直す。
『ぼっちちゃん、今どこかな。よかったら帰り一緒に遊ばない?』
読み直しても文字列は変わらない。虹夏ちゃんからの遊びのお誘いだ。ふと思い立って、三日前の虹夏ちゃんからのメッセージを確認する。
『今日時間あるかな。急だしダメならしょうがないんだけど、もし暇ならぼっちちゃんちに遊び行っていいかな?』
ある。ちゃんとある。どちらのメッセージも存在している以上、私の誤認で前回のメッセージを混同させたという可能性もなくなった。そもそも内容が違うんだから、とは自分でも思ったけど、私は私の記憶力を信用していない。再三そのメッセージを確認する。
『ぼっちちゃん、今どこかな。よかったら帰り一緒に遊ばない?』
『うへふへっひへっにゅふへへへぇ……」
どうしよう、嬉しい。すごく嬉しい。前回の私があんなザマだったのに、虹夏ちゃんまた誘ってくれた。致命傷でも全くおかしくなかったし、死刑宣告されても涙ながらに受け入れるしかないと思ってたのに。
喜びのあまり波打ってとろける身体は正直だ。前回のメッセージで散々行間を読み取ろうとして失敗したので、いくら馬鹿な私でももう学んでいる。この世は現実で、虹夏ちゃんは私なんかと遊ぼうって言ってくれてるのだ!
「でゅふへぇふひっひひひはっ!」
私は正気に戻った。身体も戻った。せっかく虹夏ちゃんが遊びに誘ってくれてるのに、もしかしなくても既読のまま待たせてしまっているのでは? 早く返事しないと。中身は決まってる、お願いします一択だ。ネットでの生存領域確保? 時間があるときに出来るのがネットのいいところだよね。
『現在駅に向かう途中です。ふつつかものですがなにとぞよろしくお願いします。』
あっあっあっ、虹夏ちゃんの送信時刻から5分も経っちゃってる。ごめんなさい虹夏ちゃん。
画面を見てると、すぐさま映し出される入力中の文字。はらはらしながら待っていれば、間を置かず返答が来る。
『あはは、固いなー。結婚の挨拶? でもよかったよー。じゃ、一緒に遊ぼう!』
メッセージに待たされた不満が感じられないことにほっとする。と同時に、こんな突発的に遊ぶなんて生涯一度もなかったし、どうやって合流してどこで何して遊ぶかの経験値がレベル1のままであることに思い至る。
前回と同じ醜態は晒せない、と頭を悩ませていると、虹夏ちゃんの入力中の文字が目に留まる。
『でさ、悪いんだけど今日は遊ぶとこあたしが決めてもいいかな? ぼっちちゃんが行きたいとこあるなら次に行こ?』
「ふぁう……」
ああ、メッセージが眩く見える。虹夏ちゃん優しい……好き……。
これ、こんなの、絶対気を遣ってくれてるよね……。前の時に私が虹夏ちゃんを楽しませられないって土下座したから、虹夏ちゃんが決めてくれてる、ってことなんだと思う。しかも、次に私の行きたいところ行こうって誘ってくれるおまけ付き。
『ありがとうございます。よろしくお願いします。』
多分、コミュ力皆無の私じゃ私が気付けてないところでも気遣われてるんだと思う。……いつか、そういうことも分かってありがとうって言えるようになりたいな。
そわそわしながら虹夏ちゃんの入力中の文字を眺めていれば、すぐに返ってくるメッセージ。
『よし、それじゃあ公園で遊ぼう! 女子高生二人で!』
「へっ?」
果たしてそこには、想像だにしなかった遊び場所が書かれていた。……公園って木陰で土いじりする場所じゃなかったんだ。