一日一回ぼっちに可愛いって言う虹夏ちゃん 作:サンダーソード
喜多博士、ぼっちちゃんは公園で遊べますか?(可能形)
なんか今回滅茶苦茶難産でした。
ぼっち・ざ・ろっく! 後藤ひとり 伊地知虹夏
『あたしとぼっちちゃんが初めて出会った、あの公園に集合ね!』
そんな虹夏ちゃんからの導きに従い、私はあのときのように公園のブランコにひとり佇んでいる。あの公園は私の帰り道の途上にあるし、ちょうど帰宅中だったんだからそりゃ私の方が早いよね。
公園……公園。公園かぁ。公園が遊ぶ場所なのは知識の上では知ってたけど、私は土いじって時間潰すしかしたことなかったんだよね。
何して遊ぶんだろう。幼稚園や小学校でみんながやっているのを見ているだけだった、かくれんぼや鬼ごっこなんて出来ちゃうんだろうか。な、なんか心臓がドキドキするな。私に上手くできるかな?
興奮を誤魔化すために、地面に付けた足を軽く蹴り出してブランコを動かす。きぃ、と金属の擦れる音を鳴らして、視界が前後に揺れる。
「ふ、ふふっ……。ほ、放課後に誰かと一緒に遊ぶなんて、……楽しみ」
言葉に出してみると、期待が一層に背中を押す。も、もしかして、これ、虹夏ちゃんを、と、と、ともだち、なんて言ってもよかったり……
「あ!」
「ぴゃいっ!! ごめんなさい私ごときがおおおお思い上がってましたすみませんんんっ!!」
「ギターッッ!!!!」
「へえっ!?」
顔を上げてみれば、楽しそうな笑顔を浮かべた虹夏ちゃんが走ってくる。ブランコの柵を跨いで、私の前で立ち止まった。
「なんてね。ぼっちちゃん、おまたせーっ」
「あっ、はっ、はいっ!」
そっくりそのまま、私と虹夏ちゃんが初めて会ったときのやつ。大切な思い出。……そっか。虹夏ちゃんも覚えててくれたんだ。へへへ、なんか嬉しい。
「ぼっちちゃんどしたー、端っこちょっと溶けてる溶けてる」
「はっ、すみません! 虹夏ちゃんも覚えててくれたのが嬉しくて……」
「え? あ……ふふっ、忘れるわけないじゃん。もう一生の思い出だよ。あのとき声かけてほんとによかった」
それはこっちだ。声かけてもらってほんとによかった。虹夏ちゃんは私にヒーローって言ってくれるけど、思い返せばあれこそ私の……。
「んじゃ、遊ぼっか。ぼっちちゃん、こういうの嫌い?」
「あっ、えっと……公園で遊んだことないので……。でっ、でもっ! 遊んでみたいなって思わなかったわけじゃなくってですね、だからえっと、その……」
「おぉう……。相変わらず筋金入ってんねぇ。ま、まあそれなら遊んでみよっか」
「はっ、はい! ……あれ、そういえば虹夏ちゃん、格好が……」
「あ、うん。一回帰って着替えてきたの。流石に公園で遊ぶのに制服にスカートじゃねー」
虹夏ちゃんは黄緑色のサスペンダーを指で弾く。白くて短い半ズボンを肩越しに吊ったそれは、柔らかな薄紫のシャツに映えている。
……活発な虹夏ちゃんにはよく似合ってるな。白い太股が日の光で輝いてて、なんかもう存在そのものが眩しい。私のような日陰者とは違うんだってのが心で理解できるね。でも私が唐突に似合ってますとか言うの気持ち悪いし……。うん、黙ってよう。
「ぼっちちゃんはいつものジャージだろうからだいじょぶかなって思ったんだけど。待たせちゃったかな? そうならごめんね」
「あ、いえ、ぜ、全然待ってなんて……。そ、その! 何して遊ぶんですか!」
ブランコから立ち上がり、ぐっと両手を握って聞いてみる。なんとなく、背後に炎とか背負ってる心持ち。
「そだね、せっかく公園なんだから遊具使って遊んでみない? 時節柄か子供もいないし、あたしたちの二人占めだ」
「はいっ!」
私が初めて虹夏ちゃんに見つかったときここのブランコでたそがれてたのは、この公園がひっそりとしていたからだ。あんまり人の来ない穴場スポット。今もまた、私と虹夏ちゃん以外には誰もいない。
虹夏ちゃんは私の隣に、つまり並んだブランコのもう片方に座る。両脚を並べて地面を蹴り、小さく漕ぎ始めてだんだんと大きな振り子になっていく。
「じゃっ、遠くに飛んだ方がっ、勝ちってのはどう!?」
「えっ、えっ、それは危ないんじゃ……」
「あっ、そっか。あはは、あたしも公園で遊ぶなんて最近めっきりだったのばれちゃったかな。じゃあ普通に乗ろっか」
「そっ、それなら……」
私もすとんとお尻を落として、ブランコを漕ぎ始める。大体いつも個人用の椅子として使ってたからちょっと新鮮かもだ。虹夏ちゃんも漕ぐペースを落として、ちょっとずつ二人の振幅が揃っていく。
「ぼっちちゃん、最近は結構忙しい?」
「あっ、えっ、あの、えっと」
なんだろう、これはもっとバイトのシフトを入れろっていう遠回しな要求なんだろうか……。うぐぅ、嫌だ……以前よりは知っているお客さんも増えたけど、それでも接客はとてもつらい……。
「あっあっ、そっ、そうですねー。一日ってどうして二十四時間しかないんでしょうねー。あと二時間くらほしいですよねー」
明後日の方に視線が向いてる自覚はあるが、私にしてはうまく誤魔化せたんじゃないだろうか!
「そうだねぇ、あたしももっとドラム叩ける時間が欲しいよー。ぼっちちゃんも中々ギターヒーロー出来てないみたいだし」
「あっ」
そうか、最近動画の更新が滞ってるのを心配してくれてたんだ……。ごめんなさい虹夏ちゃん、ゲスな勘ぐりで……。
「あっあっえっと、そ、そうですね、近々また何か弾いて上げます……」
「ほんと! 期待して……あ、なんかこれ催促みたいな形になっちゃってるね。えっと、動画楽しみにはしてるけど、無理はしないでね?」
「えっええ、だい、大丈夫です」
虹夏ちゃんに期待されてるのは私にとっても励みになるし、動画編集の手間はあるけど元々ギターヒーローは練習の一環だ。確かに結束バンドやる前よりは時間なくなったけど、それでもギターの練習は毎日やってるし、そこから時間の割り当てが変わるくらいのものでしかない。
「あっそれなら、虹夏ちゃん、もし何かリクエストとかあるなら……」
「いいの!? あるある、あるよー! うーん、ぼっちちゃんなんでも弾けるし、それならさー……」
リクエストはギターヒーローとしても元々やってたし、何より虹夏ちゃんから希望があるなら受けない理由がない。ちょっとした思いつきで聞いてみたけど、こんな喜んでくれるんなら聞いてよかった。
その後も私たちは滑り台で追いつけ追い越せと滑ったり、なんか丸くてぐるぐる回るやつ、あれなんていうんだろ? で交互に回したり、砂場でトンネル作って手を握ったり、今までやろうとすら思わなかったことを二人でやった。二人で。
子供みたいなことでも、虹夏ちゃんと一緒に全力でやってたらなんだかとっても楽しい。体力は人後にしか落ちてない私だけど、合間合間にベンチで並んで休憩したりとペース考えてくれてるみたいだから脱落もせずにいられてる。ほんと気遣いの人だ。
「ほらほら、ぼっちちゃんこれできるー?」
「おぉー」
虹夏ちゃん、今度は鉄棒に両膝を引っかけて、天地逆さまに私に両手を振っている。長いサイドテールを地面に引き摺らないように、たわませた髪を腕に巻き付けて。……すごいなぁ。
私がやるとまず鉄棒に昇る時点でつまずくし、昇ったら昇ったで動けなくなりそうで、鉄棒に足引っかけようものならバランス崩すこと請け合いの、逆さに身体を投げ出せばそのまま落っこちること間違いなしだ。
「いやぁ……私にはちょっと難易度が……」
「ならさ、あたしが補助するけど、どう?」
「ほじょ……」
お、おお……。そうか、そうなのか。鉄棒も二人でやれば、手伝ってもらうことが出来るんだ。なんという新発見。これはノーベル陰キャ賞を受賞できるのでは? いや奇跡でも起きなきゃ手伝ってくれる人を用意できないから無理か。
「ぼっちちゃん、これが出来たら鉄棒に両脚でぶら下がれたで賞の賞状を作ってあげよう。手作りだけど」
「ややややります!」
「うおぅ、すごい勢いで食いつくな。やっぱぼっちちゃんこういうの好きかー」
鉄棒に両脚でぶら下がれたで賞……。私のような運動神経が終わってる人間が、鉄棒に両脚でぶら下がれたで賞……! こ、これがあればお父さんお母さんにも自慢できるし、ふたりにだってお姉ちゃんどんくさーいなんて言わせない……!
鉄棒に両脚でぶら下がれなかった後藤ひとりはもういない。今日から私は鉄棒に両脚でぶら下がったことのある後藤ひとりなんだ……!
「おっ、お願いします!」
「ん、任されよ! じゃあまず鉄棒の上に座ろーね」
「は、はいっ……」
そうやって、虹夏ちゃんに物理的にも精神的にも支えられながら試行錯誤。最終的には虹夏ちゃんに肩車してもらった上で鉄棒にお尻を乗っけるという、至れり尽くせり通り越した介護でどうにか第一段階をクリアした。
「そ、そ、それじゃあ足引っかきゃわっ!?」
「おおっと! 慌てなくていいよー、ちゃんと支えてるからさ」
「は、はいっ!」
鉄棒を両手で握りしめたままお尻を更に下げて膝の裏に鉄棒をあてがおうとしたけど、案の定一瞬でバランス崩してぐるんといきそうになった。即座に虹夏ちゃんが背中支えてくれて事なきを得たけど、介護なかったら私頭打って死んでたんじゃなかろうか。虹夏ちゃんは命の恩人……?
「このご恩はギターで……」
「なんか日本昔話みたいなこと言い出した!? ほら、鉄棒握ったままゆっくり下がってー」
「は、はい……」
身体のバランスを虹夏ちゃんに預けたまま、背中を丸めてじりじりとお尻を下げていく。頬を伝っていく汗が、顎の先から一滴落ちた。
「あっ、で、できました! 膝、膝が鉄棒に!」
「よしっ、よくやったぼっちちゃん! 後は握った鉄棒を離さずに膝を曲げたまま背中からくるんと回れば完成だよ! 一番大事なのは膝を絶対に伸ばさないこと! 膝が鉄棒に引っかかってれば落っこちることは絶対ないから!」
「よ、よーし……」
ずっと必死に鉄棒を捕まえてた両手を更に握り込む。膝も鉄棒を挟んでペタってくっつくくらいぎゅって曲げて、後は、このまま、背中から……背中から? うっ、えっ、これ見えない背中から落ちるの……? …………えっ、こ、怖い……。
「うあっ、ひぃ……うぇ?」
思わず出た悲鳴が、背中に当てられた手に惑う。ここには二人しかいないし、私の両手は必死に鉄棒にしがみついているので勿論虹夏ちゃんだ。ここで幽霊が乱入してきましたとかでもない限り。
「ほら、体重預けて大丈夫だからゆっくり後ろに倒れて。これなら落っこちないし怖くないでしょ? ぼっちちゃんの背中は私が支える! なんてね」
「はっ、はい!」
その茶化した物言いと掌の感触に、枯れていた勇気が湧いてきた。背中を丸めたまま、虹夏ちゃんの掌を目印にちょっとずつ倒れ込んでいく。
「う、お、わ……」
「だいじょーぶ、膝だけちゃんと曲げててね。二点で支えてれば落っこちないから」
「は、いっ」
見える景色が公園から家の屋根、そして青空と移り変わってゆく。虹夏ちゃんは片手で私を支えながら、私の伸ばしっぱなしの髪の毛を鉄棒を必死で握ってる腕に引っかけて地面に付かないようにしてくれてる。……普段自分から地面転がってるような私なんだから、気にすることないのに。身体が水平線を割る頃、虹夏ちゃんの掌が背中から肩に滑ってきて、頭の上から両肩を支える形に移行した。青空の一角に虹夏ちゃんが割り込んできて、私と目が合う。にっという明るい笑顔に気を取られてると、いつの間にか私の身体は天地ひっくり返ったまま止まっていた。
「よーっし、ぼっちちゃんうまくできたね!」
「ふおおおっ……! わた、私、鉄棒に両脚でぶら下がれてます……!」
「姿勢安定してる? 肩離しても大丈夫?」
「あっ、えっと……は、はい! 動かなければ大丈夫だと思います!」
「んじゃ、ゆっくり離すね? …………。……………………よし離した! ぼっちちゃん、一人でぶら下がれてるよ!」
「おおお……!」
私、これで今日から鉄棒に両脚でぶら下がったことのある後藤ひとりになれたんだ……! ありがとう虹夏ちゃん、ありがとうイマジナリーフレンド、ああ、青空が眩しい……!
「ぼっちちゃん、その姿写真撮っていい? 一人でできたんだぞ! って証拠になるよ」
「はっ、ははははい! とっ撮ってください!」
ふたりはお姉ちゃんを舐めてるから、賞状だけじゃ信じないかもしれない。でも写真があれば間違いないはず……!
「じゃ、いくよー。はい、チーズ」
「ち、ちーず!」
数歩離れたところで虹夏ちゃんの構えたスマホから、ぱしゃ、という小さい音が聞こえる。一歩進んだ私があの中に……!
「よく映ってる」
天地逆さの虹夏ちゃんが、スマホを見ながら近付いてくる。スマホをポッケにしまうと、流れるように私の両肩を下から支えて
「うん、やっぱりぼっちちゃん前髪上げた方がかわいいよ!」
「あえっ!?」
びっくんと身体が跳ねる。鉄棒と虹夏ちゃんの両手で支えられて、跳ねた身体が落ちることはなかったが。そっ、そういえばいつもより視界がクリアだと思ったけど、これ達成感とかじゃなくて前髪もひっくり返って私の顔面が晒されてるだけだ……!
「あわっ、あうっ」
「おー、ほらほらぼっちちゃん、危ないから暴れない。やっぱり意識がそっち行ってなければ前髪上がってもしおれたりしないんだねー。ふっふふー、今回はちゃんとかわいいぼっちちゃんの証拠まで手に入れちゃってるからね。言い逃れはできんぞー?」
こっ、これもしかして今日の一連の流れ全部虹夏ちゃんの掌の上!? うぁあ、なんか虹夏ちゃんが昔の中国っぽいゆったりした服着て、おっきい葉っぱの扇ゆらめかせながら笑ってるのが目に浮かんだぁ……。
「さ、策士……」
「作詞? なんか浮かん、っとっとっと、微妙に液状化が始まってるって。ぼっちちゃーん気を確かにー。ほら、変に形失って落っこちる前にちゃんと降りよ?」
「ふぁ、ふぁい……」
私は虹夏ちゃんにゆっくりと下ろされた。お姫様だっこっぽい感じで。
この日はこれで解散した。虹夏ちゃんとバイバイして、おうち帰って唐揚げ食べてお風呂入ってギター弾いて布団に入る。
虹夏ちゃんは何がしたいんだろう……。連日私なんぞにかわいいって言って、得られるものがあるんだろうか……。
夢現に考えたところで分かるわけもなく、抗えない睡魔に引かれてぐっすりと眠った。
なお当然のように翌朝の筋肉痛で私は死んだ。運動不足ぅ……。