Persona3 Temperance   作:人ちゅら

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#013 はじまりの夜

 4月9日――深夜零時直前。

 

 巌戸台駅前から少し離れた、このあたりでは一番の高層ビル。その屋上の縁に腰掛け、あなたは静かに夜景を見下ろしていた。

 春の夜風がコートの裾を、バタバタと忙しなくはためかせる。

 眼下には巌戸台分寮。

 学生たちの生活の灯りが、あと数分で【異界】に沈む。

 

――さて……“気をつけろ”とは、どっちの意味かな。

 

 マダム・ニュクスの警告は、あなた自身へ向けたものではない。

 その確信だけはあった。

 ならば対象は、あの()()()()少年か、あるいは特別課外活動部(S.E.E.S.)の誰かか。

 

 二十歳そこそこにしては歳不相応な、高級腕時計の秒針が0時を(また)ぐ。

 瞬間。

 世界が反転した。

 

 街の灯りは消え失せ、空間はピンと張り詰めた静寂に包まれる。

 夜の街を行き交う人々は直立する棺へと姿を変え。

 車道には不自然に慣性の消えた自動車やバイク。

 巨大な墓碑(ぼひ)のように(たたず)む建造物。

 ケミカルイエローに光る月だけが、不気味なほど鮮明だった。

 

 影時間。

 人の営みから切り離された、女神ニュクス(NYX)の【異界(セカイ)】。

 

 変わり果てた世界を見下ろし、あなたは眉をひそめた。

 

――多いな、おい。

 

 現れたシャドウ――(うごめく)く黒いヘドロのような怪物――の数が、明らかにおかしかった。

 先日見たときは物陰にちらほら潜んでいた程度の下級シャドウが、今夜は群れを成して街を徘徊している。二本の腕を生やし、真白い仮面と短剣を掲げて練り歩く(さま)は、まるでパレードのようですらあった。

 短剣を打ち合わせて音を立て、踊るように仮面を振るそれは、群れて黒い霧のようなものを撒き散らしている。

 そのせいか、今晩はやけに夜空が重く感じる。

 

 異様だ。

 

 あなたは立ち上がると、街を見渡した。

 

 人間離れした視力が、夜の(とばり)に隠された【異界】の細部を拾う。

 ここに落とされた被害者はいないか。

 象徴化を逃れた適応者はいないか。

 群がるシャドウのパレードの先に、何があるのか。

 

――ん?

 

 今まさにビルの陰から飛び出して、車道を一直線に駆け抜ける人影があった。

 そこそこの長身。

 鍛え上げられた脚運び。

 見覚えのある赤いジャージ。

 

――ああ、真田(さなだ)か。

 

 だが問題は、その後方だった。

 大型トラックほどもある異形が、ずるり、と路面を這っている。

 異形の中でも一際巨大な、小さな象ほどもある巨体。

 左右に生やした数十の足をムカデのごとく動かし、黒い粘液を撒き散らしながら異様な速度で真田を追跡していた。

 

――ほう。

 

 あなたはわずかに目を細める。

 真田はアレから逃げている。

 ただ、無闇矢鱈に撤退している動きではない。

 

 誘導だ。

 寮まで引きつけ、戦力を合流させるつもりなのだろう。

 

 だが……

 

――足りるか?

 

 真田の速度が落ちている。

 カーブを曲がった後、落ちた速度を回復しきれていない。

 おそらくは、体力が尽きかけているのだ。

 このままでは、あと二つ角を曲がれば追いつかれてしまうだろう。

 

 あなたはビルの縁から身を躍らせた。

 重力を無視するように落下し、途中の非常階段に軽く足をかける。その反動だけで向かいのビルへ飛び移る。

 数秒後には大型シャドウの進路上に着地。

 

 大型シャドウが気付いたらしい。

 その足を止め、新たに数本の腕を生やした。

 それぞれの腕が白い仮面を掲げると、仮面の穴にギョロリと目玉が現れ、こちらを向く。

 

――俺とも遊んでくれよ。

 

 あなたは片手を軽く振る。

 

 次の瞬間、シャドウの巨体が激突した。

 轟音。

 街の音すべてが消えた影時間に、その音は大気を震わせた。

 アスファルトが砕け、粉塵が舞う。

 

 だがその直前、あなたの姿は既に数メートル後方へ消えていた。

 翻弄。

 そして【挑発】。

 交錯した隙にシャドウの手から仮面を一つ奪い取ると、それをヒラヒラと見せつけるように振る。

 三十秒ばかり稼げば足りるはず。

 

 【挑発】の効果は覿面(てきめん)だったようだ。

 シャドウが怒り狂ったように追尾方向を変え、その隙に真田との距離が開く。

 

 遠く前方、真田が一瞬だけ振り返った。

 こちらの姿を認識したのかは分からない。

 だが足は止めず、彼はそのまま一直線に巌戸台分寮へ向かっていく。

 

――充分だな。

 

 あなたは小さく呟くと、右手の指を弾き、息を吹きかける。

 薄い燐光が大型シャドウの体表へ沈み込み、感覚の糸が繋がる。

 

 ピクシーから習った【いたずら妖精の印(マーキング)】。

 これで見失わない。

 

――お疲れさん。

 

 あなたはそれ以上、介入しなかった。

 大型シャドウをあえて解放し、ビルの上へ跳び戻る。

 

 ヘドロじみた巨体が、再び真田を追って動き出す。

 シャドウたちが何かを祝うように、その後に続いて列を成す。

 その先を見届けるために。

 

 今夜がおそらく()()()()の夜になる。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 というわけで原作最重要イベントの一つが発生します。
 原作とリロードでも結構違ってたりしますが、本作は基本的にはPS2&PSP版準拠です。(タルタロス探索の衣装だけはリロード版準拠になりますが)
 それでも違いはありますが、その辺は活字とアニメの見せ方の違いということで。
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