バズれアリス   作:富士伸太

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◆アリスと誠、洋弓を習う

 

 

 

 爽やかな快晴の朝。

 誠がマンションでカフェラテを一口飲む。

 アリスはそれを、固唾を呑んで見守っていた。

 

「あ、これ美味い。腕上げたね?」

「ですよね、ですよね!」

「香りもしっかり出てる。豆の選び方もいいし淹れ方もバッチリ。エスプレッソマシンを使いこなすのけっこう難しいのに、すごいじゃん」

 

 アリスはコーヒー党だ。

 一人で霊廟を探索していた頃も、コーヒーミルやキャンプ用コンロを使ってコーヒーを淹れて楽しんでいたが、エスプレッソに目覚め始めた。

 また誠も、レストラン「しろうさぎ」で新たにコーヒーやカフェラテなどのカフェメニューの拡充を考えており、職業訓練も兼ねていた。

 

「ふふ……ドリップコーヒーから始まって業務用エスプレッソマシンの扱いまで極めた私は、人の聖女改め、バリスタの聖女ですね」

「バリスタの聖女ってアリなんだ」

「少なくともTSのシェフよりはアリです」

「それを言われると全部アリだよ!」

「しかし、こうやってのんびりするのもいいですね。最近はシェフ・ラビットちゃんの動画がバズって忙しかったですし」

 

 今日の配信は休みだ。

 霊廟を探索する配信を毎日続けるのは、流石に誠にとっても体力精神力ともに厳しいものがあった。

 

「たまには羽根を伸ばさないとね」

「でも本当に大丈夫ですか? 魂だけ異世界に行ったり来たりして、体痛くありません?」

「なんか大きな怪我は人形だけが蓄積するけど、ちょっとした怪我とか消費したカロリーとかは持ち越しちゃうみたいなんだよね。だからむしろ健康かも。一回の配信で二時間くらい歩いたり走ったりしてるから、一日一万歩以上歩いたり走ったりしてるし」

「えっ、ずるっ」

「ずるくないよ! だからけっこう疲れるんだって!」

「ずるいですって! シェフ・ラビットちゃんの肌ツヤといい髪といい、なんてあんなに美化するんですか!」

「高級な粘土使ってるからじゃないかな……あと造形面はスプリガンに言ってほしい」

「ずーるーいーでーすーよー! ていうか生身の状態でもお肌の状態よくないですか……?」

「そんなことないと思うけど……ただ、料理やってるとあんまり外でないし日焼けはまずしないんだよね。このお店引き継ぐ前はダイニングバーで夜働いてたし」

 

 ほっぺたをぷにょぷにょ突っついてくるアリスを宥めつつ、誠はスマホを開いた。

 そこには、通販サイト内でとある商品を検索した結果がずらりと現れている。

 

「ん? それは弓ですか?」

「うん。こっちの世界の弓。こないだの配信で出たコンパウンドボウってやつ」

「妙な形をしてますね……? なんか弓の両端に円盤みたいなのがついてるんですけど、なんです?」

「滑車だよ。滑車の働きが掛かって普通の弓より引きやすいんだって。銃みたいに狙いを定めるスコープとか、銃みたいにトリガーを引く感じで矢を射ることができる発射装置とか、いろんな道具が付くみたい」

「……マコト」

「なに?」

「やっぱずるいですよぉ! これ私も使いたかったんですけどぉ1?」

 

 ぷにょぷにょする指先のリズムが早くなる。

 だがそれは誠にとって予測済みの展開だった。

 

「こんなこともあろうかと思って、用意しておきました」

「え、もう買っちゃったんですか?」

「いや、用意したのは体験教室の予約。野外フィールドでコンパウンドボウ含めたアーチェリー全般を教えてくれるところあるんだよ。気分転換を兼ねて対ドラゴンの特訓しようと思うんだけど、アリスもやってみない?」

 

 

 

 

 

 

 はい、アリスです!

 

 最近はシェフ・ラビットちゃんにキャラ食われ気味のアリスです!

 

 ……アリスです。

 

「そこで暗くならないで!?」

 

 っかー! キャラ食ってる側からツッコミが来ましたよ!

 シェフ・ラビットちゃんが可愛いのが悪いんですよ!

 

「可愛くてごめん」

 

 素で言ってるぅー!

 確かに可愛いですけどぉ!

 

「ラビットちゃんの顔は生まれ持ったものじゃなくてスプリガンの造形技術だから、そこは素直に褒めます」

 

 顔面評価が自画自賛じゃないの、ちょっと羨ましいですね……。

 私もバ美肉したくなってくるんですが。

 

「ところで、今日はどちらに来てるんですか?」

 

 この見晴らしの良い野外フィールドは、ある体験教室なんですねー。

 

 本当はプライベートでレッスンを受けるだけで、撮影する予定も特になかったんですが、「うおっ、アリスさんだ!」っていきなり身バレした上に、「撮影ですね!? どんどん撮ってください!」と言われたので撮影しちゃってます。ちなみに旦那がカメラ担当です。

 

「どーもー、檀鱒です。撮影される側は疲れたので、今日はアリスの方がメインの動画になりまーす」

 

 で、何の体験教室は何かというと……!

 

 リカーブボウ&コンパウンドボウです!

 

 どちらも洋弓やアーチェリーの一種ですね。

 

 いわゆるアーチェリーと言われてみんながイメージするのがリカーブボウという弓です。

 

 そしてコンパウンドとは、弓の両端に滑車を付けて弦を引きやすくしたものになります。

 

 ちなみに私はリカーブボウとコンパウンドボウ、どっちも知りません。

 

 あっちの世界……ヴィマの弓ってどっちかっていうと和弓っぽいんですよね。

 

 ただ、矢をつがえる左右とか流派によって違うし、ぶっちゃけ敵を射殺せればなんでもよかったですし、こっちの世界の弓よりはかなりアバウトです。

 

 最低限の打ち方を教わったら即実戦のスパルタスタイルだったので、授業形式でなんかやるのって新鮮です。

 

「あの、アリスさん。インストラクターさんがビビるからそのへんで」

 

 え、そうですか?

 

 いや私あんまり弓矢得意じゃないですよ。みんなと一緒に打って数うちゃ当たる方式でしか経験してませんし、遠くの的に命中させるとか下手ですもん。

 

 ていうか弓を射るより射られる経験の方が多かったですし。

 

「実戦を経験した人に教えるって時点で物凄いプレッシャーだから」

 

 そういうもんですかね……? むしろ私としてはほぼ我流みたいなやり方しかしらないので、ビシバシに注意されないか怖いんですけど。

 

「だ、そうです。よろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします! 射られる経験はないのでそこは勘弁してください!」

 

 こちらの体格が良くて爽やかな成人男性の方が、今回のインストラクターの竹田さんです。

 

 国体にも出場したことがあるそうで、さっき軽く弓を射る姿を拝見したんですがめっちゃ上手いです。本日はよろしくお願いしまーす!

 

「あれ? そういえば檀鱒さんはやらないんですか?」

「あ、撮影の後でお願いします。俺が画面内に出ちゃうと、ほら、その……ねえ?」

「別に大丈夫と思いますよ。むしろラビットちゃんとのギャップを楽しみたいとか、所作の共通点を見たいとか、そういう人もいると思いますし」

 

 インストラクターさん、けっこう趣味が極まってますね?

 いや、気持ちはわかりますよ。

 私も、料理するときの手つきが誠とラビットちゃんと同じでざわっとしますし。

 

「それ羨ましいですね……」

「羨ましいの!? ていうか撮影しよ!?」

「あっ、そうですね。教えることがあるかわからないんですが、よろしくお願いします」

 

 はい! それじゃレッスンいってみましょう!

 

 

 

 

 

 

 何度か矢を放ってみたんですが……アーチェリーもコンパウンドも最高ですね! たーのしー!

 

「あの……普通にオリンピック級なんですが……」

「腕、肩、腰がまったくブレてない。怖い」

「矢の軌跡が綺麗すぎる」

「刺さった矢に次の矢を当てるのって連発でできるものなんですか?」

 

 他のインストラクターさんが集まってきてザワついてます。

 なんかすみません。

 ていうか矢を三本くらいダメにしちゃいました。

 的に刺さった矢に、更に矢が当たるのって継ぎ矢って言うそうですね。

 頑張れば10連コンボくらい狙えそうです。

 

「ヤバい。インストラクターとして生きていけない」

「あの、アリス。インストラクターさんの自信が喪失するので、そのへんで……」

 

 あっ、すみません。

 でも面白いですよ、アーチェリー……。

 エヴァーン王国の弓より断然扱いやすいですし。

 

 ただ構造が複雑で野戦には向かないかなー?

 でもドラゴン退治とか魔物退治にはけっこう使えると思います。

 あ、あと矢に魔力を乗せて射るとかも多分できそうです。

 魔力って金属に乗せるにはちょっとコツがいるんですけど、カーボンとかならまだ乗せやすいかな。あと羽根に髪の毛を一本混ぜとくとかするとグッと乗せやすくなります。

 

 多分マコトも、シェフ・ラビットちゃん状態になればできますよ。

 

「あ、マジで? それはやってみたいかも」

 

 いいですか、お手本を見せてあげます。

 こうやって、弓を引いて狙いを定める姿勢になるじゃないですか。

 

 このときに精神を集中して体の中に流れる魔力を右手から左手へ循環するようにして……。

 

 ……む?

 

 よからぬ気配を感じます。

 

「アリス、どうしたの?」

 

 ちょっと気になることがありまして。

 インストラクターの竹田さん。質問いいですか?

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 的の奥の方って何があるんですか?

 

「森と山です」

 

 人が住んでたりは?

 

「まさか。道路も何もないですよ。私有地なので誰かが入ってくることもないです。立ち入り禁止のバリケードとかもありますし」

 

 なるほど。

 

 あやしげな儀式をする謎の邪教のアジトとかないですよね?

 

「あったら見てみたいけど、絶対にないですね」

 

 了解、オッケーです。

 

「ね、ねえ、アリス? なんか敵の技をコピーするロボットのチャージショットみたいな光が溢れてるんだけど、どうしたの?」

 

 大丈夫、マコト。

 安心してください。威嚇だけです。

 

「威嚇のパワーには見えないんだけど」

 

 そこの曲者! 出てきなさい!

 てやー!

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

 

 ……あっ。

 

 すみません、矢を放ったはいいものの、地面を抉って的を吹き飛ばしちゃいました。

 

「矢ってバズーカの威力になるんだ……」

「的が跡形もない……」

「……いや、待て! 奥の方でクマが倒れてるぞ! ツキノワグマだ! でっか!」

「うそでしょ、どっから来た!? 丹沢?」

 

 あー、クマでしたか。

 何か血に飢えた獣のような気配がすると思って、つい……。

 

 あ、大丈夫ですよ。当ててません。

 

「矢が当たった様子はないけど……ショック死してるかも」

「ぴくりとも動かない」

 

 えっ。

 

 ……もしかして、やっちゃいました?

 

「クマって死んだフリする?」

「大型肉食獣は擬死ってしないんじゃないかな」

「やっちゃいましたね多分」

「いや、死んではいないんじゃないか? 矢の勢いとオーラに当てられて失神してるんだと思う」

「とりあえず猟友会と警察に連絡しよう」

「消防はいる?」

「火は出てないんじゃないかな……」

「あのー、近所から今の爆発音なにって問い合わせ来てます」

「アリスさんって答えていいやつなのかな……?」

 

 ……今日の動画はここまで!

 ま、また見てね!

 

「アリス! そこで締めるの!?」

 

 

 




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