幽神霊廟の通路には扉などはなく、天井も高い。
空気の流れが良いために火の粉や煙は滞留せず、少しずつ流れ出ていく。
「流石に人間相手に大人げなかったか。……まさか、死んでしまったか?」
スプリガンが残念そうに呟いた。
そして、自分の関節に打ち込まれた工具や包丁をゆっくり抜いていく。
一本一本慎重に抜き、ようやくすべて取り除いた。
自由になった体を楽しむかのように足首や手首を回す。
そうしているうちに、完全に視界が晴れた。
「……おかしい。奴はどこだ? 何故、奴の持ち込んだ物が燃えていない?」
幽神霊廟は神の手による建造物だ。
いかにスプリガンといえど、霊廟そのものを傷つけることはできない。
神の魔法によって、あらゆる衝撃、あらゆる魔法への耐性を付与されている。
だが、人間が持ち込んだ物は別だ。
ただの服や家具は消し炭になっているはずだった。
真正面から魔法の威力すべてを防がれていたとしたら、物が無事である可能性もある。
まさかそんなはずはないとスプリガンが考えた瞬間、声が届いた。
「どこを見ているのですか」
アリスは、スプリガンの背後にたたずんでいた。
スプリガンは言葉を返さず、体をひねりながら裏拳で答えた。
「なっ……!?」
それは、何かに防がれた。
あまりにも強靱な硬さに、スプリガンの豪腕の方が変形していた。
「間に合ったようですね」
「アリス! 気をつけるんだよ!」
「ええ……ですが心配は要りません!」
翔子の心配そうな言葉に、アリスは不敵に返した。
そして、スプリガンの豪腕を防いだ巨大な剣を掲げる。
「そう、この剣があればね!」
「ば、馬鹿な……その強大な魔力はなんだ……? いったいなにをした……?」
「さあ、そんなことは知りません。大事なのは一つ。あなたは私の部屋を荒らそうとしました。ここにあるものはすべて私の宝……手を触れることは許しません!」
このとき、アリス自身も気付いていなかった。
スプリガンとの苛烈な攻防によってもたらされたものを。
今、アリスの目に映っていない、配信中の画面に表示されているものを。
『生きてるぞ!? すげえ!』
『え、これ生配信でアクションしてるの?』
『本物みたいだな。どういうロボットだ』
『危険すぎてBANされるんじゃね』
『とにかくがんばれ』
様々な応援コメントが次々と書き込まれていく。書き込まれる速度が速すぎて誰が何を書いているのか目で追えないほどだ。
今も視聴者は増え続け、good評価の満点を示す★10が大盤振る舞いされている。配信中ランキングを瞬く間に駆け上がり、それを検知したニュース収集ボットが記事を自動生成してSNSで呟き、そこからまた視聴者が増えていく。
止まらぬ勢いは配信中ランキング以外にも手を伸ばし始めた。動画毎時ランキング、注目新人ランキング、エンタメジャンルランキングなどなど様々なカテゴリをアリスが侵食し始める。今この瞬間「動画撮ルン」トップページにアクセスすればそこにはアリスの顔がある。
そしてトップページを導線としてまたも新たな視聴者がアクセスし、再生数が上昇し★10が投げ込まれる。
フォロワーがフォロワーを呼び、再生数が再生数を増やす好循環。それは極小の低気圧がすべてを破壊する嵐に変貌するかのように誰にも止められない成長と拡大の螺旋を描く。その現象は、俗にこう呼ばれる。
「バズった……!」
誠は、配信中の画面を見て驚いた。
動画の視聴者が、5万人を超えている。
そしてSNSでは10万人が実況者の呟きを閲覧している。
これら視聴者による応援がアリスに力をもたらし、スプリガンの炎の魔法を防いだのだ。
「行きますよ、スプリガンとやら!」
「がっ!?」
巨大な剣の一閃が、スプリガンの右腕を切り飛ばした。
「ぐっ……【障壁】!」
「甘いッ!」
スプリガンが残った左手を前に突き出すと、まるでガラスのような壁がアリスの間に立ちはだかった。だがそれも、アリスの巨剣の振り下ろしによって破壊されるのは時間の問題であった。一撃、二撃と振り下ろされる度に、蜘蛛の巣のようなひび割れがどんどん大きくなっていく。
「【獄氷】!」
だがアリスが壁を破壊した瞬間、スプリガンがまた別の魔法を唱えた。
巨大な氷柱がスプリガンの左手から生み出され、凄まじい勢いで射出されアリスに襲いかかる。
「ばっ、バカめ……! はあっ……そんな力任せの戦いに、負けると思ったか……!」
「力任せなのはそちらです……【炎弾】!」
アリスが魔法を唱えると、その手から炎の球が発射された。
襲いかかる氷柱に直撃し、小規模な爆発が起きた。
「なんだとっ……」
蒸気が部屋の中を包み込む。
温度差が激しく、氷が瞬時にとけたために爆発のような反応が起きたのだ。
「【炎弾】【炎弾】【炎弾】【炎弾】【炎弾】」
アリスが間髪入れずに魔法を連射した。
それは氷柱によってできた障壁の穴を的確にすり抜けてスプリガンに連続で4発着弾する。
「ぐっ……があっ!?」
だがそれも攪乱だった。
本命は、アリス自身の攻撃だ。氷柱による穴とは別の場所を炎の球で撃ち抜き、障壁内部へ侵入したのだ。スプリガンが気付いたときには脇腹を思い切り蹴りつけられ、倒れていた。
「覚悟! 建築物破断用非JIS規格特殊合金ブレード・プロジェクト『ピザカッター』が!!! あなたの運命です!!!」
アリスがスプリガンの胸を足で押さえつけ、巨剣を振りかぶる。
もはや勝負は決まった。
誰もがそう思った瞬間。
「……降参だ!」
「へ?」
ばしゅっ、という間抜けな音が響いたかと思うと、スプリガンの首筋に固定されているボルトが音を立てて外れる。スプリガンの目から光が消え、頭部そのものががたんごとんと音を立てて転がった。
「降参! こうさんでーす! ごめんなさい! 参った!」
そして空洞となった首の中から、奇妙な子供が現れた。
◆
スプリガンの巨体はぴくりとも動かない。
というより、中から出てきた子供こそがスプリガンであり、巨人は操り人形のようなものだったらしい。
「そういえばスプリガンってドワーフみたいな妖精じゃなかったっけ。まあドワーフというよりメカニックみたいだけど」
「マコトの世界にもいるのですか? 今のこの子の姿は古代文明の装いに見えるのですが」
見た目は、人間で言うところの12歳くらいの子供だ。
緑色と赤色のツートンカラーというサイケデリックな髪。
首にはゴーグルをぶら下げ、上下一体になったツナギのような服を着ていた。
「ところでマコト」
「大丈夫。配信は終わらせたよ」
誠の言葉を聞き、アリスがにやりと笑う。
「よし……では、遠慮なく話ができますね」
「ひょえっ」
がたがたとスプリガンが震えだしたが、別に拷問が始まったわけでもなかった。
アリスが何かするまでもなく、スプリガンがしゃべり出した。
自分が幽神の眷属であること。
長い年月の間、地下10層を守ってきた番人であること。
最近ドラゴンが撃退されていてアリスに興味が湧いてきたこと。
「あなたが幽神の作りだした眷属だというのですか……?」
「そーだよ」
「妙に軽いですね……さっきの口調とは全然違いますし」
アリスが困惑気味に質問した。
だがスプリガンは気を悪くすることもなく肩をすくめた。
「負けたから格好付けてても意味ないしね。どうせ僕の守護する階層はスルーパスするでしょ?」
「するーぱす? どういうことですか?」
「僕は地下10階層の守護精霊なんだよ。で、僕を倒すことで挑戦者は転送機能を使って地下11階に直行できる。ちなみに10層毎に転送ポイントがあるよ」
「ワープなんてできるのですか……しかし、まるでルールでもあるかのような物言いですね。いきなり攻め込んだ割には律儀ですし」
アリスが呆れて呟くが、今度はスプリガンがむっとして反論した。
「そりゃあるよ。いきなり攻め込んだ僕も悪かったけど、そもそもそっちがルール違反してるし。ガーゴイルに聞かなかったの?」
「ガーゴイル……?」
「ほら、階段のところにいるあいつだよ……あっ、もしかしてあいつ、居眠りしてるかも……?」
スプリガンは、何かに気付いたような顔をした。
「アリス、ちょっと来て」
「へ?」
「ちゃんと説明するから。この霊廟のルールとか仕組みとか」
スプリガンが部屋から出てついてくるようにアリスを促す。
「……マコトさん、ちょっと行ってみようと思います」
アリスは誠にそう言うが、誠の方はなんとも不安な顔をしていた。
「大丈夫か?」
「ええ。もう敵意はなさそうですし」
「なにかあったらすぐ戻るんだぞ」
「はい。ちゃんと帰ってきます」
アリスは、帰ってくるという言葉に自分でも驚いた。
ここはもう自分の家なのだという実感が改めて湧いてくる。
帰る家があるという安らぎが、アリスの足を動かした。