バズれアリス   作:富士伸太

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 次にアリスが目を覚ましたときはすでに昼下がりで、鏡の向こうに誠は居なかった。

 一瞬、アリスはすべて夢だったのではないかとさえ思った。

 

 だが、誠との出会いが夢でも幻でもなかった証明が幾つもある。

 まず『鏡』の向こう側は相変わらず、レストランの空席を映し出している。

 今着ている服も、誠が用意した猫パーカーだ。

 もらったパンやジャムの瓶もある。

 そして『鏡』の前には、受け取ったパンとは別に食事を載せた盆があった。

 

 6枚切りのぶ厚いトーストが2枚。

 その横に添えられた、たっぷりのバターとあんことジャム。

 ゆで卵と塩。

 トマトとレタスのサラダ。

 蓋付きの保温タンブラーに入れられたコーヒー。

 500mlペットボトルに入ったミネラルウォーターが3本。

 

 そして置き手紙もあった。

 アリスは、食欲がうずくのを抑えつつ手紙を手にとった。

 

「『やっぱりジャムと食パンだけだと寂しいので朝食を用意しておきました。仕事が終わったらまた来ますが、何かあれば大声で呼んでください』ですか……」

 

 と、日本語の書き置きが残されていた。

 アリスにはそれがなぜか理解できた。

 

「しゃべる言葉だけでなく、文字まで読めるようになるのですか……。想像を絶する道具ですね」

 

 だが、それを考えてもアリスに答えを出せるわけもない。

 古代の研究をする専門家ですら『鏡』の原理を解明できるかは怪しいだろう。

 

 少なくとも今のアリスにとって大事なことは『鏡』の解明ではない。それよりも『鏡』の向こうの人間と話をしたり文字でやりとりできるという大きな幸運に恵まれたこと、そして向こうの人間に命を救われたという事実の方が遥かに大事だ。

 

 そして他にも大事なことがあった。

 

「これだけもらったのに、返せるものがありません……」

 

 アリスは一文無しであった。

 

 ただ、金になりそうなものが皆無というわけではない。

 剣がある。

 だが今のアリスの使命はここの魔物を討伐することだ。

 いかに『聖女』と言えども、流石に素手では戦えない。

 祈りの力を万全に蓄えた状態であれば、攻撃魔法だけで力押しして魔物を倒すこともできるだろうが、今現在のアリスに届く祈りは少ない。

 現在の力でできることと言えば、自分の消耗を抑えたり力を倍加させる程度だ。

 ゆえに剣は手放せない。

 

「うーん……あ! そうだ! 良い考えがあります……!」

 

 それは、アリスの使命と誠への恩返しの両方を達成できる。

 

 かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 昼間の誠の主な仕事は、弁当販売だ。

 

「お電話ありがとうございます、レストラン『しろうさぎ』です。……はい、本日の日替わりメニューは鯖と水菜のオイルパスタです。はい。……日替わりパスタ二つとオードブル盛り合わせ一つですね。承りました。何時頃に受け取りにいらっしゃいますか? ……12時? ごめんなさいちょっとその時間集中してまして……10分ほど遅れますが……あ、大丈夫ですか? ありがとうございます」

 

 本来のレストラン『しろうさぎ』であればランチ営業をしている時間帯だが、今は客がほとんど来ない。時折、一人二人の客は来るが、絶賛自粛ムードであり四人を超える団体客はめったに来ない。密にならないようにテーブルを減らしてなお閑散とした状態で、テイクアウトや弁当販売の方がまだ忙しい有様だ。

 

「墨田くん、日替わり2とオードブル1。来客は12時10分ね。パスタはこっちでやるからオードブル頼むわ」

 

 誠は、客の名前とオーダーを注文票に書き、ぺたりと壁に貼り付けた。

 そこには五枚ほどの注文票が並んでいる。

 すべてテイクアウトの注文だ。

 

「了解でーす。オードブル出ますねぇ」

 

 墨田はアルバイトだ。近所に住むフリーターだが、居酒屋で働いていた経験があるため厨房の仕事の飲み込みも早く、いくつかの料理を任せている。ホールも厨房もそつなくこなし頼りになるため誠は社員として雇いたいくらいだったが、「いや兼業主夫なんで。嫁が銀行マンで転勤あるから、引っ越すかもしれないんす」と言われて断られていた。

 

「そういや店長。なんで一番奥の個室、間仕切りで覆ってるんですか? あと鏡もないし」

「ちょっと撮影専用スペースの背景に使おうと思ってな。どうせお客さん来ないなら出しっぱにしておく必要もないし」

「このご時世じゃ動画の方が儲かるんじゃないすか」

「そこまで収益は出ないって。ところで墨田くん、撮影スタッフ以外もやってみないか? キャストとして出たら人気出ると思うんだけど」

「いやー、あがり症なんで無理無理のかたつむりですわ」

 

 何気ない雑談で躱したが、撮影部屋にするというのは嘘だ。

 その部屋にはアリスの世界に通じる鏡が置いてある。

 今は『鏡』としての機能が失われているので、他人に見られるわけにはいかなかった。

 

(とりあえずバイトには秘密にしておくか……。でも間仕切りで閉じっぱなしだとアリスが困るかもしれないな。後で内線電話かスマホでも渡しておかないと)

 

 誠は、そんなことを考えながら電話注文の弁当を作り始めた。

 自粛期間中と言えども、慌ただしくお昼の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 レストラン『しろうさぎ』のランチタイムは終わり、アルバイトたちも帰宅した。

 誠はアリスのために色々と買い出しをしてから、鏡の置いてある個室へと顔を出した。

 

「アリスー、甘いものでも食べないか……うわっ!?」

「しくしくしく……」

 

 そこには昨日と同じく『鏡』が鎮座しており、昨日出会った少女が体育座りでさめざめと泣いていた。膝小僧が涙でべしょべしょになっている。

 

「ど、どうしたの?」

「わ、わたしは、救いようのない愚か者です……しくしく……」

「もうちょっと詳しく」

「かくかくしかじか……」

 

 アリスをなだめながら誠は事情を聞き出す。

 そして誠は深く同情した。

 

「……ええと、まず俺に恩返しをしようとして迷宮に潜ったわけだ」

「はい……宝物や魔物の素材など、貴重品が手に入るかと思いまして……地下の迷宮を探索していたのです」

「なるほど」

「地下5階まで潜ったんです。ただそこまでは、幽鬼や悪霊など、何も落とさない魔物ばかりで」

「悪霊退治できるんだ、すごいな」

「い、いえ、大したことではありません……。それで、6階からは魔物の性質ががらっと変わって……。硬い甲殻に覆われた竜が群れをなしてて……」

「それで竜に剣を振り下ろしたら、剣がぽっきり折れてしまったと」

 

 『鏡』の前には、無残に真っ二つに折れた剣が寂しく転がっていた。

 

「ううっ……。自分が情けなくて情けなくて……! 罰を受けるかもしれない危険を冒してまで譲ってくれた剣なのに……!」

「大事なものだったんだな」

「しくしくしく……」

 

(罰を受けるかもしれない危険……? やはり訳ありみたいだな)

 

 そういう予測を立てていることがバレないよう、誠は平静を装いつつアリスを励ます。

 

「ともかくお腹空いただろう。ご飯用意するから待っててくれ」

「はい……」

 

 アリスは、誠の申し出を断る力さえ無かった。

 

 これは随分へこんでいる……と危機感を抱いた誠は、アリスの気を紛らわせるためにタブレットを操作する。動画配信サイトにアクセスし、できる限り明るくポップな曲を流す。

 

「ん、これは……?」

「あー、適当に探した作業用BGM付けたんだ」

「さぎょーよーびーじーえむ?」

「えーと、ともかくこの板を使うと、誰かが投稿した音楽とか動画とかを見れるんだ」

 

 説明になってないな、と思いつつも誠は説明した。

 だがアリスは意外にも納得の表情をしている。

 

「なるほど……。記録宝珠のようなものですか」

「あれ、わかる?」

「一度、聖水教の総本山で見たことがあります。何代か前の大僧正の演説やシスターの賛美歌を記録して保管していました」

 

 せいすいきょう、とは恐らくアリスの世界の宗教か。

 誠はなんとなくニュアンスで察した。

 

「しかし宝珠一つで屋敷が建つほど高価なものでした。これは……」

 

 アリスは恐る恐る誠に尋ねる。

 

「そこまで貴重品じゃない。ちょっとお高い宿に泊まって飯と酒を食べるくらいの値段かな?」

「そ、そうなんですか」

「ほら、見てみて」

 

 と言って、誠はアリスの方へタブレットを投げ入れた。

 

「わっ!? こ、こら! 魔道具をこのように扱ってはいけません!」

「魔道具じゃないって。適当にいじっていいから」

「はぁ……」

 

 アリスは、音楽がなりっぱなしのタブレットをまじまじと眺める。

 そこでは、音楽にあわせて絵が動いていた。

 当然、アリスにとって初めて見るものだった。

 

「おお……これはすごいです……」

 

 『鏡』を通しているがゆえに、タブレットの画面に表示された文字がアリスにはなんとなく読める。ただし、英語の部分はよくわからなかった。恐らく翻訳機能が発揮されるのはアリスと誠が使う言語に絞られているのだろう。

 

 だが、そんな発見よりも驚いたことがあった。

 

「さ、再生数、ごひゃくまん……!?」

「驚くところそこ?」

「だ、だって! エヴァーン王国の国民と同じくらいですよ!」

 

 国民少ないな!?

 と言おうとして誠はこらえた。

 ちょっと小馬鹿にした発言に聞こえるかもしれない。

 

「あ、あのう、マコト。これはどう扱うものなのですか? 『どうが』とやらを色々と選べるようなのですが……」

「見たいところを指で触ると反応するよ」

「おお……!」

 

 アリスが指でタブレットを触る。

 その度にいろんな音が流れる。

 流行曲や、動画配信者の「どーもどーも!」という軽い感じの挨拶。

 あるいは無料配信中のドラマやアニメ。

 

「……すみません、ちょっとくらくらしてきました」

「おっと、明るすぎたか。悪い悪い」

「いえ、そうではなく……情報量が多くて混乱して……。でもこれは……本当に面白いですね……!」

 

 どうやらご満足いただけたようだ、と誠は安堵する。

 アリスは気を取り直して再びタブレットを眺め始めた。

 流れてくる音からして、恐らく無料配信中のアニメを見ているのだろう。

 しかし物語の内容はわかるのだろうかと誠は疑問に思うが、アリスの目は動画に夢中になっている。

 

「……よし、今のうちに料理しとくか」

 

 

 

 

 

 

 アリスは、満たされていた。

 

「ああ……美味しかった……」

 

 温かい食事。

 暖かい服。

 愉快な歌や面白い芝居。

 

 今日の晩餐は、魚だった。

 鯖の塩焼きというメニューだ。

 エヴァーン王国は内陸で海はない。川も少ない。

 アリスが食べたことがあるのは、貴人が趣味で輸入する魚の干物だけだ。

 

 それは岩のように固く、そして塩辛い料理で、好き好んで食べるものではないと思っていた。だが誠が作ったサバの塩焼きは柔らかく脂も乗っていて、想像以上に美味しい料理だった。

 

 少々独特の臭いはあるが、アリスにとってさほど問題ではない。兵舎で食べる飯に比べたら段違いにまともと言うものだった。

 

 そして何より、食事の後に出されたデザートがまさに至高だった。

 

「モンブランケーキも素晴らしかったです……栗にあんな食べ方があるなんて」

 

 エヴァーン王国にも栗はあった。だがアリスが食べたことがあるのは焼き栗ばかりで、手を加えた菓子として食べたことはない。滑らかな舌触りのクリームとして食べるのは感動だった。アリスは満腹感も落ち着き、食べた料理がどれだけ素晴らしかったかを再確認できた。

 

 また、借りたタブレットで見た動画も驚きの連続だった。あんな風に動画を楽しむ文化があるなんて思いも寄らなかった。

 

 他にも色々と受け取ったものがあった。

 

 漫画を受け取って、気付けば夢中で読んでいた。

 

 最初はどう読むものかわからず適当にページをめくって目で追いかけていたが、アニメのように物語を楽しむものだと気づいてからはすんなりと読めるようになった。

 

 駄菓子も受け取った。これも夢中で食べてしまった。気付けば一袋分のチョコレートが空っぽになっていた。

 

 こんなに素晴らしいものばかり受け取って良いのだろうか。

 

 ……そこで、アリスは大事な事に気付いた。

 

「……って、ああっ!? また恩返ししそこねた!?」

 

 

 

 

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