バズれアリス   作:富士伸太

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◆コーヒーを淹れてみた / フォロワー数 469,235人  累計good評価 10,178,574pt

 

 

 

 その後もアリスとセリーヌのコラボ動画が続く内に、セリーヌに傾いていた応援が少しずつアリスにも届くようになり、チャンネルフォロワー数とアリスの得られたフォロワーパワーの乖離が小さくなっていった。

 

 そしてアリスがどれくらいレベルアップしたかを確認するため、玄武へのタイムアタック攻略が始まった。「てめーらもう次の階層にさっさと行けよ!」と怒られつつも、攻略タイムを短縮すると「やるじゃねえか!」「無駄な動きが増えたぞ、フォロワーパワーに溺れてんじゃねえ」「敵の弱点を突こうと考えすぎても相手に読まれる。もっとフェイントを巧く使え」などと感想戦に付き合ってくれた。いい人だった。

 

 ちなみに玄武タイムアタック攻略は定期的に動画投稿され、出る度にコメント欄に「いつもの」「ベンチマーク先生ちわっす」「玄武先生にお茶くらい出してやれよ」「投げ銭させろ」などの挨拶コメントが届く。玄武はフォロワーからも愛されキャラだった。

 

 こうした活動の結果、セリーヌの配信者としての役割が早くも終わりつつある。これ以上セリーヌが顔を出して存在感をアピールすることは、チャンネルフォロワー増加には貢献しても、アリスの力には貢献しないからだ。

 

「……というわけで、『永劫の旅の地ヴィマを学ぶ』の講座はこれにて終了となります。

 

 企業、大学との連携や書面での質疑応答は今後も継続する予定ですが、私の本来のお仕事が忙しくなるため、定期的な配信はこれにて終了となります。時間があるときはまたこうして配信したいとは思うのですが、しばしのお別れです。

 

 本日まで応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。

 

 私がいないときも、ちゃーんとお勉強しましょうね。約束ですよ♪」

 

 半分ほどは事実で、半分ほどは嘘である。

 

 セリーヌは、国への蜂起を具体的に検討する段階に入った。

 現在、アリスのチャンネルフォロワー数は46万9,235人。目標値の100万までほぼ半分という段階だ。フォロワーの増加速度を考えると100万が確実な数字なのかどうかはまだ読めないが、10万程度の頃に比べたら格段の進歩であった。本来のセリーヌの仕事に戻る日が近付いていた。

 

「……配信終了、と」

 

 セリーヌは名残惜しさを感じつつもタブレットをタップし、配信アプリを閉じた。

 

 一ヶ月ほどの配信者生活の中で、セリーヌはスマホやタブレット、その他配信機器の使い方をすっかり覚えた。ついでに通販の仕方も覚えた。服はすでに百着以上買っている。スマホとタブレットも自分専用の端末を購入して遊んでいる。地球側の数学や物理、化学などの本も購入した。また、空撮用にドローンもいじりたおした。4K画質で録画できるビデオカメラにもこだわっていた。

 

 セリーヌは、スプリガン以上に現代のデジモノや文化に浸りきっている。これ以上喜びや楽しみを覚えてしまえば、王国に帰りたくなくなってしまうのが目に見えていた。そろそろ帰り支度をしなければならないと、セリーヌは寂しい決意を抱いていた。

 

「アリスー、配信終わりましたわー。お部屋戻ってきて大丈夫ですよー」

 

 セリーヌが生配信しているときは、アリスは部屋の外に出ている。一緒に配信したり、視聴者を喜ばすために偶然を装って背景に映り込むときも多かったが、今回はセリーヌ単独の動画の最終回だ。流石にアリスも今回ばかりは映り込みを遠慮していた。

 

「ん? アリスなら外に行ったよ?」

「あら、珍しい」

 

 廊下に出ると、スプリガンがアリスの向かった先を指で指し示した。

 

「今度配信で使うアウトドアグッズを試しておきたいんだって。携帯コンロでお湯沸かして、コーヒー淹れたりマシュマロ炙るみたい」

「あら、それも乙ですわね。ご相伴に預かろうかしら」

「いーねー。あとドローン飛ばそうよ」

「面白そうですわね。ゲームもドローンも、とても参考になります。そういえば天の聖女もああして空を飛んでいて、羨ましく見て……あれ? ドローン……。機体を空を飛ばし、それを操縦する……あれ……?」

「どうしたの?」

 

 ふと、セリーヌの頭になにかが思いついた。

 だがそれは、まだ具体的な形とはならなかった。

 気にせずアリスを迎えに行こうと頭を切り替える。

 

「い、いえ、なんでもありませんわ。それじゃ外で遊びましょうか」

「うん!」

 

 セリーヌとスプリガンはデジモノやガジェット好きという点で嗜好が一致していた。

 暇なときは二人でゲームをしたりドローンを飛ばしたりしており、今日も仲良く二人並んで歩く。

 

 霊廟の外に出ると、ちょうど日が沈みかけていた。

 

 真っ赤な太陽が沈みゆく数十分だけの、青と赤の混じり合う神秘的な薄明。

 

「マジックアワーだ」

 

 スプリガンがぽつりと呟く。

 地球側の撮影用語で、魔法のように美しい写真が撮れてしまうことからそう呼ばれる。

 セリーヌもスプリガンも、ビデオカメラのテクニックを調べる内に色んな用語を覚えていた。

 

 セリーヌは、何も言わずにカメラを構えた。

 スプリガンも空気を読んで声を一切出さず、静かに佇んだ。

 

 被写体は、アリスだ。

 

 アリスがアルミ製の小さなテーブルの上に携帯用コンロを組み立て、着火した。

 ポットの湯を沸かしている。

 同時に、キャンプ用の手動コーヒーミルを使って豆を挽き、挽きたての豆の香りを楽しむ。

 そうするうちにポットの湯が沸騰し始めた。

 アリスはフィルターやマグカップを用意してコーヒーを淹れ始めた。

 

 ミニテーブルとコンロは傷一つない新品で、艶やかな銀色がマジックアワーの複雑な光を照り返している。

 一方でポットとマグカップは使い古された渋みがあり、そのミスマッチがひどく絵になっている。

 

 だがもっとも絵になるのは、マジックアワーを迎えた砂漠を見つめながら、一人静かにコーヒーを飲むアリスの姿だ。

 

 寂しく、儚げで、だがどこか幸福さを感じさせる佇まい。

 

 その輝ける一瞬を捉えることに、セリーヌは全神経を集中させた。

 

「……おや、セリーヌ? って、勝手に撮らないでくださいよ」

 

 アリスがセリーヌたちに気付き、にやっと笑った。

 今までの儚い少女の佇まいは消え、そこに居たのはいつもの快活なアリスだ。

 その見事な転身にセリーヌは言葉に詰まった。

 今の自分の手元にカメラがあったことを、心の中で神に感謝した。

 

「すみません。とても良い絵でしたので……つい撮ってしまいました」

「ん? コーヒー飲んでるだけじゃないですか。あなたたちも飲みますか?」

「バリスタの練習とは気が早いですね。どこかのレストランに就職するおつもりですか?」

「そ、そういうのではありません!」

 

 アリスが顔を赤らめて怒い、セリーヌとスプリガンがくすくすと笑った。

 

 

 

 

 

 

「どうです……良い動画でしょう?」

 

 セリーヌの撮った映像に、誠と翔子は釘付けになった。

 

「凄い……。セリーヌさん、カメラマンの才能があるんじゃないか……?」

「ぐっと来るね。カメラマンの映像作品って言われても違和感ないよ」

 

 映像の内容はただアリスが、砂漠と霊廟を背景にしてコーヒーを淹れて飲んでいるだけのことだ。だがその日常の切り取り方がずば抜けていた。

 

 この霊廟でしか撮れないであろう光と色彩を、これ以上なく美しく切り取っている。

 同時に、普段カメラが回っている瞬間には決して出せないアリスの静謐な表情を捉えている。

 この動画には、今までに決して撮ることのできなかったアリスの魅力が詰め込まれていた。

 

 夕暮れの切なさ。

 砂漠のそよ風。

 挽き立ての豆の香り。

 まるで自分が体感しているような錯覚を見る者に与える。

 

 そしてセリーヌに気付いて振り返り、「勝手に撮らないでくださいよ」とはにかむ瞬間があまりに眩しかった。カメラの向こう側の人間への完璧な微笑み。セリーヌは自分で撮影していながら叫び出しそうになった。これは絶対にバズる、と。

 

「え、ええと……そんなに褒められると恥ずかしいのですが……」

「いや、これは凄い。そこらのモデルやアイドルなんかよりも遥かに美少女だ。今までのコメディタッチのキャラクターとギャップも凄いし絶対にみんな反応する」

「ギャップってなんですか、ギャップって! まるでいつもコメディやってるみたいな言い方やめてください!」

 

 アリスが恥ずかしそうに怒る。

 だが全員、セリーヌの撮った動画に夢中で、アリスの文句に耳を貸すこともない。

 

「配信者としてもカメラマンとしても、セリーヌさんは素晴らしい腕前だったと思う。ありがとう」

「そこは私も認めざるを得ません。天才はこれだから困ります」

「ふふ、国に戻る前に、この動画が撮れてよかったですわ。私の配信者生活で一番の成果です」

 

 誠とアリスの褒め言葉に、セリーヌは嬉しそうに笑った。

 

 そしてこの撮った動画は、『夕暮れ時』という端的な名前で投稿された。

 

 今までは文章系のタイトルを付けて、サムネイル画像にも大きく目立つフォントで文字入れをしていたが、今回は情報をできる限り削ぎ落とすような内容に編集した。

 

「この動画だけ動画一覧の中で地味で、目立たず埋没してしまうのではないか」という心配がアリスに湧き上がったものの、幸いなことに大きな反響をもたらした。

 

 丁度、ファンが勝手に動画を切り貼りしてアリス絶叫集ver6や人力ボカロ動画を作ってそれなりのアクセス数を稼いでいたタイミングに、アリスが今まで見せなかったまったく新たな美しさを示され、フォロワーはことごとく魅了された。

 

 ついでに、カメラや撮影のマニアも飛びついた。幽神霊廟でしか撮影できない幻惑的な光景は彼らに火を付けた。もっと色んな動画や写真を見せてくれという要望がどしどし届く。

 

 こうしてついにフォロワーは50万人を突破した。

 

 目標の100万まで道のりは半分だ。

 

 

 ……その一方で、とある問題が起きつつあった。

 

 バズるという現象は必ずしもプラスの効果だけがもたらされるわけではない。

 

 アリスの動画は、厄介な連中に火を付けてしまった。

 

 『彼ら』に大きなヒントを与えてしまったのだ。

 

 『ところでアリスの婚約者って誰やねん特定班』に。

 

 

 

 

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