バズれアリス   作:富士伸太

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最終回までお付き合い頂きありがとうございます。
4/25にオーバーラップ文庫にて書籍版1巻が発売予定です。
キャラとかエピソードとかごんぶとに書き足してるので
手に取って頂けたら幸いです。

また4/1から不定期で番外編を投稿していきます。
今まで具体的に書いてこなかった配信回とか後日談とかやります。


◆アリスが約束の通り帰ってきた ※本編最終回

 

 

 

 幽神霊廟、地下100層。

 

 そこには眠れる神がいる。

 

 永劫の旅の地ヴィマを創造し、永きに渡り守護してきた偉大なる死の神。

 

 その名は幽神。

 

 今、アリスの目の前には幽神の死体がある。

 少なく見積もって、20メートル。

 霊廟の階段や通路の大きさが幽神に合わせていると言われて納得する大きさであった。

 

『聖女アリスよ。大義であった』

 

 荘厳な声が、石壁に囲まれた静謐な部屋に響き渡る。

 

「いいえ、幽神様の与えてくださった秘術があればこそ成功しました」

 

 実は、アリスがここに来るのは二度目である。

 

 一度目は、結婚報告配信の直後だ。

 あの配信によって莫大なフォロワーを得たアリスは、超特急で幽神霊廟の攻略を開始した。10層毎に存在する守護精霊たちがいかに強かろうと、凄まじい力を手にしたアリスにとっては物の数ではなかった。スプリガンと玄武を除く残り7体の守護精霊を、アリスは秒殺した。

 

 守護精霊たちは「せっかく活躍のチャンスだったのにひでえよひでえよ」、「せめて名乗りの口上くらい言わせてくれ」「加減しろバカ!」と愚痴っていた。アリスは後でぺこぺこと謝った。

 

 そして最下層に到達して、幽神の死体との戦闘になった。

 

 幽神はすでに死んでいるというのに、付近に攻撃する意志を持った人間に対して自動的に攻撃を放つという厄介な性質を持っている。しかも恐ろしく強い。計9体の守護精霊よりも遥かに強く、だがそれでも数百万フォロワーの応援の力を得たアリスには決して勝てない相手ではなかった。幽神の攻略に2時間というのは歴史上で最速らしい。

 

 そして敗北した幽神の方はといえば、死んでるくせに妙に饒舌だった。アリスが幽神(死体)と戦ってる横で、半分透明で幽霊のような姿の幽神(魂)が居て、「火弾は3ウェイショットとみせかけてホーミングしてくるぞ」とか「体の色が赤く光ってるときはダメージ無効じゃから気をつけろ」「上から来るぞ!」とか助言してきた。アリスとしては正直ちょっと邪魔だった。

 

 ともあれ、幽神(死体)を倒したアリスは自分の願いを申し出ようとしたが、幽神(魂)は『だいたい事情は把握してるのでオッケーじゃよ』と気さくに言葉を返した。

 

 『エヴァーン王国への反抗が終わったら地球へアリスを転送する』という本命の願いに加えて、幽神が使う様々な魔法をアリスに教えた。幽神が独自に作りだした「獄炎」や「獄氷」などの攻撃魔法に加えて、使命を終えた聖女の権能を神に返却する「剥奪」までも教えてくれた。

 

 こうした諸々の段取りを済ませてからアリスはエヴァーン王国の『天の聖女』を倒し、再び霊廟最下層へと戻ってきた……というところだった。

 

『うむ。『天の聖人』の権能は確かに神々の世界へと返却されたのをこちらからも確認した。……しかしおぬしの権能を天に還すのが本来の目的であって、それって目的外利用なんじゃが』

「えっ、まずかったですか」

『ま、ええわい。脅威が去った後に聖人や聖女同士で仲違いというのも、長い歴史だとありがちじゃったしのう。未然に無為な戦が減ったということにしておこう』

「割とアバウトですね……ですが、ともかくありがとうございます。私の権能もお返し致します」

『流石に、異世界にこの世界の権能を持ち出させるわけにはいかんからのう。またこっちの世界に用があるときは返すが、地球に持ち込むのは流石にダメじゃからな』

「未練はありませんよ。『人』の権能は十分に働いてくれました……【権能剥奪】」

 

 アリスが魔法を唱えた瞬間、アリスの体から白い光が現れた。

 それはふよふよとアリスの頭上を漂ったかと思えば、すうっと上昇して消えていく。

 アリスは心の中で、ありがとうと告げた。

 この『人の聖女』の権能に翻弄されて人生が大きく変貌したことに恨んだこともあったが、今はただ、感謝の念だけがあった。

 

『あとは地球へと転送するのみじゃが……他に何か願いや言い残したことはないか?』

「あ、では質問いいですか?」

『うむ』

「ええと……あなた、ガーゴイルですよね?」

『…………サテ、ナンノコトカナ』

 

 幽神(魂)が顔を横に背けて口笛を吹き始めた。

 

「いやそこでしらばっくれなくていいじゃないですか。死体はガーゴイルをそのまんま巨大化したような感じですし。魂の方の口調もガーゴイルと同じですし……」

『まあ、なんというか、ガーゴイルボディは地球でいうところのアバターとかドローンみたいなものじゃ』

 

 幽神(魂)は微妙に居心地悪そうに答えた。

 

「あ、やっぱり」

『スプリガンたち守護精霊には認識阻害が掛かっててな。ガーゴイルとしての儂と幽神としての儂を同一人物と認識できぬようにしておるのじゃよ。その状況に慣れすぎてて……ごまかすの忘れてしまったわい。てへっ』

「はぁ……」

 

 存外に、幽神はうっかり属性の持ち主であった。

 

 そういえば『鏡』に関して『他の神との連絡先を忘れた』と言っていたのをアリスは思い出した。実際本当にうっかりミスだったのだろうなと思いを馳せる。

 

『権能を失ってもおぬしが得たフォロワーパワーはまだその身に宿っている。魔力を消費し尽くしたら常人と同じにはなるが、あんまりヤンチャするでないぞ』

「ええ、もちろん……っていうかフォロワーパワーって正式な言葉じゃないんですが、定着させないで下さいね?」

『向かう先は異世界じゃ。病気には気をつけるように。一応、それらしい感染症予防は掛けておいたが、マスクや手洗いはちゃんとするんじゃぞ』

「わかりました」

『手先の器用なものに、ガーゴイルとスプリガンの石像を作らせておいた。どこかに飾っておいてくれ』

「セリーヌから預かったお土産も多くて重量オーバー気味ですが……わかりました」

『新たに通信用の『鏡』を作って、ここと地球の通信環境を整えておるところじゃ。それが完成したらスプリガンが配信を再開するじゃろう。暇だったらコラボしてやってくれ』

「もちろん」

『えーと、それと……なんかこういう場面になにを言えばよいかわからんのじゃよな。話が長くて取り留めもないと部下によく怒られておった』

 

 幽神(魂)はぽりぽりと頭をかく。

 それを見て、アリスはついつい吹き出した。 

 

「ふふ、構いませんよ。私も名残惜しいですから」

『そうか……達者でな。楽しかったぞ』

「はい!」

『では、行くがよいアリスよ……。【世界転移】』

 

 アリスの足元に、七色に輝く不思議な光が迸った。

 それは徐々に広がり、輝きを強め、アリスを飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 そして光が収まる頃には、景色は一変していた。

 

「あれ、ここは……?」

 

 誠が新たに用意したコンテナハウスではない。

 とても見慣れた光景で、しかし今まで決して触れることができなかった場所。

 レストラン『しろうさぎ』の店内だ。

 

 しかし、暗い。

 今は夜中で、店内には電気も付いていない。

 かろうじて電話機など家電製品のボタンが輝いているだけだった。

 

「あ、そうか、『鏡』はもう無いからコンテナハウスにいる必要もないんですね……って、しまった、待ち合わせ場所を決めてませんでしたね……」

 

 どうしよう、とアリスは悩んだ。

 

 お土産が重すぎて床板を破壊してしまったことに加えて、誠と落ち合う方法を考えていなかったことに気付いた。

 

 ここで初めてアリスは、誠の住居周辺の土地勘がないと思い知らされた。スマホの地図アプリを使ったりインターネットで検索すればなんとかなるだろうと思ったが、そのためのスマホもタブレットも今手元にはない。セリーヌから預かったお土産や、先程預かったスプリガンとガーゴイルの石像が荷物の大半を占めていた。

 

「ええと……ちょっと泥棒のようで気が引けますが、中に入りますか……」

 

 レストラン『しろうさぎ』は、店舗兼住居だ。

 厨房の奥の通路に、誠の住居部分があったはずだとアリスは自分の記憶を探る。

 

「しつれいしまーす……」

 

 がちゃりと扉を開けて先へ進むと、そこには蛍光灯の明かりがある。

 よかった、きっといる……と、アリスはどきどきと緊張しながら歩いていく。

 

 リビングらしき場所に入ると、そこは少し雑然としていた。配信機材もあれば、セリーヌが通販して配達が遅れ、渡しそこねたダンボールなどが転がっている。頑張って整理しようとしてダンボールを隅っこに寄せているようだが、それでも「モノがたくさんある」という気配そのものは払拭できていない。

 

 アリスはこれを見て落胆はしなかった。むしろ、『地球に来た』という実感が湧き上がってきてきた。ここは確かに、幽神霊廟のアリスの部屋と同じ匂いがする。『鏡』と地続きに繋がっている場所であるという確かな感触がある。

 

 そして迷いが生まれた。

 

 誠と再会したとき、なんて声をかければよいのだろうか、と。

 

「ええと、えーと……どうしましょう……」

「あっ」

「あ」

 

 だが逡巡しているうちに、引き戸ががらりと開いた。

 

「まっ……マコト……!」

「……アリス! アリスじゃないか!」

「いやなんで裸なんですか! 自分の家とは言え、服を着てから風呂を出てください!」

「あ、ごめん」

 

 アリスが恥ずかしがって、とある物を投げつけた。

 真っ赤な絹のマントだ。

 

「えーと、これバスローブにしちゃマズくない? かなり高級感があるんだけど」

「あ、ええと、セリーヌの贈り物で、襟元に勲章が縫い付けられてます。流石にバスローブ代わりにするのはちょっと止めたほうが良いかなと」

「あ、うん。服着てくるからちょっと待ってて」

 

 誠がいそいそと服を着て再びやってきた。

 はぁ、とアリスは自分の間の悪さに溜め息を付く。

 しかしこんなのも自分らしいかもしれないと思い直した。初めて誠と出会ったときは自分のほうが半裸であったし、初めて袖を通した服も宇宙猫パーカーだったのだから。

 

「懐かしいですね……。宇宙猫パーカー、自分で買って部屋着にしましょうか」

 

 そんな風に物思いにふけっている内に、アリスは気付いた。

 着替えるだけなのに妙に時間が掛かっているな、と。

 

「あれ、マコト? どうしましたー?」

「おまたせ」

「あ、いえいえ……。あれ?」

 

 再び現れた誠は、何故か正装していた。

 きっちりアイロンを利かせた白いシャツ。うっすらと光沢があり、どこか高級感がある。

 その上に渡したばかりのマントを羽織っており、更にはなぜか赤いタイを締めていた。

 スラックスも同様に艶やかで綺麗なもので、風呂上がりなのに髪も整えている。

 

「…………ええと、マコト。どうして正装を?」

「そっちこそ白いドレスじゃん。合わせようと思って」

「あ」

 

 アリスが着ている服は確かに誠の言う通り、白いドレスであった。

 

 ただ、ウェディングドレスを意識したデザインではあるが長さや丈は大仰なものではなく、夜会のドレスのようにタイトでもない。適度に柔らかく動きやすい、カジュアル寄りのドレスだ。

 

「ち、ち、違いますよ! 戦闘用のドレスです! そ、その、深い意図があるわけじゃありません!」

「エヴァーン王国、戦闘用のドレスってあるんだ。凄いな」

「それも違います! 革命のために特別に仕立てたんです!」

「いや、似合ってるからいいと思うけど」

「なんなんですか!」

 

 そんな会話を重ねていく内に、アリスはなんだかおかしくなって笑いがこみ上げてきた。

 

「ふふ……なんだか現実感がなかったんですが、ようやく現実のように感じてきました」

「俺もだよ。いや、風呂上がったら普通にアリスが居たからビビったけど」

 

 誠もつられて笑った。

 

「でも、本当に目の前のあなたが現実かどうか確認しておきましょうか。質問です。あなたは幽霊ではないですか?」

「幽霊でもないし、ロボットでもないんだよな。チェックボックスをクリックしようか?」

「そこまで言うのであれば、信じてあげないこともありません」

「なら良かった」

 

 そして笑いの波が沈んでいくかわりに、アリスの心がなにかで満たされていく。

 初めて見るはずの部屋。

 初めて触れる家具。

 初めて『鏡』を通さずに見る、愛しき人の顔。

 そのはずなのに、懐かしさがこみ上げてくる。

 

 ああ、私は、ここに来たのではない。

 ここに、この人のいるところに帰ってきたのだと、アリスは思った。

 

「それで、アリス……。これ、もう何度か言った話なんだけどさ」

「はい」

「……結婚しよう」

 

 誠は、あるものを取り出した。

 それは、指輪であった。

 震えるような嬉しさをこらえながら、アリスは誠に尋ねた。

 

「いつ用意したのですか、こんなもの」

「なんだ、忘れたのか? 作るって言っただろ」

「忘れてません。婚姻届も出すんでしょう?」

「市役所が受け取ってくれるかわからないから、弁護士に相談してネジ込まないとな」

「風情がありません」

 

 誠は憎まれ口を聞き流しながらアリスの手を取って指輪をはめ、抱きしめた。

 アリスは今までは決して知ることができなかった恋人の温もりに触れて、自然と涙が零れ出した。

 

「好きだ、アリス」

「はい、私も……マコトが好きです!」

 

 

 

 

 

~ バズれアリス 了 ~

 

 

 

 

 




※本編を最後までご覧いただき本当にありがとうございました!

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