バズれアリス   作:富士伸太

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◆ レストラン「しろうさぎ」

 

 

 

「誠! ほんっとーに申し訳ない……!」

 

 黒いパンツスーツに身を固めたすらりとした女性が、びしっと完璧な角度で頭を下げた。

 

「いやいや、翔子姉さんやめてくれ。あと座って。事情はちゃんとわかってますよ。むしろこのコロナの状況で宴会を強行するって方がおかしいから」

 

 レストラン「しろうさぎ」店長の誠(まこと)は、困っていた。

 

 予定していた宴会が一週間前にキャンセルされた……のは予想通りだったので問題はない。飲食店の夜間営業自粛が自治体から求められており、どうやって宴会を断ったものか誠は悩んでいた。むしろ翔子の話は渡りに船であった。

 

 誠の頭を悩ませていたのはむしろ営業自粛の要請そのものであり、そしてその原因となっている病気の蔓延である。

 

 その病気とはコロナ……新型コロナウイルス感染症COVID-19であった。

 

「でもウチの会社、毎年この時期はあんたのところで宴会をやってたじゃないか。せめてテイクアウトで会社内で宴会しようかとも思ったんだけど、それも難しくてね……」

「今日もテイクアウト買ってもらったし、消毒液も分けてもらったし……もらい過ぎなくらいだ」

「良いんだよ。ステイホームに飽きてるから、みんなあんたのところの料理は楽しみにしてるのさ。オヤジも洋食派の洋酒派になっちまったよ」

 

 姫宮翔子はそう言ってにこやかに笑った。

 彼女は近隣の工場の三代目経営者であり、同時に誠の従姉であった。

 

 誠より五歳年上で、姉と弟のような関係だ。

 翔子は両親を亡くした誠を心配し、弟分扱いしつつもよく面倒を見ていた。

 

「そりゃありがたい。じゃあこれ、テイクアウト用の新作メニューおまけしておくんで食べてくれる? エビのフリッターに、小分けにした魚醤とネギのソースが入ってるから」

「こりゃ美味そうだ……けど、本当に売上とか大丈夫なのかい」

「ん、まあ厳しいですけど補助金がちゃんと出たからなぁ。やり方教えてくれて助かった」

「簡単だっただろ?」

「おかげで100万円バッチリ」

 

 誠は、翔子にアドバイスをもらって国に補助金を申請していた。

 

 持続化給付金である。

 

 コロナ禍によって売上の減った会社や店舗を援助するための制度であり、前の年と比べて売上が半額以下になった月があればこの補助金を受け取る資格がある。誠はそれにばっちりと該当し、個人事業主としては最大の100万円を手にしていた。

 

「100万出たってことはけっこう売上下がったってことじゃないか」

「あはは、いやあそうなんだけどさ。でも材料の廃棄も減ったし悪いことばっかりじゃないよ」

 

 翔子が溜め息をつくが、誠は笑って答えた。

 

「だったらいいんだけどね」

「翔子姉さんこそ会社は大丈夫か?」

「ウチで作ってるのは食品工場の機械だからね。惣菜とか冷凍食品とかが売れるから忙しくなっちまったよ」

「羨ましい」

「だから、困ったことがあったら言うんだよ」

「大丈夫。他にも補助金は出そうだし、なんとかやってみせる。昔からある実家兼レストランだから他の店みたいに家賃負担もない。維持費は小さいんだ」

「ならいいんだけどね」

 

 翔子は誠の言葉に頷きつつ、店内をぐるりと見渡した。

 そして店の壁に飾られた、一際大きな鏡を見つめる。

 

「テーブルとかインテリアは変わってもこの鏡だけは昔から変わらないね……アンティークなんだっけ?」

 

 2メートルを超える高さと、同じく2メートルを超える横幅の、とても大きな鏡だ。鏡の縁は銀色の金属光沢を放っている。装飾などの飾り気は少ないが、それでも十分に豪華であるという印象を感じさせる。

 

「それがよくわからないんだ。ウチのご先祖様から伝わってるらしいんだが、いつからなのかハッキリしなくて。少なくとも五代くらい前には遡るらしい」

「そりゃもう明治とか江戸とかの時代じゃないのかい」

「そう。だからちょっと眉唾なんだ。でも祖父ちゃんや親父が大事にしてきたことには変わらないし、お客さんも『でっかい鏡が飾ってある店』って覚えてもらえるし。だから店も鏡もできるだけ大事にしたい」

 

 誠がそう言って微笑むと、翔子もつられて笑った。

 

「だったらがんばらないとね」

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

「さーて、上手く撮れたかな……?」

 

 誠が幼稚園児くらいの頃、誠の両親は地域に密着したレストランをオープンした。誠はそれを見て育ち、自分もなんとなく料理を仕事にするものと思って育った。

 

 高校を出て調理師学校に入り、そして卒業後はイタリアンレストランに就職した。そこで5年ほど修行した後に転職し、今度はダイニングバーの雇われ店長を始めた。料理の腕と経営ノウハウを覚えて開店資金を集め、30歳になったら自分の店を持つ。そういう夢を持っていた。

 

 だがそうなる前に、両親が事故で他界した。

 

 高速道路上での事故で、二人とも即死であった。ほぼ両親側に責任のない形であり、事後処理は保険会社任せで丸く収まった。そして残ったのは保険金や貯金、家屋。そして父の日記だ。日記には主に、子供への心配と期待が綴られていた。

 

『飲食業はつらく厳しい。修行中であれば労働時間が長く指導も厳しく、かといって自分で店を持つようになれば常に経営の心配をしなければならない。だがそれでも息子が店を持つようになったらこんなに嬉しいことはない』

 

『そのときは今の店をそっくりそのまま譲るべきか、それとも陰ながら応援すべきか。妻は「先のことはわからないわ」と笑うが、それでも期待をせずにはいられない』

 

 そんな、切々とした思いが綴られていた。

 

 これを読んだ誠は涙した。

 

 そして誠は、実家兼店舗を相続し、地元でレストランを始めた。父が得意だったオムライスやハンバーグといった洋食メニューはそのままにしつつ、自分が覚えたイタリア料理などを取り入れた創作レストランだ。店の名前も親の代から変えず「しろうさぎ」という可愛らしい名前で地域住民に親しまれている。

 

 だがそのレストランは今、不景気だった。突然のコロナの流行によって外食産業まるごと大きなダメージを受けていた。

 

 かといって、なにもしないわけにもいかない。誠は料理のテイクアウトを始めると同時に、「動画撮ルン」という動画投稿サイトにチャンネルを開設した。料理動画を公開して店の宣伝をしたり、あるいは動画そのもので金を稼ぐためだ。

 

 幸運なことに、親から仕込まれたオムライスの作り方の動画がそこそこバズって3万人ほどのチャンネルフォロワーを獲得した。動画を見て来たという客も現れた。このフォロワー数を更に伸ばすのが、今の誠の仕事であった。

 

「へっくし」

 

 そんなわけで、今日の夜の誠は料理動画の撮影作業に勤しんでいたが、妙に体が冷えてくしゃみが出た。真夏だと言うのに妙に空気が冷たい。

 

「こんな寒いならもうちょっと辛いカレーにすれば良かったな」

 

 誠が撮影しながら作っていた料理はカレーだった。

 

 動画用であり、客に出すためのものではない。ご家庭で作るためのレシピを紹介するため、市販のルゥにちょっとしたスパイスを使ったり、レストランならではの小技を使って一味美味しくするためのアドバイスなどを解説していた。

 

 そして次に、自分が食べながら味を解説する実食パートの撮影をしなければならない。

 

「ま、さっさと食べるか……と、やべ。カメラの電池切れそうだな。電源ケーブル持ってこないと」

 

 誠が厨房を出て住居スペースに戻ると、べったりした蒸し暑さが襲ってきた。

 

 風呂場も、廊下も、蒸す。

 いや、違う。ここが蒸し暑いんじゃない。

 店舗部分だけが、エアコンを効かせたかのように涼しい。

 誠は異常事態にようやく気付いた。

 

「幽霊でも出たか……? いや、まさかな」

 

 独り言を呟いて自嘲しながら居間に戻る。

 誠はホラー現象などは信じていない。

 何かしら原因があるはずだと思い、異変がないか誠は厨房や客席を調べた。

 

「窓が開いてるわけでもないし……なんだ?」

 

 誠は違和感の正体を探した。

 

 椅子とテーブルはいつも通りだ。変わったことと言えば消毒スプレーを入り口に設置したのと、光が反射しないように鏡にテーブルクロスを掛けておいただけだ。

 

 そのテーブルクロスが、風に揺られている。

 

 これもいつものことと流しそうになって、ようやく誠は鏡に注目した。

 

 窓は閉めておりエアコンも扇風機も掛けていないのに、どうしてテーブルクロスがはためいているんだ、と。まるで内側から、空気が流れ込んでいるかのようだ。

 

 ははは、と誠は乾いた笑いを出しながらテーブルクロスをはがしていく。そこから、あきらかにひんやりとした風が流れ出ている。その冷たさは、決して気の所為ではない。

 

「……!」

 

 そして、覚悟して鏡を見た。

 

「え?」

「……あっ」

 

 その鏡には、なんとも幸の薄そうな顔をした、銀髪の美少女が映っていた。

 

「ゆっ、幽霊だぁああああああああ!!!!!????」

 

 

 

 

 

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