「で、大丈夫? さっきの当たって無いよね?」
「ああ、大丈夫·····あとありがとよ、助けてくれて」
空を飛ぶ謎の黒髪に言葉を返しながら違和感に気が付く。奴が乗っている魔具と魔具と考えられる右手の杖の両方に魔具感知作用しない。
コイツも俺を捕らえに来たのか······いや、なら爺さんの攻撃を防ぐ必要なんて無い筈だ。何なんだ一体·····!
「気にしないでいーよ。でキミ何で追われてるの? 何か盗んだりでもした?」
あらぬ疑いを口にすると共に魔具に乗る彼女の目がジトーっとしたものに変わる。
「そういう訳じゃない! ってこんな話してる場合でも無い! 早く逃げないと!」
勘違いを正すために弁明しようとするがよくよく現状を鑑みてみるとそれより優先すべきことを思い出す。
こんな話をしてる場合でも、一応助けてくれたコイツを疑ってる場合でもない。優先すべきはここから逃げること······!
「そうだねー急いだ方がいーんじゃない?」
そう彼女は呑気に答えるが俺の捕縛を邪魔した彼女も爺さん的には敵認定されるんじゃないかと考え危機感を持つよう訴えかけてみる。
「いやアンタも急がなけりゃならないだろ! 俺を庇ったんだから!」
「私は急がなくても超速いし、コレで」
屈んでトントンと空飛ぶ魔具を叩く彼女は何だか自慢げだ。
た、助けてもらって何だが腹立つなコイツ·····!
「あ」
「は?」
「あっちあっち」
黒髪が指指す方向を見てみると門外へ出てくる爺さんの姿が小さく写っていた。よく見ると走ってる、しかも土砂を撒き散らすほどの超速度で。
「な!?」
「急いだら?」
「言われなくても!」
全速力で走り出す。引力魔法で体重を軽減しつつ前方へ加速する。あまりの速さに地に足を着ける時間よりも圧倒的に滞空時間が長いから走りづらい。
俺対策用の魔具の事とか全っ然考えて無かったんだよなぁ! 逃げ切れる気がしねえ!
「あはは、速いね」
「何だよ、急がなくても超速いんじゃ無かったのか!? 俺と並走してるぞ!」
「キミあの人の攻撃避けれないんでしょ? キミが逃げてる理由も気になるしちょっと助けてあげるよ。良かったね?」
最後の一言は余計だ······がこの提案は素直に有難い。
さっき見た超火力の魔法を持つコイツがいれば万が一にも負けることは無い。
「ああ、良かったよ!」
「おー、素直なのはいーこと」
「········早速その厚意に甘えさせて貰う、アイツを出来るだけ怪我をさせないように止めれるか!?」
速さは拮抗していてこちらの体力にも限界がある。魔法鎧には移動を代行出来るものもあると聞いているからこのままじゃ埒が明かない可能性があった。
「え? あの人キミの敵なんだよね?」
爺さんが放つ鎖を右手に持つ身の長程の杖からの光線で撃ち落としながら首を傾げている。
余裕だな···········しかし、杖か。
杖型魔具というのは距離を取って戦うための物であることが多い。近接武装はスピード勝負で最適な形が剣や槍等として既に定まっている。だからそのパーツの一部に魔法文字を刻む事で武装生成に掛かる時間を減らす。鞘はそういうタイプの武装に当たる。
杖はそれに対して事象の生成だけを主としている。ありったけの魔法文字を持ちやすい杖の形に押し込め作られる。
発動出来る魔法が多いのなら爺さんを殺さず止める魔法を持っている可能性は高い·····!
「そこも後で話す! 取り敢えず出来そうか!?」
「出来るよー、えい」
青い光球が出現し鎧に一直線に飛んでいく。爺さんは鎖を放ち打ち落とそうとするが光球は直撃と同時に触れた鎖が凍り付く。だがそれだけでは止まらない氷結は広がり続け遂には鎧まで凍らせた。氷は分厚く頭までは到達していないが見てくれだけなら身体の芯まで凍り付いていそうな光景だった。
「なっ! だ、大丈夫なのかあれ!? めっちゃ凍ってるけど!?」
「凍ってるの表面だけだよー助けたのにうるさいなぁ」
鎧以外の追っ手は来ずそのままある程度走ると足を止める。
「はぁ·····はぁ·······逃げ切れたか··········?」
「大丈夫だと思うよ。じゃー、そろそろ聞かせてよ」
「せっかちだな。疲れているから····少し待ってくれ」
「えー」
乱れた呼吸を整えると落ち着く。続いていた逃げている感覚が平常に戻ることでリセットされたように感じるからか、ただ呼吸を整えるよりも落ち着いた。だからかさっきまで気が付かなかった視界の遠くにある建物の残骸のようなものも認識出来た。
「何だあれ」
「え? あれって何?」
「あっちの遠くに見えるやつ」
その方向に指を差すと彼女も視線を向ける。
あー、とつまらないものを見るような眼をして言葉を紡ぐ。
「“遺物”のことかぁ。え、もしかして知らない?」
「“遺物”って言葉のままの意味か」
昔の建物とかそういうのって事だよな。
「そーだけど······もしかしてただ昔の建物のことだと思ってる?」
「違うのか?」
「近いけどあれ見て思い付くのは普通そっちじゃないよー。よ~くは知らなくても単語と軽い知識ぐらいは教わってる筈なんだけどレールタリアって子供に教育施さないとこだっけ?」
「学校はある······脱走に要らない事は忘れた」
「えぇ······馬鹿なんだねキミって」
「はっ、知識ってのは必要なもんだけで良いんだよ。俺は脱走出来たんだ、それで何でも良いんだよ。そんなの何時でも学べるんだからな」
「不測の事態が起きても知らないよー」
「何とかする。それで“遺物”とやらはどんな物なんだ」
「私達人類が生まれる前の世界の残骸ってところかな」
「人類が生まれる前?」
「そーそー、一回近寄ってみなよ」
言われるままに近寄ってみると全容が細かに把握できる。不自然な削れ方をした建物だ。何でこんなところに置いてあるのかは分からないがそれだけでおかしなところは大して無い。
「近付いたけど何の変哲も無いぞ?」
「そこで魔法放ってみ?」
「分かった」
おちょくってるのか? と思いながら重いから消滅させていた剣を生成し直そうとするが何も起こらない。
「ん?」
「発動しないでしょー」
「何でだ?」
「そこはね『基底法則定着度』が高いんだよ。まー『基底法則定着度』のことは知らなくても仕方ないかー“遺物”の話と纏めて説明してあげるよ」
「ありがとう」
「私達が生きるには保全器、生まれつきその働きが弱い人にはフェルメールが必要なんだけどー世界にはそれが必要無い場所が幾つかあるの。色々な学者の研究の結果からそういう場所の全てで同じような法則が働いてることが分かったの」
「例えば物質が下に落ちるとか火が燃え移るとか、保全器やフェルメールの魔法空間が無いと起きない現象がそこでは当たり前のように起こる。それがキミが今居る場所なんだよ」
「さっきキミはその建物に変哲が無いとか言ってたけどちょー変哲あってー普通の建物の構造物質に見えるそれら全部、今の人間には誰にも製造できない物質なの」
「そして各地に点在する残骸達は私達人間が作った最古の文書にもそれらしき記載が載っていたりちょー昔からある可能性があるってねー。しかもその残骸になる前の建物が元々法則の無い場所に跨がっていて後から崩れた様になってるから学者達は元々はこの法則に世界は満ちていて文明を築く生物がいたと考えたんだよ~」
「··········だから人類が生まれる前の残骸か」
「そーそー、それでーだからこその“基底”の法則の定着の度合いって書いて『基底法則定着度』、あの建物を“遺物”と言うんだよー。魔法が使えないのは既に強固に法則が固められていてそれを歪められないからだと考えられているよー」
「そんな壮大な話だったのか·······しかし詳しいな。知らなくても仕方ないとか言うってことは学校じゃ習わないことなんだろ?」
「まーね、昔は私も研究者の端くれだったし」
「研究者から旅人って凄え心変わりだな」
「色々あってね~」
「へー」
「話も終わったことだし聞かせてよ、話」
そういえばそんな話だったと思い出す。さっきの話の世界単位の壮大さの後に話すとなると何だかショボく感じる上にそもそも喋って楽しい話でも無いので少し憚られる。
「分かった·····けどつまらないぞ?」
「いーのいーの、道行く人の話を聞くことは旅人の醍醐味何だからつまらないとか無いって」
「そうか」
彼女が俺に協力する対価として要求していたのだから憚るのは駄目か。と切り替え話し始めた。
「──────ということなんだ」
「うーん色々壮絶だね。しかも南か~」
「南って何があるんだ?」
「さぁ? 探索隊が組まれたこともあったけど帰ってきたこと無いからね。遠くから見て沢山建造物があるってこと以外は分からないよ」
「何も分かって無いじゃねえか」
あの都市の奴ら何をもって南の侵略兵器としてんだ? それに何であんなに追手が少なかったんだ? 俺対策の魔具はあったっていうのに···········そうだ、俺対策の魔具といえばこいつの魔具は何なんだ?
「なあ、アンタのその魔具って特別なモノなのか?」
「え? まー両方特注だけどどーしたの?」
「俺はさっきの話で魔具の探知が出来るって言ったけどそれには通じなくてな。原因を考えていたんだ」
「そーなんだ。魔具探知が偶然自然発生する訳は無いし魔具でやろうとしたら大型になるし身に刻もうとするなら機能を結構削がなきゃいけなくなると思うからねー多分キミの都市内の魔具の方が特殊なんじゃないかな?」
「都市の方が?」
益々分からない。そこまで分かっていたのなら簡単に俺を叩き伏せれた筈だ。
「別の都市に行ってみればはっきりすると思うよー」
そうだ、これは彼女の考察でしかない確認はこの身でするべきだ。
「そうだな」
「それでキミはこれからどうするの?」
「確か北に地下列車のある巨大な都市があるんだろ? そこに向かう」
「あートラスラトスね。遠くに逃げるなら丁度いーね」
「そうなんだ。それでアンタは?」
「私? 元の予定通り宛もなく東に、世界一周しようと思っていてね。じゃ、話も聞いたしそろそろ·······あ」
「何だ?」
「名前、教えてなかったし聞いてなかったなーと思って」
「名前なんて知ってもまた会うかも分からないんだ、意味あるか?」
「いやいや、人生って分からないものだよ~未来の何処かで使えるかも。最近身に染みてねー」
「身に染みた奴が別れる前まで忘れるか?」
「最近って言ったでしょー。それまでは通りすがっても訊かれないと答えて来なかったのーほら、昔からの癖って簡単に治らないでしょ?」
やっぱり染みて無いじゃないか·········適当な奴。
「そうだな。俺はフィルソロア、アンタは?」
「私はラナリア」
「じゃ、また会ったらよろしくねー」
「ああ、こちらこそ」
彼女が乗る魔具が轟音を鳴らすとあっという間に視界の端へと飛んで彼方へ消えた。
一応手を振っていると彼女が進んでいった方角から恒星が昇り始める。地は美しく照らされ朝の始まりを告げていた。
「もう朝か」
随分話し込んでいたらしい。変な奴だったけど悪い奴では無さそうだった。他の外の奴らもそんな風であって欲しい、俺の家族擬きのような嘘つきでは無いように。
アイツがいない今、俺は追手を倒せるかという不安と見たことの無い外への希望が内にある。
それらと共に始まりの一歩を踏み出した。