Persona3 Temperance   作:人ちゅら

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 保健室の先生の人修羅さんは、頑張って敬語で喋ります。



#015 不安定な心

 4月10日――金曜日。

 

 大型シャドウとの戦闘が終わった頃には、東の空が白み始めていた。

 桐条グループ傘下の総合病院。

 その個室の前で、あなたは壁にもたれたまま、小さく欠伸(あくび)を噛み殺す。

 

 結城(ゆうき)(みなと)は未だ昏睡状態にあった。

 

 もっとも、命に別状はない。外傷も殆ど存在しない。極度に精神を消耗したことによる、一種の防衛反応に近い。放っておいても数日で回復する(たぐい)のものだ。

 

 眠る少年を病室のカーテン越しに一瞥し、あなたは廊下を歩き出す。

 

 ナースステーション前では、岳羽(たけば)ゆかりが椅子に腰掛けたまま俯いていた。

 制服姿のままなので、そのまま登校するつもりなのだろう。

 

――まだいた、んですか。

 

 顔を上げたゆかりが、少し掠れた声で言った。

 

「そっちこそ」

 

――自分は、まあ、先生ですから。

 

 言葉尻が曖昧に濁る。

 自身の口を突いた建前の薄っぺらさに、思わず視線も泳いでしまう。

 

 ゆかりもまた、俯くように視線を投げ出した。

 昨夜の戦闘を思い返しているのだろう。

 召喚器を出しながら、最後まで引き金を引けなかった自分を。

 

 あなたは自販機で缶コーヒーを二本買い、その片方を差し出した。

 

――結城は大丈夫、ですよ。少なくとも死にはしません。

 

「……普通、そういう言い方します?」

 

――安心するかと思った、んですが。

 

「失敗してますけど」

 

 ゆかりは呆れたように息を吐き、缶を受け取る。

 少しだけ、強張っていた肩の力が抜けたようだった。

 

――今日は休んでも構いませんよ。授業に集中できなさそうなら、保健室登校でも。

 

「平気です」

 

 反射的な返答だった。

 

 あなたはそれ以上踏み込まない。

 こういう年頃は、“大丈夫じゃない”と認めること自体を嫌う。

 

「大人って大変ですねー」

 

 缶コーヒーを見つめたまま、ゆかりがぽつりと呟く。

 

「責任とか、仕事とか。こんな時間まで付き添いとか」

 

――まあ。業務の範囲内なんで。

 

「うわ、社畜っぽい」

 

――否定はできんなあ。

 

 思わず口調が崩れてしまった。

 ゆかりが小さく吹き出す。だがその笑みも長くは続かなかった。

 

「……でも、先生は平気そうですよね」

 

――何が?

 

「こういうの」

 

 昨夜の異常事態。

 巨大な怪物。

 人が死にかける光景。

 

 あなたは少しだけ考え、肩を竦める。

 

――まあ……こういうのには、慣れてますから。

 

 その返答に、ゆかりは複雑そうな顔をした。

 

 慣れるほど何を見てきたのか。

 そこまでは踏み込んで来なかった。

 

 窓の外では、朝日が病院街を照らし始めている。

 

「……じゃあ、学校行ってきます」

 

――放課後、一度保健室へ来なさい。念の為。

 

「えー、面倒……」

 

――来なかったらこちらから呼びに行きます。

 

「それはもっと嫌だなあ」

 

――でしょう?

 

 軽口を叩きながら、ゆかりは病院の廊下を歩いていく。

 

 その背を見送り、あなたは小さく息を吐いた。

 少なくとも、完全に折れてはいない。

 なら今はそれで十分だろう。

 

 

*   *   *

 

 

 午前中。

 始業直後の職員室で、あなたは理事長――幾月(いくつき)修司(しゅうじ)から書類の束を押し付けられていた。

 

――いや、だから何故、僕が病院との連絡役を……

 

「養護教諭だからですよ」

 

 にこやかに返される。

 

「結城君の経過確認、学校側への共有、必要なら保護者対応。ほら、適任でしょう?」

 

――桐条グループ系列病院なんだから、そっちで勝手に回りません?

 

「組織間連携というやつです」

 

 胡散臭い笑顔だった。

 

 あなたは露骨に顔をしかめる。

 本音を言えば、結城湊については放置で問題ないと判断している。

 あれは治療の領域ではなく、回復待ちだ。

 

 だが理事長は、そういう問題ではなく“学校側の体裁”として処理したいらしい。

 

――……ブラック企業か、ここは。

 

「公務員的組織ですよ」

 

――余計に(たち)が悪いなあ。

 

 そうぼやきながら、あなたは諦めて書類を受け取った。

 

 

*   *   *

 

 

 放課後。

 保健室の扉が、気怠げな音を立てて開く。

 

「……来ましたよー」

 

 岳羽ゆかりが、いかにも面倒そうな顔で入ってきた。

 

 ちゃんと来たな。

 逃げなかっただけで大したものだ。

 

「先生、私を何だと思ってるんです?」

 

――指示を無視して帰宅しそうな生徒。

 

「否定できないのが嫌なんですけど」

 

 ゆかりはそう言いながら、来客用の椅子へ腰を下ろす。

 あなたはカルテを閉じ、彼女へ視線を向けた。

 

――それで、今日はどうでした?

 

「どうって?」

 

――学校です。授業中に倒れたり、急に泣き出したりは。

 

「してません」

 

――なら結構。

 

 簡潔に返すと、ゆかりは少しだけ口を尖らせた。

 

「もうちょっとこう……心配してる感とか出しません?」

 

――心配してるから呼んだんですよ?

 

「うわ、理屈っぽい」

 

 ゆかりは呆れたように天井を見上げる。

 そのまま数秒ほど沈黙し、不意に思い出したように口を開いた。

 

「……そういえば」

 

――はい。

 

「結城って、小テストどうなるんですか?」

 

 小テストとは?

 聞き返すと、ゆかりは意外そうな顔をした。

 

「え、知らないんですか? 来週、水曜と木曜。新学期最初のやつ」

 

 ああ。愚痴りに来てた、あれか。

 教師側の準備には関わっていなかったので、頭から抜けていた。

 

「結城、入院したままですよね」

 

 ゆかりは指先で机を軽く叩きながら続ける。

 

「欠席扱いだと、成績とか結構まずいんじゃないかなって」

 

 なるほど。

 言い方は事務的だが、要するに気にしているのだろう。

 あなたは少し考え、頷いた。

 

――後で確認しておきます。

 

 急病なら追試対応になると思うが。

 

「ならいいんですけど」

 

 ゆかりは小さく息を吐く。

 そこでようやく、自分が必要以上に気にしていたことに気付いたのか、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。

 

「……別に、心配とかじゃないですよ?」

 

 うんうん。

 そういうことにしておこう。

 

「何ですかその顔」

 

――いえ、別に?

 

 あなたが肩を竦めると、ゆかりは不満そうに唸る。

 だがその表情は、朝より幾分か柔らかかった。

 

 

 しばらく話した後、ゆかりはそそくさと席を立ち、スカートを軽く払う。

 それから軽く会釈を残し、保健室を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 静かになった保健室に、時計の秒針だけが響いていた。

 

 ゆかりのカルテを開き、少しだけ考えて。

 そして備考欄へ短く書き込む。

 

『要経過観察』

 

 パタリ、とあなたはカルテを閉じた。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

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(20260629)加筆修正
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