Persona3 Temperance 作:人ちゅら
4月9日――深夜零時直前。
巌戸台駅前から少し離れた、このあたりでは一番の高層ビル。その屋上の縁に腰掛け、あなたは静かに夜景を見下ろしていた。
春の夜風がコートの裾を、バタバタと忙しなくはためかせる。
眼下には巌戸台分寮。
学生たちの生活の灯りが、あと数分で【異界】に沈む。
――さて……“気をつけろ”とは、どっちの意味かな。
マダム・ニュクスの警告は、あなた自身へ向けたものではない。
その確信だけはあった。
ならば対象は、あの
二十歳そこそこにしては歳不相応な、高級腕時計の秒針が0時を
瞬間。
世界が反転した。
街の灯りは消え失せ、空間はピンと張り詰めた静寂に包まれる。
夜の街を行き交う人々は直立する棺へと姿を変え。
車道には不自然に慣性の消えた自動車やバイク。
巨大な
ケミカルイエローに光る月だけが、不気味なほど鮮明だった。
影時間。
人の営みから切り離された、女神
変わり果てた世界を見下ろし、あなたは眉をひそめた。
――多いな、おい。
現れたシャドウ――
先日見たときは物陰にちらほら潜んでいた程度の下級シャドウが、今夜は群れを成して街を徘徊している。二本の腕を生やし、真白い仮面と短剣を掲げて練り歩く
短剣を打ち合わせて音を立て、踊るように仮面を振るそれは、群れて黒い霧のようなものを撒き散らしている。
そのせいか、今晩はやけに夜空が重く感じる。
異様だ。
あなたは立ち上がると、街を見渡した。
人間離れした視力が、夜の
ここに落とされた被害者はいないか。
象徴化を逃れた適応者はいないか。
群がるシャドウのパレードの先に、何があるのか。
――ん?
今まさにビルの陰から飛び出して、車道を一直線に駆け抜ける人影があった。
そこそこの長身。
鍛え上げられた脚運び。
見覚えのある赤いジャージ。
――ああ、
だが問題は、その後方だった。
大型トラックほどもある異形が、ずるり、と路面を這っている。
異形の中でも一際巨大な、小さな象ほどもある巨体。
左右に生やした数十の足をムカデのごとく動かし、黒い粘液を撒き散らしながら異様な速度で真田を追跡していた。
――ほう。
あなたはわずかに目を細める。
真田はアレから逃げている。
ただ、無闇矢鱈に撤退している動きではない。
誘導だ。
寮まで引きつけ、戦力を合流させるつもりなのだろう。
だが……
――足りるか?
真田の速度が落ちている。
カーブを曲がった後、落ちた速度を回復しきれていない。
おそらくは、体力が尽きかけているのだ。
このままでは、あと二つ角を曲がれば追いつかれてしまうだろう。
あなたはビルの縁から身を躍らせた。
重力を無視するように落下し、途中の非常階段に軽く足をかける。その反動だけで向かいのビルへ飛び移る。
数秒後には大型シャドウの進路上に着地。
大型シャドウが気付いたらしい。
その足を止め、新たに数本の腕を生やした。
それぞれの腕が白い仮面を掲げると、仮面の穴にギョロリと目玉が現れ、こちらを向く。
――俺とも遊んでくれよ。
あなたは片手を軽く振る。
次の瞬間、シャドウの巨体が激突した。
轟音。
街の音すべてが消えた影時間に、その音は大気を震わせた。
アスファルトが砕け、粉塵が舞う。
だがその直前、あなたの姿は既に数メートル後方へ消えていた。
翻弄。
そして【挑発】。
交錯した隙にシャドウの手から仮面を一つ奪い取ると、それをヒラヒラと見せつけるように振る。
三十秒ばかり稼げば足りるはず。
【挑発】の効果は
シャドウが怒り狂ったように追尾方向を変え、その隙に真田との距離が開く。
遠く前方、真田が一瞬だけ振り返った。
こちらの姿を認識したのかは分からない。
だが足は止めず、彼はそのまま一直線に巌戸台分寮へ向かっていく。
――充分だな。
あなたは小さく呟くと、右手の指を弾き、息を吹きかける。
薄い燐光が大型シャドウの体表へ沈み込み、感覚の糸が繋がる。
ピクシーから習った【
これで見失わない。
――お疲れさん。
あなたはそれ以上、介入しなかった。
大型シャドウをあえて解放し、ビルの上へ跳び戻る。
ヘドロじみた巨体が、再び真田を追って動き出す。
シャドウたちが何かを祝うように、その後に続いて列を成す。
その先を見届けるために。
今夜がおそらく
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
というわけで原作最重要イベントの一つが発生します。
原作とリロードでも結構違ってたりしますが、本作は基本的にはPS2&PSP版準拠です。(タルタロス探索の衣装だけはリロード版準拠になりますが)
それでも違いはありますが、その辺は活字とアニメの見せ方の違いということで。