後藤ひとりの兄は   作:人ドック

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沢山の誤字報告に感謝…!圧倒的感謝!!

ダメな年上のおねぇさんに出会いたい人生だった。


優しくて

 どうやら、ひとりは念願のバンドを組むことができたようだ。そのバンドの名は「結束バンド」。何度聞いても、ロックな名前をしている。バンドとして、必要不可欠なものとバンドそのものを掛け合わせたいい名前だろう。とは言っても、出来立てのバンド。その出来はあまり良くなかったようだ。

 

 だが、ひとりは変わろうとしていた。ようやく、バンドを組んでライブをするという夢が目の前にあるのだから当然か。

 

「んで、今日はライブハウスにいくのか?」

 

「あっ…うん。ライブの反省会もするみたい」

 

「そうか。…お前がライブか。俺も見に行っていいか?」

 

「無理です無理です。いきなり家族に演奏を見せるとか…ハードルがが…それにお粗末な物ですし…」

 

 気軽に形状変化する癖は直しておいた方がいいのだろうか。これも後藤ひとりの魅力かもしれないので、放置を決め込んだ。決して、解決策が思いつかなかったからではない。いいね?

 

「赤の他人の前で演奏するのと家族の前で演奏するのは少し勝手が違うか?」

 

 ひとりはぶんぶんと首を振り、肯定の意思を示す。まぁ、そういうものか。そもそも、ひとりが人前に出ること自体、凄いことなんだがな。

 

「なら、そのコミュ障をどうにかするしかないな」

 

「…うん。それも含めての反省会でもありますし、はい」

 

 まぁ、コミュニケーションの点ではひとりはツチノコと同レベルだからな。初めてのライブも音がうまく合わせられなかったみたいだし。ギターヒーローとしてのひとりは一人での演奏は上手だが、皆と一緒に演奏すると素人のような演奏となるのは当然か。

 

 バンドは全員で観客を盛り上げる。一人だけがうまくても、息が合っていなければ、それはバンドである意味はない。見せ場を作り出せるか、何よりも、楽しめるか。ここら辺をどうしていくのか。

 

 …そうなると、俺は一生バンドを組むことはねぇな。

 

「…お兄ちゃん?」

 

「ん。すまん。考え事をしていた」

 

「…?」

 

「ほら、ボーっとしてねぇで準備しな。遅刻するぞ」

 

「あっうん。いってきます」

 

「はい。いってらっしゃい」

 

 パタパタと慌ただしく出ていったひとりを見送る。

 

 原作通り進むのならば、ひとりはバイトをすることになる。それに行きたくないからといって、風邪をひこうとするのはあいつの身体にも悪いだろう。バイトをするというのはひとりにとってハードルが高いだろうが、いい経験になる。

 

 ふと、父のもう一つのギターが目に入る。これはひとりのギター練習に感化されて父が再び買ったギターだ。まぁ、仕事がない日の暇な日にしか弾かないので、ほぼ置物となっているが。

 

 俺はひとりとの会話を思い出していた。俺はバンドに対して、こうあるべきだという考えがある。それは、きっと大切なものであることは分かっている。

 

 

 だが、俺がそれを実行できるかは別だ。

 

 

 ギターを手に取り、アンプにつなげる。大分放置してあったからか、音がずれている。チューニングする必要があるな。音を合わせるために音を出す。

 

 動画配信サイトを立ち上げて、適当な曲を弾いてみる。いつぶりだろうか。

 

 久しぶりの配信だというのにコメント欄は盛り上がっている。俺の配信は、コメント欄でリクエストを取る。それを即興で弾く形式だ。

 

「…ふと確認のために始めたが、こんなにも集まるか」

 

 コメントを見ると、待ってたやら生きがいなど、肯定的なコメントが多い。俺は自分が変わっている確認するために配信を始めたんだが。どうしてこうなった。

 

「まぁ、いいか。さて、リクエストに応えていくぞ」

 

 コメント欄に多くのリクエストが寄せられる。中には、えぐい難易度の曲があるが、あまり関係ない。

 

「じゃ、これにするか」

 

 リクエストの曲をかき鳴らす。俺はそれに物足りなさを感じる。アレンジで激しくしても大人しくさせても物足りない。

 

 足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。

 

 でも、いったい何が?

 

 曲は終わると以前と変わらぬ自分の動きに笑ってしまう。昔と変わらない。どうしても、響かない。何かが足りないと分かっている。

 

 だが、それだけだ。どこにあるのか。どうすれば手に入るのか。それが何なのかさえも俺は分からないままだった。

 

 確認のために弾いたつもりが、何曲か弾いてしまっていた。俺は何かを探すようにただ、がむしゃらにギターをかき鳴らしていた。

 

「はぁ、そろそろ、準備するか」

 

 配信を閉じ、バイトの前日に備える。ひとりの奇行を止めなければならない。

 

「原作通りといっても、自分から風邪をひきにいく馬鹿は止めるぞ」

 

 こんな考えができるあたり、俺は後藤ひとりに惹かれているんだろう。

 

-------------------------

 

「メンバーよし、飲み物よし、ということで!第一回結束バンドメンバーミーティングをここに開催します!拍手!」

  

 ライブハウス「STARRY」では、ひとりの歓迎会も兼ねてライブ反省会が行われている。その歓迎会には、三人が参加していた。

 ピンチギターとして、バンド入りを果たした後藤ひとり。いつものようにピンクジャージでライブハウスに足を運んでいる。全く音の鳴らない拍手は拍手と言えるのか疑問である。

 

 結束バンドのドラム担当である伊地知虹夏が張り切って開催の宣言をするが、話題が続かないということなので、ベース担当の山田リョウが持ち込んだ話題サイコロを使うことになった。各面には『学校の話』『好きな音楽の話』『バンジージャンプ』などなどが書かれている。

 

 ライブハウスでバンジージャンプとは、何ともロックなことをすると思うが、だれもツッコミを入れる人はいなかった。おそらく、ろくでなしの兄がいたら嬉々として、紐なしバンジーをするし、やらせる。確実に警察沙汰である。学校での話であったり、好きな音楽の話であったり、互いのことを知る中で、ある程度は打ち解けていった。

 

 そして、話はノルマの話になる。

 

「それでは次は、ノルマの話!」

 

「あっあの…ノルマって何ですか?」

 

「ぼっちは知らなかったか」

 

「えっとね、昨日のライブはブッキングライブなんだよね」

 

「そ、それは普通のライブとは何か違うんですか?」

 

「ええっとね…」

 

 基本、アマチュアが参加するような多くのライブではブッキングライブと呼ばれる。簡単に言うと、ライブハウスが企画する複数のアーティストが、同じ日に出演するライブを指す。

 このライブはバンド側にチケットノルマが課せられることが多い。そうでなければ、ライブハウスの収益が出ないし、集客の機会がなくなることになる。

 

 このチケットノルマはノルマ以上に売れればライブハウスの利用費等を差し引くことになるが、バンドの収益になる。だが、ノルマが達成できなければ不足分をバンドが自腹で払うことになる。

 

「まとめると、ライブするのにもお金がかかるってこと」

 

「売れるようになったら、話は違うけどね」

 

「な、なるほど」

 

 二人の説明を聞いて、ライブへの知識を深めるひとり。自分がよりバンドマンに近づいている事に頬がゆるんでいるが、虹夏の一言によって絶望に沈むことになる。二人は何かを言い淀むように目を合わせ、頷き合う。

 

「つまりね、ぼっちちゃん」

 

「…はい」

 

ファンの少ない結束バンドはノルマまでのチケットを売ることができない。そのため、ライブのノルマ代を稼ぐためには…。

 

「バイトしよっか」

 

「頑張れ、ぼっち」

 

「………はい……バイト!!!??」

 

 そういうことである。どうにか、再起動したひとりはおもむろに豚の貯金箱を取り出した。

 

「おっお母さんが私の結婚費用として貯めてたお金です…これでどうか…何卒……バイトだけは……」

 

「なるほど。じゃあこれは大事に使「わない!私たちを鬼にする気か!」

 

「だ、大丈夫だって!私やリョウもいるし」

 

「うん、大丈夫。サポートする。多分」

 

「そこは自信持ってよ」

 

 とんでもないものを犠牲にしてまでバイトを拒否するひとり。後藤ひとりは助けを求めた。相談さえすれば割と適当でもなんだかんだと解決する目つきの悪い兄に。

 

「…すみません。ちょっと、お兄ちゃんに助けを求めます」

 

「そんなにバイトが嫌か」

 

「アットホームな職場なのに」

 

 ひとりは電波の通りが良い外に近い所にふらふらと歩いて行く。二人は話に出たひとりの兄について、興味を持ったようで、どんな人か想像していた。

 

「ぼっちちゃんのお兄ちゃんってどんな人だろう」

 

「酒と煙草と女が大好きな浮気性バンドマン」

 

「それ、ただのろくでなしでしょ」

 

 今頃、彼はくしゃみをしているだろう。ろくでなしであるのは間違いない。

 

「…あっお、おおお兄ちゃん!?」

 

「つながったみたいってリョウどこ行くの?」

 

「どんな人か調査してくる」

 

 リョウはどこからか持って来た段ボールをかぶって、ひとりの所へ行こうとする。

 

「ちょっと、やめときなって」

 

「虹夏も気になるでしょ」

 

 …虹夏も段ボールをかぶり、二人は目標に接敵する。

 

『うるさ。なんかあったか』

 

「わわ、私!こ、殺されるかもしれない!」

 

『…具体的に』

 

「バ、バイトをする『やってこい。拒否権はねぇ』そそんな、殺生な!!」

 

 ひとりは顔を青くさせながら、兄の発言を疑う。こんなことを言うなんて。お兄ちゃんは実は鬼ぃちゃんなのかもしれない。

 

『いい経験になる。おそらくは、お前のバンドメンバーと同じバイトだろう』

 

「それは…そうだけど。無理だよ。私にバイトなんて」

 

 きっと私なんて、バイト中にやらかして、ネットに晒されて…死刑にされるんだ…!

 

『まぁ、やれるだけやってみるといい。案外、面白いかもしれんぞ』

 

 やっぱり、私のお兄ちゃんは鬼だ。神様、本物のお兄ちゃんを返してください。

 

『もし、どうしてもできないというのなら…』

 

「…できないというのなら…?」

 

『お前の黒歴史を口ずさみながら、お前をライブハウスまで引きずり回す』

 

「 」

 

「ぼっちちゃんの顔がっ!というか最低だ!」

 

「おぉ…なんてロックな…」

 

 通話は切れ、ひとりは膝から崩れ落ちる。そして、思うのだ。自分の兄は悪魔なのではないかと。

 

 

 

 

 後藤ひとりの兄は鬼である。

 

 




鬼ぃちゃん
 強くなれる理由を知らない方のお兄ちゃん。

ぼっち
 自分のためだとは分かっているけど、それでも鬼だと思ってしまう。正解である。

虹夏 
 下北沢の大天使。ひとりを大きく成長させ、光へ導いた功労者。明るく、優しい子であり、バンドの結束の要。割と辛辣。ぼっちちゃんのお兄さんに対するイメージが893になりつつある。残当。

リョウ
 マイペースで無表情の変人。しかし、顔がいいので魅了される子も多い。感情が表に出にくいが、結束バンドへの想いは強め。実は、お兄ちゃんに飯をおごらせたことがある。
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