一日一回ぼっちに可愛いって言う虹夏ちゃん 作:サンダーソード
最初に虹夏ちゃんに可愛いって言われてからどれだけ経っただろうか。あれから虹夏ちゃんは一日も欠かさず何らかの手段で私にその意思を伝え続けてくれている。マメすぎる。
喜多ちゃんも虹夏ちゃんと一緒になって、キターンとした笑顔で可愛いって言ってくる。ただ、その勢いには落ち着きが見られるようになったので、私も耐えられるようにはなってきた。……8割くらいは。
リョウさんは変わらない……と思う。けど、二人に同意を求められても否定はしない。あっあと私の見た目がお金になるっていう冗談をたまにぶち込んでくる……。冗談ですよね? 色んな意味で……。
そんなこんなで平穏だけど心臓に悪い日を過ごしてて。
いきなりに入ったこのイベント。今日はなんと……。
「ぼっちちゃーん、ごはんできたよー」
「は、はいっ……!」
虹夏ちゃんのおうちでお泊まり会だ……。しかも二人っきりで……! 二人っきりで……!!
終電を逃したとかじゃなくて、虹夏ちゃんに誘われてのちゃんとしたお泊まり会! なんか喜多ちゃんとリョウさんは都合が付かなかったらしく、店長さんは用事があった、そうだ。喜多ちゃんは絶対絶対またやりましょうねってすごい圧力で言ってた……。
虹夏ちゃんの部屋から出ると、揚げ物のいい匂いが鼻を突く。惹かれるようにダイニングまでやってくれば、エプロン付けた虹夏ちゃんが笑顔で振り向いた。……かわいい。
「ふふふ、唐揚げだぞー。ぼっちちゃん好きでしょ?」
「あっはい大好きです……なんで知ってるんですか?」
「分かるよ、見てれば」
椅子に座った私と虹夏ちゃんの間に、大皿に盛られた唐揚げがことりと小さな音を立てて置かれる。敷いてるレタスが丁寧だ。他にも、いかにも炊きたてなご飯とか、小鉢に酢の物とか、中身が見えないけどお味噌汁とか、おいしそうに湯気を立てている。いや小鉢は立ててないけど。
「それじゃ、食べよっか。いただきます」
「い、いただきます……」
食べながら、私たちは色々とお話しする。それはやっぱり結束バンドのことが中心だけど。他にも音楽のこととか、家族のこととか、私の拙い話し方でも虹夏ちゃんはちゃんと聞いてくれる。
ふっと、自分が誰かと無目的なおしゃべりしながらごはん食べてるなんていう事実に気付いて驚いたりもした。気付いたことをそのまま話すと虹夏ちゃんは笑ってた。
「あっごちそうさまです……おいしかったです」
「ごちそうさまでした。そっか、それは良かった。お風呂湧いてるから先入っちゃって」
「あっはい……」
虹夏ちゃんはニッと笑って食べ終わったお皿を片付けていく。なんていうか、すごく手慣れてる……。いつもこんなことやってるのかな……すごい。私は全然だ。
言われるがままにお風呂に入って、上がって、脱衣所に置いたそれをたっぷり迷いながらも最終的には着る。着……ぐぅ、着る。
湯上がりほかほかでかいた汗は引くくらいの時間迷ってたので、今出てる脂汗はそれとはきっと違うものだろう。緊張しながら虹夏ちゃんの部屋の扉を開く。
「あっにっ虹夏ちゃん……お、お風呂先にいただいて……そ、その、上がり……」
「おーぼっちちゃんやっぱそれ似合うじゃーん! かわいいかわいい! ふふっ、ちゃんと今日持ってきたんだねえ。ありがと」
「うぇあっ、はっはい……」
今私が着てるのは、ジャージじゃなくて喜多ちゃんに選ばれたパジャマ。最初に喜多ちゃんに誘われて服を見に行ったのはいつだったっけな……。あれからまた何度か連れて行かれて、記憶を飛ばさず試着できるようになって、そしてついに先週、喜多ちゃんと二人で行った小さなお店で悩みに悩んで買った一着。
……正直なところ、私の趣味には全然合ってないのは変わりないけど。それでも喜多ちゃんは物凄く喜んでくれてたし抱きつかれてべた褒めされたし、私にも不思議なやり遂げた感だけはあった。あと喜多ちゃんによって爆速で送られたロインには、虹夏ちゃんもリョウさんも似合うって返答があった。
「それじゃあ、あたしも入って来ちゃうから。ゲームとか好きにやってていいよ」
「あっはい……え、ええ……」
「あー……はは。ソフト迷う? 何がいい?」
「あっえっあっなんでも……」
「はいはい……んじゃ、入ってくんね」
左右を見て、テレビを見て、そこから配線の繋がってるゲーム本体を見て、伸びるコントローラーを見て、どれに触っていいのか迷ってまごつく私。……いや論理的に考えれば、全部触らなきゃゲームできないんだから触っていいんだろう。……違うんです陰キャって他人の所有物に触れることに気後れする生き物なんです。
虹夏ちゃんは私のそんなささやかな葛藤など気にも留めず部屋を出て行く。私は中に入っているソフトを確認すらせずにゲームを立ち上げた。しばらく待っているとゲームのロゴが現れて……ああ、大乱闘な……。遊んだことはあるしお父さんに接待プレイしたこともあるから操作は知ってる。でもギター始めてからは空き時間大体全部ギターやってたから結構久しぶりな感覚だ。
そうやって遊ぶことしばし。
「ぼっちちゃーん、あたしも上がったよー」
「あっはい」
虹夏ちゃんがお風呂から上がってきた。私はゲームの電源を切ってコントローラーを置く。ゲームにあんまり未練はなかった……っていうのもあるけど、聞きたいこともあったし。
「あれもういいの? 一緒にやらない?」
「あっえっじゃあはい……」
あっうっかりはいって言っちゃってる私……。虹夏ちゃんはゲームの電源を付け、コントローラーを握って勢いよく隣に座った。ソファーのスプリングが虹夏ちゃんを弾ませ、すぐ横の私もその揺れに巻き込まれる。
「あっその!」
「お、どうかした?」
……密着する虹夏ちゃんの香りがなんだか落ち着く。……今日は同じシャンプー使ったはずなのに、私から同じ匂いしてる気がしないのはなんでだろう。これが同じ女子高生……? 女子力の差ってやつかな……。
じゃなくて。鼻をひくつかせてる場合じゃないぞ後藤ひとり。
「あっえっと……ちょっとその、聞きたいことが」
「ん、分かった」
虹夏ちゃんは躊躇なくゲームの電源を切ってコントローラーを放り出し、再度ソファーに腰掛ける。今度はそっとしたもので、揺れも軋みも感じられなかった。ただそこにいる虹夏ちゃんの体重だけゆっくりとお尻が沈む。
「で、何かな?」
「あっえっと……」
改まってじっと目を見られると、なんだか悪いことしてる気分になる。……そんなことないはずなんだけど。虹夏ちゃんは笑顔で私がしゃべるのを待っている。虹夏ちゃんがうちに初めて遊びに来た日から、ずっと疑問に思っていたこと。……いや初めて言われた当日はちょっと前後不覚なところあったから、その日からっていうには正確性に欠けるかもだけどとにかく!
思考の迷路からようやく脱して虹夏ちゃんを見れば、やっぱり私の言葉を待っていてくれてる。それで、やっと口から言葉がこぼれてきた。
「……どうして虹夏ちゃんは、毎日私にかわ……かわいい、って言うんですか?」
聞けた。やっと、やっと聞けた。それでも途中ちょっと詰まったけど……。それでも聞けた……!
ちっちゃく拳を握りしめて隣を見れば、虹夏ちゃんは前屈みで膝を支点に頬杖ついて、上目遣いに私を見ていた。なんか……なんだろ? 嬉しそう?
「ぼっちちゃんってさあ」
「あっはい」
「ギターめっちゃうまいよね」
「あっえっ? あっふふへへへへあひゅひゅひゅいえいえそれほどでもぉ……」
なんか虹夏ちゃんが急に褒めてくれた……。どうしようめっちゃ嬉しい。
「最近またカッティングの精密さ上がってない?」
「あっ分かってくれますか今集中的に練習してるんですよ」
「あーやっぱそうなんだ。あのバンドとか演ってると結構はっきり出るよね」
「でゅへへへ……そっそう言ってもらえると……」
あっあっ承認欲求満たされるぅ……。なに? 私今夢の中にでもいるの? こんな幸せって現世に存在したんだ……。懇切丁寧に褒めてくれる虹夏ちゃん大好きぃ……。
「それにぼっちちゃんの書く歌詞、あたし大好きなんだ」
「うぇへっ!? えっえっええっ!?」
「根暗な感じは根底にあるけどさ、でもそれだけじゃなくって……。リョウの旋律のせいかもだけど、前を向いてるエネルギーってか意地? そういうのあるよね。『なにが悪い』とかすっごくあたし好み」
「えへへっぶひゅふふっふふふあっ虹夏ちゃんって私のファンだったんで……」
「そりゃーそうだよ。ギターヒーローさんの時からの筋金入りだね」
「でゅへっでゅへっでゅへえっ……」
「そういえば、ギターヒーローのアカウント、登録者数10万人超えたんだっけ? おめでとう。大人気だね」
「にょっふぇふぇふぇふぇ……あっあっありがとうございますぅうぇっへっへへえへ……」
「それとぼっちちゃん、可愛いよね」
「えっ」
「はい、そこ」
「ええっ!? えっどこです!? 何がです!?」
「ぼっちちゃん、可愛いよね」
「えっ」
「ここ」
私がえって言ったとこで止められたのは分かったけど、だからって虹夏ちゃんがなにを言いたいかが分からない。えっなんだろ、これってなんか陽キャにだけ伝わる暗号か何か?
「何が言いたいか分からないって顔だね」
「え、エスパー……?」
「いや、顔に書いてるし」
「顔……」
掌をほっぺにこすりつける。そんな分かりやすいんだろうか私……。
「どうして毎日可愛いって言うのか、だったよね?」
「あ、はい……」
そうだ。元々その問いからだったっけ。虹夏ちゃんがめちゃめちゃ褒めてくれたから頭からすぽーんと抜け落ちちゃってたけど。
「あはは、ちょっと意地になっちゃったとこはあるかも」
「意地、ですか……?」
「うん。だってぼっちちゃん頑なに認めないんだもん。……認めないって言うか主観の認識が強すぎるのかな?」
「はぁ……?」
よく分からない。私がコミュ障だからだろうか。それとも頭が悪いからか。あっ両方ですか?
「えーっと……そうだね、ぼっちちゃん自覚あるところはあるじゃん?」
「……と、言いますと?」
「ぼっちちゃんギター滅茶苦茶うまいよね」
「あふっ、ふひゅへへへ……」
「これ」
「あっなるほど?」
自覚……っていうんだろうかこういうの。それはそれとして褒めてくれたことに頭の半分くらい引っ張られてる。嬉しさがこんこんと湧いて出てる。これはいずれガンにも効きそう。
「毎日毎日6時間も、ずーーーーーっと欠かさずやってたんだよね。凄いと思う。でも、だからこそギターうまいっていうのはぼっちちゃんもちゃんと受け取ってくれるじゃん?」
「あっ、はい」
言われてみると確かに……。仮に私が何かの間違いでドラム叩いて虹夏ちゃんにそれをうまいねって言われても、疑問とか否定とかが先に立つかもしれない。
「でも、ぼっちちゃんが気付いてないだけで、ぼっちちゃんのいいところは他にもいっぱいあるんだよ」
「あっどぅふふふっへへへ……」
あっあっ虹夏ちゃんが次から次へと褒めてくれて昇天しそう……。
「今更言うまでもないけど、ぼっちちゃん人と話すの苦手じゃん?」
「あっはい」
「それぼっちちゃんが自分に自信がないからかなーって。でさ、ぼっちちゃん頑なに自分が可愛いって認めないじゃん」
「事実ですし……」
「ね?」
「あぅ……」
いやでも事実だし……。私がコミュ障なのと等しいただの事実……。いやさすがにここまで繰り返されると堂々巡りになってるのくらいは分かるけど……!
「だから、ぼっちちゃんが自分が可愛いってことちゃんと認められたら自信つくかなって思ったんだ……まあここまで頑なだとは思わなかったけどね!」
「あっお手数おかけします……」
なんだか虹夏ちゃんがお母さんよりお母さんっぽい……。私なんかの自信のためにここまでするなんて……。でもこれってやっぱり私に自信付けるための……。
「……目的ありきで嘘吐いたって思う?」
「えひっ!?」
一瞬でばれた!? やっぱり私の顔って文字書いてたりするんだろうか……。
ぐにぐにと指先でほっぺたをマッサージする。お、おお……虹夏ちゃん苦笑してる……。
「嘘じゃないんだけど……そうだなぁ。喜多ちゃんもめっちゃ言うよね、ぼっちちゃん可愛いって。でも、喜多ちゃんはあたしの思惑知らないよ。あたしなんにも言ってないし。あの勢いも嘘に見える?」
「……見えないです」
見えないけど。見えないけどぉ……! すごい勢いで褒めてくれるから陽キャの反射行動とか何かそういう縛りを背負って生きてるとかなんかこう、やむにやまれぬ理由が……などと思っていたら。
「よしっ! つまり賛成多数でぼっちちゃんは可愛い! リョウだって捻くれた言い回しだけどこっち側だしね。少なくとも結束バンドにおいてぼっちちゃんは可愛いのだ。素直に認めろー!」
「きゃひっ!? ちょっ虹夏ちゃっ!?」
虹夏ちゃんがいきなり脇腹をくすぐってくる。すぐ隣からの奇襲に私は何も出来ずにされるがまま。っちょっそこやめっ、くすぐったいっ……!
ひとしきりくすぐり倒すと、満足したのか虹夏ちゃんは起き上がる。そこに残るはぐでっと力尽きた私だけ。
「ふう。まあそんなわけで、ぼっちちゃんにはぼっちちゃんが認めがたいことでもちゃんと聞いて欲しいなって思ってね。……せめて、あたしたちの言葉くらいはさ」
「あっ、はい……」
「はいって言ったね? 確かに聞いたぞー」
「あっ……」
虹夏ちゃんは嬉しそうに笑ってる。……正直今でもハテナマークは頭に浮かぶけど、みんなが本気で言ってくれてることは分かる。
だったら私も、ちょっとくらい……。
「……はい、その、も、もしかしたらぁ……? 結束バンド内ではかわ……いくないこともないかもしれないですぅ……かねぇ? いやもちろん私なんかより喜多ちゃんや虹夏ちゃんの方が一万倍可愛いですけどぉ……」
我ながら蚊の鳴くようなちっちゃい声でもにゅもにゅと口にした。妄言を吐き出す中で自然と外れてきてた視線を再度ちらりと虹夏ちゃんに向かわせれば、びっくり眼で私を見つめていた。
「え、あのぉ……」
「そうだよ! ぼっちちゃんは可愛いんだよ!」
「ふぐっ」
満面の笑顔でダイブしてきた虹夏ちゃんを腹部で以て受け止める。反応できなかっただけとも言う。
「ぼっちちゃん、吐いた言葉は取り消せないかんね! っそだ、練習、練習!! 今日から毎日私は可愛いって言ってみて!」
「むっむむっむりです死にます!」
「大丈夫大丈夫みんなやってるからー」
「ひいっ虹夏ちゃんが麻薬密売人みたいなこと言い出した……!」
虹夏ちゃんはカラカラ笑う。釣られて私もへにゃって笑う。
これで何かが変わるかなんて分からない。でも、虹夏ちゃんが楽しそうならそれでいいかと思う私もいる。
ああ、でもこれ絶対喜多ちゃんの前でも言わされるんだろうなぁ……。
ちょっぴり遅くなった時間になって、私たちは床に着く。未来への憂鬱とほんのちょっぴりの期待を引き連れて。